為末大の「緩急自在」No.1
アスリートブレーンズ
為末大の「緩急自在」vol.1
2020/06/04
為末大さんに「いま、気になっていること」について、フリーに語っていただく連載インタビューコラム。唯一、設定したテーマは「自律とは何か、寛容さとは何か」。謎の「聞き手」からのムチャ振りに為末さんが、あれこれ「気になること」を語ってくれます。さてさて。今回は、どんな話が飛び出すことやら…。乞う、ご期待。
為末:「自律と寛容」ですか。面白いテーマですね。
──そうなんです。それだけが、この連載インタビューで設定させていただいた唯一のテーマです。はっきり言って、無茶振りです(笑)。さっそくですが、このテーマで、為末さんが今「気になっていること」はありますか?例えば、「働き方改革」みたいなことで。
為末:いきなり来ましたね。そうか、そういう感じで来るのか(笑)。
──…(無言)。
為末:このテーマでいうと「会社員の成長は、誰の責任か?」ということが、気になるといえば、気になることですね。
──と、いいますと?
為末:これまでの常識でいうと「おまえの成長に関しては、会社が全面的に責任を持つ。だから、命令通りに働け!」みたいな感じだったでしょ?でも、その常識が180度、変わっちゃった。
──うん、うん。
為末:ノルマやハラスメントからは解放されつつあるけど、あれ?これって「自分の成長は、自分に責任がある」ってことなのね?みたいなことに、世の中全体が、気付かされ始めてるように思うんです。この連載のテーマに添って言えば「自律を迫られている」というか。
──確かに。
為末:「自分で自分を、律しなければいけないの?」という感覚が、社会全体の「とまどい」として広がっている気がする。ビジネスを語る上での主語が、「私たち」だったのが、いつの間にか「私」になってる、みたいな。「私たち」なら何の問題もなかったけど、急に「私」を主語に物事を語れ、と言われても…という「とまどい」ですね。
──「自身のありたき姿」をレポートせよ、みたいな。
為末:そう。その「とまどい」が、コミュニケーションにも表れている気がする。なんだか分からないけど「とにかく、アップデートしなければ」という強迫観念にしばられて、自身や他人に対する「寛容さ」を失っている。その結果、視野の幅が狭くなっている。そんな感じですね。
──成長しなければ、というプレッシャーですね。
為末:「自律」って、自分と他人とは違うんだ、ということに気付くことから始まるものだと思うんです。私の考えは、私の考え。あの人の考えは、あの人の考え。どちらも正しい。その線引きができてはじめて「自律」が生まれる。「自身のありたき姿」にだけ目を向けていては、成長なんてできない。
──だから、「とまどい」が生まれる。
為末:仕事全般に関しても、そう。「会社のために、なにをすべきか?」ということを考えていた時代には、とまどいなんかなかった。それが、いつ間にか「日本は、世界は、どこへ向かって進んでいけばいいのか?」みたいなことになってる。そりゃ、とまどいますよ。個人も、そして、企業も。
──ある意味、ハシゴを外された、みたいな。
為末:そう。四六時中、会社のことだけ考えていたときは、束縛されているようで、ある意味、楽だった。それは会社側も同じで、キミのその行動は会社に利益をもたらすのか、それとも不利益となるものなのか、という物差しで測ればよかった。これは、簡単なこと。でも、その物差しが取っ払われると、なにをしたらいいのか、分からなくなる。
──それが、「とまどい」の正体なんですね。
為末:「とまどい」の恐怖から逃れるには、コミュニケーションを「遮断」するのが有効なんです。いいか、悪いか、は別として。
──「つながる」ではなく、「遮断」ですか…
為末:そう。これは、バレーボールにITを持ち込んだ真鍋監督に聞いた話なんだけど、もちろんリアルタイムであらゆる情報が手元に届く、という利点もあるんだけど、それ以上に「コミュニケーションの遮断」ができる、というのがある種の革命だ、と言うんですね。
──…(無言)。
為末:どういうことかというと、あのアタッカーの成功率が今日はイマイチだ、だから、あのアタッカーへのトスは控えとけ、みたいな指示を、セッターだけに伝えることができる。
──メールやSNSで行われていること、そのものだ。
為末:そう。これは、全返信。これは、ccを外して、ひとりの人だけに送信する、みたいなイメージ。なんでもオープンにすればいい、というものではない。精神論一辺倒で、みんなで頑張るぞー、だけでは試合に勝てはしない。情報の管理、運用、そのあたりを徹底してこそ、真のチーム力が生まれる。
──なるほどー。
為末:その一方で…、話が飛びますけど、いいですか?
──もちろん。そういう連載ですから。(笑)
為末:これは、アメリカの知人に教えてもらったことなんですけど、「企業が新卒社員を一括採用するというシステムが、いかに優れていたか?」という話で、ひとつは「システマチックに育てられる」ということ。みんな一斉に、せーの、どん、で教育できるから効率的なんですね。もうひとつの利点が「ヨコのつながり」ができる、ということ。いわゆる「同期」の存在ですね。知人いわく「アメリカの企業に、同期はいない」と言うんです。
──それは、目ウロコな指摘ですね。
為末:会社でも、アスリートの世界でも、「同期」とか、「1コ上」とか、「1コ下」みたいな感覚って、心の奥深くにあるじゃないですか。ある種のリスペクトにも似た感情というか。心の奥深くにあるだけでなく、弱ったとき、困ったときの「心の支え」になったりする。普段はもちろん、そんな感覚を「遮断」して暮らしてるんだけど。
──わかるなー。同期の話、だけでいくらでも酒が飲める(笑)。そう考えると、同期のいないアメリカ人って、かわいそうだなー。
為末:これは、アメリカだけの話ではないんですよ。実際、日本でも中途採用の人は増えている。外国の方や、シニアの方の雇用も進んでる。つまり、「同期」という心の支えがない状態での「自律」をうながされてる。職場の同僚や上司も、その「自律」に対して「寛容さ」をもって接しなければならない。無理やり、テーマに戻した感がありますが(笑)。
──いやいや。そんなことはありません。
為末:なんで、そんなことが起きているか、というと…、つまり、それだけの価値があったはずの「一括採用」をやめる方向に、社会が向かっているのかというと、要するに「教育には、金がかかる」ということなんです。
──確かに。同期って、いいなー。同期の存在があってこそ、今の自分がいるよなー、みたいなことを実感するのって、10年、20年、あるいはもっとたって思い知らされるものですもんね。
為末:すばらしいんです。でも、それだけすばらしいものに、今の時代、企業としてどれだけの投資をすべきなのか、その答えがない。スポーツの世界でも、まったく同じことが起きています。
──なるほどー。もっと、もっと、伺いたいところなんですが、時間が来てしまいました。
為末:それは、残念。
──次回は「料理」をテーマに、「自律と寛容」について語っていただきます。
為末:料理、ですか?
──なんなら、「これからのあるべき老後について」でもいいですよ。
為末:むちゃくちゃだなー。
──そういう企画なんです(笑)。本日は、ありがとうございました。
為末:へんてこりんな取材だったけど、楽しかったです(笑)。
(聞き手:ウェブ電通報編集部)
アスリートブレーンズ プロデュースチーム日比より
為末さんのお話は、いつも視点がユニークでおもしろい。
アスリートのナレッジを、もっと社会課題や、企業課題に生かせないかと考え、仕事をご一緒させていただいているが、今回でいうと「自律」という物事の捉え方も、正面からだけではなく、他人との比較で捉える「裏」からの視点や、社会から捉える「俯瞰」からの視点、そして、自律を習慣として体現した「アスリート」の視点があるように思う。また、あえて情報を遮断するという考え方も、面白いと思う。パフォーマンス最大化のために、何をすべきかを突き詰めているからこと出てくる解なのかもしれない。社会の方向性が見えないからこそ、さまざまな視点から物事を捉えることは、企業活動・ブランド活動において重要であり、為末さんの卓越した思考の質には改めて感心させられる。
アスリートブレーンズ プロデュースチーム電通/日比昭道(3CRP)・白石幸平(CDC)
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