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地域課題をテクノロジーで解決する「シビックテック」No.2

ITの力で“関係人口”を増やせ!郡上市のシビックテック事例

2019/11/26

シビックテックとは、地域の課題を住民自身がテクノロジーで解決すること。しかし、必ずしも「そこに住むプロのエンジニアが、地域のために新たなシステムやツールを開発する」だけがシビックテックの全てではありません。

本連載では、SNSやスマホアプリなど、すでに世の中にあるIT/ICTサービスを住民が活用することで地域活性化を図る、いわば「広義のシビックテック」の事例を中心に紹介していきます。

今回は、岐阜県郡上市で行われた「IT活用により“関係人口”を増やす取り組み」を、地域施策を数多く手掛ける電通デジタルの加形拓也が紹介します。

<目次>
郡上市の課題:“交流人口”を“関係人口”につなげられない
データ管理とコミュニティーで郡上ファンのつながりをつくる
関係人口を生み出すために「四つのフェーズ」を連携させる
小中学校にもテレビ電話を導入。身近なIT化がもたらすメリット

 

郡上市の課題:“交流人口”を“関係人口”につなげられない

岐阜県のほぼ中央に位置する郡上市は、観光客が非常に多い地域です。日本三大民踊の“郡上おどり”や、江戸時代の城下町の面影が残る“郡上八幡”の街並みが有名。さらに、ラフティング(ラフトを使用した川下り)などの自然を使ったアクティビティーも人気ですし、踊り文化によって根付いた下駄や染物など、工芸品も盛んです。

日本三大民踊の一つ“郡上おどり”のために、市外、さらには県外からも多くの人が訪れる。
日本三大民踊の一つ“郡上おどり”のために、市外、さらには県外からも多くの人が訪れる。

郡上市の総人口は4万人弱ですが、年間に訪れる観光客は600万人に迫るほど。この数字からも、いかに多くの人がこの街に足を運ぶか分かるでしょう。

郡上市はベンチャービジネスも活発ですし、「徹夜踊り」で名高い郡上おどりの伝説的な歌い手や、夜の川に潜って漁をする名人、自然農法の達人など、全国にファンを持つカリスマ的な人がたくさんいます。

また、漫画家のさくらももこさんが生前に足しげく通い、郡上への愛着から「GJ8マン」というキャラクターを自主的に誕生させるなど、文化人との縁も深い。地域としての観光資源はとても豊かな場所です。

しかし、郡上市には悩みがありました。観光客のような“交流人口”は多くても、その人たちの訪問は単発で終わってしまい、長期的に地域と関わる“関係人口”(※)に発展させることができていなかったのです。

※ 関係人口=移住した“定住人口”でも、観光という一時的な“交流人口”でもない、地域外の人が持続的に地域と関わり続けるケースのこと。地域と外部の接触点を増やし、地域づくりの担い手になることが期待される。


それに郡上市自体、2004年に7町村が合併しましたが、人口は年々減少。いっときの観光にとどまらない、関係人口を増やすことが急務となっていました。

そこで実施されたのが、電通がお手伝いさせていただいた「郡上縁つなぎプロジェクト」です。

データ管理とコミュニティーで郡上ファンのつながりをつくる

プロジェクトの発端は、電通の「地方創生室」に所属する岡野春樹からの相談です。岡野は総務省の「地域おこし企業人」という制度を活用して、郡上市に出向していました。

彼から「郡上市の関係人口を増やしたい」と相談され、二人で話し合う中でこのプロジェクトが生まれました。

目指したのは、お祭りやアクティビティーなど郡上市でのイベントに参加してくれた人たちを“横につなげる”ことです。これまで、それぞれの目的でたくさんの“郡上ファン”が訪れていましたが、イベント同士は相互に連携せず、完全なタテ割りになっていました。

しかし、例えばラフティング目的で郡上を訪れる人を、ラフティングと相関性の高い自然体験や他のアクティビティーに関するイベントにも勧誘できれば、より深く、長期的に地域と関わってもらうことができます。

あるいは郡上踊りに来た観光客に対しても、郡上踊りに関係する工芸品や他のイベントに案内できれば、これまで年1回だった来訪が2回、3回と増えるかもしれません。

郡上市には魅力的な工芸品もたくさんある。
郡上市には魅力的な工芸品もたくさんある。

そこで、イベント同士の横のつながりをつくるために活用したのが、CRM(顧客管理)システム大手のSalesforceです。主に企業が顧客管理や営業支援に使うサービスですが、これを郡上市という“地域”に導入したのです。

もともと店舗や組織ごとでそれぞれ顧客管理をしていたものを、「郡上市」という大きなくくりの顧客データとして、Salesforce上で一元管理することに。蓄積されたデータを元に、各個人に興味のありそうな関連イベントや、昨年来訪したイベントの告知などをDMで送付するようにしました。

ただし、DMを見ていない人もいます。そこで、もう一つの顧客接点としてFacebook上に郡上市のグループを作成。郡上市を訪れた方たちのためのコミュニティーをつくりました。このコミュニティーでは、郡上市で行われるさまざまなイベントを発信。自分の興味あるイベントしか知らなかった郡上ファンたちが、「他にこんなイベントがあるんだ」と、新たな発見をするようになりました。

従来は、各イベントが独自で情報発信、集客、参加者管理を行っていた。しかしこれでは関係を深めている人が誰なのかが見えてこないし、他のイベントがさらにコンタクトする手段がない。
そこで各イベントが共通で使える情報発信、集客、参加者管理の仕組みを既存のITサービスで構築。郡上市全体で関係人口になりそうな人を把握し、継続的にコンタクトできる状態をつくりだした。

これら「郡上縁つなぎプロジェクト」の運営は、HUB GUJOという地元のコワーキングスペースを営む団体に依頼。行政の施策にせず、あくまでも民間の方が関わる形です。

特にポイントとなったのは、SalesforceのDMや、Facebookコミュニティーでのトピック投稿、参加者とのコメントのやりとりです。運営自体はHUB GUJOですが、実際にDMを作成したりFacebook上で郡上ファンとコミュニケーションしたりする「縁つなぎサポーター」の役割は、地元の主婦の方々に依頼しました。

コミュニティー内で誰か郡上ファンがコメントすると、サポーターが積極的に返信し、会話を活発化。やがて、面識のない郡上ファン同士が新たに知り合うケースが増えていき、タテ割りだった郡上ファンやイベントが横につながる流れができたのです。

こうして横のつながりが生まれると、郡上を訪れる回数、関わる機会は増えていきます。それは“関係人口”につながります。

地域課題解決のために専用システムをゼロから開発するのではなく、SalesforceやFacebookという “こなれた技術”を使い、“市民”である民間組織や地元の主婦が携わる。そういった「広義のシビックテック」が実践された実例だと思います。

最後に、電通から郡上市に出向して奮闘してきた岡野と、実際にプロジェクトを運営するHUB GUJOの代表者からのコメントをご紹介しましょう。

関係人口を生み出すために「四つのフェーズ」を連携させる

電通 地方創生室の岡野春樹氏
電通 地方創生室の岡野春樹氏

電通 地方創生室の岡野です。私は郡上市に出向してから、住民と外部の人が一緒になって“根っこのある”プロジェクトを生み出すローカルインキュベーション事業「郡上カンパニー」を立ち上げるなど、さまざまな人がこの地と関われるような機会を企画・創出してきました。「郡上縁つなぎプロジェクト」もそのひとつです。

地域の関係人口を増やすためには、以下の四つのフェーズがあると思います。

  1. 交流フェーズ(観光などで地域を訪れる)
  2. 関係継続フェーズ(DM、Facebookなどで関係を継続する)
  3. プロジェクトフェーズ(地域の取り組みに参加するようになる)
  4. 担い手フェーズ(地域に関わり続けるようになる)

郡上は、観光という交流フェーズ(1)で止まるケースが多かったのですが、そこで途切れずにDMやFacebookで郡上ファンとコミュニケーションをとることで、関係継続フェーズ(2)に移行できます。さらにここで関係性が増すと、地域の取り組みなどに関わるプロジェクトフェーズ(3)、そして年間を通じて関わり続ける担い手フェーズ(4)へと移っていきます。この流れをスムーズにつくることが、関係人口創出のポイントです。

大切なのは、四つのフェーズを連携させる仕組みづくり。縁つなぎプロジェクトでは、官民で力を合わせ、ITを活用することで、それを実現できたと思います。

小中学校にもテレビ電話を導入。身近なIT化がもたらすメリット

NPO法人 HUB GUJO理事長・赤塚良成氏
NPO法人 HUB GUJO理事長・赤塚良成氏

HUB GUJOの赤塚です。「郡上縁つなぎプロジェクト」の運営団体は私たちHUB GUJOですが、DMの作成やFacebookでのやりとりは、郡上に住む主婦の方2人に「縁つなぎサポーター」として担当していただきました。郡上には若い女性が結婚を機に移住してくるケースも多く、彼女らはSNSやITに親しみがあります。そのような方が、自宅で子育てしながらスキルを生かせる形にしました。

郡上にはもともと多数のイノベーターがおり、それぞれのコミュニティーは活気がありましたが、コミュニティー同士の横のつながりはできにくかったといえます。私たちがHUB GUJOというコワーキングスペースを運営しているのは、いろんな人たちが郡上と“つながる場所”をつくりたかったから。そのためにテレビ会議などのITシステムを充実させ、市内や遠方の人がつながれる空間としました。

ちなみに郡上市では、公立の小中学校でもテレビ会議のシステムを導入しています。少子化に加え、山間部で学校同士が離れており、子どもたちの孤立化が課題でしたが、テレビ会議で交流や合同授業が可能になり、新たな形で友達が増えています。ITの活用は、地域の維持を考える上で欠かせないと強く思います。

郡上のコミュニティー同士、あるいは郡上と外部の人たちのハブとなる空間として設計されたHUB GUJO。
郡上のコミュニティー同士、あるいは郡上と外部の人たちのハブとなる空間として設計されたHUB GUJO。