【続】ろーかる・ぐるぐるNo.168
「定義」から始めよう
2020/01/16
ことしの我が家は来客も多く、にぎやかなお正月でした。そこで鉄板ネタとなっているのが、妻の故郷、高松式の「あん餅のお雑煮」。あんこ入りのお餅を白みそで味わうお椀なのですが、皆さん恐る恐る口を近づけては、意外な取り合わせにお顔をほころばされます。
なんで新年から「雑な煮もの」を食べるんだろうと、昔から不思議に思っていましたが、あれ、正式には「雑煮餅」。お餅を色とりどりの食材と煮たものを意味するそうです。そして「雑」という字は「いろいろな布を集めて作った衣」が由来なのだとか。確かにどの地域のお雑煮も、丸かったり、四角だったり、必ずお餅を中心に華やかな色彩をまとった、「おせち」に相応しい仕立てになっていますよね。
そういえば「おせち」というのも、そもそも、中国の陰陽五行説による季節の節目、つまり桃の節句(3月3日)、端午の節句(5月5日)、七夕の節句(7月7日)、重陽の節句(9月9日)を含む、年五回の節句を寿ぐ祝儀料理全般を意味する言葉でした。「懐石 辻留」の辻嘉一さんがご著書の中で「正月料理」という書き方をなさるのも、こういった背景を踏まえてのことでしょう。
やはり言葉の意味を正確に知り、使うことが大切です。そしてもし曖昧な言葉にぶつかったら、そのままにしたり、自分で勝手に決めつけたりせず、何かしら信用できる「定義」を手に入れるべきです。しかし残念なことに、広告業界も、場合によってはビジネス界全般も、こうした「定義」に無頓着なことが多いようです。
その結果、本質的な議論は進まず、いろいろな概念をいたずらに消費するだけになるのです。いまから9年前、そんな状態に対する危機感から、最初の著作である『〈アイデア〉の教科書』を執筆しました。
ぼくは「アイデア」を「ビジョンの実現に向けて、課題を解決する新しい視点」と定義しています。そして「コンセプト」と「アイデア」を同じものだと考えています。これは、ビッグアイデアやコアアイデアなど、中核となる新しい視点のことを「アイデア」と呼んで世界中で大切にしてきた広告業界の伝統に則っています。
一方、「コンセプト」の世界的権威である野中郁次郎先生は、個々人の主観的な「アイデア」と誰もが納得する「理論」の中間に「コンセプト」を位置づけています。そして多分、これがビジネスの世界で一般的な「定義」です。このアイデアの定義を曖昧にしたまま、「日本にはアイデアにお金を払う習慣がないよなぁ…」と嘆いてみても、あまり意味はなさそうです。
ちなみに。このコラムでは何度も「コンセプト」や「アイデア」を「サーチライトみたいなもんだ!」としたアメリカの社会学者、タルコット・パーソンズのお話を紹介していますが、これは定義ではなく、あくまでたとえ話(メタファー)の類。それがどんなものなのか、直感的に理解する助けにはなりますが、「コンセプト」と「サーチライト」にある明らかな差異には目をつぶる曖昧さがあります。
さて。
「戦略」
「デザイン」
「イノベーション」
「地方創生」
「共創」
「デジタルトランスフォーメーション」
ぼくらの身の回りにあるこういった概念を、皆さんはどのくらいきちんと「定義」し、腹落ちできていますか?正直、ぼくはなんとか言葉で整理しても、そのたびに何か大切な本質がスルリと抜け漏れていくことの繰り返し。まるで永遠のイタチごっこを繰り返しています。でも無駄かと言えばそうでもなくて、そのたびにほんの少しずつですが、何かしら真理に近づいているように感じるのです。今年も「概念の定義」と「実務のぬかるみ」の狭間で七転八倒しようと覚悟しています。
最後にひとつだけ、御礼を。
このたび、拙著『コンセプトのつくり方 たとえば商品開発にも役立つ電通の発想法』に重版がかかり、発売4年目で第4版を出すことになりました。ずいぶんのんびりとした足取りです。ご愛顧いただきました皆様に感謝を申し上げますとともに、まだお読みでない方々は是非、刷りたての新刊をお楽しみください!
どうぞ、召し上がれ!