変革のアーキテクトNo.2
変革のアーキテクト
味の素社 児島宏之CIO×電通BDS 山原新悟氏【後編】
2021/03/15
あらゆるバイアスを壊し、自らアーキテクト(全体設計者)として社内の事業変革を遂行しているトップエグゼクティブに話を聞きながら、その神髄に迫る本連載。
第1回は、味の素株式会社(以下、味の素社)で事業変革を推進する児島宏之専務執行役員 CIO(Chief Innovation Officer)をお招きし、電通ビジネスデザインスクエア(以下、BDS)の山原新悟氏と対談。前編に引き続き、実際に取り組みに当たって乗り越えるべきハードル、そして目指している未来像を伺います。
前編:変革のアーキテクト 味の素社 児島宏之CIO×電通BDS 山原新悟氏
まずやるべきは、失敗を恐れず前に進み、外とつながる仕組みをつくること
山原:前回は、事業変革を行うに至った経緯をメインに伺いました。では実際に事業変革を行うに当たり、今後はどういったアクションを起こそうと考えていますか。
児島:未来創造プロジェクトや社内起業家発掘プログラムで出てきたアイデアをアジャイルに実証し、失敗を繰り返しながら試行錯誤し、成功体験につなげていく。小さくてもいいから事業化に向けたPDCAを回していく。まずは、そういったサイクルを早急につくらなければと思っています。
アメリカのスタートアップ企業では、1、2回失敗した人の方が評価されるという話があります。それはもちろん、失敗から学び、次の成功につなげて走り続けている人という意味です。
そういった風土、仕組みがあると、「次は私もチャレンジしてみよう」と後から続く人が出てくるはずです。しかし、何年もかけて大きなプロジェクトに挑んだ人が軒並み失敗している状態なら、誰も後に続きません。継続的にみんながチャレンジして前に進んでいく仕組みをつくりたいというのが一つあります。
山原:実現に向けて、失敗も成功も回転を速めていくということですね。
児島:もう一つは、社外の人とのコラボレーションですね。というのも、当社で「社外の人」というと、「サプライヤーとカスタマー」を指すことが多かった。縦のつながりはあるけれど、同等な立場の人と何か一緒に取り組むという、横のつながりが非常に少なかった。それではスピードも遅いし、アイデアを生み出すにも限界があります。
さまざまな業界・業種の方々とつながりを得ることで、何か新しい、味の素グループだけでは想像もできなかったアイデアが生まれてくるのではという期待があります。失敗しながらも前に進む仕組みと、社外の人と一緒に取り組む仕組み。その両方を拡充して、いろいろな方向に可能性を広げていき、社内起業家発掘プログラムに応募した人が力を発揮できる場所、仕組みをつくることが大事だと考えています。
山原:先日リリースされたコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の立ち上げもそのひとつですね。
児島:はい。やはり変革のうねりを巻き起こすためには、社内だけではスピード感もリソースも足りません。スタートアップの方と一緒に仕事をする中で、外にも視野を広げながら前に向かって動きだすというように、社内の意識が変わることを期待しています。
そのため、買収してしまうのではなく、少額の投資で案件をつくりながら、対等な立場で話し合い、そこからいろいろなネットワークが広がっていけばいいなと思います。出資するだけではなく、当社もコミットして一緒に事業を進め、新しい価値をつくっていく形にしたい。
山原:そういう意味では、企業の習慣を大きく変えるということですよね。新しい価値をつくり出していくためには、前に進みやすくする、横とつながりやすくするといった新たな企業風土・文化をつくっていかなければならない。とはいえ、企業風土を変えることにこそ難しさを感じている企業も多いのではないでしょうか。
児島:今まさに、われわれもその難しさに挑んでいるところです。安全安心が大事というのはまさにその通り。でも、失敗を恐れずにチャレンジすることも必要だと思います。例えば自動運転の技術。事故が全くないわけではないですが、失敗から学び、ちゃんと前に進んでいますよね。
他にも、海外のスタートアップでは失敗を恐れないチャレンジが活発に行われています。新型コロナウイルスのワクチン開発もそのひとつです。既に海外では接種が開始されているファイザー製のワクチンですが、ファイザーとバイオンテックというスタートアップが共同で開発したものなんですよね。モデルナというスタートアップが単独で開発したワクチンも承認され、接種が開始されています。
今までの世の中だったら、ワクチン開発には10~15年程度かかるといわれていたものが、1年以内で開発されるというイノベーションが実際に起こっているわけです。
たぶん、当社も元々はそういう会社だったはずなんです。1909年に「味の素」という製品の販売を開始したわけですが、開発から1年で世に出しています。しかも世の中になかった粉を料理にかけることを推奨するって、すごい話ですよね。やはりベンチャー精神で取り組むことは大事なんです。
しかし、体制・制度が一度確立してしまうと、企業の信頼を失わないために保守的になり、「できない理由」をリストアップするのが仕事になってしまいます。そうではなく、今からでもイノベーションを起こそうと考え、それがどうしたらできるのか、そのために何をすればいいのかを考える。そういうふうに仕事のやり方を変えることが、「事業モデル変革タスクフォース」の大事なミッションだと考えています。
変革の先に、味の素グループが目指す未来とは?
山原:最後に、この変革を成し遂げた先にある、味の素グループの未来像はどのようなものだと思いますか?
児島:自ら新しい価値をどんどん外へ提供し続ける会社になってほしいです。
これまで当社は、スーパーマーケットの棚に並ぶような商品を追求してきました。しかしこれからは、スマートフォンでオーダーしてドローンで届いたり、一人一人にカスタマイズされた商品がオーダーできるようになるかもしれませんよね。そういう中で、味の素グループならではの、新しい、見たこともないような価値を提供できるようになっていくべきだと考えています。
味の素グループの仕組みがないと食や健康が成り立たない、そんな価値を提供できる会社にどうやったらなれるのか。味の素グループにいるからこそ実現できる、新しい価値を社員一人一人が生み出せる会社になってほしいなと思っています。
山原:これがあるから、毎日の食が変わった、食と人間のつながりが変わった、健康と人とのつながり方が変わった……そういった、誰もが使う、ベースとなるような価値が生まれると素晴らしいですね。
ゼロベースではなく、食と健康領域に今までの大きなアセットや研究成果があるからこそ、ここで新しい取り組みがさらにつながり始める。この掛け合わせが、世の中を変えるほどの食と健康のプラットフォームをつくり出していく。その変革が、今まさにすごいスピードで動き始めていることを感じました。