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ONE JAPAN in DENTSU 「辞めるか、染まるか、変えるか。」No.3

大企業を本当に変革したい人に送る「全員スター化」と「演じ分け」のススメ(前編)

2020/09/17

「辞めるか、染まるか、変えるか。」と題した本連載ではここまで、大企業の変革にまつわるいくつかのテーマをもとにしたイベントのレポートを通じて、新しい「大企業の可能性」を探ってきました。第3回からは、ONE JAPANに加盟する有志団体の所属企業の中から、大企業の変革に挑戦した事例をピックアップし、その当事者へインタビューする形式で、「大企業の可能性」について考えていきます。

今回インタビュイーとして登場するのは、東急でTokyu Accelerate Programを運営する福井崇博氏。同氏は前職である日本郵便時代から、コーポレートアクセラレータープログラムの立ち上げ・運営に携わってきた人物です。

確固たるビジネスモデルと伝統を築き上げた大企業において、若手社員が変革を起こすためには何が必要なのか。

電通若者研究部としてONE JAPANに加盟する吉田将英が聞き手となり、「会社を変えたい」と願う若手社員へのヒントを探っていきます。

自分を突き動かした3つの原動力

自分を突き動かした3つの原動力

吉田:福井さんは現在、東急でTokyu Accelerate Program の運営をされていますが、前職の日本郵便でもアクセラレータープログラムの立ち上げをされています。福井さんがアクセラレーターとしての道を歩み始めたきっかけは何だったのですか?

福井:私はこれまで、出向先を含めて3つの企業に所属してきました。新卒で日本郵便に入社し、そこから4年目に希望を出してローソンへ出向していました。そして3社目がいま在籍する東急です。きっかけとなったのはローソンにいた2年間の経験です。

ローソンでは元社長の新浪剛史氏や玉塚元一氏、現社長の竹増貞信氏をはじめとした経営陣がリーダーシップを発揮して、社員が同じ方向を向いている様子を肌で感じました。大企業って“縦割り”の組織になりがちだと思うのですが、それを超えた共創感とスピード感とがあり、私の言葉で表現すると、働いていて「チャレンジャー精神」がある会社だなと。

日本郵便に戻り、ローソンで見てきたプロ経営者や社員の方々と同じように「私も組織の壁を超えたチャレンジで会社を変えてやるんだ」と意気込んでいました。しかし、組織が違えば当然同じやり方ではうまくいかず、苦しんでいました。そんな時、地方創生とオープンイノベーションをテーマにした「まちてん」というイベントへの出展に向けたメンバーの公募があったんです。私はそのメンバーになり、それをきっかけに事業創造にもかかわるようになりました。ですが、メンバーが若手中心かつ本来の業務を抱えながらのプロジェクトだったこともあり、新たな共創案件を形にするまでには多くの時間がかかりました。

これらの経験を踏まえて、本当に会社を変えるなら、あらかじめ意思決定層を巻き込んだプログラムをつくるべきだと思い、オープンイノベーションプログラムを立ち上げました。

吉田:現状を変えたいと思った時に、福井さんのように自分で現状を変えようとする人がいる一方で、転職などによって自分のいる環境を変えようとする人もいます。出向から戻って、お話いただいた2つの“挫折”があったと思うのですが、なぜそれを乗り越えて「会社の意思決定層を全員巻き込もう」というマインドセットに至ったのでしょうか?

福井:入社以来、この会社を良くしていきたい・変えたい、という信念のようなものを形作ってくれたことが3つあります。最初は東日本大震災です。私は震災の少し後に被災地の郵便局や避難所へ派遣され、そこである郵便配達員の姿を見ました。その人は震災直後から、郵便配達に淡々といそしんでいたらしいのですが、「彼は津波で妻も子供も流されて、まだ見つかっていない」ということを一緒にいた局長から聞いたんです。それを知って、日本郵便が担っている社会的使命や存在意義とは何か、非常に考えさせられるところがあったのです。

2つめは、ローソンに出向して日本郵便を客観視できたことです。当時、私は2社共同のプロジェクトを提案し、ローソン出向期間中も日本郵便と一緒に仕事をした時期がありました。とある実証実験でいくつかの郵便局を巻き込むプロジェクトだったのですが、現場局員からすると本業ではありません。それなのに、みんなその企画にすごく協力してくれたんです。それを見て、自分が想像していた以上に「会社を良くしたい」と思っている人がたくさんいることに気づきました。この人たちとだったら会社を変えられる、変えなければならない、と思いました。

3つめは、まちてん出展に際して企画したビジネスを実現するために、ある社外の人に協業をお願いした時に言われた「大企業のオペレーションを抱えた若手がわちゃわちゃやってきて、結局何ができるんだ?」という一言です。今考えると確かにその指摘は正しくて、担当者レベルしか参加していないプロジェクトでは何も変えられない。でも、当時は反骨心を抱きました(笑)。

だから会社を動かすためにはどうしたらいいか本気で考えて、社長だけ、一部の役員だけではなく、関連する経営層全員の合意を得ることが必須だという結論に至りました。当時の社長だけでなく、郵便・物流部門と事業開発部門の全役員・全部室長にプロジェクトのメンターになってもらい、経営陣、ミドル、実務担当者までのみんなが協力してくれる、一緒に取り組んでくれる状況をつくりました。

吉田:大企業を見ていると、「うちの会社なんて」と言う卑屈病の人が多くいるように感じます。「痘痕も靨」(あばたもえくぼ。相手のことが好きであれば、あばたでさえもえくぼに見えるというたとえ)ではないですが、同じ事実であっても、捉え方は社員それぞれですよね。福井さんは会社の現状をポジティブに捉える力があって、それが周りにも伝播していったのかと思います。

福井:そのたとえで言うならば、「悔しい、変えたい」という感情を抱いた時は現状をあばたと捉え、心が折れそうなときにはえくぼだと捉えるようにしてきました。もう一つ、大事なのは、ネガティブなマインドを持った人はそもそもプロジェクトには参加させないことです。従業員数が数千人、数万人を超えるような企業であれば、多かれ少なかれ、必ず私のようなマインドの社員を「意識高い系」と揶揄する人がいます。

一つの会社という単位で見れば、生き残るために両方の考えを持った人がいること自体に意味があります。しかし、何か新しいことをやるためには、ネガティブな空気がないほうが良いと思います。

「全員スター化」で周囲を巻き込む

「全員スター化」で周囲を巻き込む

吉田:福井さんが日本郵便でとった戦略は、経営陣の中でも自身に共感してくれる人だけを味方につける“一本槍戦法”でもなく、いわゆる社内派閥というものにも無縁というか、超越したやり方だったと思います。どうしてそのような考えに行き着いたのですか?

福井:きっかけはまさに社内政治を目の当たりにしたことです。これも“大企業あるある”かもしれませんが、溝の深さは別にして、やはり組織である以上は方針や考え方に違いがあることは避けられません。でも一方で、私はそうしたことで自分のキャリアが左右されることには違和感があり、リスクだとも思っていました。それを解決して必要だと思うことをやり続け、会社を変えるためには、派閥や特定の人に肩入れするのではなく、関係する役員やミドルマネジメント層全員を口説くしかない、と。この考えは東急に来ても変わっていません。

吉田:人間関係の機微は非常に複雑だと思います。中には、「みんなから好かれているから気に食わない」という人もいたり……。

福井:リーダーシップには、ビジョンを示して共感を得て人を動かす変革型リーダーシップと、損得を示して人を動かす交換型リーダーシップがあるといわれています。私はそれぞれの役員に対して、その時々の状況に応じてどちらのタイプで会話をすればよいかを考えて、説明の仕方も変えていきました。

例えば、交換型で会話する人に対しては、いかにこの取組みに協力したほうが得だと思ってもらえるか。日本郵便のアクセラレートプログラムでも、当初はなかなか協力を得られない役員がいました。そこで、その役員に協力してもらう必要がある企画の説明に行った際、審査員長として社長の名前が入ったプレスリリース案を、資料に紛れ込ませてわざと目に付くようにしたり(笑)。

吉田:社長の名前が入ったプレスリリースに反対するのも勇気がいりますね。

福井:ですが、交換型だけで人を動かしていると、ちょっと情勢が変わるだけで手のひらを返されてしまいます。あくまで変革型のコミュニケーションをメインにして、「福井のことを応援するために協力する」と言っていただけるように、打ち合わせではあえてプレスリリースのことは話題にせず、その役員の管轄範囲を超えた意義などについて、粘り強く説明しました。

吉田:それぞれの役員が納得できる大義名分を個別に用意したわけですね。

福井:私もそこまでする以上、大切なのは「関わった人を勝たせてあげる」こと。一人ひとりにとっての納得感を大事にするだけでなく、自分の決断は正しかったと言ってもらえるように、プロジェクトにも全力を注ぎました。

吉田:そうした巻き込み役、あるいは調整役としての自分と、プロジェクトの企画役としての自分は、別の顔だと思います。かなり器用に使い分けているなと思いますが、どのようにバランスを保つための秘訣はありますか?

福井:「周囲を巻き込むためには企画の中身が大事」であり、「企画を成立させるには巻き込みが大事」だと思っています。以前と比較して、今はオープンイノベーションやアクセラレートプログラムなども含め、大企業イノベーションに関するノウハウがたくさん出回っています。キーパーソンを巻き込むためにどんな企画にすればいいのか、参考にできるものがたくさんあるはずです。自社なりの「WHY」を突き詰めれば企画自体も磨かれ、あとは周囲を巻き込むことに注力すれば良い状態になると思います。

吉田:そうは言っても、なかなか説得できない人も中にはいますよね。

福井:ポイントは正面突破だけじゃないということでしょうか。説得したい人がいたとき、その人が信頼する相手に協力してもらうことも実際にしました。

また、メディア露出も説得の一助となりました。私のインタビュー記事を見た上司が、「福井さんかっこいいね、応援したくなった」と言ってくれて。社外のメディアに出る際は、原稿内の表現を事前に広報部に相談して一緒に考えてもらいました。「私はちゃんと会社のことを考えながらやってますよ」ということを示しながら、同時に関係者を増やしていく活動でもあるんです。

取材でも、プロジェクトに携わったメンバーは役員やミドルも含めてできるだけ前に出てもらうようにしています。特に最初の頃は、意図的に社長の腹心といわれていたミドルたちにメディアのインタビューに出てもらうようにしていました。社内からすれば、「あの人たちが参画しているプロジェクトならしっかりしてそうだ」ということになるので、賛同者が増えることにつながります。

吉田:大企業は社内の利害関係が複雑に絡み合うので、まずは影響力のある人を味方につけるのは鉄則かもしれません。一方で、社内政治下手な人もいれば、逆に忖度ばかり優先する人もいますよね。福井さんは今お話いただいたような“寝技”と、正面突破のバランスを心得ているように感じます。

後編へ続く