Dentsu Design TalkNo.14
電子書籍『広告会社からのイノベーションって?』
「現代におけるイノベーションとは何か」(3)
2014/02/07
第一線で活躍するクリエーターや知識人、経営者をゲストに招いて電通クリエーターとの トークセッションをまとめた「DENTSU DESIGN TALK」シリーズが、株式会社ブックウォーカーのコンパクトな電子書籍専用レーベル【カドカワ・ミニッツブック】から刊行されました。
2014年1月30日に第一段として配信開始された、博報堂を経てリ・パブリック共同代表を務める田村大氏と電通特命顧問の白土謙二氏のセッション、『広告会社からのイノベーションって?』を少しご紹介します。
<理解する、創造する、実現する>
白土:イノベーションの学校である東京大学i.schoolでは、実際にどのようなアプローチでその難問に取り組まれているのでしょうか。
田村:僕はエスノグラフィックなアプローチから行っていますが、「イノベーションのつくり方」を標榜する考え方は多岐にわたっていて、決定打はありません。それらを学ぶための仕組みが東大i.schoolなのです。参加者は、東京大学の15ある大学院に所属している全ての学生が対象で、その中から選抜された、創造性とやる気にあふれた若者たちが入ってきます。
実際にどんなことをやっているのか。
一例として昨年度、私が手がけたあるワークショップでは、原則週1回、10日間の日程のうち、最初から7日目までひたすらリサーチとその分析を続けました。これは、これまでのデザイン教育やクリエイティブ教育の常識ではあり得ない話だと思います。
東大i.schoolでは、「1.理解する 2.創造する 3.実現する」という3つのステップが全てのワークショップ・プログラムに必ず入るようにしているのですが、プログラムによってどこに比重を置くのかは変わります。往々にして既存のデザインスクールは「2.創造する」から始まり、リサーチなどは本人に一任で学校のカリキュラムには入らないことが多いのです。リサーチに7日間費やしたプログラムでは、3つのステップのうち、「1.理解する」に重点を置きました。このワークショップでは、未来のゲームについて考えることがテーマでしたので、「そもそもゲームとは何か」「ゲーマーとは誰か」「ゲーマーは何をモチベーションにゲームをしているのか」といったことをゼロ地点から考え、ゲームという概念を捉え直しました。このようなプロセスを経て、僕たちが持っているゲームへのステレオタイプや固定観念を取り去り、新しいゲーム像、新しいゲーマー像を導き出す。そして、そこからゲームというものを新たに作り替えていくという試みです。
もうひとつの東大i.schoolの特徴は、プログラムをあえて大学の外に置く形にしていることです。提携している企業は、博報堂やシリコンバレーに本社を置くIDEOというデザインファーム、そして最近、エクスペリエンスデザインなどで世界的に評価を高めているzibaという米国・ポートランドのデザインファームなどなど。大学ですと、イギリスの王立芸術大学院大学や、フィンランド政府肝煎りの21世紀型イノベーション大学として注目を集めるアールト大学、そしてこの分野では日本の先を走っている韓国・KAISTのインダストリアルデザイン学科、ビジネススクールでデザインを教えることで知られる、トロント大学ロットマン経営大学院、そしてご存じの方も多いスタンフォード大学のd.schoolなどです。それらの外部のパートナーとコラボレーションしたり、あるいはプログラムをこちらに持ってきたり、逆に渡したり、また共同プログラムを立ち上げて、一緒に活動をしたりしています。
そして東大i.schoolにはスポンサーが今年(2011年度)は7社ついていて、東京大学の中でも稀だと思いますが、100%外部資金による運営に成功しています。スポンサー企業の社員の方々にも学生と一緒にワークショップに参加していただいていて、これは学生・企業いずれにも効果があります。
アイデアを着地させるのは社会人の方が上手ですが、学生の方が柔軟で斬新な発想ができます。両者の役割と特性を上手くミックスさせながらチームワークを進めていきます。このような意味でも、プログラムをあえて外に置くことが良い方向に機能していると感じています。これら3つのリソースを真ん中で束ねて上手くキュレーションしていることも東大i.schoolの特徴です。
<リサーチは調査ではない>
白土:「リサーチ」という言葉についても、田村さんなりの定義をしていただいた方がよいかと思います。先ほどの7日間のリサーチというのは、日頃の仕事でいう事実を調べる計量的なリサーチと違いますね。
田村:よく言っているのは、僕が言うリサーチは「外注できないもの」ということです。リサーチはそもそも、自分が「進むべき方向はこっちだ」、「これをやるべきだ」という意思決定のフォーカスを定めていくための活動です。しかしこれが結構難しいのです。
いわゆるマーケティング・リサーチでは、調査の部分だけ切り出して、誰が考えても同じ結論を導き出すことができるものにしていくことが理想だと言われますよね。つまり、誰が意思決定をしても同じ結論に落ち着く、蓋然性の高さを最初から保証してくれることが、サラリーマン的文脈で重要なリサーチです。しかし僕が考えるリサーチというのは、これまで誰も気づかなかったり、共感が育まれていなかったりすることに対して、「ここが大切なのでは?」「これをしなくちゃ世の中変わらないよ」という新しい判断基準にたどり着くためのプロセスだと思っています。あまりリサーチらしくないと感じるかもしれませんが、もともと科学技術研究における画期的な仮説形成は、こんなプロセスから生まれることがほとんどです。
つまり「研究の王道」としてのリサーチ、と捉えていただくのが分かりやすいかもしれない。僕にとって、リサーチとはいわゆる調査ではない。意思決定を行う人が自らの固定観念を払拭し、信念を固めて実行に移っていく導入プロセスだということでしょうか。
<「今までにない習慣をつくりあげていくこと」がイノベーション>
田村:なぜ今デザイン教育が流行り、デザインもイノベーションも一緒だということが言われているのか。実はデザインも基本的に何か新しいものごとを生み出していく活動そのものだからではないでしょうか。そして、デザインを通じて生み出される重要な成果が、アイデアだと思います。しかし、アイデアとイノベーションの関係は結構難しいのです。先ほど触れたように、僕らのイノベーションの定義は、「人間の行動や習慣や価値観に不可逆な変化をもたらすアイデアの普及」です。ここで議論したいのは、アイデア自体が良ければイノベーションが起こるのか、ということです。
このことを非常に考えさせてくれた事例がありました。ちょうど2003年に米国のデザインファーム・IDEOが東京に置いていた支社を廃止し、日本の営業活動を縮小させる決断をした時期がありました。日本の有力な取引先との関係をどうしようかと彼らが思い悩んでいた時期に、たまたまIDEOのメンバーと出会う機会があり、日本では僕らのチームと共同でプロジェクトを進めていくことになりました。
IDEOのメンバーから聞いた話で一番感心したのが、バンク・オブ・アメリカというアメリカの大手銀行の新サービスを、彼らが一緒につくったときの話です。それは、1枚のデビットカードに2つの銀行口座を組み合わせる「キープ・ザ・チェンジ」というものでした。
ひとつは普通預金、もうひとつは貯蓄預金の口座が付いていて、たとえば44ドル37セントの買い物をしてこのデビットカードを使うと、まず普通預金口座から45ドルが引き落とされます。そして、お釣りの63セントが貯蓄預金の口座に振り込まれるという仕組みです。
このサービスは、ある世界的なビジネス誌のデザインアワードでもっとも優れたイノベーションと評価されました。ビジネス面でも成功を収めています。このサービスの導入によって、70万の普通預金口座と100万の貯蓄預金口座を1年も経たぬうちに獲得し、近年のリテール・ファイナンスのマーケットで指折りの成功事例といわれたほどでした。
しかし、このサービスは意地悪な見方をすると小銭貯金を電子的に置き換えただけで、豚の貯金箱をサービス化しただけ、と言えなくもありません。アイデアそのものはありふれたものに思えた。だから僕は当初、なぜこれが画期的なイノベーションなのかが、よく分かりませんでした。そこで、優れたアイデアがイノベーションそのものではないとすると、この2つの関係はどんなものになるのだろう? と考えました。こんな疑問をIDEOの方々にぶつけてみると面白いことを教えてくれました。
彼らはこのプロジェクトを始めるにあたり、東大i.schoolで実施していたようなリサーチを、半年間ほどかけて行いました。そのリサーチでは、所得水準がミドル以下の方々、中でも家庭を持つ女性に対象を絞りました。そしてその結果分かったことは、実はお金がない方の共通点は、1回の買い物で使う金額が大きいかどうかとは関係なく、お金を使う回数が多いという意外な事実でした。僕は大きな買い物をするとお金がなくなってしまうと考えていたのです。ですが、大きい買い物をするときはその影響をよく認識して意思決定していますよね。それに対して、なんとなく使ってしまったお金。これが、お金が貯まらない原因だとIDEOのチームは見抜きました。
そこで、お金を使うときに同時にお金が貯まるような仕組みが考えられないか、と考えたんです。これは結果的に、これまでお金を貯めることができなかった人に、お金を貯める習慣を形成することになります。つまり、先ほど話した僕らのイノベーションの定義に当てはまる。「今までなかった習慣をつくり出すこと」がイノベーションであるとすれば、これはまさにイノベーションそのものだったのです。
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