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鈴木おさむの「いまこそテレビが、オモシロイ!」No.3

2021/04/15

テレビは一体、誰のもの?

TVer

鈴木おさむさんに「テレビは今後、どこへ行く?」という仮タイトルで思いの丈を語っていただくこの企画。TVer×ウェブ電通報という、ありそうでなかった座組みで実現しました。

4/2、4/9にテレビ朝日系列にて放送された新作ドラマ「殴り愛、炎」のお話もちょいちょい折り込んでいただきつつ、鈴木おさむ氏ならではのテレビ論を大いに語っていただきました。

ご安心ください。ウェブ電通報の編集方針として、「とどのつまりは、番宣なのだろう?」といったような凡庸なる記事にはいたしません。乞う、ご期待。

TVer
─TVer×ウェブ電通報×鈴木おさむさんという座組みで実現した本インタビュー企画。いよいよ最終回ということなのですが、よろしくお願いいたします。

鈴木:よろしくお願いします。

─「テレビは今後、どこへ行く?」という大テーマのもとで、お話を伺ってきたつもりなのですが、気がつけば、伺っているお話そのものがどこへ向かって行ってるんだろう、みたいなことになってしまいました。

鈴木:それもある意味、テレビ的には「正解」なんじゃないのかなと思います。僕は「数字」には、こだわります。でも、こだわる数字は、たとえば「視聴率」といったものだけじゃない。TVerの数字が出てる。これって一体、どういうことなんだろう、ということを考える。ある意味それが、自分が歩むべき道標になっていたりします。

─前回のお話しのつづきでいうと、ここを突けば世の中がザワザワするぞ、というカギ穴が見つかる、ということですね?

鈴木:たとえば今回のドラマ(4/2、4/9にテレビ朝日系にて放送された「殴り愛、炎」)でいうと、山崎育三郎さん演じる天才ドクターが、嫉妬に狂ってどんどん壊れていくわけですよ。主役が真っ先に壊れていくって、実は意外とない展開だと思うんですよね。

─確かに、そうですね。

鈴木:僕の中では「真ん中をズラしてみる」ということなんだけど。

─真ん中?

鈴木:そう、真ん中。「医療モノ」「恋愛モノ」と言われると、たぶんこんな内容なんだろうな、ということがある程度、想像できると思うんです。容姿端麗、頭脳明晰、冷静沈着、神の手を持つ若き天才外科医がいて、彼のまわりにはライバルの医師がいて、複数の美女がいて、医療界のドンみたいなひとがいて、みたいな。いうなれば医療恋愛ドラマの「お手本」ですよね。そのお手本をどうズラしたら、世の中がザワザワするだろう?ということを考える。どうせズラすなら、真ん中をズラしちゃえ、と。

─それで、ああいうことになるわけだ。周りを固める役者さんがまた、揃いも揃ってクセが強い!

鈴木:瀧本美織さん、市原隼人さん、酒井若菜さん、永井大さん……。主役が壊れているのだからこの人は大丈夫だろう、と油断して見ていると、その人もまた壊れ始める、という。お見逃しの方は、ぜひTVerで、ということなんですが。

─ありがとうございます。ありがとうございます、は、おかしいか(笑)。

鈴木:たとえばバラエティーなんかだと、つくり手みんなが「毎分」を気にしていたりしますよね。

─「毎分ごとの視聴率」ですね?

鈴木:そう。ああ、ここで数字がハネたな、とか。あれ?思ったよりハネてないぞ、とか。でも、ドラマでそれをやってる人って、そんなにいないんです。いわゆるパッケージというか、ひとつの作品としての意識が強いから。きちんと伏線を張って、このあたりで回収して、最後にちょっとした裏切りがあって、みたいな。

─見ている側も、それをどこか期待している。

鈴木:安心して見ていられる。でも、それだと世の中、ザワザワしない。

TVer

鈴木:さっき、「クセが強い」ということをおっしゃいましたが、脚本も演者もそうなんですが、クセのあるディレクターの存在って重要だな、と僕は思うんです。よく「テレビを王道に戻すには?」みたいな質問を受けるんですけれど、そもそも「王道って何?」ということなんです。それって、芯がしっかりしてる、ということなんじゃないのかな?って。

─「テレビ=作り手で選ばれるワインみたいな」というお話ですよね?

鈴木:クセが強い、と言われるとなんか敬遠される、みたいなことってあるじゃないですか?おいしい料理を「あっさりしてて、食べやすいです」と表現するように。でも、僕に言わせれば、あっさりしていて食べやすい料理に、わざわざお金を払いますか?ということなんです。

─なるほど。

鈴木:だから、いまこそテレビ業界は作家性の強い「クセのある人」をグリップすべきだと思うんです。それはなにも、奇をてらったこと、変なことをする人、ということではない。その人らしいバックボーンがきちんとあって、その人らしい視点があって、この角度から世の中を斬ってみると、必ずなにかが起きるはずだ、という確信がある人。もちろん、コンプライアンスとか放送倫理とか、守るべきことはありますよ。でも、そこを突破するのは、あくまで「魅力的な個性」だと思うんです。

TVer

─最後に、一つ伺いたいんですが……。「テレビって、一体、誰のもの?」という質問です。

鈴木:そんなの決まってます、視聴者のもの、ですよ。

─これだけ、つくり手や送り手のこだわりを聞かされちゃうと、そのう、てっきり……

鈴木:だって、売れない靴をいくらつくっても、そんなの意味ないもの(笑)。

(聞き手:ウェブ電通報編集部)


【編集後記】
先代の中村勘三郎さんは、こんな言葉を遺している。「型があっての、型破り。型がないものは、型なしってえんです」。テレビ業界に限らず、窮屈な時代だな、と思う。いろんなものに縛られている気がする。「出る杭は打たれる」「沈黙は、金」「待てば海路の日和あり」そんなことを思いながらも、企画書をつくろうとパソコンに向かうと「イノベーション」という文字をついつい打ち込んでいたりする。

鈴木おさむ氏の話を伺っていて、なんだかとてもホッとする自分がいた。あれだけ「変なもの」をつくる人が、どこまでも自然体なのだ。想像するに、「文化」をつくってきた人は、「文化をつくってやろう」なんてことは考えていなかったはずだ。ただ、面白いことがしたかっただけ。じゃあ、その面白いことって何?と考えると、勘三郎さんの言葉を借りるなら「型」をきちんと認識するということに行き着く。やみくもに「0」を「1」にしようとしても、そんなのは無理だ。「1」は、いつもそこに「1」としてある。その「1」の見方を、ちょっとだけ変えてみる。ズラしてみる。たったそれだけのことで、面白いものはきっと見つかる。そう思うと、とても前向きな気持ちになる。

その上で、改めて思ったのは「文化をつくるのは、いつの時代もつまるところ大衆である」ということだ。売れない靴を、どうにか売りさばいてやろうと考えるのではなく、売れる靴とは何だろう?と考える。一見、遠回りのようだが、実は近道だ。なにより、その道を歩くという行為そのものが、たまらなく楽しいし、オモシロイ。


鈴木おさむ氏が脚本を手がけた最新ドラマ「殴り愛、炎」の情報については、こちら


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