為末大の「緩急自在」No.13
アスリートブレーンズ為末大の「緩急自在」vol.13
2021/10/26
為末大さんに「いま、気になっていること」について、フリーに語っていただく連載インタビューコラム。唯一、設定したテーマは「自律とは何か、寛容さとは何か」。謎の「聞き手」からのムチャ振りに為末さんが、あれこれ「気になること」を語ってくれます。さてさて。今回は、どんな話が飛び出すことやら……。乞う、ご期待。
──#12に続いて「ありがたみとは、何か?」というテーマで話を伺おうと思います。前回の最後で「スポーツファンビジネス」の永遠の課題、といったようなことに話が行き着いたと思うのですが。ぼろぼろになった横断幕に象徴されるように、長い「時間」をかけて応援してくれているファンの心に、いかに応えていくか、というような。
為末:そうなんです。瞬間沸騰する「ありがとう!」をビジネスにすることは、ある意味、簡単なこと。そうではなく、昔から、心の底から応援してくれるファンの気持ちに応えるためのすべは、残念ながらまだ確立されていない。
──SNSを利用した「ファンとの交流」みたいな試みは、始まっていますよね。
為末:確かにそうです。昔では、考えられなかったことです。雲の上のような存在のスター選手と、直接、ふれあうことができる、だなんて。僕らスポーツファンビジネスに携わる者にとって大事なことは、ブームというか、瞬間的に沸騰する「ありがとう!」ではなく、長年、応援してくれた気持ちにどう応えるか、ということ。言ってみれば「シンス」の価値を高める、というか。
──シンス?
為末:Sinceです。Since1917のように使われる、あの「シンス」。
──Sinceですか。それ、前回お話しさせていただいた「のれん代」にも通じるお話ですよね?
為末:そう。日本語でいうと「創業寛永何年」みたいな、アレです。100年以上の歴史を持つ企業の数では、日本は世界一らしいです。世界の100年企業の4割が日本の企業なんですね。2位の国(アメリカ)とも圧倒的な差がある。
──それは、日本という国の持つ底力かもしれないですね。
為末:ふとん、和菓子、料亭、などなど。江戸時代どころか、ともすれば本能寺の変より前に創業した企業が、山ほどある。こんな国は、めったにないと思う。でも、当の日本人はというと、その歴史の重みというか、価値というものを、あまり理解していない。鈍感になっている。
──Sinceの価値に、気付いていない、と。
為末:そう。スポーツファンビジネスでいうと、30年も為末を応援してくれたファンと、にわか為末ファンがごっちゃになってる。ともすれば、にわかファンの方がビジネスに結びつきやすいので、大事に扱われたりする。でも、僕らとしては、30年という「Since」をもつファンの気持ちに、なんとか報いたいと思うわけです。そうでなければ、スポーツビジネスとして成立していたとしても、スポーツファンビジネスにはならない。
──確かに。ブランドを大事にする企業って、もうけるとかそういうことは二の次で、長年愛してくれるファンのために、商品やサービスを守り抜く、より高いレベルにしていく、みたいなところがありますものね。
為末:一言でいうと「報われる」ということが大事なんだと思うんです。ファンにとっても、アスリートにとっても。ファンの心を裏切らないパフォーマンスをする。そのパフォーマンスに心からの称賛、ありがとう!を送る。そのありがとう!に選手もまた、勇気づけられる、といったような。これは、いわゆるビジネスの世界でも、まったく同じだと思います。
にわかファンと一番ちがうのは、「この30年、為末を応援してきてよかった。報われた」みたいな気持ちだと思うんです。それでつい、ありがとう!の一言が漏れてしまう、みたいな。
──その気持ちが、ぼろぼろになった「がんばれ、為末!」の横断幕に表れている、と。
為末:そうなんです。
──例えば広告だと、その「ありがたみ」を伝えることって、すごく難しいんです。安い!とか、新しい!といったものを伝えるのは、それほど難しいことじゃない。今、一番、元気なブランドです!も同じ。旬のタレントとかを起用するだけで、そのメッセージは伝わる。でも、「これって、ありがたいでしょ?」ということを伝えることは、難しい。ともすれば、それは押しつけになっちゃうから。
為末:分かります。「ありがたみ」とは、「ありがたさ」の味加減のことだと思うんです。漢字で書くと「有り難味」ですから。そもそも「ありがたい」とは「有り難い」と表記されるように「希少性」を表す言葉。つまり、「なかなか出てこない」「なかなか出会えない」ということに人は「ありがたみ」を感じるのであって、それはメジャーなタイトルを獲得した、みたいな瞬間的、爆発的に沸騰する感情ではなく、心の底からじんわりと湧いてくる感情だと思うんです。
──なるほど。
為末:江戸時代の思想家・三浦梅園の言葉に、「生木に花が咲くことに驚け」みたいなものがあるんです。枯れ木に花が咲いていると、人は驚きますよね。そうではなく、そもそも木から花が生えてくることに驚きなさい、というわけです。冬の間、単なる「木」でしかなかったものが、桜の花を咲かせてる。その当たり前のことが、当たり前のことじゃないんだ、ということに気付いた瞬間、人はなんとも言えぬ「ありがたい」気持ちになるんだと思います。
──いやあ、深い。このお話、まだまだ続きますね。(#14へつづく)
(聞き手:ウェブ電通報編集部)
アスリートブレーンズ プロデュースチーム 日比より
「生木に花が咲くことに驚け」とは、枯れ木に花が咲いていることではなく、そもそも木から花が生えてくることに驚きなさい、ということ。日々当たり前に思ってしまうことに対して、驚き、そして感謝すること。そんなことを学んだ対談でした。為末さんは、スポーツ選手としてありがたい、希少な存在ですが、そもそも、こんなにも引き出しの多い知識人としての顔もありがたすぎると感じます。さまざまなアスリートが集い、さまざまな側面を持ち合わせるアスリートブレーンズも、ありがたい価値を提供するべく、精進していきます。
アスリートブレーンズプロデュースチーム 電通/日比昭道(3CRP)・白石幸平(事業共創局)
為末大さんを中心に展開している「アスリートブレーンズ」。
アスリートが培ったナレッジで、世の中(企業・社会)の課題解決につなげるチームの詳細については、こちら。