「カラフル&シームレス」に開く、テレビ報道の未来
2021/01/08
テレビのコンテンツ制作で、面白い取り組みをしている人がいる。
地上波だから、ネットだから、という固定観念にとらわれない。
今の時代に合ったコンテンツの在り方を真摯に考える。
そこから、新しい時代のテレビの在り方が見えてくる。
今回はテレビ朝日「報道ステーション」のデジタル戦略デスク・渡邉 星(ひかる)氏 にインタビュー。ABEMAのニュースチャンネルへの出向で学んだこと、大胆なネットの活用法、「報道ステーション」に対する思い、テレビ朝日が全社を挙げて取り組む企画「未来をここからプロジェクト」など…。現場の最前線からの視点で「テレビのこれから」について語っていただきました。
テレビは、「白黒をつける」から脱却しなければならない
─渡邉さんは、テレビ朝日で朝の情報番組を担当後、AbemaTV(現在はABEMA)のニュースチャンネルに出向。その後、テレビ朝日に戻り「報道ステーション」の担当となったそうですね。地上波に加え、インターネットテレビの制作経験を積まれているのは珍しい経歴だと思います。AbemaTVでは、どのようなことをしていたのでしょうか?
渡邉: 2016年から約4年間、主にお昼の番組「けやきヒルズ」(現ABEMAヒルズ)のプロデューサーと「ABEMA NEWSチャンネル」のボードメンバーとして、チャンネル全体の編成やブランディングなどを担当しました。
着任してまず取り組んだのが、NewsPicksやWIREDといった人気の高いネットニュースメディアの分析でした。さまざまな記事を読み込み、内容、トーン&マナー、読者層、掲載のタイミングなどを、自分なりに確認していきました。 すると、内容やレベルにものすごく大きなバリエーションがあることが分かってきました。とても硬派で難解な記事もあれば、キャッチーで分かりやすい記事もあり、グラデーションになっている。
テレビの報道番組を担当していたときは、とにかく分かりやすく情報を届けることを意識していました。「一人でも多くの視聴者にすんなり理解していただけるようにコンテンツをつくらなければいけない」「視聴者は分かりやすい情報を求めている」。そんな考えから、「テレビは分かりやすくなければいけない」と思い込んでいた部分がありました。
ところが「ABEMA NEWSチャンネル」でブランディングや全体編成を考える経験を通して、そうではないと気付くことができました。物事の裏側を知ろうとする人や複雑な情報を欲している人など、世の中には意識や知識欲が高い人が本当にたくさんいる。しかも、そういう人たちがテレビから離れて、ネットニュースに流れてしまっているのです。もっと多様な層に向けて、幅広いコンテンツづくりをしていかなければならないのだと痛感しました。
その後AbemaTVで、多様性やグラデーションを意識した昼のニュース番組「けやきヒルズ」を立ち上げ、2018年からはプロデューサーとして番組を担当。2020年1月、テレビ朝日に戻り「報道ステーション」のデジタル担当デスクという立場になりました。
「カラフル」をテーマに、「報道ステーション」をリニューアル
─渡邉さんは昨年、「報道ステーション」のリニューアルを担当されたそうですね。リニューアルのテーマについて教えてください。
渡邉:まず異動して最初に任されたのが番組のリニューアルでした。そこで新しい番組コンセプトを提案したらたまたま通って、まさか自分のアイデアが採用されるとは思っていなかったのでびっくりしました。
僕が提案したのは「カラフル」というコンセプトです。AbemaTVでの経験や実感を通して、テレビのニュースも、もっとバリエーション豊かに伝えなければならないと思いました。ひとつのニュースをひとつの見方で伝えるのではなくて、もっと多面的に、もっとスペクトルに。なんでも白黒つけようとせず、いろいろな色で、グラデーションのように伝える報道番組があったらすてきだなと思いました。このコンセプトを、先輩方によって「きょう、色々。」という番組コピーにしていただき、そこからプリズムからスペクトルな光があふれ色とりどりの花が咲き乱れる景色につながっていく、「報道ステーション」の新しいオープニング映像 が生まれました。
映像制作:稲葉秀樹(P.I.C.S. management)
─あのオープニング映像には、そんな思いが込められていたんですね。
渡邉:物事にはいろいろな面があり、いろいろな視点があるということを、できるだけそのまま、きちんと伝えなければならないと常に意識しています。ネットでたくさんの視点や考え方が提示されている現代において、ニュースを分かりやすさ最優先で、白黒のみで押し付けることは求められていないように思います。
分かりやすく、かつ、カラフルに。それが今の時代に合った報道の形であり、僕はそういう報道がテレビの未来につながると本気で考えています。
テレビは、呼吸するようにネット展開する時代へ!
─テレビとネットの関係についてはどのように感じていますか?
渡邉:テレビは、もう「呼吸するようにネット展開しなければいけない時代」になっているのかなと思います。
先日、僕は「報道ステーション」のインタビューコンテンツをテレビ放送に先行する形でネット配信する取り組みを行いました。予告編でもなければプロモーション動画でもない。完全版コンテンツを地上波放送より先出ししてしまうわけで、「なんでそんなことをするのか」という声もいくつか頂きました。
けれど、ネット世代の視聴者からしてみたら、テレビの放送があって、そこから2、3個ステップを踏んで、やっと動画がネット公開されるという現状の方が不自然なんじゃないかなと思うんですよね。そもそも、ネットに親和性が高い現役世代にとって「好きな時間に見られず、巻き戻し・早送りができないテレビ放送は不便」と感じるのが自然ではないかなと。ならば、彼らにとってスタンダードなネット動画という形で先にコンテンツを提供してしまった方が、よほど親切で、なじみやすいのではないかと考えたのです。視聴者にもっとダイレクトにコンテンツが届けられるように、僕は「テレビ報道のD2C」が必要だと思っています。
一方で、テレビが持つ「つけているだけで未知のコンテンツに出合える気軽さや邂逅感 」は、「能動的にコンテンツを探す」ネットにはないものです。テレビクオリティーでつくった地上波版の放送を見てくれた人が「もっと深く見たい」と思ったときに、ネットの完全版をシームレスに見られた方が、相乗効果で盛り上げ合ってくれるという見込みを持って臨みました。
さらに現在は、現役世代に話題になっていることをネットの反応などから拾って、「報道ステーション」の取材力で深掘りし、放送することも担当しています。これは「ネットで話題になっていること=現役世代が気になること」ということで、テレビ報道とネットの境目をなるべくフラットにしようという意味もあります。
よく思うのは、ネット展開は「いざ!」と気合を入れて行うようなものではないということです。もちろん、テレビとネット、どちらが上でどちらが下といった概念も必要ないと思います。現代人にとっては、どちらも情報を得るツールとして対等で、自然な関係なんですよね。垣根なんてないのだから、シームレスに行き来しなければならないと感じています。それが「テレビ報道のDX」の第一歩じゃないかなと思っています。
テレビの未来は、ここからはじまる
─最後に「テレビの力」についてお聞かせください。テレビには、どんな魅力や価値があると思いますか?
渡邉:僕がテレビ報道の強みだと感じるのが、取材力の高さです。長年の経験に裏打ちされたノウハウや豊かな情報源があり、また、真実を見極め、取り上げる慎重さも持ち合わせていると感じます。
もうひとつの強みが、人の豊富さです。テレビの成長期を経験しているベテランからデジタルネイティブの若手まで層が厚く、さまざまな経験を持つ人材が幅広くそろっています。しかもテレビ朝日の場合は、経験豊富な先輩たちの下、本当にいろいろな経験を若手に積ませてくれます。僕もAbemaTVに行かせてもらったり、「報道ステーション」を担当させてもらったりと、もったいないぐらいの経験をさせてもらっています。
─渡邉さんは、テレビ朝日が全社を挙げて取り組んでいる「未来をここからプロジェクト」において、「報道ステーション」内のコンテンツ制作も任されていますよね。
渡邉:はい。「未来をここからプロジェクト」は、テレビ朝日のいろいろな番組が関わり、人や地球の未来について考える企画です。「報道ステーション」において、僕は「未来を人から」というテーマを掲げ、各界の第一線で活躍する人に未来を語ってもらう企画を立ち上げました。こういう時代だからこそ、さまざまな分野で活躍するリーダーの言葉が、複雑な社会を生き抜くための光になるのではないかと思ったのです。
その第1弾として、2020年10月下旬に5夜連続で、台湾のデジタル担当閣僚オードリー・タンさん、建築家の安藤忠雄さん、チームラボ代表の猪子寿之さんをはじめとする、そうそうたる方々のインタビューをお送りしました。
1月11日からテレビ朝日では「未来をここからWeek」を予定しています。「報道ステーション」では、5夜連続でスペシャルインタビューをお届けする予定です。テレビ、ネットで、ぜひ多くの方に視聴いただけるとうれしいです。
今後、テレビには、コンテンツを制作し放送するだけではないさまざまな役割が求められると思います。ネットとの行き来、利便性の追求、アーカイブの蓄積や、他メディアとのリレーションシップなど…。そこで必要となる知識や経験は、枚挙にいとまがありません。貪欲に勉強し、幅広い分野に対応する力を身に付け、マルチタスクで業務に取り組まなければならなりません。
決して簡単なことではありませんが、希望を持って。カラフルで、シームレスで、フラットで、気軽な、「これからのテレビ」をつくっていければと考えています。
<未来をここからWeek 「報道ステーション」番組概要>
・日時:2021年1月11日(月)~15日(金) 21時54分~ テレビ朝日にて放送
・未来をここからプロジェクト HP
時代の最先端を走る「人」を特集するシリーズ企画「未来を人から」をはじめ、スポーツや環境問題に特化した大型企画を展開。「未来を人から」では、国際数学オリンピックで日本人女性初の金メダリストに輝いたSTEAM教育家・中島さち子さんを紹介する他、「松岡修造×ダルビッシュ有」「寺川綾×平野美宇」のスペシャルインタビューもお届けします!