為末大の「緩急自在」No.7
アスリートブレーンズ為末大の「緩急自在」vol.7
2020/09/29
為末大さんに「いま、気になっていること」について、フリーに語っていただく連載インタビューコラム。唯一、設定したテーマは「自律とは何か、寛容さとは何か」。謎の「聞き手」からのムチャ振りに為末さんが、あれこれ「気になること」を語ってくれます。さてさて。今回は、どんな話が飛び出すことやら……。乞う、ご期待。
──「食と健康」について伺ってきた今回の連載ですが、前回は食の「理想と現実」みたいなお話に着地しました。例えば、無農薬の野菜が体にいいことは分かっていても、そればかりでは食生活が成り立っていかないですし、経済も成り立たない。コロナ禍においても、「生命の安全」と「経済の維持」みたいなことがテーマになっていますが、なんだろう、その適正なバランスを見極めるということが大事なことのように思うのですが。
為末:そう思います。印象に残っているのがドイツの風刺画なんですが、中心に、思うようなパフォーマンスを発揮できなくて悩んでいるアスリートがいて、その周りに栄養士とか、メンタルトレーナーとか、フィジカルトレーナーとか、いろんなコーチがそれぞれの立場からアドバイスを送っているんです。これをするな、あれをやれ、と。もう、選手からしたらパニックですよね。なにを信じていいのか分からない。
──ああ、それ。ビジネスの世界でも、よくある話だと思います。
為末:でも、ワンステージ上の次元で「健康に生きるには?」みたいなことを考えたら、あらゆる分野の専門家も同じところへ向かうような気がするんです。食に関してでも、これだけを食べていれば絶対に結果が出る、みたいなことはないわけで。なんだろう、折衷案というのかな。このあたりのものを、これくらいの分量、これくらいの頻度で摂取しておくと、間違いはないですよ、みたいな。
──まさに「寛容」の部分ですね。
為末:そうです。
──前回は、日本食の素晴らしさ、みたいなお話を聞かせていただきました。為末さんは、世界で、いろいろな食事をされてきたと思うのですが、改めて日本食のすごいところって、どんなところだと思われますか?
為末:そうですね。香港の市場に行ったときに、日本産の野菜ばかりが売られて
いたんですね。それ自体、驚いたのですが、「Made in Japan」ではなく「Checked by Japan」って書いてあるんです。つまり、日本でチェックされたものだから、安心、安全だよ。ということ。その時、ブランドって、こういうことなんだな、と思いました。
──僕ら日本人が、全面的に信頼を置いているところですもんね。日本で採れたもの、日本で作られたものなら、安心だろう、みたいな。
為末:その信頼が揺らいだ瞬間、ブランドの価値は地に落ちるんです。食の世界でいうなら、例えばキャビアとかトリュフといったものは、世界の王族たちが金に糸目をつけず追い求めたトップクラスの食材であって、僕ら庶民には関係のないもの。それよりも、安心で、安全で、心がほっこりするものが欲しい。それは、時代がどれだけ変わろうと、絶対に変わらないことだと思うんです。
──生産者からすると、「自律」ということですね。
為末:そうです。
──その「自律」の部分、例えば料理人に対して、日本人ってものすごくリスペクトするじゃないですか?そこらへんが、素晴らしいなと思うのですが。
為末:そうです。語弊があるかもしれませんが、素晴らしい料理人って、偉くなるじゃないですか。それって、プロフェッショナルということだと思うんです。
自分にしかできないことで、他人を喜ばせる技術を持っている、ということだから。アスリートはまず、名選手になろうと努力する。でも、永遠に選手ではいられない。引退の二文字が頭によぎった際、なにを思うかというと、後進や世の中の人にワクワクしてもらうために、自分になにができるんだろう、ということなんです。それはうまい食を提供し続ける料理人の方と、同じような気持ちだと思います。
──なるほど。最後に、ベタな質問をさせていただきますが、為末さんが「人生で最後に食べる」としたら、どんな食事がしたいですか?
為末:そうですねえ。大盛りの白米に納豆、かな。
──それは、意外なお答えですね。
為末:僕は元々、グルメではないんです。でも、本当においしい、シンプルなものを腹いっぱい食べたいというのは昔から変わらない欲求ですね。
──分かります。
為末:なんだろう。その欲求が失われてしまうと、あれれ?今日一日、なんのために生きてきたんだろう?みたいな気持ちになる。
(聞き手:ウェブ電通報編集部)
アスリートブレーンズ プロデュースチーム白石より
アスリートであれ、ビジネスマンであれ、企業であれ、「理想」を強く思い描けば描くほど、「現実」との“ギャップ”に直面します。そして業界を問わず、特に一流と評される方々の“ギャップ”との向き合い方に、示唆を得た経験がある方も多いのではないでしょうか。私自身は本インタビューを通じて、“折衷案”という(一見すると普通の)方法論に「現実」へのコミットメントを感じました。ややもすると、妥協とも捉えられかねない“折衷案”を、適切な形で設けることこそ、「理想」への一歩、という考え方です。「理想」だけでも、「現実」だけでもない、“現実的な理想の創り方”について考えた、貴重な時間でした。
ちなみに僕は「人生で最後に食べる」としたら、を、原稿締め切りまでに決めることができませんでした。やはりまだまだ、精進が足らないようです。
アスリートブレーンズ プロデュースチーム電通/日比昭道(3CRP)・白石幸平(CDC)
為末大さんを中心に展開している「アスリートブレーンズ」。
アスリートが培ったナレッジで、世の中(企業・社会)の課題解決につなげるチームの詳細については、こちら。