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アスリートビジネスの「本質」に迫るNo.1

売りにしたいのは、アスリートの「頭脳」〜「アスリートを、ブレーンに」の挑戦〜

2021/04/07

2020年12月9日。アスリートの知見をもとに新規事業を創出する「アスリートブレーンズ」そのプロジェクトの一環として、「アスリート×ビジネス 現在地と未来の可能性」と題する電通社内向けのウェビナーが開催された。ウェビナーの第一部、第二部とリンクする形でお届けする本連載では、ウェビナーを通じて見えてきたアスリートビジネスの本質、さらにはアスリートビジネスを牽引する方々の本音や野望といったものに、編集者ならではの視点で鋭く切り込んでみたい。前編となる本稿では、「アスリートブレーンズ」のそもそもの成り立ちから現在の取り組みまでを紹介していく。

文責:電通報編集部


「スポ根で、事業経営はできません」(為末大)

ウェビナー第一部では、アスリートブレーンズの中心的存在ともいうべき為末大氏、同じく黎明期からプロジェクトに関わる電通3CRプランニング局 日比昭道氏に、電通第17ビジネスプロデュース局 松江由紀子氏を加えてのディスカッションとなった。

インタビューに応える為末氏(「為末大の緩急自在」より)
インタビューに応える為末氏(「為末大の緩急自在」より)

冒頭から、為末さんの指摘は手厳しい。たとえば「アスリートと企業によるコラボ」と言われて一般的にイメージされるのは、自身の経験に基づいた「精神論」を熱く語るアスリートと、そんなアスリートの顔(=肖像物や肖像権)をビジネスに活用する企業といったものではないだろうか。「確かにそれも一面だとは思いますが、それだけだとダメだと思うんですよ」そう為末さんは、冷静に釘を刺す。自らも経営者である為末さんは、そうしたイメージ戦略だけでモノが売れ、ファンとの信頼関係を構築できる、とは考えていない。

立ち上げから5年あまりが経過した「アスリートブレーンズ」。そのプロジェクトの核ともいうべき「アスリートのナレッジを、すべての人へ」というスローガンに込められた思いは、一つも揺らぐことはない。ナレッジとは、目的を達成するための具体的な戦略であり、方法論のこと。決して、イメージなんてものではない。さらに、ここがポイントだと思うのだが、そのナレッジを「すべての人」へ届けたい、ということ。プロジェクトがターゲットとしているのは、アスリートを目指す人ではなく、ごくごく普通に仕事で悩み、ごくごく普通に自身や家族の健康を願う、そんな人たちなのだ。

「泳がずに、水泳選手になったものはいない。名言ですね。えーっと、どなたの言葉でしたっけ?」(日比昭道)

5年来の「盟友」ともいうべき為末さんに、茶目っ気を交えつつ、声をかける日比氏。実はこのフレーズ、企業や社会との共創を志す「アスリートブレーンズ」の立ち上げ時の宣言文に登場するもので、つづくフレーズには「タックルをせずに、ラグビー選手になったものはいない」という言葉が躍る。もちろん、筆をとったのは為末氏ご本人である。

収録会場での為末氏と日比氏
収録会場での為末氏と日比氏

為末さんは「実践知」という言葉を、好んで使う。スポーツの現場は、とにかく実践の場。知識や理屈、経験もさることながら、実践を通して培われた知恵そのものが何より大切で、そこにこそ「価値」が宿るという意味だ。ここでいう「価値」とは、記録やメダル、名誉から派生するものではない。日比氏のようなプロジェクトメンバーや、パートナーである企業、その企業のサービスや商品を手にした生活者に、端的に言えば「いいね」と言ってもらえるか否か、ということだ。

「教科書がないなら、つくるしかないですよね?」(為末大)

その「価値」を、どうしたらわかってもらえるか。その「価値」に、どうしたら共感してもらえるのか。それを突き詰めた結果、為末さんがたどり着いた答えは、アスリートの価値を可視化して、さらには抽象化(一般化)することだと言う。わかりやすく言うなら、為末さんのトレーニング法のちょっとしたエッセンスを日常生活に取り入れてみたら、あれれ?足腰がなんだか軽いぞ、というようなことだ。「パートナーである企業の方々とは、そうしたゴールイメージから逆算して、このサービスの、この商品の『本質的な価値』ってなんだろう? ということを何度も、何度も、議論するようにしています。いうなれば、教科書づくりです。そんな教科書、世の中にないんですから。だったら、一緒につくっちゃえばいいじゃん、というノリですよ」。

「スペシャル感の正体は、安心感だと思う」(松江由紀子)

ここで、三人目のパネラーとして登場したのが、電通BP局の松江氏だ。為末氏、日比氏とは、とある企業の商品開発を共に進めてきたパートナーである。「最初は、為末さんに加えてスケートのショートトラック競技を牽引して来られた勅使川原郁恵さんという、世界的なアスリートの方々が持つある種のスペシャル感のようなものを期待して、クライアントに話を持って行ったという部分も、正直ありました」そう振り返る松江氏。「でも、クライアントと共に作業を進めていくうちに、私が感じていたスペシャル感の正体って、実は安心感のことだったんだ、ということに気付いたんです」。

収録会場での為末氏と松江氏
収録会場での為末氏と松江氏

為末さんのように丈夫で健康な骨を作るには?という課題から始まったそのプロジェクトがぐいっと前に進んだ瞬間のことを、松江氏はよく覚えているという。「ポイントは、日常の姿勢ということだったんです。テスト商品を前に、クライアントとあれこれ議論している中で姿勢というキーワードが浮かび上がってきたときには、だれもが希望の光を見出したというか、ほっと安心できたというか、自然と柔らかな表情になっていました」。

家庭教育アドバイザーとしての活動も精力的にこなす松江氏。「為末さんの言葉をお借りするなら、まさに可視化と抽象化(一般化)、ですよね? これって、家庭教育にもまったく同じことが言えるんです」。

「着地を決められなければ、絵に描いた餅」(為末大)

「松江さんにそのようにおっしゃっていただけるのは、とてもうれしいのですが」と少々照れながらも、為末さんはこう続けた。「でも、アスリートとして言うわけじゃないけれど、着地を決められなければ、なんの意味もないですからね」。

そこで冒頭の為末さんの発言に戻るのだが、「みんなで一生懸命、頑張ったのだから、あれだけ汗をかいたのだから、いいじゃない」では、本当の意味での共創は生まれない。「僕らアスリートは、ともすれば機能の話しかしない。その話を、理屈やイメージではなく、みんなが納得できて安心できる、分かりやすい言葉や魅力的なビジュアルといったものに『翻訳してもらえる力』が欲しい。電通の皆さん、そしてクライアントの方々に、僕らアスリートが期待しているのは、実はそうした能力なんです」。

実際、松江氏による「日常の姿勢」のエピソードは、当初の為末さんからすると「そんなの、当たり前のことでしょ」という感想だったのだという。でも、チームで話をしているうちに「あれあれ? これって、すごく大切な発見かも。実際、日常の姿勢って、アスリートなら誰でも気を付けていることだから」という気付きがむくむくと膨らんでいったのだそう。

誰だって、迷っているときには背中を押してもらいたいし、誰かに背中を押してもらえたらうれしい。「この道を行けば、間違いない」と安心できるし、希望の光も見えてくる。アスリートの「頭脳」を売る、そんなビジネスの可能性に、一人の生活者として大いに勇気づけられたし、アスリートの立場からしても、こうしたプロジェクトには大いに背中を押されているに違いない。

ウェビナー登壇者(第一部/第二部)による記念撮影の様子
ウェビナー登壇者(第一部/第二部)による記念撮影の様子

為末大さんを中心に展開している「アスリートブレーンズ」。
アスリートが培ったナレッジで、世の中(企業・社会)の課題解決につなげるチームの詳細については、こちら

アスリートブレーンズロゴ

本連載は、2020年12月9日に行われたウェビナーの主催者である日比昭道氏(電通 3CRプランニング局)白石幸平氏(電通 事業共創局)の監修のもと、ウェブ電通報独自の視点で編集したものです。