“結果”重視の広告賞から考える、マーケティングのこれからNo.1
国際的なマーケティング賞「エフィー賞」ってなに?
2020/12/17
一般的に広告賞といえば、アイデアや話題性が評価されるもの。しかし、広告の“結果”が重視される異色の広告賞があります。それが、今回紹介する優れたマーケティングコミュニケーションに対して贈られる国際賞、エフィー(Effie)賞です。
エフィー賞とは、いったいどのようなものなのか。審査基準や応募の際の注意点、実際に受賞した事例とは…?
ことばを味わう体験型絵本『たべることば』(フレーベル館)でAPACエフィー賞を受賞した、電通のクリエーティブ・ディレクター 嶋野裕介氏と、コミュニケーションプランナー加藤倫子氏が、その全貌を解説します。
アイデアや話題性でなく「結果を重視する」アワード
嶋野:『たべることば』の詳細は次回詳しくお話しする予定ですので、今回はエフィー賞について紹介します。エフィー賞は、1968年にニューヨークのマーケティング協会によって創設された広告賞です。50年以上の歴史があり、今やアメリカだけでなく、全世界から応募作品が集まる広告関連アワードとして知られています。
キャンペーンの実施エリアによって、グローバルエフィー、アジア太平洋(APAC)エフィー、ヨーロッパ(EURO)エフィー、中東/北アフリカ(MENA)エフィーに分かれており、40以上の国と地域のローカルエフィーもあります。
そんなエフィー賞の最も大きな特徴が、「マーケティング活動における効果」に着目しているところです。活動が有効であったか、中長期的にブランドの成功に寄与したかといった点をしっかりと評価するところが、他の広告賞にはないポイントだといわれています。
審査項目は、大きく四つに分かれています。
【エフィー賞、四つの審査項目と配点】
- 「チャレンジ&オブジェクティブ」(どのような課題を設定し活動を行ったか)
配点:23.33% - 「インサイトと戦略」
配点:23.33% - 「アイデアの具体性とその実現力」
配点:23.33% - 「リザルト」(結果)
配点:30%
「リザルト」だけが30%の割合で評価され、あとは23.33%の割合で評価されるシステム。この評価配分を見ただけでも、「結果を重視する賞である」ことが分かりますよね。
加藤:そうですね。ちなみに広告業界でもっとも有名なアワードといわれているカンヌライオンズにも「クリエイティブ ストラテジー部門」など、マーケティング寄りの部門が存在します。ただ、それらは、あくまでアイデアやクリエイティブな発想からマーケティングを評価するもの。エフィー賞の場合は、「どのようにブランドを育てたか」という完全にマーケティングの手法が主役になっていると感じます。
嶋野:それからもうひとつ、部門名がユニークなのもエフィー賞の特徴です。例えば「Carpe Diem(カルペディエム)部門」。アメリカ大統領選やコロナ禍のような特殊なタイミングを捉えて、「今、この瞬間にしかできないマーケティング施策」を行った例を評価する部門なんですが…。なんで「Carpe Diem」っていうか分かりますか?
加藤:え?すみません、全然分からないです…。
嶋野:ですよね。これ、実は古代ローマ時代の著名な詩人であるホラティウスが書いた詩の一節を引用したものだそうなんです。「Carpe Diem」には「今を楽しめ!」という意味があるらしく、それで、この部門の名称にしたそうです。(笑)
他に、「David vs Goliath(ダビデ対ゴリアテ)部門」なんていうものも。ゴリアテとは旧約聖書に登場する巨人兵士のこと。巨大ブランドが力を持つ市場に参入する中小ブランドの戦い方を評価する部門に、この名前が付けられました。
全部で40以上の部門の中に、こうしたユニークな名称・視点を持つ部門があるのが、エフィー賞の面白さというか、独自性につながっているんですよね。
加藤:確かに、ここまでマーケティングの手法が細分化されて評価される場は他にないと思います。ネーミングはさておき(笑)、独自の着眼点を持つとても特徴あるアワードですよね。
「忘れられないエコバッグ」。シンプルで効果が高い受賞事例
嶋野:ここからは、具体的な受賞事例を紹介したいと思います。僕が好きな事例は、テスコというグローバル企業がマレーシアで行った「Unforgettable Bag」という取り組みです。2018年に「サステナビリティ部門」などさまざまな部門で賞を獲得しました。
嶋野:ここ数年、世界中でプラスチックごみを減らす活動が行われるようになってきましたが、一方で、その削減に欠かせないエコバッグは「ついつい忘れてしまいがちなもの」でした。そこでテスコがつくったのが、「忘れられないエコバッグ」。
一見、おしゃれな魚の絵が描かれた、ごく普通のエコバッグなのですが、よく見ると魚の尾っぽの部分がバーコードになっているんですよね。バーコードはお買い物の割引クーポンとして使えるようになっています。「これがあれば割引で買い物できる!」と知ったら、なんとしてでも持って行きたいと思うのが人間のさがというもの。
デザイン性の高さと生活者の心をつかむ仕掛けが相まって、エコバッグを忘れるお客さんが減りました。発売から9カ月で、テスコ全体で使い捨てビニール袋を32%削減することに成功。社会に良いことをしているというだけでなく、しっかり自分たちのお店をプロモーションして顧客を囲い込み、来店の促進につなげている。中長期的に機能する、とてもエフィーらしい受賞例だと思いました。
もうひとつご紹介したいのが、「Re:Scam」(Re:詐欺)。ニュージーランドのネットセーフという会社が実施したメールフィッシング詐欺の対策キャンペーン です。2019年に「IT /電話会社およびブランドエクスペリエンスサービス部門」で受賞しました。
嶋野:ニュージーランドは、日本同様、メールフィッシング詐欺の被害額が非常に大きな国でもあります。これをなんとかしたいと考えた同社が、詐欺師に対抗するため、AIツールに「だまされた人の回答例」を何万パターンも学習させて、詐欺メールに自動応答させるという取り組みを行いました。
詐欺師はAIツールが生成した返信を読んで「典型的なだまされやすい人」、つまり「格好のカモが捕まったぞ!」と前のめりになってしまうわけで。メールの相手を人間だと信じ切った詐欺師と、絶対にだまされることのないAIとのメール交換が続き、結果、100万通を超えるメールを送信し、約5年間分の詐欺師の時間を奪うことに成功。メールフィッシング詐欺の被害額を大幅に減らすことができたのです。この事例も中長期的に機能する内容で、とてもユニークだと思います。
加藤:私は、今年の受賞作でゴールドを獲得したリーバイス テイラー ショップがフィリピンで実施した、「levi’s Studs」(リーバイス・スタッズ)が好きでした。そのお店では、職人さんがジーンズやジージャンをカスタマイズしてくれるのですが、その装飾のためのスタッズ(飾りボタン、鋲)を使って、「点字」として見立ててデザインするサービスを実施しました。
そして、クリスマスにスタッズでメッセージを入れたジージャンを、父親が目の不自由な息子に贈る動画を流したのです。
加藤:それまでは単におしゃれや補強の意味で使われていたスタッズに、点字という新しい役割を与え、おしゃれで独創的なメッセージに変えてしまった。社会との結びつき方をうまく提示し、ブランドの価値が一気に上がりました。ブランドの立ち位置がガラリと変わるような企画で、強く印象に残っています。
嶋野さんが好きだという事例も、私が紹介した事例も、アイデアやストーリーとしては割とシンプルなんですよね。シンプルで分かりやすく、「その取り組みがなにを解決したか」がよく見える。
斬新さやクリエイティブとしてのインパクトよりも、分かりやすさ、持続性、結果で評価されているものばかりで、そこがエフィーらしいところだなと感じます。
応募のハードルが高い!だから「有効な施策」だけがそろう!
嶋野:エフィー賞は、一般的な広告賞では評価されやすい「話題性」のようなものを、まったく評価してくれません。「メディアで取り上げられた」とか「SNSで話題になった」ということをデモムービーの中で語ってはいけないルールになっています。
あくまで結果がすべて。ブランドの好感度を上げることが目的であれば「どのぐらい好感度が上がったか」、サービスの加入率を上げることが目的であれば「どの程度加入率が上がったか」。課題に紐づく結果を、応募資料として提出しなければなりません。
しかも、提出するデータは、第三者機関や業界団体が発表しているデータなども交えた、信頼性の高いものでなければなりません。広告賞のプレゼンでありがちな「都合の良いデータと勢いでもってすごさを訴える」的なアピールは、ほぼ通用しないと思った方がいい。応募の際は、エビデンスをしっかりと丁寧に準備しておくことが大切です。
加藤:私たちが『たべることば』を応募したときも、社会的かつ定量的なデータを、かなり手間暇かけていろいろと集めました。また、「なぜこの取り組みを行ったのか」について語るときに、生活者やクライアントにとってどうかという視点だけでなく、業界にとってどんな意味があるかという視点を持ちつつ語らなければなりません。マーケティング関連の広告賞ならではというか、エフィー賞らしいというか…。とにかく、他の広告賞の応募シートや資料を流用できないということだけは、強くお伝えしたいです(笑)。
嶋野:そう、応募するのにも覚悟がいりますよね。ただ、そこまでエビデンスを厳しく求められるからこそ、応募者も本気で資料を集めるし、本当に効果がある応募作だけがそろうわけで。応募することにも、受賞作を見ることにも、非常に大きな意義があると感じます。
これからは、PR、事業戦略、経営戦略、テクノロジー、クリエイティブなど、あらゆることを俯瞰し、ミックスして考えなければいけない時代になっていくはず。そのとき、ハブとして機能するのが、ロジカルであると同時に人の心をエモーショナルに動かせる「マーケティング視点を持った人材」だと思います。
ですから、マーケティングの方も、そうでない方も、まずはエフィー賞に興味を持って、受賞作をウオッチしていただきたいです。そこから、マーケティングの可能性と未来がもっと広がっていくとうれしいですね。
加藤:さまざまな概念やフレームが次々現れるマーケティングの世界ですが、個人的には、最終的に頼りになるのは結局のところプランナーのカン(勘)です。拡張していくこれからのマーケティング、その変化に素早く対応できる「動物的直観」を、多くの人に磨き上げてほしいし、私自身も磨き上げたいと思っています。
次回は、私たちがAPACエフィー賞「ポジティブ チェンジ ソーシャル グッド―ブランド部門」でブロンズを受賞した『たべることば』(フレーベル館)について紹介する予定です。
エフィー賞HP:
https://www.effie.org/