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こどもの視点ラボ・レポートNo.1

【こどもの視点ラボ】不思議生物「こども」を理解するために、赤ちゃんになってみた

2021/02/01

イメージ画像

「ママ顔おっきいね。いっちゃん2歳になったから、もっともっと2歳になったらママみたいに顔おっきくなるねー?」

これは、当時2歳だった息子の一言。一瞬、顔がでかいとディスられたのかと思いましたがそうではありません。

「今のって、この子に“過去と未来”という概念が備わったということでは?」

1歳から2歳になり、2歳にはその先があると理解している。

「昨日まで点の現在しかなかったのに…」と驚き、感慨深くなったと同時にふと気づきました。点の現在しかなかった生き物に、私は何度「おやつはあとでね、あとで」「公園は明日だよ」と理解できなかったであろう発言を押し付けてきたのかと。

普段、広告を作る時には「消費者の視点に立って」「ターゲットの立場だと」などと偉そうに言っているくせに、親としての自分は幼児がどう感じているか、脳内がどうなっているかなんて知ろうともしてきませんでした。

「いや、まだ遅くない。知りたい」

当事者視点に立ってこどもを理解できれば、こどもに無理を強いることも減るのでは?こどもに対してイライラしたりカッとならずに済んだり、社会とこどもの関係ももっと良くできるのでは?

というわけで私は「この子は僕をどんなふうに見てるんだろう?」「赤ちゃんの視力は大人と違うらしいぞ」と、日々、0歳のわが子の不思議に目を凝らしていたパパADの沓掛光宏くんと共に、こどもになって世界を見てみる「こどもの視点ラボ」を立ち上げました。

こどもの当事者視点とはどんなものかを真面目かつ楽しく研究していくラボです。しかし、赤ちゃんや幼児はグループインタビューに答えたりしてくれないので、自分たちがなってみて、「こうなんじゃないの?」と体感して研究してみるしかありません。で、まず最初の研究がこちら。

大人が赤ちゃんの頭になってみたら

比率の画像

大人が赤ちゃんの頭を体感できる「ベイビーヘッド」を作ってみることにしました。新生児は約4頭身、頭の重さは体重の約30%もあるといわれています(※1)。それを身長180センチ、体重70キロの男性に置き換えてみると、

“頭の長さは45センチ、重さはなんと21キロ”

という計算に。モデルは沓掛くんの息子・晴太くんです。

こどもとおとな比率の違い
※1  出典:メディックメディア 『レビューブック小児科』 産総研 日本人頭部寸法データベース2001 「体重の約30%」については頭の重量に関するデータがないためあくまで一般論です。

電通ライブと空間芸術社にご協力いただき、着々とできていく「ベイビーヘッド」。最初は赤ちゃん顔のおじさんみたいだったのが、目の大きさや頬の赤みを調整することで晴太くんに似てきました。かぶってみると十分重いぞ。これ以上の重量にすると首がゴリッといっちゃいそう…。危険なので重さの再現はやめよう、という判断に。

ベイビーヘッドを持って、東大・赤ちゃんラボを訪ねてみた

こうして出来上がったベイビーヘッドを持って、私たちはかねてから「こどもの視点ラボ」について相談させていただいていた東京大学・赤ちゃんラボの開一夫先生を訪ねました。先生は赤ちゃん学の第一人者であり、選好注視法(※2)を使って赤ちゃんの好みを分析し、赤ちゃんが本当に喜ぶ『もいもい』『うるしー』などのベストセラー絵本を作られた方でもあります。まさにこどもの視点で作った絵本!

※2=選好注視法
複数の選択肢を与え、どれを一番長く見るかを計測する方法。
 
『もいもい』(市原淳 作、開一夫 監修/ディスカヴァー・トゥエンティワン)
『もいもい』(市原淳 作、開一夫 監修/ディスカヴァー・トゥエンティワン)
『うるしー』(ロロン 作、開一夫 監修/ディスカヴァー・トゥエンティワン)
『うるしー』(ロロン 作、開一夫 監修/ディスカヴァー・トゥエンティワン)
開先生インタビュー1

石田:先生、ベイビーヘッドができました。

開先生(以下、先生):こ、こわいね。顔はかわいいけど。こんなに大きいんだ。ちょっとかぶってみていい?

石田:おお、先生自ら体感していただけるとは!

開先生インタビュー2
マスクを着用し、内部を消毒してかぶっています。

先生:重いね~、これ何キロあるの? 

沓掛:現状では1.5キロです。計算では21キロになるんですが、かぶるには危ないので。

先生:これはすごいなー。こどもがベランダから乗り出して落っこちちゃうっていう悲しいニュースがあるのも分かるよね。これでバランスをとるのは本当に大変だ。僕も初めて実感しました。頭では分かっていても自分でかぶると相当重いね。計算では21キロ?

石田:はい。うちの息子が6歳になったんですけど、今、体重がちょうど21キロなんです。6歳児を頭に乗せて生活してるようなものかと思うと、とてつもないですよね…。

先生:いやーすごい(笑)。こんな頭で寝返りをうったり立ったり、首がすわるっていうことが、いかにすごいことか。相当なバランス感覚が必要だよね。

石田:先生の著書で赤ちゃんの脳は全体重の約7分の1 (※3)だと読みましたが、それは人間だからそれくらい重いのでしょうか?

先生:猿やクジラも脳は重いと思うけど、体重比というか自分のカラダ比からいうと人間の脳は抜群に重いよね。

※3 出典:『赤ちゃんの不思議』(開一夫 著/岩波新書)
 

石田:そもそも赤ちゃんって、どうしてこんな大きい頭で生まれてくるんでしょう? 

先生:これでも小さいサイズなんだよ。人間は直立歩行だから、他の動物よりも産道が狭くなってるんだよね。だからそこを通れるように、頭が小さい未熟なうちに出てくる。

石田:他の動物よりかなり早産ということですか?

先生:そうだね。生まれてすぐ立てるシマウマや鹿と同じくらい成長してからだと、産道を通れないから。小さく未熟なうちに出てくるから、他の動物より早くに外界や親と接して刺激を受けることになる。学習できる。それが

“人間らしさをつくる”

んじゃないかといわれているし、僕もそう思います。

開先生

沓掛:生まれてくる時、赤ちゃんは触覚や聴覚に比べて視覚が発達していないと聞いたことがあるんですが。

先生:うーん。聴覚はおなかの中から発達してるといわれてるけど、まったく大人と同じではないと思う。触覚は割と早いとは思いますよ。おなかの中で自分を触って学習できるから。最近の4Dエコーだとおなかの中でおしゃぶりしてるのが見られたりするよね。おしゃぶりって自分のボディーがどうなってるか分からないとできないじゃないですか。たまたまそこにあった指をパクッてやるわけじゃない。手を口に持ってくる、そしてその前に口を開けて準備をするっていう。そうやっておなかの中でいろいろやってみて学習してるんだと思いますよ。

それに比べて視覚情報は外とは決定的に違うよね。光の量も違うしどこ見ていいか分からないし。そういう意味では視覚はトレーニングできないまま生まれてくる、ということにはなるね。

沓掛:なるほど~、興味深いです。

石田:話は変わりますが、前からお聞きしたかったことがあって。先生の研究室では「赤ちゃんは正義の味方を好む」という実験をされていますよね?

先生:はい。いじめっこ、いじめられっこ、そのいじめを止める正義の味方、そのいじめを止めない傍観者といったキャラクターが登場するアニメーションをつくって、正義の味方と傍観者に対する赤ちゃんの反応を調べました。すると、多くの赤ちゃんは正義の味方を好むということが分かりました。

赤ちゃんは正義を好む?実験画像

石田:実験されてみて、本当に赤ちゃんのモラルを感じましたか?

先生:赤ちゃんを見ていて「こいつは悪いやつだからやっつけたい」って顔をしてるかっていうと、それはないですよ(笑)。

「どっちが好き?どっちが悪者?」て聞けるんだったら実験なんてやる必要がなくて、聞けないから面白いんだよね。だから脳の活動を計測したり、何を長く見ているかを調べたりする僕らの実験の意味がある。

だけど、こういう実験は割と誰が実施しても似た結果が出ます。それがなぜかっていうと説明は難しいけど、社会活動を営む上で意地悪なやつばっかりだとグループで何かやっていくことはできないよね。だから遺伝的にそういう部分が組み込まれている可能性はある。世界中どこへ行っても「人助け」はあるし、ケンカばかりしている文化はないと思うんです。もちろん自分のグループと他のグループで敵対している構図はよくあるんだけど。同じグループ内でケンカばかりしてる民族がいたら、その文化は崩壊してますよね。

石田:確かに。奥が深いですね~。

生まれた時にはすでに正義を愛して生まれてきているかもしれない、不思議だらけの赤ちゃん。今回の研究とインタビューでは

● 大人が想像しているより、赤ちゃんの頭はとてつもなく重い。そのことを意識しながら日々の安全面もサポートしてあげたい。

● 人間は他の動物よりかなりの早産。さまざまな感覚をトレーニングしながら外の世界で“人間らしさ”を培っていく。

● ただお世話をするのではなく、赤ちゃん期間は“人間らしさ”を育むための大切な期間だと考えたい。

という学びがありました。

生まれて間もない頃からいろいろ語りかけたり(無反応だったけど)、凍えながら目の前で雪だるま作って触らせてみたり(嫌そうに見えたけど)ということも“人間らしさ”を育むためには意味があったかなー?とわが子の赤ちゃん期間を振り返ってみたり。

きっと、周りの人間たちが仲良く楽しそうで、自分が愛されていて「どうやらこの世はいいところっぽいぞ」と感じてもらうのが一番なんじゃないかな?と思いました。

インタビュー画像

石田:ところで先生、ここでもうひとつお見せしたいものがありまして。

沓掛:以前にご相談していた「大人が2歳児の手のひらになってみたら?」と考えたコップと牛乳です。

先生:おーできたんだ。え、こんなに大きいの?(笑)

(次回「2歳児になって牛乳いれてみた」につづく)

集合写真
右から東京大学大学院 開一夫教授、電通・石田文子氏、電通・沓掛光宏氏(インタビュー撮影:鬼丸隼人氏)