BTSと変わるダイバーシティへの意識
~「BTS オン・ザ・ロード」ブックレビュー~
2021/07/21
皆さんが、ダイバーシティに興味を持つようになったきっかけは何でしょうか?
家族や友人との会話、ニュースやドラマの影響、または企業活動の中での出会いなど、そのきっかけは多種多様でしょう。
例えば、LGBTQ+についての意識が変わったきっかけや、理解が深まった理由として、メディアや海外コンテンツ、著名人の影響を挙げる人は多いという調査結果(※)があります。また、アイドルやアーティストをきっかけに人種やジェンダーなどの複雑な課題に向き合う人も増えていると言われますが、その代表的な例が、いまや世界的な人気を誇る韓国の7人組グループ・BTSです。
今回は、書籍「BTS オン・ザ・ロード」(玄光社)をピックアップし、ダイバーシティ&インクルージョン領域の研究を行う電通ダイバーシティ・ラボ(以下:DDL)が、「BTSとダイバーシティ」という視点から紹介します。
※DDLが2020年12月に行った「LGBTQ+調査2020」結果を参照。
(この記事は、DDLが母体となり運営するウェブマガジンcococolorに掲載されたコンテンツを一部編集してお届けします。)
BTSと言えば、一躍世界のポップアイコンとなり、日本でも先日発売されたベストアルバムの売り上げが初週78.2万枚と大ヒットとなっている、韓国発のアイドルグループです。
本書ではそのBTSの人気を社会的・メディア的な観点から読み解き、彼らが拓いた新たな世代・文化・人種・ジェンダー観が世界の人々に与えた影響について、客観的に深く掘り下げています。それもそのはず、著者のホン・ソクキョン氏はソウル大学言論情報学科教授で、過去10年以上「世界の韓流」に関する論文を発表している専門家なのです。
今回はDDL的切り口のブックレビューとして、「BTS オン・ザ・ロード」の第3章から第6章で論じられている、BTSが変えたダイバーシティを中心に紹介します。
「防弾少年団」というマイノリティー
まず、「BTS」という名称で世界的に活躍している彼らですが、正式なグループ名は「防弾少年団(ぼうだんしょうねんだん)」といい、その名前には「10代・20代に向けられる社会的偏見や抑圧を防ぎ、自分たちの音楽を守り抜く」という意味が込められています。
韓国社会は、
親の世代が整えた学校や学閥という競争システムのなかで一生懸命に努力して名門大学に入学しても、もはや夢も自由も得られない(P.128)
という厳しい状況ですが、BTSのメンバーはそれぞれ韓国の地方で生まれながら10代でソウルにひとり上京し、当時無名だった芸能事務所の練習生になっています。両親に反対されつつも、学歴よりもアイドルの道を選んだ彼らはまさに韓国社会のマイノリティーだったのであり、いまのような世界的スターになる姿は誰も想像していませんでした。
自らの言葉で語りかけるロールモデル
そんな彼らが自分たちの人生から湧き出すメッセージを音楽に乗せて届けているのが、BTSの熱狂的な人気の根源であるようです。事務所から与えられた曲をただ歌うのではなく、メンバー自らが作詞作曲をしているBTSは、同世代の若者たちに「夢がなくても大丈夫」「あるがままの自分を愛そう(Love yourself)」と歌いました。そんな一貫性のあるメッセージを地道に発信し続けたことにより、BTSは単なるエンターテインメントを超えて人々を惹きつけています。
過去のトップアーティストたちが「ファンから遠いスター」だったのに対し、BTSはファンと親しい「友だちのような存在」であり、ロールモデルや規範である(P.147参照)、というホン・ソクキョン教授の指摘も興味深いです。その要因の一つは、BTSメンバーのソーシャルメディアの活動であると書かれています。
メンバーがファンに直接語り掛けているような投稿やライブのあとにホテルの部屋で韓国のカップラーメンを食べている配信動画は、「まるでメンバーと個人的に近い関係のように感じる」と話すファンが多く、メンバーの素の姿を見れば見るほど人としての魅力に惹かれるのだそうです。
BTSとARMYの「善良な影響力」
本書にはBTSは世界の音楽シーンで絶賛されただけでなく、「善良な影響力」を持っていると書かれており、まさにそのポイントはマーケティング的視点でいま押さえておくべき現象とも言えます。
BTSの所属事務所であるHYBEは「We Believe in Music」というキャッチコピーを掲げており、「Music and Artist for Healing」を理念としているのです。また、BTSのファンは「ARMY」と呼ばれていて、世界中のARMYがBTSのメッセージや活動に呼応して、それぞれの国・コミュニティーで社会活動をしていることも特筆すべき点です。ここからは、BTSが世界の人々に「善良な影響力」となった事例を3つ紹介します。
① 自発的に広がる慈善活動
1つ目は、BTSのチャリティー活動などを知ったARMYたちがそれに追随して行動を起こしていったことです。BTSのメンバーはいままで児童支援団体や教育機関などに多額の寄付をしていることが知られています。
2020年、BTSは所属事務所とともにBlack Lives Matterを支援するためグローバル・ネットワーク財団に100万ドル(約1.1億円)を寄付しましたが、そのニュースを受け、今度はARMYたちがTwitterでその寄付金を倍額にするキャンペーンを自発的に開始し、24時間以内に100万ドル以上もの寄付金が集まったということがありました。
そのほかにも、メンバーの誕生日になるとARMY同士が呼びかけて動物愛護団体への寄付や緊急救援食糧支援、献血活動などを行い、ARMY自身もBTSと同じように「善良な影響力」になろうと実行に移しており、まさに循環が生まれています。
② 差別や抑圧に立ち向かう
2つ目は、BTSが「肌の色やジェンダー意識に関係なく、自分を愛そう」というメッセージを発信したことです。2017年、BTSはユニセフとタッグを組み、若者を暴力から守る「Love Myselfキャンペーン」を立ち上げます。
BTSのリーダーRMが2018年にニューヨークの国連本部で行ったスピーチは、世界各国でニュースとなりました。RMがスピーチの中で語った、「肌の色やジェンダー意識は関係ない」「いまの僕は、過去の全ての失敗やミスと共にある。自分自身を愛することを学ぼう」という言葉は、黒人コミュニティーやLGBTQコミュニティーへの支持を示し、若者世代に希望を与えたとして絶賛されました。特に欧米のファンは、BTSの政治的立場の表明と参加をとても歓迎し、より彼らを信頼するようになったと言われています。
ちなみに、2021年にアメリカでAsian Hateの問題が深刻化していた矢先、BTSが「MTV Unplugged」に出演してColdplayの曲を歌ったことにたいしてドイツのラジオ局の司会者が人種差別的な発言をした際には、世界中のARMYがSNSで批判し謝罪を求めました(P.266参照)。
こうしてBTSが差別や抑圧に直面するたびに、ARMYたちは問題の背景や原因について真剣に学び、それに対して連帯してアクションを起こすという機会を得ているのです。
③ 新たなジェンダー観
3つ目は、BTSが欧米的なジェンダー観に「オルタナティブな男らしさ」を提示したことです。
欧米が作った「世界基準の美」とは別の価値観を生んだ要素として、ホン氏はメンバーがメイクをしていること、彼らがカメラの前でものびのびと自然で自由に気持ちを表すこと、同性同士でも親密で仲が良いことなどを挙げています(P.243〜246参照)。
本書執筆のためのインタビュー調査に答えたアメリカのファンたちは、BTSの男らしさを、トランプ前大統領に象徴される権威主義的な男らしさとは異なる「ソフトな男らしさ」と評価したそうです。また、
メンバー間のコミュニケーションは、「同性同士の友情と愛情表現は“異常”ではなく、きわめて人間的で正常だ」という思いを代弁してくれる(P.252)
として、BTSはLGBTQのジェンダーアイデンティティーを自由に解き放っているとも書かれています。
BTSと変わるダイバーシティへの意識
ダイバーシティの問題に向き合うとき、自分ごととしてインプットするだけでなく、アウトプットをし続けるということはたやすいことではないと思います。しかしBTSは世界の人々のダイバーシティへの姿勢を、少しずつ変えているようです。
これまでは、アイドルを応援する活動と政治的・社会的な活動との間には遠い距離がありましたが、それらを近づけこの社会で生きる全ての人々へのポジティブなメッセージを発信しているのがBTSなのです。また、ARMYたちの高い行動力と連帯力も相まって、この「善良な影響力」は今後も全世界的に勢いを増していくのか、注目です。