事業開発はフィンランドに学べ!No.2
2020以降に社会を動かすビジネスとは〜北欧最大級のスタートアップイベント「SLUSH」で得たヒント
2020/02/05
2019年11月、新規事業開発について模索する日本企業5社の皆さんと共に訪れたフィンランド。本連載では、そこで得た気付きや視点を日本でも生かすべく考察します。今回は、北欧最大級のスタートアップイベント「 SLUSH(スラッシュ)」の視察を中心にお伝えします。
失敗を「価値」とする教育方針が、起業家精神を育てる
まずSLUSHとは一体何なのか、その成り立ちを含め、簡単に紹介します。
フィンランドがノキア買収の脅威にさらされ始めた2000年代、学生たちの間では起業の機運が高まっていました。そんな最中、アメリカ西海岸にスタディーツアーに行った学生たちが現地のスタートアップ文化に感銘を受け、帰国後に開催したデモデイが、SLUSHの始まりです。本格的なイベントは、2008年にヘルシンキで始まり、2019年で12年目を迎えました。今や4000社のスタートアップ、2000人の投資家、そして数多くの事業会社が集結し、世界中から2万5000人もの一般参加者が訪れる大規模イベントへと成長しました。
世界各地で開催される数々のスタートアップイベントとの違いは何か。それはこの大規模イベントを学生が立ち上げたこと、2000人以上もの学生ボランティアがこのイベントを支えていること、さらに出展者にも若手のスタートアップが多く、セミナーなどのセッションやプレゼンテーションの登壇者も年齢層が若くて女性比率がかなり高いことです。このように今では多くの若者たちに“起業家精神”が浸透するフィンランドですが、学生たちのチャレンジを後押ししたのは、「失敗」を積極的に経験させようとするフィンランドの教育方針でした。
「2回、3回失敗するのは当たり前。4回、5回目くらいで形になるイメージ。でも、それでいい。失敗から学び、失敗を成功のためのプロセスと捉えるからです」
フィンランド在住19年、エスポーやヘルシンキを中心に、シニアビジネスアドバイザーとして数々のスタートアップコミュニティーを支援してきたエスポーマーケティング社の清水眞弓氏は、フィンランドの起業家たちの特徴をこう話します。失敗が減点と見なされる環境に置かれると、チャレンジはリスクでしかありません。しかしフィンランドでは違います。失敗は成功のためのプロセスだから、失敗はむしろ「価値」になるのです。
SLUSHは、多様な視点による社会実証の場
数々のスタートアップイベントやビジネスカンファレンスと比較して、SLUSHならではの特徴とは何か?その一端が伝わるようなスタートアップやセミナーをいくつか紹介します。
●ŌURA RING
「さらばスマートウォッチ、さらばスマホ」をメッセージに掲げるヘルスケアスタートアップ。リング型でデザイン性に優れたアクティビティートラッカー(歩数や消費カロリー、睡眠時間などを計測できる活動量計)を商品化しています。リストバンドよりさらに着用しやすく、アクセサリー感覚でつけられることが売り。デザインとテクノロジーの融合が特徴的で、カラーやサイズも豊富です。
●SomeBuddy
Cyberbullying(ネット上のいじめやトラブル)に対して法的・心理的ケアを提供するリーガルテック・スタートアップ。フィンランドでスタートし、現在はスウェーデンでも事業展開するこのサービスの特徴は、トラブル発生時にAIを活用してアドバイスを提供していることです。日本では行政やNGO・NPOが中心となり対応する中で、民間からの提案が進んでいることに北欧らしさを感じました。
●THE GENDER GAP in EQUITY COMPENSATION
スタートアップの資本持ち分の女性比率を上げ、女性投資家を育成したり女性経営者を支援する投資ファンド「#ANGELS」創業者の一人、April Underwood氏によるセミナー。性別による給与格差はよく問題とされますが、CARTA社(創業者や投資家向けのソフトウェアプラットフォーム)と#ANGELSによる6000社への調査によると、自社株を保有する創業者の男女比は87%:13%、さらに彼らの資本持ち分を価値換算した場合の割合は93%:7%。このように圧倒的に女性の割合が低い原因が「女性はお金に関して交渉をしない」という偏見があるからだと彼女は伝えました。昨今、欧州では取締役構成のダイバーシティーが問われていますが、ここでは資本持ち分のダイバーシティーについても具体的な提言がなされたことが新しい点でした。(数字は本セミナーによる)
●Sensible4
番外編として、今回のSLUSH期間中に試乗できた、フィンランド発、自動運転のスタートアップも紹介します。独自のセンシング技術であらゆる天候に対応できる自動運転バス「GACHA」が2019年3月に完成、車体デザインは無印良品を展開する良品計画が担当しました。既にエスポー市、ノキア本社の協力を経て公道を活用した実証実験が行われています。さまざまな規制がある中で、公道での走行を実現していることが強みといえるでしょう。つい先日、ソフトバンク子会社のSBドライブが協業を発表し、今後の動きも気になるところです。
上記は「SLUSH 2019」のごく一部ですが、このように振り返るとさまざまな視点から社会変革にアプローチするスタートアップや登壇者の姿勢がうかがえます。フィンランドのビジネスや経営者に共通する「社会のために」の思想は一体、どこから生まれたのでしょう?
「社会のために」の思想が、建前ではないワケ
「企業にも大学にも優劣はない」という平等主義の考え方や、失敗すら価値と考えるプロセス重視の教育方針、そして「社会のために」の思想。フィンランドでは「多様性を受け入れることがイノベーションにつながる」という考えが浸透していることは、前回の記事でもお伝えしました。この「社会のために」の思想の原点はどこにあるのでしょう。経済産業省が主催するJ-Startupプログラム(スタートアップ企業支援プログラム)に選定され、JETRO(日本貿易振興機構)の後押しも得て、「SLUSH 2019」に出展していたUniposの藤野宏樹氏に話を聞いてみました。
Uniposは従業員のモチベーション向上や部署間連携の強化、バリューの浸透を目的としたサービスを展開しています。従業員同士が感謝・賞賛の言葉とともにポイントを送り合えるようにし、受け取ったポイントは給与やランチ補助、ギフト券などのインセンティブとして還元される仕組みです。部署が違うなど縦割りの組織において、隠れた貢献を可視化できる効果があるといいます。
現在、ドイツでもサービス展開を考えているUniposですが、藤野氏は、欧州と日本の考え方の大きな違いに驚いたといいます。欧州では「ポイントがお金になる」ことが魅力的ではないと捉えられたのです。では、どうしたら受け入れられるのか?例えばそのポイントを「途上国に寄付できる」ことにすると、受け入れられるといいます。
「欧州におけるビジネスの思考は、“お金をもうける”ではなく“社会にどう貢献できるか”が第一。エコフレンドリー、エシカルなど、そのプロダクトは社会に何を与えられるか?というストーリーがないと人々に受け入れられません」
欧州は小さな国が地続きになっており、ビジネスを始めるときに自国だけではなく欧州全体を見ることが多い。国の規模的にも隣国同士で協力したり、協業しないとグローバル社会で生き残れない。さらに貧困や労働問題など社会課題が身近にあるため、人々に「課題と向き合う姿勢」がマインドセットされている。だから「ビジネスを通して社会にインパクトを与えるような貢献をしたい」と思うのは自然な流れなのだと、藤野氏は述べました。
課題は社会を強くする。2020以降の日本は、どこに向かうのか
さて再び、フィンランドに視点を戻してみましょう。今でこそ観光地としても素敵なイメージのフィンランドですが、真冬には-20℃を記録するほど過酷な天候にさらされ、日照時間も少なくうつ病も多いといいます。面積は日本とほぼ変わりませんが、人口は550万人と少なく協力し合わないと生きていけません。そんな環境の中で、食糧難を見越して昆虫食に活路を見いだすなど、常に課題と向き合い、前向きに解決策を模索してきました。つまり、最初から恵まれているから今があるわけではない、ということです。
今の日本はどうでしょう。少子高齢化、根深い男女格差やシングルマザーの貧困、いじめや虐待、労働問題。日本ならではの課題は山積みですが、そこには必ず世界の課題解決にもつながるヒントがあるはず。一体“何のため”に私たちは事業開発したいのか。日本ならではの課題に向き合い、さらにその先に世界を見据えて社会に開かれていくことが想定された事業こそ、2020以降の社会を創るビジネスとなるでしょう。
次回は2020年1月27日に電通で開催した「北欧オープンイノベーション」カンファレンスをレポートします。