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事業開発はフィンランドに学べ!No.1

フィンランド流“サウナスタイル”な思考法〜ダイバーシティー時代に忘れてはならない三つの視点

2020/01/21

多くの企業で「新規事業」立ち上げの機運が高まる昨今。そのための部署ができたり、ある日突然「新しいビジネスを考えよ」というミッションを与えられたり、というケースが増えているようです。

でも、何をしたらいいのだろう。正解はどこにある?そのヒントを探るため、実際に新規事業開発と向き合い模索する日本企業5社の皆さんと共に、2019年11月、私たちはフィンランドを視察しました。この連載では現地で得た気付きや視点を日本でも生かすべく、考察していきます。

世界最年少の女性首相が生まれたのは偶然じゃない。フィンランドの底力とは

自然豊かな観光地としてのイメージが強いフィンランド。他にオーロラやムーミン、そして最近日本でもブームに火がついたサウナも人気ですが、実は真の魅力はもっと奥深いところにあります。世界幸福度ランキング2年連続1位(2019年時点)。5歳から性教育が開始されるほどの先進的な教育やダイバーシティーへの寛容度。世界最年少34歳の女性首相が誕生したのは記憶に新しいニュースですが、それは決して偶然ではなく、多様性を尊重し、若いときから一人一人が主体性を持って考え、行動することが重要視されるフィンランドの教育方針が具現化した形といえます。

フィンランドの魅力

私たちが今回、さまざまなビジネス視察の中でもフィンランドを選んだのには理由があります。今のフィンランドを成り立たせている価値観やマインドが、“起業家の宝庫”として同地が注目を集める大きな要因となっていると考えたからです。さて、フィンランドの人々は一体、何を考えているのでしょうか?

「企業にも、大学にも、優劣はない」は、本音か建前か

フィンランドの中心地は、国際空港があるバンター、首都ヘルシンキ、その西にあるエスポーの3都市。車で1時間もあれば回れるこの一帯に、政治や経済の主要な拠点が集まっています。まず私たちは、特に重要な鍵を握るエスポー市へと向かいました。

フィンランド地図

エスポーは北欧のイノベーション拠点として世界的に注目を集めていて、多くの若い起業家が育つ場所。中でも数々のイノベーションが生まれる起点となっているアールト大のデザインファクトリーを訪れ、話を聞くことに。

「フィンランドでは、大学にも企業にも、優劣はない。一つ一つに個性があるから」

「パートナーを組むときにもお互いの規模の大小は一切関係ない。ヒエラルキーはなく、どこと組んでもいい」

こう話すのは、エスポー市役所で国際関係の任務を担当する陶芳兰(Fanglan Tao)氏。上海出身ですが1998年からフィンランドに移り住み、ヘルシンキ工科大(現アールト大)で修士を取得。アメリカと中国にて多国籍企業に勤めた後、2015年からエスポー市役所で勤務しているという国際派の彼女は母でもあり、上海とフィンランドの育児環境の大きな違いについてこう話しました。

「フィンランドでは、育児が働くことの妨げになることはない。必ず保育園が終わる時間に仕事は終わる。フィンランドでは、人のホリデーを邪魔しないことがとても大事!」

彼女が実際に感じているように、ワークライフバランスが充実した男女平等の国としても名高いフィンランドですが、教育にも事業開発にも“平等主義”の考え方が浸透しているといいます。果たしてそれは真実なのか、それとも…。半信半疑の心持ちで、学内を見学することにしました。

東京藝大と、一橋大と、東京工業大が合併!?

アールト大は、フィンランドの国策によりヘルシンキ芸術大、ヘルシンキ経済大、そしてヘルシンキ工科大の3校が合併し2010年に誕生しました。多分野、多国籍の学生たちが共に学ぶことで革新的なアイデアを生み出し、イノベーションを起こすことが目的です。それはまさにフィンランドの起業家を育てる“土壌”。日本で例えるなら、東京藝術大、一橋大、東京工業大が一つになるほどのこの大胆な試みは、フィンランドの学生たちにどう影響しているのでしょうか。

アールと大学

私たちが訪れた「アールト大デザインファクトリー」は、この3大学のコラボレーションの象徴ともいえる施設のひとつ。クリエイティブ人材を育てるプログラムが用意され、学生たちを刺激するさまざまな工夫が盛り込まれています。中でもユニークなのが、忽然と出現する“Hugging point(ハギングポイント)”。そこでは誰とハグしてもOK。壁にはハグの種類が書かれたメニュー表が掲げられ、ハグメーターなる計測器まであります。学生の壁を取り払い、コミュニケーションを促すデザインが各所に仕掛けられているのです。

アールと大学の写真1
アールト大デザインファクトリー。施設内には、名物の“Hugging point(ハギングポイント)”がある。 
アールと大学写真2
クリエーターの心を刺激する設備やデザイン設計。カフェやキッチンスペースも充実。

多様な価値観が集う“サウナ”は、イノベーションの拠点

さらに目玉となる学内の施設が、「スタートアップサウナ」。起業家を目指すさまざまな若者が集う場です。多様な学生たちが同じ場に集まり、それぞれ多様な価値観に触れるその光景はまるで本当の“サウナ”のよう。

フィンランド人にとってサウナは、日本人にとってのお風呂のように身近なものであり、家族団らんの場、そして社交場でもあります。公共のサウナでは多様な価値観、多様な人種が同じ空間に集まる中でコミュニケーションが交わされ、時にはサウナの中で、スタートアップと投資家が出資の相談をすることもあるそうです。

フィンランドのサウナ
フィンランドのサウナは、多様な人々が集まる場の象徴でもある。(左)フィンランドのスタートアップイベント「SLUSH」の会場に設置されていたサウナ内部。(右)フィンランド人にも愛される公共のサウナ「クーシヤルヴィ」。国立公園の麓にあり、温まった体を湖で冷やすこともできる。

彼らはさまざまな価値観が集まるからこそ、イノベーションが起こると信じています。多様な人々、そして多様な価値観を認め合う“サウナスタイルな思考”が根っこにあると、何かと何かを比べて優劣をつけることに意味はなく、自分とは異なる相手を尊重することこそ、生産的かつ効率的であるという結論が導かれます。「優劣はない」、まるで理想論のように感じられるこの考えは、実はイノベーションへの最短距離になり得るのです。

スタートアップサウナ
(左)アールト大内でアクセラレーションプログラムを実施する「スタートアップサウナ」。大学やベンチャーキャピタルの投資家などがサポートし、起業を目指す若者が集まる場となっている。(中)さまざまな人が自由に出入りし、交流できる空間が設けられている。(右)館内にはサウナ風のミーティングスペースもある。

“大企業志向”だったフィンランドの学生が変わったワケ

果たして今の日本はどうでしょう。各国のジェンダー平等が数値化された「ジェンダー・ギャップ指数」は121位と史上最低を記録(2019年12月発表)。男女の賃金格差はいまだに高く、シングルマザーに社会は厳しく、企業のトップはほとんどが男性、女性政治家も依然少ないまま。一方で日本における自殺者の約7割が男性です。治安が圧倒的に良く、医療も充実した長寿大国の日本が、世界幸福度ランキングは58位(2019年3月発表)と良いとはいえないスコアなのはなぜなのか。その答えのひとつが、「固定化された価値観」なのではないでしょうか。理想の男性像、理想の女性像、理想の幸せが固定化され、そこから外れると「負け組」と見なされます。正解の価値観が固定化されると、必然的に「不幸」に位置付けられる人が増えることになります。その分かりやすい事例の一つが日本の厳しい「就活戦線」です。

今でこそ多くの若者たちに起業文化が息づいているフィンランドでも少し前までは、学生たちは“大企業志向”だったといいます。それが変化した背景の一つとして見逃せないのが、2013年、マイクロソフトによるノキアの買収劇でしょう。それまで優秀な学生たちは大企業ノキアへの就職を望みましたが、ノキア衰退の過程で多くのフィンランド人が解雇され、職を失うことに。そしてそれが分岐点となりました。失業した人たちが次々と起業し、やがてスタートアップブームが生まれたのです。

大企業への就職だけが道ではない。多様な価値観を認め合い、イノベーションを起こしてこそ新しい未来が開ける。そう信じる若者たちが果敢に立ち上がりました。そしてそれが、私たちがこの後行くことになるSLUSH(スラッシュ:ヘルシンキで2008年に始まったスタートアップイベント。詳細は連載第2回にてご紹介)の立ち上げにもつながることとなります。3校が合併して誕生したアールト大やスタートアップサウナにおける“共創(コ・クリエーション)”が重んじられる環境は、学生が柔軟な思考でスタートアップを始めるための大きな後押しとなっているのです。

ダイバーシティーは福祉にとどまらない、ビジネスを広げる“可能性”だ

さて、新しいビジネスを起こすための“サウナスタイル”な思考法とは何なのか。三つにまとめると、

  1. 多様な価値観を受け入れる「寛容度」
  2. 異なる価値観を融合させ、さらに新しい価値を生み出す「クリエイティビティー」
  3. 失敗を恐れず、失敗から学ぶ前提で進める「プロセス重視型」

フィンランドの学生たちが失敗を恐れない背景として、幼いころからプロセス重視の教育を受け、失敗こそ次への学びへとつなげる力があるからだけではなく、失敗した人に対する手厚い支援が整っていることも重要な側面です。つまり、このような三つの思考法を生み出す背景には国策が大きく寄与していることがうかがえます。

男女平等、LGBTQ、障がい、働き方、家族の形など“ダイバーシティー”が叫ばれる時代になってきましたが、今はまだそれが“福祉施策”と捉えられ、企業の関わり方もCSR施策の一環にすぎないケースが多いようです。しかし、多様性を認め合うことは福祉の枠組みを超えてビジネスを拡張する可能性があることを、フィンランドは教えてくれます。教育やビジネス開発などあらゆる側面で“多様な価値観の融合”が行われ、それが新たなイノベーションを生み出しているこの状況から学ぶべきことは多々あります。次回は、そんなフィンランドでさまざまなスタートアップが出展する“SLUSH”視察のレポートを中心にお伝えします。 

 “サウナスタイル”な思考法〜ダイバーシティー時代に忘れてはならない三つの視点

1.多様な価値観を受け入れる「寛容度」
2.異なる価値観を融合させ、さらに新しい価値を生み出す「クリエイティビティー」
3.失敗を恐れず、失敗から学ぶ前提で進める「プロセス重視型」

【参加者募集】「北欧オープンイノベーション」カンファレンスを開催!

本イベントでは、オープンイノベーション先進国となった「フィンランド」のエコシステムについて、文化・地政学・経済的背景や社会課題への取り組み事例を紹介。さらに現地を視察した日本の事業会社による、ファインディングスや日本での事業への生かし方についてのパネルディスカッションを実施、それぞれの視点から自社のアセットを活用したオープンイノベーション・新規事業の在り方を考えていきます。

【開催概要】
 主催:株式会社電通
開催日時:2020年1月27日(月) 16:00~17:30(開場:15:45)
 会場:電通14階 オープンセッションラウンジ  (東京都港区東新橋1-8-1 電通本社内)
 定員:50名(※事前登録制。応募者多数の場合、先着順)
 参加費:無料

カンファレンスの内容やお申し込み方法などの詳細は応募フォーム

※本イベントは終了しました。多くの皆さまのご来場、ありがとうございました。