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事業開発はフィンランドに学べ!No.3

日本の事業開発者がフィンランドで得た気付きとは?

2020/02/28

2019年11月、電通は、新規事業開発に携わる日本企業の皆さんとフィンランドを訪ねるツアーを実施。イノベーション拠点として注目を集めるエスポー市や、北欧最大級のスタートアップイベント「SLUSH」を視察しました。

オープンイノベーション先進国で、日本の事業開発者はどのような気付きを得たのか?

今回は、ツアー参加者が登壇した「北欧オープンイノベーション」カンファレンス(2020年1月27日、電通で開催)をレポートします。

北欧オープンイノベーションレポート
カンファレンスは、ツアーに参加した日本企業4社の事業開発者と電通のメンバーが登壇。北欧のオープンイノベーションエコシステムや、日本の事業開発に必要なことなどについて活発な意見が交わされた。

イノベーションの種を海外企業と一緒に育てるのが、フィンランド流のエコシステム

カンファレンスの冒頭では、フィンランド大使館商務部の渥美栄司氏が登壇。イノベーションの観点からフィンランドの特徴を述べました。

渥美栄司氏
さまざまな産業領域でフィンランドと日本企業の協業や投資をプロデュースしている渥美栄司氏。

「この10年間に、フィンランドは大企業型の経済からスタートアップエコノミーへと意識を変えつつある」と述べた渥美氏。スタートアップへの投資について、10年以上前は国内外とも額が少なかったといいます。しかし近年は投資額が大幅に上昇。2017年は、2007年に比べて3倍以上の資金がスタートアップに集まり、その半分以上が海外資金であることをデータで提示。「フィンランドは新規事業の種を、外国と一緒に大きく育てるビジネスモデルを実践している」と述べました。

 “イノベーションの国”として世界から注目されるフィンランドに、イノベーションセンターを設ける海外企業も増えているといいます。他国のフィンランドにおける現地法人設立件数は、隣国のスウェーデンが最も多く、次いでイギリス、アメリカ、デンマークと続き、日本は中国に次いで9番目。フィンランドに現地法人を設立してイノベーションを起こすエコシステムは、日本の大企業やスタートアップにとっても非常に注目すべきことだと伝えました。

フィンランド式サウナカルチャーを現地で実感

カンファレンス第1部のテーマは、「北欧オープンイノベーションエコシステムについて」。本連載の1回目 でも紹介した “フィンランド式のサウナカルチャー”について、各登壇者が現地で感じたことを語りました。

北欧オープンイノベーションレポート2
左から、近藤俊平氏(電通 ビジネスプロデュース局)、尾崎耕司氏(電通 事業投資推進室)、加藤由将氏(東急 フューチャー・デザイン・ラボ)。

約550万人の人口に対して約300万ものサウナがあるフィンランド。現地でサウナに入ると、いろいろな人から話しかけられ、人々の交流の場になっていることを肌で感じたそうです。現地の方の話では、有名な投資家は行きつけのサウナがあり、そこにスタートアップ企業の担当者が訪れて投資の話をすることもあるとのこと。フィンランドのサウナは、人と人が心を開き、仕事を開拓する場になっていて、日本の和室に通じるものがあるという意見も出ました。

SLUSHには各国の有名企業も出展していましたが、ブースには展示物が少なく、中にはミーティングスペースしかないところも。コーヒーを提供して、皆さんどうぞしゃべってくださいというスタイルだったと言います。加えて、会場では知らない人がどんどん話しかけてくる。そんなところにも他人にフラットに心を開くサウナカルチャーを感じ、それが外国から来た人にも浸透してしまうほどのエネルギーがあったそうです。

フィンランドのオープンイノベーションエコシステムは、各企業がそれぞれ社会に対して役に立とうという意識が高いことが特徴的。しかも自社だけで社会課題を解決することには、こだわっていません。例えば、技術を提供できる企業、その技術を使って製品化できる企業、製品販売を行う企業…というように、それぞれが自社の強みを持ちより、複数社で力を合わせることで、より早く、大胆な解決策を実現できる、とのコメントがありました。

登壇者の皆さんは、エスポ―でのセミナーにも参加しましたが、大企業とスタートアップに優劣はないことを感じたそうです。大企業が中小企業やスタートアップを助けるという考え方ではなく、大企業はスタートアップの技術を取り込みたいから協業し、スタートアップは大企業の持つ販路を使いたいから協業する。また、大企業はスタートアップにできることとできないこともよく理解してコミュニケーションしているので、マッチング後の違和感がないことも教わりました。

カンファレンス第2部では、登壇者が入れ替わり、日本の事業会社のオープンイノベーション・新規事業をテーマにセッションが行われました。

北欧オープンイノベーションレポート2
左から、稲葉慶一郎氏(日立製作所 オープンイノベーション推進室)、真田昌太郎氏(MBSイノベーションドライブ)、高橋朗氏(アダストリア・イノベーションラボ)、外崎郁美氏(電通CDC)。

セッションでは、日本での事業開発の問題点として、売り上げ目標や成果を出すまでのスパンなど、新規事業の定義が各人バラバラになりがちなことが指摘されました。ビジョンとミッションが明確でない、チーム内での共有がきちんとされていないケースもあるため、事業の目的が売り上げを確保することにどうしても向かいがちで、何のために事業を興すのかが見えづらいというコメントも出ました。

事業開発チーム内のコミュニケーションが非常に大事というのが登壇者の共通認識です。また、組織だけつくってもうまくいかなことがあり、事業開発に意欲を持つ人たちがうまく集えるような仕組みを社内につくる必要性も指摘されました。

他にも、新規事業がすべて成功するとは限らないので、10案件のうち一つでも継続できれば成功。動きだしてみないと判断できないことは多いので、失敗を恐れずにトライすることが大事、という発言もありました。

現地の空気や人に触れることで得られるものは大きい

約2時間に及んだカンファレンス終了後は、参加者同士が交流し情報交換も行われました。登壇者は皆、オープンイノベーション先進国であるフィンランドを訪れたからこそ、得られたものは大きいとコメントしました。最後に、日本企業の事業開発担当者の声を紹介して、このレポートをまとめます。

マーケットを国外に広く求め、ダイナミックにビジネスを展開している 
~加藤由将氏(東急 フューチャー・デザイン・ラボ)

加藤由将氏
2015年に、東急グループとベンチャーとの事業共創プログラム「東急アクセラレートプログラム」を立ち上げ、運営統括を務めている。

フィンランドは人口約550万人の小国で、国内マーケットの規模は大きくありません。しかしこの国では、イノベーションエコシステムがきちんと機能して著しく成長しています。その大きな理由の一つは、マーケットをヨーロッパ全体に広く求め、拡大していく速さと強さがあるからだと感じました。

フィンランドの競争優位性の一つは、同国の特殊な自然環境から生まれる「デザインの力」だと感じました。イッタラやマリメッコなどが有名ですが、意匠的かつ機能的であるさまざまなプロダクトデザインがあり、それらをSLUSHなどを活用して国外に広めています。

日本にも独自の伝統工芸品がたくさんあります。市場を広く捉えて、それらを海外に出していくことに日本の活路がありそうだと感じました。IOTを利用して生産現場をスマート化し、もっと使いやすく現代に合わせてUXを考えたプロダクトの制作拠点みたいなものができると面白いのではないでしょうか。

メンバー全員が主体的に役割を担い、とにかくアイデアを試す
 ~稲葉慶一郎氏(日立製作所 オープンイノベーション推進室)

稲葉慶一郎氏
金融系のSE・PMを経て、米国に駐在して現地立ち上げ支援、帰国して官民ファンドとファンド会社の設立・運営などを行う。現在は主に、社内外アクセラレーション活動に奔走。

イノベーションの現場に中国人やドイツ人など、外国人を当たり前のように引っ張ってきて運営していることが印象的でした。必要な人材は世界中から集めてくることを、エコシステムとして取り入れていることが日本との大きな違いです。

加えて、大企業、スタートアップ、行政の各スタッフが、「ミッションを成し遂げる」という共通目的のもとにつながり、フラットな関係の中で事業を推進していることにも驚きを受けました。

現地の人が、「アジア人はプロジェクトを立ち上げるときに、まずリーダーを決めたがる」と言っていたことも心に残っています。フィンランドのプロジェクトは、リーダーが存在感を発揮して皆がその指示に従うことよりも、一人一人のメンバーが自分の能力を出し切り、主体的に役割を担うことを重要視しています。

アイデアを試すときは、日本は会社の規則を重んじることが多く、規則をクリアした、やせ細ったアイデアしか出てこない傾向があります。それに対してフィンランドのプロジェクトは、まずはアイデアをたくさん試すことが前提にあります。可能性を捨てずにアイデアを提案することで、実りのあるものも試しやすくなります。ミッション・オリエンテッド(理念重視)やプロジェクト・オリエンテッド(プロジェクト重視)を突き詰めると、こういうことになるのかと強く感じました。


イノベーションとはハードルが高いもの、というイメージが覆されました 
~真田昌太郎氏(MBS イノベーションドライブ)

真田 昌太郎氏
新規事業やベンチャー投資を担当しつつ、現在は、社内ベンチャーで立ち上げた「隠れ家レストラン」の開店に奔走している。

新規事業とは、お金をたくさん集めて、斬新な方法でどんどん成長させなければいけないものだと思っていたので、かなりハードルが高いと感じていました。ところが今回の視察で、そんなイメージが覆されました。

フィンランドは、高い売り上げを目指した派手なことではなく、社会や地域の課題をどう解決するかという観点できちんとイノベーションを起こしていました。地域に根差した取り組みは、私たち地方局の事業開発を考える上で大変勉強になりました。

ハードルの低さという意味ではもう一つ驚いたことがあります。日本ではスタートアップのイベントに、関係者や意識の高い人しか集まらない傾向があります。ところがSLUSHに参加している学生にインタビューしてみると、「私は別にスタートアップに興味はない。でもみんながイベントに行っているし、来てみたらすごく楽しい」と答えた方がいました。日常の中で、人々がイノベーションに自然と触れ合える文化が醸成されていることに驚きました。

プロジェクトを通して解決したい課題が明確 
~高橋朗氏(アダストリア・イノベーションラボ)

高橋 朗氏
カジュアル衣料品や雑貨の企画・製造・販売を手掛けるアダストリアで、ECの立ち上げやマーケティングに携わる。2017年に「アダストリア・イノベーションラボ」を創設。

フィンランドは組織にヒエラルキーがなくて、エンジニアもCEOもファウンダーもみんな同じ目線で同じ課題を共有していました。上下関係がないぶんコミュニケーションも生まれやすく、人間関係がフラットなことが、ビジネスの成長スピードが速い理由のひとつなのだと感じました。

印象的だったのは、企業の解決したい課題が明確であることです。例えば、こういう病気のこういう症状をこれだけ緩和できるというものが、一つのプロダクトになっています。

また、社会課題とビジネスが直結していて、事業を通して何を解決すべきなのか、立ち上げの時点で目的が明確です。少子高齢化や移民の増加など、フィンランドが抱える社会課題について、プロジェクトに参加している一人一人が自分事として捉えているからでしょう。多くの人が自分の実体験を事業の発想起点にしていることが伝わってきました。ですから、新規事業をやりなさいと言われてやっている人よりも思い入れや熱量が必然的に高い。私が自分のチームに新規事業を考えてもらう時も、まずはメンバー一人一人が納得して取り組めるかどうか目を向ける必要があると感じました。