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変革のアーキテクトNo.1

変革のアーキテクト
味の素社 児島宏之CIO×電通BDS 山原新悟氏【前編】

2021/03/08

「自社の中から新しい価値が生まれてこない」
「今まで自分たちの強みが通用しなくなり、逆に重しにすらなってきている」
「小さな変革の動きを、どうすれば社内の大きな変革のうねりにつなげられるのか」
そういう声を、多くの経営陣から伺います。

そんな中、変革の全体設計(アーキテクチャー)を描き、既成概念を壊しながら全社横断で挑んでいる企業が存在します。本連載では、自らアーキテクト(全体設計者)として社内の事業変革を遂行するトップエグゼクティブに話を伺い、その神髄に迫っていきます。

第1回は、味の素株式会社(以下、味の素社)から児島宏之専務執行役員 CIO(Chief Innovation Officer)をお招きし、電通ビジネスデザインスクエア(以下、BDS)の山原新悟氏と対談。同社の変革への取り組みやハードル、そして目指している未来像を聞きました。

児島CIOと山原氏
味の素社・児島宏之CIO(右)と電通ビジネスデザインスクエア・山原新悟氏

未来を描き、味の素グループの事業モデルを変革する

山原:味の素社は現在、「食と健康の課題解決」という目標に向け、グループ全体で「事業モデル変革タスクフォース」を立ち上げ、変革を推進しています。その中核である「未来創造プロジェクト」について教えてください。

児島:私は2019年に研究開発企画部の部長となり、以来ずっと、味の素グループの“次の10年”を考えてきました。

通常の事業計画は、顧客や世の中が求めていることを基につくられますが、中長期の話になると、当然「顧客の視点」が見えにくくなります。すると逆に、「当社の技術ならこういうことができる」といったように、自社の今の技術起点で事業計画を考えてしまいがちです。

しかし、それでは持続的な成長は期待できません。2030年の社会課題や生活者ニーズを起点に、味の素グループがどういうバリューを創造すべきかを考え、そのために必要な事業テーマやプロセスをバックキャストで策定していく。それが「未来創造プロジェクト」です。

「味の素グループのASV経営 2030年の⽬指す姿と2020–2025中期経営計画」
出典:「味の素グループのASV経営 2030年の⽬指す姿と2020–2025中期経営計画」

その構想が徐々に膨らみ、オープンイノベーションやコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の運営なども組み合わさり、全社で挑む「事業モデル変革タスクフォース」として推進しています。

山原:味の素社はアミノ酸領域はじめ、世界的な知的資産を数多くお持ちです。その研究部門をリードしてきた児島さんが、アセットから考えるのではなく、バリューから考えないとビジネスにならないという考えに至られたのがとても興味深いです。

児島:それは、私自身の経験からきた考えです。私は1985年の入社以来、2019年に今の部に異動するまでずっと、研究所で技術開発に携わってきました。その間、中長期の未来を見据えた研究にも数多く挑戦してきました。技術開発が成功し、特許化したものはたくさんあったのですが、一方で、事業化には至らず、お客さまの価値につながっていないと感じることも少なからずありました。

実はそれも、今の自分たちにできることを起点に研究を行っていたからであり、未来のお客さまの価値を創造できていなかったから。今になってそう思うのですが、当時はそのことに気づけていませんでした。

そういった経験が、「お客さまにとっての価値をしっかりと理解し、そのためにできることを考えるべき」という発想の転換につながったと思います。

児島CIO

R&DからR&Bへ。研究開発で終わらず、自ら事業化まで見据えるチームへ

山原:「未来創造プロジェクト」を中心となって推進されているのは、児島さん率いる研究開発企画部です。2020年7月にR&B企画部(R&B:Research&Business)という名称に変更しましたよね。

児島:リサーチ&デベロップメントというと、研究開発して終わり。そこから先は「誰かがやるだろう」と思いませんか?

リサーチ&ビジネスには、お客さまに価値を提供して、お金を頂くところまでを視野に入れ、責任を持ってリサーチからやるという意思を込めています。

研究開発企画部はこれまでコストセンターだったわけですが、来年度からは、利益を生み出すプロフィットセンターとしての役割を果たせるよう、会計上の手続きも進めています。研究開発したモノを売って、お客さまからお金を頂き、それがわれわれの予算として使えるという形です。

山原:今までの仕事の仕方や考え方からすると大改革ですね。

児島:そうですね。売るからには当然責任も生まれ、品質や安全性をどう担保するのかという、今までになかったアクションの必要も出てくるわけですから。

山原:社員の皆さんの反応はどうでしたか?

児島:「私たちの役割はここまで」という垣根がなくなったことで、逆に皆が積極的に動いてくれている印象です。

今回のプロフィットセンター化しかり、未来創造プロジェクトのような活動は、今まで当社では行われてきませんでした。このプロジェクトを通じて、私を含め、社員全員が積極的に相談し合い、目指すべき方向が共有されるようになったと感じています。

山原:変革やDXは、ともすれば手段が目的化して、その先に自分たちはどうなるべきかという部分が薄らいでいくことがあります。でも、味の素社の皆さんは、「変わっていくこと」を自分の中で消化し、そのためにするべきことを考えているということですね。

児島:プロジェクトのメンバーたちと話をしていく中で、変革の先にある「Picture of the Future」(未来構想図)を生み出すプロセスが大事だと気付きました。

ビジョンやパーパスという言葉で未来像を示す企業が多いかもしれませんが、最も重要なのは、「お客さまに何が提供できるのか」「その提供すべきバリューをどうつくっていくのか」という構想図を示すことだと思います。

対談風景

「夢を実現したい」という思いが新しい価値を生み出す

山原:「事業モデル変革タスクフォース」では、「社内起業家発掘プログラム」などにも取り組んでいます。社内から起業したいアイデアを募集して、実際に形にしていくというプロジェクトですが、応募された方々を見て、どう感じましたか?

「味の素グループ 統合報告書2020」
出典:「味の素グループ 統合報告書2020」

児島:私が特に印象的だったのは、まず非常に多くの社員が自ら手を挙げて応募してくれたことです。しかも、今回の募集を見てから考えたのではなく、「新しい顧客価値とは何なのか」「味の素グループのポテンシャルを活かしたら何ができるのか」、そういったことをずっと考えてきた人が多かった。すごくうれしかったですね。

自分を振り返ってみると、やはり会社に入ったときには「こういうことをやりたい」という思いは持っていたわけです。しかし、実際には自分のやりたいこととは違う仕事にも多く関わってきました。「いつか、どこかで自分の思いを実現したい」とは思いつつも、現状に満足してきてしまったこともあったと思います。

また、あまり多くはないのですが、味の素グループを去り、別の企業やフィールドで活躍している方もいます。実は、そういった方々がどうして会社を辞めてしまったのか、あまりよく分かっていなかったんです。しかし今回、プログラムに応募した人の話を聞いて、味の素グループの中では実現できなかった自分のやりたいことをどこかで実現するために会社を辞めていったのかと、とても納得しました。

だからこそ、これからの味の素グループを背負って立つ社員の皆が会社を辞めてしまうのではなく、社内で実現する機会をつくり、思いを実現してもらいたい。出てきたアイデアを事業化につなげ、お客さまの価値につなげる責任があると、身が引き締まる思いです。

山原:入社前からアイデアを持っていても、今回のような取り組みがなければ、日々の仕事に追われ、その思いは消えてしまっていたかもしれないですし、最終的には会社を去ってしまう方もいたかもしれません。

人との出会いや夢の実現に向けた仕組みを次々と生み出していくこと自体が、今、味の素グループの変革につながっていると思います。新しい価値は、人の結びつきや思いを起点に発展していくものだと、改めて感じています。

山原氏

※後編に続く