AIチャットボットから考える、コミュニケーションのこれからNo.4
AIチャットボットに自動車販売店の仕事を教えてみた。
2020/01/22
“道案内しながら、しゃべる広告をつくってみた。”で紹介した、音声入力可能なスマホ用カーナビアプリと自然対話チャットボットとの組み合わせ。「道案内しつつしゃべる、といえば…」という発想から生み出されたのが、今回ご紹介する「AI試乗」です。
従来、営業スタッフが助手席に同乗して行っていた自動車販売店での試乗体験を、AIとの試乗体験に置き換えてみたら?というこのアイデア。
具体的には「試乗ルートを案内する」「車のセールスポイントを紹介する」「顧客の日頃の車の使い方や新しい車へのニーズ、試乗した感想をヒアリングする」という試乗におけるタスクを、AIキャラクターに代行させます。
AI試乗の狙いは以下の三つ。
- 「運転の良し悪しを見られたくない」「他人が横にいると落ち着けない」など、営業スタッフと試乗することに対する顧客の心理的なハードルを軽減できる。
- 顧客が試乗に出ている間に、手の空いた営業スタッフは乗って来た車の査定など、他業務を行うことができる。
- 試乗中のAIと顧客の質問のやりとりをテキストデータ化し、試乗終了後、販売店に戻ってからの商談にすぐに生かすことができる。
という、お客様と営業スタッフ、双方にメリットをもたらすソリューションです。
AI試乗を実現するために採用したのは、電通が開発したAI日本語自然対話プラットフォーム「Kiku-Hana」。
独自の言語処理システムにより、構文解析、意味解析に強く、発言の意図や真意を把握できるチャットボットを作成できます。
また、ルールに基づく会話を行うため、ディープラーニングによるAIチャットボットと違って“失言リスク”がないという特長も持っています。その半面、ルールで設定されていない臨機応変な対話は苦手。
そんなKiku-Hanaをベースに開発したチャットボットと共に、3層の”カスタマードライブ”(※)を設計していくことになりました。その道のりを、チャットボットとの会話で再現してみましょう。
※カスタマードライブ=顧客が試乗中に体験するカスタマージャーニー、つまりAIとの会話設計のこと。今回は大きく分けて3段階で設計した。
カスタマードライブ①:
顧客との良い関係性をつくるための試乗体験設計
※以下のやりとりは、スクリプト設計の過程をドラマチックに再構成したものであり、実際にチャットボットとチームの間でこのような会話が展開されたわけではありません。
チーム:まずは話し方のトーン&マナーを決めなきゃ。体験する人には気軽に会話してもらいたいし、一所懸命さとか初々しさがあると、たくさんしゃべっても聞いてもらえそうだから、男の子の声にしようかな。
チャットボット:ボクを選んでもらってうれしいです。答えられないことが多いかもしれませんが、いっぱい勉強してがんばります!
チーム:いいね!チャットボットくん、よろしくね!…でも、初めてAI試乗をする人のことを考えると、いきなり話しかけられるとびっくりするかな。
チャットボット:ボクに名前を付けたり、設定を決めてもらえれば、ちゃんと自己紹介できますよ!自己紹介のあとは試乗に出ればいいですか?
チーム:そうだね。あ、でもその前に、エンジンのかけ方とかシートベルトのこととかもチャットボットくんに話してもらえると助かるなあ。
チャットボット:分かりました!そのあと試乗に出るんですね。事前に教えてもらえれば道案内もできますよ。
チーム:そこはカーナビアプリに任せればいいから、うまく引き継いでくれれば大丈夫だよ。
チャットボット:そうですか。じゃあ道に出たら、カーナビアプリの人に、道案内はよろしくお願いします!って言いますね。
カスタマードライブ②:
顧客の考えを上手に引き出すスクリプト開発
チャットボット: 走り出したあと、どんなことをおしゃべりすればいいですか?
チーム:試乗ではクルマの乗り心地を体感してもらいたいから、坂道や直線での加速の感じとか、カーブでの曲がりやすさと足回りのこととか、しゃべってもらおうかな。
チャットボット:じゃあ、坂道の手前で「この先、緩やかな坂道です。このクルマの力強い走りを体感してみてください!」と言うのはどうでしょう?
チーム:いいね!でもせっかくだから、坂道を上ったあとで、感想も聞いてほしいな。ちょっと練習してみようか。
チャットボット:「坂道での力強い走りを体感してもらえましたか?」
チーム:はい。…んー、YES/NOで答えさせるクローズドクエスチョンだと、会話している感じがなくなりそうだな…。
チャットボット:「坂道での走りはどうでしたか?」
チーム:…。
チャットボット:…。
チーム:…あ、ごめん、どう答えたらいいか考えちゃった。そうか、この質問だとオープンクエスチョンすぎて、「まあまあです」みたいな答えばっかりになりそうだね。
チャットボット:じゃあ、「坂道を走るとき、ラクに上れましたか?『ラクだった』のような感想を聞かせてください!」って言うのはどうでしょう?
チーム:いいね!じゃあ、カーブのあとの話しかけ方もやってみようか?で、答えてもらったら、お礼も言ってくれるかな?「ありがとうございます」とか。
チャットボット:分かりました。やってみますね!
チャットボット:「このクルマならではの広い視界を、カーブでも感じてもらえましたか?『視界が広くて安心して曲がれた』などの感想を教えてください!」
チーム:「ちょっと左が見にくかったかな」
チャットボット:「ありがとうございます!」
チーム:…見にくかったと言われて、その元気いっぱいな返事は、会話としてちぐはぐな感じがしちゃうね。ネガティブな反応の場合は、「そうでしたか。分かりました。お店のひとに伝えておきます」みたいに答えてくれるかな?
チャットボット:分かりました!
カスタマードライブ③:
お客様にクルマのことを知ってもらうためのナーチャリングアクティビティー
チーム:道の特性に合わせて乗り心地を聞くのは、これでよし、と。あとは、クルマの特徴をしゃべってもらおうかな。
チャットボット:分かりました、セールストークってやつですね!
チーム:よくそんなコトバ、知ってるね?!例えば燃費の話とか、みんな興味あると思うんだよね。
チャットボット:分かりました。燃費の話だと、こんな感じはどうでしょう?
チャットボット:「このクルマの燃費性能は、ハイブリッドだとリッター15kmだって、お店の人に教えてもらいました!」
チーム:いい感じなんだけど、いきなり話しかけられると、なんかちょっと唐突すぎて、話がすっと聞き取れないかもね。ナビの声って、話し出す前に「ポーン」みたいな、何か「話しますよ」っていう合図が入るよね?
チャットボット:分かりました。ちょっとやってみます。
チャットボット:「じゃじゃん!ボクの豆知識!気になる燃費のことですが、ハイブリッドだとリッター25km、ガソリン車はリッター15kmだって、お店のひとに教えてもらいました!」
チーム:じゃじゃん、ね!ちょっと引き込まれる感じがあって、いいじゃん!あとは、試乗の最後の方で質問タイムを設けたいんだけど。
チャットボット:それはボクの得意技です!あ、これが想定質問と答えですね?
チーム:ちょっとテストしてみようか。「このクルマ、いくらなの?」
チャットボット:いくら、ってことは値段を聞かれてるってことだから…
チャットボット:「オプションやグレードにもよりますが、ハイブリッドなら300万円台から、ガソリン車なら250万円からとなっています。詳しいことは、お店の人に聞いてみてください!」
チーム:うん、ばっちりな答えだね!
チャットボット:上手にできてよかったです!
※繰り返しになりますが、これらのやりとりは、スクリプト設計の過程をドラマチックに再構成したものであり、実際にチャットボットとチームの間でこのような会話が展開されたわけではありません。
AIソリューション開発にこそクリエーティブの力が必要
さて、この3層の“カスタマードライブ”は、
- ブランドへのエンゲージメントを高め(①)、
- 顧客情報・顧客行動を取得し(②)、
- 顧客にブランドのことを詳しく知ってもらう(③)
という点で、カスタマージャーニー設計そのものとも言えます。あるいは、20〜30分の間で実施するマーケティングオートメーションのようなものとも言えるかもしれません。
「AIをマーケティングに活用」というと、RPA(Robotic Process Automation)的な自動化・業務効率化を目指すツール的なものか、あるいは良くも悪くも話題づくりを狙ったもの、のどちらかになりがちです。今回われわれが狙ったのは、その中間にあるソリューションでした。
自動車販売店での試乗という業務を“自動化”しつつ、これまで試乗を敬遠していたターゲットが“興味”を持ってくれるようなユニークネスを持たせる。さらに営業スタッフが同乗する試乗とは違う問いかけ方で、顧客の興味ポイントの抽出や情報取得をしていく。
これらの要素を一つの体験ソリューションとして設計していく中で、確信したことがありました。それは、ややもすると冷たくなりがちなテクノロジーをやわらかく感じさせるためにも、またテクノロジーがうまく対応できないところを上手にカバーするためにも、キャラクターの設定やスクリプトの用意の仕方など、「クリエーティブの力」こそが重要ということです。
今後ますます、さまざまな経営課題や目標をDX(デジタル・トランスフォーメーション)やCX(顧客体験)で解決したい、というニーズが増えていくでしょう。そうした中では「AIなどのテクノロジー」と「面白さ、親しみやすさ」の接点を見つけ、体験の設計をしていくことが、ソリューションを受け入れられやすくするための大きなカギとなりそうです。