デジタルのノウハウで“移住”を促進!上市町の試みとは?
2019/12/13
シビックテックとは、地域の課題を住民自身がテクノロジーで解決すること。しかし、必ずしも「そこに住むプロのエンジニアが、地域のために新たなシステムやツールを開発する」だけがシビックテックの全てではありません。
本連載では、SNSやスマホアプリなど、すでに世の中にあるIT/ICTサービスを住民が活用することで地域活性化を図る、いわば「広義のシビックテック」の事例を中心に紹介していきます。
今回は、移住促進施策に「デジタル流の分析」と「シニアのIT育成」を取り入れた富山県上市町のシビックテック事例を、電通デジタルの加形拓也が紹介します。
<目次>
▼上市町の課題:20年後には人口が3/4に?顕著な人口の減少
▼移住者のペルソナを設定し、ピンポイントに刺さるPRを考案
▼75歳を超えるシニアの方が、LINEやAirbnbを使う
▼施策の意図や数値が明確になるため引き継ぎもしやすい
▼同じシステムで「ゲストハウスを運営したい」という町民も
上市町の課題:20年後には人口が3/4に?顕著な人口の減少
富山県の東部にある上市町(かみいちまち)は、県庁所在地である富山市と隣接する町です。北陸新幹線を使えば、東京にも3時間以内で着ける距離にあります。
この地域の象徴である名峰・剱岳(つるぎだけ)は、修験道の山としても知られ、その名残となるお寺が多数あります。「劒岳 点の記」「おおかみこどもの雨と雪」など、映画の舞台としても有名。麓は自然が豊かで、エコツーリズムの環境が整っています。
また、上市町は工業も盛んです。かゆみ止めの「ムヒ」で知られる池田模範堂の本社など、製薬会社を中心に多くの製造業企業が拠点としています。
このようにさまざまな“資産”を持つ上市町ですが、近年は多くの地方都市と同様に、深刻な人口減少に直面していました。
2010年の時点で2万1965人だった町の人口は、わずか5年後の2015年には2万0930人と、1000人以上減少しました(総務省 国勢調査より)。さらに、国立社会保障・人口問題研究所の予測では、20年後には人口1万5000人を切るとの見方も。まさに“激減”です。
この課題を食い止めるため、上市町では盛んに移住施策が行われていました。しかし、改良の余地が多くありました。そこで、私がこの町に関わったのをきっかけに、シビックテックの要素を入れたのです。
移住者のペルソナを設定し、ピンポイントに刺さるPRを考案
私が上市町を訪れたのは2017年のこと。内閣府の「地方創生人材支援制度」により、上市町に2年間派遣されることとなりました。
私が上市町で行ったシビックテックは二つ。
一つ目は、移住施策の戦略を根本から見直すために、デジタルマーケティングで一般的な「カスタマージャーニーマップ」を活用したことです。カスタマージャーニーとは、ターゲットとなる顧客の人物像(ペルソナ)を仮想し、その人物の行動や思考を時系列で分析。各接点における的確なアプローチを考える手法です。
上市町に限らず、地域の移住施策は、明確なKPIがないまま行われているケースが少なくありません。上市町でも、最終的にどのくらいの数の人たちに移住してきてほしいのか、漠然としている部分がありました。
そこで、さまざまな統計から分析したところ、年間で「10世帯」ほどのペースで移住してくれれば、この町の規模では十分な成果になると考えられました。
年間のKPIが「10世帯の移住」なら、日本全国に広く発信する施策を打つ必要はありません。東京の人にいきなり「上市町に移住しよう」と訴えても、効果は高くないでしょう。もっと狭くピンポイントに、ダイレクトにリーチすべきだと考えました。
ここからカスタマージャーニーの方法を取り入れていきます。まず、移住して来てほしい人物像のペルソナ設定に当たっては、県内外で4つのタイプに絞りました。
次に、そのペルソナの行動や生活をリサーチ・分析することで、ターゲットの情報接点や、ターゲットに対して有効な上市町のアピールポイントを考察していきました。
さて、4つのペルソナのうちの一つが、隣接する「富山市」の在住者、それも「小さいお子さんのいるファミリー層」「これから家を建てようか検討している方」でした。分析の結果分かったのは、実は富山市民にとって上市町のイメージが強くないことです。
隣接しているのに、上市町のことはあまり知らない。富山市民に上市町のイメージを尋ねると、「富山市から遠い」という回答が多かった。実際は上市町から富山市に通勤・通学できるくらい近いのですが、現実とイメージに大きな隔たりがあったのです。
そこで、富山市民に対して、「上市町に一度遊びに来てもらうためのPR」を考えました。ただし、最初から一つの施策で勝負するのではなく、二つのPR手法を同時に試し、効果測定。より反応の良かったPRを正式採用するというものです。
複数の施策をテストし、最終的な“本命”を決める手法は、デジタルマーケティングの世界ではよく使われますが(ABテストなど)、これを行政の移住施策に持ち込んだわけです。
- 施策A:富山市内の保育園に配布されるフリーペーパーに上市町の特集記事を掲載する
- 施策B:富山市の人気ブロガーに上市町を取り上げた記事を書いてもらう
しばらくテストマーケティングをしたところ施策Aの効果が高かったため、正式採用しました。それから2年間、定期的にフリーペーパーに記事を掲載し、以降の効果測定も続けています。富山市のファミリー層に対する調査では、上市町の認知度や好感度が年を追うごとに増加しています。
75歳を超えるシニアの方が、LINEやAirbnbを使う
次に行ったのが観光施策です。ここでは、地域で暮らすシニアの方のIT育成も行いました。
一度でも上市町に訪れてもらい、良さを知ってもらう上で、避けては通れない課題がありました。それは、宿泊施設が少ないことです。やはり一泊しなければ、「住みたい」と思うほどの地域の良さは伝わりません。
そこで、町に新たな宿泊施設をつくれないか検討していたときに出会ったのが、上市町でコーヒー&スナック「もぐら」を営む細川和子さんでした。もともと商工会婦人部の部長を務めた方で、すでに40年もお店を経営。私もすっかり常連客として通うようになり、細川さんのことを「ママ」と呼んでいました(笑)。
もぐらは地下1階のスペースを使って営業していますが、実はこの建物、かつては細川さんのお父様の代まで料亭旅館として営業しており、当時の客室だった1、2階は使われていない状態でした。そこで私は、1階、2階を改装してゲストハウス化することを提案。彼女も以前から上市町の過疎化を憂いており、了承していただきました。
細川さんと私、さらに旅館運営代行などを手がけるスタートアップ「dot.(ドット)」の御子柴雅慶氏、吉玉泰和氏が加わって運営することにしました。2018年12月に「ゲストハウス松月(しょうげつ)」としてスタートしたのです。
さて、このゲストハウス松月にもシビックテックの要素を取り入れています。細川さんは75歳というご高齢。特にITリテラシーは高くないのですが、普段の集客はdot.の協力を得てAirbnbに専用ページをつくり、運営しています。利用者のレビューやクチコミへの返信については、フィリピンの日本語ができる人材にオフショア委託。運営者からの指示に基づいて対応してもらっています。ネット時代ならではの体制です。
また、普段は細川さんや私、dot.のメンバーなど、関係者が離れ離れに生活しているので、全員がオンラインの共有ダッシュボードで情報共有を行うことにしました。施設の日々の清掃は地元の80歳を超えるシルバー人材を募集しましたが、このメンバーにももちろんスマートフォンを常備してもらい、ダッシュボードを使っていただいています。加えて、個別の細かいやりとりのために、全員にLINEの操作を覚えていただきました。
これらのツールの使い方を皆さんに習得していただいた結果、細川さんと他メンバーで、Airbnbでの予約状況や宿泊者への連絡事項など基本的なことはダッシュボードで共有しつつ、細かな疑問点や改善の議論をLINEで行うという体制が確立。私たちも遠距離から運営状況を把握できるようになったのです。
こうしてゲストハウス松月は、現在6割以上の稼働率になっています。Airbnbで集客している効果で、旅行中の外国人観光客が見つけて宿泊することも多く、上市町への滞在を増やす一助になっています。
最後に、一緒にカスタマージャーニーを取り入れた施策に取り組んだ行政の方と、細川さんのコメントをご紹介します。
施策の意図や数値が明確になるため引き継ぎもしやすい
2年ほど前に加形さんの提案を受け、町への移住促進施策にカスタマージャーニーを取り入れました。1年ごとの具体的な数値目標を試算し、ペルソナと言われる明確なターゲット像をつくる。そして、一つ一つの施策の効果検証を、デジタルツールなどで行う。結果、より明確な計画を描けるようになりました。
以前はほぼ東京など首都圏の方に向けて移住PRをしていたのですが、ペルソナや目標の数字を出したところ、富山市のファミリー層にも重点的にリーチすべきだと分かりました。まずは、近隣の市や県から観光に来ていただくという明確な方針のもと、長期的な設計をすることができたと思います。
移住促進のような取り組みは長期で行うのが大切ですが、私たち行政はどうしても数年単位で担当者が異動してしまいます。しかし今回、各施策の意図や毎年目指すべき数値が具体的になったため、担当が変更しても引き継ぎやすくなりました。施策の継続性も高まったと感じます。
同じシステムで「ゲストハウスを運営したい」という町民も
商工会の女性部長を務めたりする中で、人が減っていく上市町を何とかしたいと思っていました。私はこの町でカフェ・スナックを営んでおり、かつて父が経営した料亭旅館の地下を店舗に使っていましたが、地上階はずっと空いていたのです。そこで加形さんたちと相談して、空いていた地上階を宿泊施設に改装しました。
「ゲストハウス松月」としてオープンしてからは、アメリカや台湾からのお客さまも来られました。宿泊の稼働率は6割を超えており、インターネットがなければ考えられなかった状況です。Airbnbでのお客様とのやりとりは、フィリピンの方たちに業務委託するなど、私たちでも続けられる仕組みにしてもらっています。
また、部屋の清掃スタッフも私と同じ上市町の高齢者ですが、みんなダッシュボードやLINEの使い方を覚えて、業務連絡に使っています。私一人ではこのようなことはできませんでしたし、外部のいろんな人と手を取ったからこそ、チャレンジできたと感じています。
上市町には、うちの他にも空き家となっている古民家があり、同じようにゲストハウスを始めたいと相談に来る方もいらっしゃいます。このゲストハウスがうまく行っていることが、町の住民に元気を与えていると思います。