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編集思考で未来を切りひらけNo.2

「思考の檻」と決別して「かっこいい大人」になるために

2019/10/18

東洋経済オンラインやNewsPicksの編集長を歴任し、現在は電通との合弁会社であるNewsPicks StudiosのCEOとして動画を中心としたコンテンツ制作を指揮する佐々木紀彦氏。経済誌の記者からキャリアを始めた同氏が、編集者、経営者、映像クリエーターと、仕事の幅を広げる中で培ったスキルが「編集思考」です。

2019年10月4日にこのスキルを体系化した『編集思考』を著した佐々木氏ですが、その背景には特に20代から30代の若手ビジネスパーソンに対する思いがあると話します。NewsPicksアカデミアのプロフェッサー(講師)としての顔も持ち、同氏をよく知る電通のクリエーティブストラテジスト、工藤拓真氏がその真意に迫る、その後編です。(前編はこちら)

NewsPicks佐々木紀彦氏(右)と電通ソリューション開発センター工藤拓真氏
NewsPicks佐々木紀彦氏(右)と電通ソリューション開発センター工藤拓真氏


ショートカットしたい人にこそ、教養は特効薬

佐々木:もう一つ若い人たちに伝えたいのが、海外のトップ層とはリーダー経験の差だけでなく、教養の差があるということです。

工藤:そもそもの質問になってしまいますが、佐々木さんの言う教養とはどういったものですか?

佐々木:「自然・人・社会の普遍的な知」です。時代を超えて変わらない知ともいえます。教養には、人類が歩んできた中での正解があるんです。「歴史は繰り返す」といいますが、人間ってそんなに変わらないので、一つ正解を知っておくだけで、応用が効く成功法則を持っているのと一緒なんです。特に、普遍的なものは最新のものと組み合わせると相性がいいですし。

再び盛田昭夫さんの例になりますが、彼は物理学を勉強していたんです。物理は「物の理(もののことわり)」と書きますけど、そのせいか盛田さんの本を読んでいると一つ一つのメッセージがすごく本質的なんです。

盛田さん自身、大阪大学で師事した淺田常三郎教授について、「物事をどう考え、人間をどう考えるか、何かすべての思考の道筋を先生から受け継いだような気がしてならない」と打ち明けています。

よく「こうも思うし、こうも思う」みたいに説明が長い人がいるじゃないですか。それは一見知的なようで何も言っていないというか…、そうではなくて「何々はこうだ」みたいな感じで、ちゃんと言い切れることが大事ですよね。決断と同じです。

工藤:盛田さんの場合は、自然法則の根っこの根っこと向き合う「物理」という守備範囲の広い教養を学んでいた。だからこそ、物事の本質を見極めることができたということですよね。

佐々木:コストパフォーマンスとか効率を気にするのであれば、実は教養が一番コスパの良い自己研鑽だと思いますよ。何でも知っている博識な人になれというよりも、映画でも文学でもいいので、自分が好きで深掘りできる分野を持つのがよいと思います。それが仕事に直結していなくてもいいんです。好きなことなら人生が楽しくなるし、楽しいことを学んでいくこと自体が大事なんです。

工藤:今の話で思い出したのですが、佐々木さんは「最近〇〇について知りました。それを踏まえて***というアイデアはどうですか?」のような発言が多いですよね。教養を深めようというと、インプットするだけで終わってしまう人と、インプットをアウトプット(アクション)に変える人は違いがありますよね。

電通 工藤拓真氏

佐々木:アウトプットではなくとも、自分の中で咀嚼することはした方がいいと思います。教養は自分の一番の鏡になるので、「なぜこれが好きなのか」を考えたり、古今東西の哲学を見たりすると、自分が全体の中でどのあたりに位置するのかぼんやり見えてくるんです。

工藤:教養を通して、自分というものを理解できるようになると。

佐々木:私は今40歳で、俗にいう不惑の世代ですが、「惑わない」というのは自分がどういう存在で、何のために生きているのかがわかっているということなんです。不惑の40代になるためにも、30代でやるべきもう一つのことは教養を深めることですね。

佐々木紀彦氏

キャリアのデザインツールとしての編集思考

工藤:自分を知るということだと、佐々木さんは若手のビジネスマンからキャリア相談をよく受けるそうですね。

佐々木:そのアドバイスが果たして正しいかどうか分かりませんが(笑)。でも、それこそキャリアも編集思考のかたまりなんですよ。みんなもうちょっと柔軟に考えてもいいと思いますが、たとえば「将来、経営者になりたいので、まずは戦略コンサルか商社に入って修行して、経営者を目指します」といった新卒学生のキャリア戦略は、ロジカルですけど、自分らしさがないですし、つまらないですよね(笑)。

そうではなく、新しい組み合わせを考えたり、今流行している職種を分析してみたりすると違うものが見えると思うんです。そのときも世の中のニーズというより、自分がどう好きかが大事ですね。 

工藤:NewsPicksでも最近、いろんな人のキャリアを「ロールモデル」として紹介した特集を組んでいますよね。読んでいると、生粋のザ・有名起業家とかではなく、異業種・職種の転職を何回か経て今がある方も多いです。

佐々木:たいてい人は、会社の中の先輩やOBのキャリアしか見ないので、視野が狭くなってしまう。これからは、キャリアのつくり方もある種無限大に増えていくので、自分で編集したり、外の人を見たりするといいんじゃないでしょうか。

リクルートを経て、東京都で初めて民間出身の中学の校長になった藤原和博さんは、「ミリオンズ」という呼び方で、100人に1人のスキルを三つ重ねたら、100万人に1人の人材になると説いています。これは名言だと思うんです。みんなが自分だけの道を探していくためにも、編集思考を生かしてほしいなと思っています。

工藤:過去の経験や自分の好きをつないで、仕事やサービスとして人に届けたりその専門性を深めたり。そう考えるとキャリアデザインもとてもクリエーティブな営みですね。


「かっこいい大人」になるために、20代・30代ですべきこと

佐々木:私自身も、自分のキャリアをもし「テキストメディアの編集者」と定義していたら、この記事のタイトルをどう変えようかなとか、そういうことばっかり考えるわけじゃないですか。そこで突き詰めるのもいいんですけど、限界がありますよね。もうテキストメディアでは試行錯誤が数えきれないぐらい行われていて、新しいものはなかなか出せません。

そうではなく、このコンテンツやそこに込めたメッセージをどう流通させようかとか、それなら表現自体を映像や音声にしようかとか、コンテンツ創りのノウハウをどう異業界と組み合わせようかとか、そういった選択肢が増えることで、創造性が無限に増えていきます。そうすると毎日がめちゃくちゃ楽しいし、結果的にキャリアにも広がりが出るんです。

工藤:佐々木さんが今やっている仕事を、既存の肩書一つで表すのは難しいですが、まさに「編集思考の実践者」だなと感じます。手掛けている仕事が手広いものの、すべてが編集という行為に集約されていますよね。もちろん編集者なんですが、その肩書に固執していない印象です。

佐々木:そうかもしれないですね。狭義の編集者は、「編集者たるものかくあるべし」みたいなものが強い。職人的なかっこよさもありますが、その半面失うものもあります。書籍でも「思考の檻」という表現をしていますが、自分の枠や境界線を自分で狭くしていたら、やりたいことをやる機会を見逃してしまいますよね。

工藤:佐々木さんはいつからそういった考えに変わっていったんですか?

佐々木:実は最初からというか、学生時代からそうだったかもしれないです。というのも、その頃は政治家になりたかったのですが、政治家は編集思考の最たるものなんです。国家を運営するために、あらゆるリソースを編集していますよね。留学したのも政治家になるためだったのですが、今の時代は一から政治家になっても変えられることはあまりないとも思ったんです。

政治をやりたかったのは、「日本を編集する」というエキサイティングな仕事があるからです。それを目的だとすると、必ずしも政治家という手段じゃなくてもできるなと。それに気づかせてくれたのは福澤諭吉です。彼は、政治や官の世界に一回も入らずに日本を変え、1万円札の肖像にまでなりました。メディアと学校、それに交詢社という社交場をつくり、この三つが時代をつくったからなんです。

工藤:佐々木さんがNewsPicksを通して実現したい世界観がより明確に見えたような気がします。話を戻すと、佐々木さんのいう「思考の檻」には、個人だけでなく起業や日本社会といった単位でも気づかないうちにとらわれていると思います。佐々木さんの学生時代からのそういった問題意識があるからこそ、『編集思考』では、そこから脱するための武器までが提示されているのですね。

佐々木紀彦氏、工藤拓真氏

佐々木:そうです。20〜30代の方にはそれらの武器や編集思考を駆使してもらいながら、小さくてもいいからリーダーをやって、意思決定を重ねて、教養を深めて…というサイクルの中で、不惑の40代をむかえてほしいと思っています。それこそが、自分のなかの「おっさん」と決別して「かっこいい大人」になるための秘訣です。

最後に言わせてもらうならば、これから活躍したい20代〜30代のビジネスマンの方には、それぞれかっこいい大人になってほしいのはもちろん本音です。ですがその奥にあるのは、それによって一緒に日本という最高に面白い素材を編集する“同志”が増えてほしいという思いです。企業勤めの人だけでなく、官僚や政治家を目指す方もその「うねり」の中に加わってくれたら大歓迎です。福沢諭吉が交詢社でやっていたのはまさにそういうことですし、組織をまたいでプロジェクトをどんどん起こしていければ面白いですよね。

『ソニー 盛田昭夫―“時代の才能"を本気にさせたリーダー』(森健二著)の中で、こんな丸山眞男さんの言葉が紹介されています。

「或る時代の最先端を行くメディアには、“時代の才能”が集まるんですよ」

私たちNewsPicksも、最先端のメディアであり続け、時代の才能を引き付けることにより、新しい時代を創っていきたいと思っています。