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「キャリアデザイン」って、なんだ?No.3

2020/09/23

道は、「真ん中」を歩け。

「アルムナイ」という取り組み(制度)を、ご存じだろうか?元々は、「卒業生/同窓生/校友」を意味する言葉で転じて、「企業のOBやOGの集まり」を意味するようになった。海外では、一度、企業を離れたアルムナイを、貴重な人的資源して有効活用することが、ごく普通に行われている。本連載では、そうした「アルムナイ」をこれからの事業戦略の核たる制度として捉えていく潮流を通じ、「キャリアデザイン」というものの本質に、迫っていきたい。


走り続ける。その先に、未来がある

「3年から5年、一緒にどっぷりと仕事をしてみないか?」というのが、新たな教職員を採用するときの僕のキメぜりふです。1995年に電通に入社。中部支社で主にメディアの部署で元々やりたかったスポーツビジネスを担当。退社後は筑波大学大学院でコーチングを学び、2005年に静岡聖光学院に再就職しました。監督として弱小ラグビー部を全国大会(花園)に導いた後、経営戦略担当として教頭、副校長を経て19年から校長をしています。

星野氏近影

口説き文句の意図が「終身雇用」「年功序列」といった古い仕組みへのアンチテーゼであるように思われるかもしれませんが、必ずしもそればかりではありません。

学校に勤務して16年になりましたが、振り返ってみると3〜5年程度で自分が置かれている立場や求められていることが変化していくように感じています。また、私が飽きやすい性格だからかもしれませんが、監督時代など熱血モードの時でさえ、そのエネルギーは3〜5年程度でさまざまな意味で変化していくようにも思います。だからこそ、冒頭のような言葉で優秀な人材を常に探しています。「3〜5年で、さようなら」ということではなく、「3〜5年経過したら、状況もモチベーションも環境に対する欲求も変化しているだろうから、そのときになったら考えましょう」という意味です。

電通と教員、まったく違う環境に思えますが、結局は「人と人」。仕事の根幹にあるものに大きな違いはありません。最初の頃はクラス担任やラグビー部監督として「自分がやりたかったこと、没頭できることを生徒と共に一生懸命やるぞ!」から始まり、学年主任や総監督になり「今の組織メンバーの中だと自分がやるしかない」、校長になれば「メンバーのことをできる限り支援していこう。そのためには自分の殻を破り、リーダーとしてメンバーにとって必要とされる存在になろう」と振り返ってみたら道になっていた感じで、決して戦略的に思うがまま今日に至っているわけではありません。

道のビジュアル

「迷うこと」と「やってみること」は違う

本稿のタイトルを「道は、真ん中を歩け」とさせてもらいましたが、それは「本道を歩め」ということではないんです。日々、がむしゃらに、かつ葛藤しながら歩み続けています。振り返ってみたら道になっているわけですが、人生はたった一度。何本もの選択肢を選んできているわけですが、つないでみたら一本道。結局、その道の真ん中を歩いてきていると思います。

星野氏率いるラグビーチーム

未来には何本もの選択肢があってもその都度、選べるのは一つ。選ぶときはさまざまな視点や観点から悩み抜きます。さまざまな検証は、成功の確率を少しだけ上げることはできても、成功を約束するものにはならない。結局、選んだ後はその選んだ道が正しかったと思えるよう、頑張っていくしかない。自戒の念を込めて、大学受験や就職活動で悩む学生に同様の話をします。

プロデュースとマネジメントの違いとは?

あるときまではプロデュースという言葉を多用していました。著書でも「教育や指導育成にプロデューサー感覚を持ち込んだ教師」というキャラクターを強みにしていました。しかし、今の教育界で求められているもののひとつに「解なき問いへ挑戦し続けられる人材」の育成があります。

プロデュースというと「プロデューサーである私のイメージする枠の中での仕掛け」ということになり、上から目線的な見え方にどうしてもなってしまいます。特に年上の部下に対してプロデュースという言葉は、どうにもこうにもふさわしくないのでは、とも感じるようになりプロデュースという言葉はあまり使わないようになりました。

最近ではマネジメントという言葉を使うことが多くなりました。メンバーの持つ可能性の把握。そして、そういった場をいかに創出する手助けができるか。そんなことを心がけています。また、学校長の言葉でよく耳にする「学校の存続のために……」という考えだとどうにもこうにも窮屈に感じる自分がいました。今は、「組織の継続が困難になった時に、待ってましたとばかりにさまざまな業種から引く手あまたの先生たち」というビジョンに切り替えてから、気持ちも前向きになりましたし、見える景色も、メンバーの見え方も変わってきました。私にとって、プロデューサー感覚もマネジメントの観点も、電通時代に培った最高の財産です。

電通時代。若き日の星野氏
電通時代。若き日の星野氏

「enjoy」の本当の意味とは?

ラグビーの世界でも海外のコーチングの影響を受け、「エンジョイしよう!」という言葉が流行った時期がありました。他のスポーツでも欧米型の「褒める」が流行し、日本の指導者が慣れないオーバーアクションで子どもたちを褒める姿が多くなる時期がありました。現在では、スポーツ界にも心理学などの知見が入り、「褒めるとおだてるの違い」が認識されるようになりました。また、「褒めるより、承認すること」の方が大切であることも理解され始めています。

冒頭の「エンジョイ」も「ただただ、楽しく」という解釈がされがちでした。しかし、本場のラガーマンのエンジョイは「苦しいトレーニングをクリアした後の充実感」という意味や「試合で苦しい状況になったとき、そのハイレベルな状況に充実感を能動的に感じる」という意味のものでした。「エンジョイ=楽、楽しい」ではなく、「エンジョイ=充実」、これは仕事や生き方の価値観にも大きな意味がある言葉ではないかと感じています。生徒が壁に当たっているとき、そして越えたとき、「充実してるか?」「これが充実だよ!」そんな声がけをするようにしています。

試合後のインタビュー風景
試合後のインタビュー風景

アルムナイとは、出会いを生む装置だと思う

電通時代に上司や先輩からよく言われた言葉に「仁義切ったか? 筋を通したか?」というものがあります。「星野、この案件は○○さんに仁義切ったか!」など。当時は、なんだこの会社、古くさいなーと思っていたのですが、この言葉、よくよく考えてみると実に深いんですね。立場とか組織対組織のドライなやりとりにプラスさせた要素。結局は人と人。感情面にもしっかり寄り添うことの大切さは、教員という立場になっても生かされているように感じます。

アルムナイの取り組みは、そんな「人と人」をつなぐ最高の機会であると感じています。しかも、電通という共通認識があるため、お互いを分かり合うための時間が大幅に短縮できる。アルムナイでの会合を機会に国際交流の推進事業や教育を切り口にした地域活性化といった複数のプロジェクトが実際に始動しています。教育村にとどまっていては、見えてこなかった世界を見せてもらっています。

今後は、現役の電通人とも関わらせていただきたいですね。学校の先生だけど、DNAは電通です。きっと、教育関係者とゼロから仕事するより、さまざまな面でワープしたり、コラボできると思います。ぜひぜひ、連絡いただけたらと思います。今回は貴重な機会を頂きまして、ありがとうございました。


電通キャリア・デザイン局大門氏と、電通OB酒井章氏(クリエイティブ・ジャーニー代表)によるアルムラボでの対談記事は、こちら

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