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鈴木恵千代×高草木博純 「記憶の設計」

Dentsu Design Talk №13

  • 鈴木 恵千代
  • 高草木 博純

2014/02/07

鈴木恵千代×高草木博純

「記憶の設計」

 DENTSU DESIGN TALK 第88回(2012年9月12日実施)は、空間デザイナーの鈴木恵千代氏をお招きし、鈴木氏のこれまでの仕事を紹介しながら「記憶の設計」をテーマにトークセッションが繰り広げられた。聞き手は「井上雄彦 最後のマンガ展」で鈴木氏と仕事をしたクリエーティブディレクター高草木博純氏(電通コミュニケーション・デザイン・センター)が務めた。

(企画プロデュース:電通人事局・金原亜紀    記事編集:菅付事務所 構成協力:小林英治) 

 

鈴木恵千代氏
鈴木恵千代氏(空間デザイナー)
高草木博純氏
高草木博純氏(クリエーティブ・ディレクター)

 

 



 

 気持ちよく滞在してもらうことで人の記憶に残す

 

鈴木氏はまず、雑誌などで写真を見て面白いと思った空間が、実際に出かけてみると意外と良いと感じないことがあるという、誰もが身に覚えのある経験を例に出し、それは、「空間を感じるには、目に見えることだけ以外のものが作用しているからだ」と述べた。自らが仕事をする場合には、自分が考えたことが、それを絵に起こしたときに、さらに最終形になったときにも、常に「いいな」と思えるものにしたいと考えてきたという。「僕らの仕事は長く気持ちよくその場所に滞在してもらうことで、その人の記憶に残してもらうこと」と空間デザインの仕事を定義づけた。そして、これまでに手がけてきた仕事の画像を紹介しながら、その思考のプロセスと結果を順に解説していった。

最初は1990年に大阪・難波にオープンして大きな話題となったサントリーのビアホール「カラパラ」。大理石を使ったり、大きな象の彫像が何体もあったりと、店内全体がテーマパークのような仕掛けに満ちた空間。この仕事は鈴木氏が、CMディレクターで当時空間プロデュースも行っていた李泰栄氏と組んで行った最初の事例で、転機になった仕事とのこと。これ以降、「僕がカッコイイ空間を提案すると、彼も悔しがってもっとカッコイイものを考える、というように2人でバトルをするように次々と仕事を進めていった」という。

 

明確なコンセプトでディテールまでピントの合ったイメージを創る

 

元々CMディレクターである李氏はコミュニケーションについての専門家ということもあり、それまで鈴木氏が一緒に仕事をしてきた人とは仕事の組み立て方が違ったそうで、カラパラでは最初に「天上世界」というコンセプトを提示されたとのこと。当時はまだ空間プロデュースの分野ではコンセプトという言葉でテーマを説明しない時代だったそうで、「それから1週間ほどでほとんどすべての絵を描き上げることができたのは自分でも不思議で、コンセプト設定が持つ力の強さを認識した」という。

また、当時はまだCGが普及しておらず、図面を起こす前のイメージの元になるのはデザイナーが描くスケッチだったが、鈴木氏によれば、同じスケッチでもラフスケッチとイメージスケッチは全く違うもので、イメージスケッチは、「空間を構成するさまざまな要素の素材や色や配置まで、すべてのディテールに最終形の仕上がりへのピントが合ってからでないと描くことができないもの」だという。「イメージというと漠然としたものを想像するかもしれませんが、何らかの表現、それがどこかをイメージすることは、必ずそこにディテールを見ているんです」。そう解説しながら、実際に建てられた商業施設の他に、松本零士氏の考えるテーマパークやお台場に構想されていたカジノの提案プラン、街を行き交う小型のトラムのデザインなど、実現しなかったものも含めて、鈴木氏が手がけた様々なプランのイメージスケッチを紹介していった。

高草木氏がディテールまで微細に描きこまれたスケッチを見ながら、「施主にはこのイメージスケッチでプレゼンをするのですか?」と問うと鈴木氏は、「イメージスケッチの中には創造性が含まれているので、クリエイティブ感度の高い施主さんだとこれを見て勝手に想像してくれるところがあり、話を転がすときにはむしろスケッチの方が伝わりやすい時があります」と答えた。現在のCGで作られたパースを見慣れてしまった人々にとっては、「イメージ」が喚起する力、「クリエイティブ」の本質とは何なのかを再考させるプレゼンテーションだった。

 

環境=目に見えないことこそが重要

 

鈴木氏は続いて、「環境をコミュニケーションするカフェ」というコンセプトで2003年にオープンした大手町カフェを紹介。この仕事では、リンゴの皮を亜臨界処理し液体の肥料とメタンガスにするバイオマスプラントを中心に設置し、ビル内のパブリックの通路とカフェとの境界には緑を配し、柱に光触媒を入れたり、天井のダクトをダンボールとアルミニウムで作った新しい素材で作ったりと、「すべてのものに(それを起用した)意味がある空間」を目指したという。そしてこの頃から鈴木氏は、「空間は目に見えるものだけで成立しているのでないと気付き始めた」という。例として、人がある空間に入るときに最初に接する部分である床の重要性を指摘し、リユース材を利用した吸湿性をもった床材や、グリッドに角がなく踏み心地が良いサイズのタイル、高周波を吸収する珪藻土のようなタイルを開発した事例も紹介。「居心地のいい空間をつくることは、その場所を人に記憶させ、それが安心感につながり、商業空間であれば滞在時間も伸びて売上のアップにもつながる」という。

 

美術館を1冊のマンガ本にしよう

 

そのような時期に高草木氏から依頼された仕事が、2008年に漫画家の井上雄彦氏が上野の森美術館で行った展覧会の展示空間の構成だ。「最後のマンガ展」と題されたこの展覧会は、会場が決まったあとに高草木氏が井上氏自身から相談を受け、「美術館を1冊のマンガの本にしよう、美術館という空間で絵画を見ていくような感覚で1冊のマンガを体験できないか」と企てたものだという。その後、マンガの素案ができあがった段階で、空間デザインを鈴木氏に依頼。マンガ特有のコマ割りという見せ方・読ませ方を、実際の空間に落としこむにはどうしたらいいのかという難問に対して鈴木氏が出したアイデアが、日本古来の屏風絵だった。「屏風というのをひとつのシステムにして、コマが進むように一つの面が進むと、絵を見ると同時に時間の概念も少しずつ進んでいく。これを空間で展開できるのではないか」と考えたのだ。

実際の絵のサイズはどのくらいで、次のコマ(絵)に行くには何歩歩くのがベストか、照明の当て方や強弱はどうつければよいか、絵を描く紙の素材は何が良いかといったさまざまな課題を、井上氏は漫画家として、高草木氏は観客とのコミュニケーションサイドから、鈴木氏は空間デザイナーとしての立場から、それぞれが検証し議論しながら最終形にしていくまでの様子が次々とスクリーンに映し出され、高草木氏による解説が加えられていった。鈴木氏は、普段机上の紙のサイズに描いている漫画家が大きな絵を描けるか当初不安だったというが、「実際に見せてもらった時に素晴らしい迫力で衝撃的だった」と語った。結果的に、この展覧会は大成功を収め、動員数もさることながら、訪れた観客の「満足度が非常に高く、記憶に残る展覧会として印象づけられた」ことで評価を受け、全国の美術館を巡回。その後増えていった美術館開催のマンガ展への先鞭をつけた形となった。

 

空間を考えることは記憶を考えること

 

トークセッションの最後に、高草木氏が事前に用意した質問に鈴木氏が一問一答形式で次々に答えていく時間が設けられ、「記憶にはどんな種類があるのか?」という問いには、「『自分がする記憶』と『自分がされる記憶』の2つがある」、「記憶の階層はどうなっているのか?」という問いには、「動画である」、「現代の人が見落としがちな感覚は?」には、「待つ感覚」など、いずれの問いにも鈴木氏ならではの示唆に富んだ答えが得られた。

高草木氏は、「空間を考えることは記憶と直結していて、記憶の話は普段僕らがしているコミュニケーションの話にもつながっている。コミュニケーションを効率や数字などからソリューションとして捉えることも大事ですが、手から生まれるスケッチのディテールや感覚のリアリティから考えるということの大切さも忘れてはいけない」と、鈴木氏の仕事を通して見えてきた、コミュニケーションを仕事にする者が再認識すべきポイントを指摘して、このセッションを締めくくった。

〈了〉