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変革のアーキテクトNo.3

味の素社 西井社長に聞く、変革を実現する5つのポイント(電通BDS山原)

2021/03/30

「自社の中から新しい価値が生まれてこない」
「今まで自分たちの強みだったことが通用しなくなり、逆に重しにすらなってきている」
「小さな変革の動きを、どうすれば社内の大きな変革のうねりに繋げられるのか」
そういう声を、多くの経営陣の方から伺っています。

そんな中、変革の全体設計(アーキテクチャ)を描き、既存概念を壊しながら、全社横断で挑んでいる企業が存在します。本連載では、自らアーキテクト(全体設計者)として社内の事業変革を遂行しているトップエグゼクティブの方々に話を伺いながら、その神髄に迫っていきます。

今回は、グループ全体の事業変革をけん引されてきた味の素株式会社(以下、味の素社)の西井孝明社長。電通ビジネスデザインスクエア(以下、BDS)山原新悟氏との対談を通し、変革に至った背景や実現のために欠かせない視点、トップとしての心構えなどを伺いました。

西井社長と山原氏
味の素社・西井孝明社長(右)と電通ビジネスデザインスクエア・山原新悟氏

変革のスタートはビジョンの見直しから。その背景とトップが抱えるジレンマとは?

山原:御社は「2030年に『食と健康の課題解決企業』へ生まれ変わる」と宣言されて以来、「事業モデル変革タスクフォース」を立ち上げられたりと、ビジョンの実現に向けてグループ一丸となって変革を推進されています。まずは、なぜそうした変革に踏み切られたのか、その背景を教えてください。

西井:私が社長に就任した2015年は、国連でSDGsが採択され、世界が大きく変わった年でした。アカデミアだけでなく、社会全体でサステナビリティーを考えていかなければならない時代がやってきたわけです。

そうしたグローバル社会の流れを受けて、当然、企業に求められる価値も変容していきました。世界中の企業が、これまでのビジネスモデルで資本主義を追及していけば、社会、さらには地球が悲鳴をあげることになります。そのため、当社も自分たちの都合だけで動くのではなく、環境や社会的な観点から貢献できる企業に生まれ変わらなければ、持続的な経営は困難だと確信しました。それが変革に至った原点です。

しかし、社長に就任した頃、日本の企業やメディアは、SDGsやサステナビリティーを大きく取り上げてはいませんでした。日本と海外の意識のズレは、大いに感じていましたね。

西井社長

山原:日本でSDGsが活発に議題にあがるようになったのは特にここ2、3年の話ですよね。私が2016年に参加したカンヌライオンズでは、すでに「SDGsをわれわれの業界としてどう捉えるか」というテーマで、さまざまなグローバル企業のトップが率先して議論を交わしていました。それに比べると日本ではだいぶタイムラグがあったと感じています。そんな中、西井社長は早い段階からSDGsを経営の真ん中に定められていたとのことですが、何か理由があったのでしょうか。

西井:2015年に日本で社長になる前は、2年間、ブラジル味の素社の社長を務めていました。そこで、SDGsが形成されていく様子やMDGsとの違いなど、世界の変化を肌で感じることができたのだと思います。これは世界的な大きな変革が起きると感じました。企業経営の方針に欠かせないテーマであると確信し、グローバル企業各社がSDGsに取り組んでいる姿を意識的に追いかけるようにしていました。

山原:なるほど。当初から、これは企業経営に大きな影響を与えるとお感じになられていたということですね。社長にご就任されてからは、そのお考えを基に企業変革に着手されたということでしょうか?

西井:具体的に事業モデルの変革をはじめたのは2019年です。社長に就任してからの4年間は、「世界の食品業界でグローバルトップ10に入る」という既存のビジョンを継承することに尽力していました。社長就任時にすぐ動けていたら……と、今でも思います。

社長に就任後、1、2年は目標に届いていたのですが、2017年頃には、既存のビジョンでは、社内のあらゆる事業でひずみが生まれてきました。社会の変化の中でこれまでの目標達成への限界がよく見えてきた。そこで、これは絶対に変えなくてはならないと思い、ビジョンの見直しからはじめようと決めました。

それでもやはり、決断には時間がかかりましたね。これまでつくってきた10年のビジョンを、私が勝手に転換してしまっていいのかというジレンマはありました。今までの方針に限界を感じていても迷いがあったので、上手くいっている企業であればあるほど変革への不安は大きいのではないでしょうか。

山原:そうですね。企業変革においては、主力の本業が持つ「引力」、制度やシステム、見えない力学や社内の文化が強すぎて、変革が構想通りに進まない企業は多いと感じています。

10年後を見据えて挑む、アーキテクチャを変えるための5つのポイント

山原:それでは具体的に、味の素グループはどのような視点で事業モデルの変革を達成しようとされているのでしょうか?

西井:変革には、5つのポイントがあります。

1つは、「ビジョンの見直し」です。前述の通り「世界の食品業界でグローバルトップ10に入る」というビジョンを目的として掲げるのではなく、もっと社会に貢献する企業となるために、「食と健康の課題解決企業」に生まれ変わることを決意いたしました。

次に、「企業価値を定義し直すこと」。今回の変革では、株価など目に見える価値だけでなく、人財価値、顧客価値という言い方を採用するなど目に見えない価値にも目を向けています。人的資源の価値、社員の価値を高めることがが、お客さまへ新しい価値を生み出し、それが結果的に経済価値に繋がる。そのサイクルこそが、企業価値なのだと再定義しました。

3つ目は、「人財育成・開発の仕組みを再構築すること」。人の力がなくては、新しい顧客価値を生みだすことはできません。そうした人財育成とマネジメントの仕組みを見直し、新たに取り入れました。

4つ目は、「収益ポリシーの変更」です。これまでの短期利益積み上げ型の企業文化から脱却し、長期的な視点でオーガニック成長を重要視する経営へと転換しました。今回の中期計画でも3年後や6年後の売上高と利益目標は発表していません。かなり抵抗もありましたが、発表しないことに意味があると考えています。10年後にあるべき姿から業務をバックキャストしていく、常に新しい事業にチャレンジすることを意識し、持続的な成長に繋げていきたいと考えています。

5つ目は、「中期計画の草案を毎年更新すること」。1度計画を策定したら、そのまま3年我慢して進めていくのではなく、より良いものに変えていくというサイクルが大切であると考えました。実際に、味の素グループでは2020年に作成した3カ年計画の修正を始めています。10年後のビジョン実現に向けて、毎年更新することとしました。

この5つのポイントで変革を進め、「食と健康の課題解決企業」へと生まれ変わることを目指しています。

デジタルなき変革はあり得ない。DXの本質は数字の裏まで“見える化”すること

山原:「数」や「規模」をファーストプライオリティーに置く、というのは、誰からも文句言われない、ある種の経営の「安全指標」だったと思います。

今回、西井社長はその経営指針の大転換をされたわけですが、新しい価値観を浸透させ、企業を変えていくというのは大変ご苦労も多かったのではないかと思います。

山原氏

西井:今でも苦労はしていますが、デジタルの力があれば可能であると考えています。

例えば、われわれは収益ポリシーを「短期的な利益の積み上げを重視した経営から、ROIC(投下資本利益率)とオーガニック成長を重要視する経営」へと変更しました。ですが、成果を測定するためには複雑な計算式が必要で、さらにそれを浸透させていく必要があります。

今までは難しいことでしたが、複雑な計算式もデジタルの力でビジュアル化できれば、非常にシンプルで誰にでも分かるものになる。企業活動の見えなかった数字を拾い上げることもできる。効率的に組織内に収益ポリシーを浸透させることができると考えています。

山原:「一見、誰でもクリアに見える」数字の世界だからこそ、実はその裏で動いている危機や、本質的な成長の鈍化が覆い隠れてしまうこともあります。デジタルの力でそこを“見える化”できれば、全員が同じ指標を見て、新しい価値をつくりやすくなっていくと。

西井:おっしゃる通りですね。誰でも課題の本質を理解できるように、奥にある問題をクリアにしてくれる。それがデジタルのいいところです。

デジタルによってできるようになったことは、それだけではありません。効果測定で広告の到達力や反応が見えやすくなったり、グローバル規模で2年に1回行っていた社員アンケートをデジタル化することで、効率的に実施できるようになり、毎年従業員のエンゲージメントが見えるようになったり……。あらゆるところでDXが進めば、組織のアーキテクチャはより良いものになっていくでしょう。変革は、デジタルなくして前に進まないと思います。

山原:デジタルの活用で、「数字の見える化」や「効率化」が進むというのは表面的にはありますが、何よりも社員や生活者の課題やニーズの本質が掴めるようになる、ということかと思います。

西井:おっしゃる通りだと思います。「食と健康の課題解決企業」というビジョンを掲げたからには、社会のみなさんに味の素グループが変わってきたということを知ってもらう必要があります。社員に関しても同じです。一人一人がビジョンの実現に向けて生きがいを感じていなければ、組織の力を存分に発揮することはできません。その為にも、デジタルを上手く活用してお客さまや社員とつながり、味の素グループのビジョンを伝えていくことが大切だと思っています。

売上だけを求める企業に魅力はない。改めて考える“企業と社員の在り方”

山原:最近は、お客さまも働く人も、売上だけを求める企業にはあまり魅力を感じなくなっています。そうした新しい世代の価値観に合わせ、御社が企業の在り方を常にアップデートしてきたことは、大変興味深いと思います。2019年には、「重要意思決定機関に占める女性の割合」を「30%」まで高めることを目標とした「30% Club Japan」にも参画されたと伺いました。

西井:味の素グループでは、性別、年齢、国籍、経歴関係なく、社員一人一人が互いに尊重し、活躍できる企業を目指し、ダイバーシティ&インクルージョンを推進しています。中でも、女性の活躍については、味の素グループの社長として絶対にやらなければならないことだと考えています。

味の素グループにも、たくさんの多くの優秀な女性社員がいて、新入社員としても入ってきてもらっていますが、まだまだ基幹職についている人は多くない。これは会社にとっても大きな損失です。

女性はライフステージによって、地位やキャリアを諦めてしまうことが多い現状がありますが、女性たちの働きやすい環境を整えることはもちろん、キャリア形成における支援を進め、基幹職が男女半々になれば、組織全体のパフォーマンスは絶対に上がると確信しています。

まだまだこれからですが、2030年度までには、社内の基幹職の女性比率を30%に高めていくことを目標に、全力で取り組んでまいります。

山原:「企業の魅力」というところで、もう一つ。スタートアップを立ち上げたり、フリーランスで活躍したりと、働き方も多様化している現代において、御社のような「大企業に属して働くことの魅力」とは何だとお考えですか?

西井:「大きく社会に貢献できる」「より多くの人を幸せにすることができる」という点が大企業の魅力だと思います。

私たちの仕事では、疾病になってしまった人を治すことはできません。われわれができるのは、食事や睡眠、運動など日常生活の活動に対してソリューションを展開し、人々の健康状態をサポートしていくことです。

当社は2019年度のBtoC向け一般消費者向けの食品だけでも、7億人に購入いただいています。2030年には10億人に増やしていきたいと考えていますが、自社の商品サービスを通してそれだけ多くの人の健康に貢献できるのは、やりがいにもつながるのではないでしょうか。

山原:味の素グループは世界中にネットワークがあり、アミノ酸を中心とした技術の基盤をたくさんお持ちです。これを社員の熱意と能力で変換して、国内だけなくグローバルに価値を届けることができるのは、唯一無二の魅力だと感じました。

西井:そう感じてもらえる人財を、これからも大切にしていきたいですね。

西井社長対談風景

※後編につづく