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変革のアーキテクトNo.4

2021/05/12

味の素社 西井社長に聞く、変革を実現するための未来構想図(電通 BDS 山原)

あらゆるバイアスを壊し、自らアーキテクト(全体設計者)として社内の事業変革を遂行しているトップエグゼクティブの方々に話を聞きながら、その神髄に迫る本連載。

前回に続き、味の素社の西井孝明社長に、同社の新しい事業モデルや、未来に向けての構想を、電通ビジネスデザインスクエア(以下、BDS)山原新悟氏が聞きました。

前編:味の素社 西井社長に聞く、変革を実現する5つのポイント(電通BDS山原)

味の素社・西井孝明社長(右)と電通ビジネスデザインスクエア・山原新悟氏
味の素社・西井孝明社長(右)と電通ビジネスデザインスクエア・山原新悟氏

パーソナルなアプローチで、10億人の健康寿命延伸を目指す

山原:御社の経営ビジョンの中で、「2030年までに、10億人の健康寿命を延伸」するという、大きく、具体的な目標を掲げていらっしゃいます。健康寿命に着目された理由をお聞かせいただけますでしょうか。

西井:私たちができることは、平均寿命に健康寿命を近づけていくことだと考えています。健康寿命の延伸には、健康な時から、偏った食習慣や運動不足などを改善していくことが非常に重要です。

味の素社が2020年から参画している弘前大学COI(センター・オブ・イノベーション)研究推進機構が行った研究によると、同じ疾病でも、疾病になる原因は人それぞれだということが分かっています。

この研究は、15年にわたりおよそ1000人に対し健康調査、生活習慣調査をしたものです。例えば、65歳で高血圧症を患った方々数名を、15年程度さかのぼってリサーチすると、病気になった原因は人それぞれ違うと分かったのです。遺伝が要因になっている人もいれば、食習慣のケース、運動不足や睡眠不足といったさまざまな要因が組み合わさっている人もいました。つまり、今後は、適切な食生活と生活習慣をソリューションとして提供するにしても、タイプごとに違うアプローチが求められてくると確信しました。

我々もそれらのエビデンスについての研究をしっかり進めながら、アミノ酸の知見を生かして食品の塩分濃度を下げたり、減塩商品を作ったり、メニューの栄養価を数値で表せるようにしたりと、ソリューションを磨いている真っ最中です。

山原:研究データによって“見える化”してきたケースごとにソリューションを提供できる時代がきていると。個人個人に合った健康寿命延伸のプラットフォームとなるものを、御社は作ろうとしているのですね。

西井:そうですね。研究結果と今まで磨いてきたソリューションがつながってくれば、パーソナルに近い状態で、10億人の健康寿命を延ばすアプローチができると考えています。

また、弘前大学COIの研究によると、将来生活習慣病になる大元の要因は、子どものころすでに出来上がっているそうです。もちろん遺伝的なものもありますが、後天的な要素は、幼児期から小学生の頃の生活習慣が大きく関係していると考えられます。子どもたちの未来のためにも、しっかり取り組んでいきたいと思っています。

西井社長

山原:要因が分かった時に、それに対して具体的にアプローチできる企業であるということが、御社の大きな強みですね。子どもの頃から味の素社の商品に触れて育ち、それが知らぬ間に減塩になっている、いつの間にか自分のリスクを軽減してくれている。そういう未来がくることを期待しています。

西井:やはり「健康のためにたんぱく質を……」などと、難しいことを言われながら食事をするのは楽しくないですからね(笑)。おいしく食べて、自然に健康な体に育ってほしいですね。

社内外のイノベーターと共に挑む、新しい価値の創造

山原:味の素社が進めている「事業モデル変革タスクフォース」ではさまざまな施策を打ち出し、社長自らが「変革」の意志を発信されています。特に西井社長が重要視している変革のテーマをお聞かせいただけますでしょうか。

西井:我々が食と健康の課題解決企業に生まれ変わる、そして10億人のウェルネスに貢献できるようになるために、全社を挙げて取り組むべき重要なテーマが2つあります。

まず一つは、「パーソナル栄養への取り組み」。先ほどお話しした通り、これからの時代、個々の健康課題を解決するためには、生活者一人一人のライフスタイルに合ったソリューションを提供していく必要があるということです。

もう一つは、「食資源」にまつわること。既存のたんぱく質がとれなくなるかもしれない、水の枯渇により食事そのものができなくなるなど、「食資源」について考えることは非常に重要です。一方で、食資源が無駄遣いされている現状も存在しています。フードロスを半減していくことも、持続可能な社会を実現するためには忘れてはいけない課題の一つです。

しかし、これらの変革を行うにしても、我々の知識だけではソリューションは生まれないと考えていました。

山原:社内ベンチャー制度を立ち上げられたり、スタートアップやベンチャーキャピタルとの協業を推進したりと、西井社長から「ベンチャー」という言葉をよくお聞きします。変革を実現するためには、ベンチャーとの協業を通して、その技術や精神を積極的にインストールする必要があるということでしょうか。

西井:はい。今回の変革で「ベンチャー」は、大切なキーワードの一つです。既存事業にとらわれず、新しい事業や新しい価値を創造していくためには欠かせない精神であると感じています。さらに、社会や生活者に新しい価値を届けるためには、今やデジタルコミュニケーション抜きでは語れません。アーキテクチャ(全体設計)を変えるという大きな目標を達成するには、ベンチャー的な考え方や、ベンチャー企業との協業が重要だと考えています。

例えば、前述のパーソナル栄養への取り組み。我々は、食とアミノ酸という分野で優位なソリューションを持っていますが、それだけでは新しい価値は生まれません。人々の健康課題を“見える化”しようとしている人や、それが見えた暁に「こういうソリューションができそう!」とアイデアを持っている外部の企業と組んで、イノベーションを起こしていく必要があるのです。

山原:味の素社とは全く別の領域で、ユニークなアイデアを考えている人や企業が組み合わさって新しい価値が生まれる。それが動き始めると、事業構想実現の一歩になるかもしれませんね。

電通BDS山原氏

西井:例えば調理方法にイノベーションが起きて、調理もメニューもAIが考案するようになったら我々人間は何をすべきか考えなくてはいけないだろうし、お客さまに物をお届けする仕組みにイノベーションが起きれば、そのイノベーションに合わせて運びやすい、お届けしやすい商品を開発しなきゃいけない。別の領域で新たな価値を生み出そうとしている人たちといち早く連携できれば、大きな事業が生まれるんじゃないかと考えています。

新事業や新しいビジネスモデルを作ろうという時に大切なのは、常に10年先を考えて、バックキャストしていくこと。例えば、私が現在関心をもっている代替んぱく質や培養肉といった食物は、10年後にはすでに新しい食物によって扱いが変わっているかもしれません。つまり、イノベーションを考える時には、「Picture of the Future(未来構想図)」を描き、進めていかなければいけないのです。

山原:まさに事業モデル変革タスクフォースで進めている、Picture of the Futureがキーとなるということですね。そうして未来の構想を広げつつ、よりポテンシャルの大きい領域への投資の選択と集中を行うことが重要ですね。

西井:未来の構想が広がってくると事業の取捨選択は迫られてくると思います。新たな事業で売上の約10%が常に入れ替わる準備ができている状態が理想ではありますが、経営者としては経済的な価値だけでなく、より多くの人が幸せになるような事業を選択していきたいですね。

味の素社のトップが見る、コロナ禍がもたらした変化と食の未来

山原: 2020年は、コロナウイルスの影響もあり、食に対する価値観や社会そのものの在り方が大きく変わっていったと感じています。この世界を巻き込んだ変化について、西井社長はどう見られているのでしょうか。

西井:リモートワークやオンラインでの会議が当たり前になるなど、急速に情報システムが発展した1年でした。この変化は決して後戻りしないと思います。注視すべきは、どのくらい実経済のインフラが傷んでいるかということです。

例えば、食の周りで言うと、農業従事者のみなさんがどれだけ疲弊しているのかは分からない。もし、農業の現場が復活できないほど疲弊しているのだとすれば、今まで行っていた大量消費のスタイル自体を見直す必要が出てくるなど、私たちの食を取り巻く現状もますます変化していくのではないかと考えています。

「食」に関わるビジネスを行っている企業のリーダーとして、アフターコロナで生まれた新たな課題には敏感に接していきたいです。特に農業は、国を支える基幹産業です。国民の幸せ、国民の健康寿命を延ばすためにも、絶対に守っていかなくてはならない存在であると思っています。

山原:今日お話を伺っていて、「情報」がかつてない価値を持ち始めているように感じました。生活者もネットで実物を見ずに買うことが当たり前になり、誰がどんなこだわりを持って作ったかという「情報」を見て買うようになってきています。農業においても情報を価値に変えていくことが重要ですよね。

西井:農業の課題は単価が安いことにあると思います。生産性を高めることはできてきているのですが、価値を高めることができていないんです。野菜や果実には旬があり、一番たくさん収穫できる時期が一番おいしく栄養価も高い。しかし、大量に採れるからと単価が安くなってしまうのは、野菜や果物が持っている価値をちゃんと伝えられていないからじゃないかと思うのです。

生産者によって、栄養価や糖度などの価値もそれぞれ違うのに、生活者はそういった情報に触れていません。そこにまだまだチャンスがあるのではないかと思います。

山原:お客さまの食と健康の情報と、商品の情報を最適に結びつけることで、価値の総量が上がるということですね。

健康寿命の延伸には「食」そしてそこに関する「データ」は欠かせない要素で、それを支える最先端のデジタルテクノロジーの活用がますます重要となりますね。

食と健康領域の明るい未来に向けて、我々も引き続き、さまざまな形で変革のお手伝いができればと思います。本日はありがとうございました。

西井社長と山原氏のツーショット

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