OOHのニューノーマルNo.3
デジタル表示の先を行く、駅構内のOOH
2021/10/26
駅構内には、さまざまなポスターや看板がありますが、都市部の駅などでは、デジタル化された広告も増えています。駅構内のOOH(Out Of Home:屋外広告・交通広告)は、これまで広告を掲出する場所を決めて、そこに一定期間掲出するのが主流でした。
しかし最近では、視認データなどに基づき、掲出する広告をフレキシブルに変えられる「プログラマティックOOH」という試みが進んでいます。「プログラマティックOOH」とはどのようなものなのか?Osaka Metro Groupの広告事業を担う「大阪メトロ アドエラ」(※1)の取り組みを、同社のデジタルマネージャー・荒井孝文氏に伺いました。
※1 大阪メトロ アドエラ:Osaka Metro Groupの駅や車内、施設にアクセスする人々に、リアルな生活動線上で的確に情報を届ける広告会社。
データを活用し、駅構内の広告を効率よく配信する
──まず、「プログラマティックOOH」を導入しようと考えた経緯を教えてください。
Osaka Metro Group、大阪メトロサービス(2021年4月1日に広告事業を大阪メトロアドエラに継承)は世の中のデジタル化に遅れをとっており、アナログ媒体のDOOH(Digital Out Of Home:デジタルサイネージを活用した広告)化も他の電鉄会社より遅れていました。電車や駅構内のOOHをデジタル化するにあたり、広告を単にデジタルで見せるだけでなく、デジタル技術による計測やデータを活用した「プログラマティックOOH」を実施し、効率よく広告配信できないかと考えました。
「プログラマティックOOH」とは……
複数の広告枠をネットワークにつなぎ、取引や広告の配信を自動化するDOOHのこと。メディアカレンシー(媒体取引における価値基準)であるインプレッション(広告が表示された回数)の測定方法は、1対1のデジタル広告はシンプルであるが、1対多のOOHではデータを活用してターゲットオーディエンスのインプレッションとリーチ(広告を見たユニークユーザ数)の推計値を測定する。
ブランドセーフなメディアであるOOHの中でも、他メディアと比較可能なビューアブルインプレッション(※2)を、CPM(インプレッション単価)ベースで取引する「プログラマティックOOH」では、オーディエンスターゲティングが可能で、広告主はインプレッションの定量結果に対して費用を支払うため費用対効果が高く、配信の調整も柔軟にできる。広告主が求める、広告費に対する一定レベルの透明性と説明責任に答えることが可能になる。
※2 ビューアブルインプレッション:実際にユーザーが閲覧できる状態にあった広告インプレッション。
──デジタル技術による計測やデータを活用するというお話がありましたが、具体的にどのようなことを行うのでしょうか?
「プログラマティックOOH」の実施にあたり、まずは自社グループが保有するデータの活用を考えました。1つは駅改札機の利用者データで、DOOH設置場所近辺の通行量がわかります。2つ目は、近畿圏を中心に普及している交通系ICカードのPiTaPaから属性データを算出し拡大推計しています。PiTaPaでは性・年代など統計情報のみを扱い、個人情報に該当するものは使用していません。
掲出した広告が実際どのように見られているのか、当社ではアイトラッキング(※3)を活用して計測しています。調査対象者にウェアラブルアイトラッカー(メガネ型の視線計測デバイス)を装着してもらい、DOOHの中で注目した部分や、視認時間などの情報を解析し、視認率を算出しました。
この視認率と週次更新の自社グループデータを掛け合わせることで、ビューアブルインプレッションが推計できるようになります(※4)。
※3 アイトラッキング:眼球の場所と向きからどこを見ているかがわかる技術であり、視線の停留箇所が切り替わった瞬間に視線がデジタルサイネージのディスプレイ上にある場合を「デジタルサイネージを視認した」と定義。体や頭が動いて視線が偶然ディスプレイ上を通過したと判断できるものは排除している。
※4 推計方法は、一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアム(DSC)がDOOHのオーディエンスの測定に関する標準を示すことを目的に2021年3月に発行した「オーディエンスメジャメントガイドライン」にも準拠している。
「プログラマティックOOH」を行うためのプラットフォームを開発
──インターネット広告の手法を、駅構内のDOOHに取り入れようと考えたわけですね。実際に広告主に利用してもらうための取り組みを教えてください。
「データ整備により計測ができます」 「インプレッションが算出できます」と言っても、CPMベースの取引ではデジタル広告と同様のプラットフォームが必要です。
まずは、自社データを基にした取引とするためプラットフォームも自ら構築・運用し、「プログラマティックOOH」の広告効果や活用価値の知見や経験を積みながら、気象情報など外部データも活用し、DSP(※5)との連携を検討していく方法をとりました。
※5 DSP:Demand-Side Platform(デマンドサイドプラットフォーム)の略称。デマンドサイド(広告主側=需要側)が使用する広告配信ツール。広告主による広告効果の最大化を支援する機能を担う。
──従来の広告と比較して、どのようなメリットがありますか?
オーディエンスデータは毎週更新しますので、リアルタイムまでは実現できませんが、最新データに基づき、ターゲットに向けて柔軟に広告配信ができます。配信の仕方も、その駅で朝の入場時にターゲットが多ければ、入場時だけ見る面に配信が可能です。広告出稿後は、キャンペーンごとにインプレッション、リーチ、フリークエンシーの配信レポートを提示します。また、配信開始日(曜日)や期間も任意に設定できることは広告主側のメリットです。
2021年6月にはテスト配信を実施しました。スポーツシューズメーカーのニューバランス ジャパンがグローバルで展開中のブランドキャンペーン「We Got Now」“新しいいまを走る”の田中希実選手の動画広告を、6月24日から大阪で開催された陸上競技大会に合わせ、各種SNSへの露出と同じタイミングでOsaka Metroの「プログラマティックOOH」で配信。7月11日までの配信期間中、ターゲットにした10代〜20代男女37万人にリーチできました。
広告効果の定量評価では、大阪エリアのニューバランスオフィシャルストアへの来店人数が配信期間中のその他の地域と比べて6.7ポイントのリフトアップがありました。「プログラマティックOOH」は、先行する欧米の広告主や広告会社のじつに97%が店舗送客に有効と言及していますが、このことが実感できました。一方でブランディングやパフォーマンスの広告効果には検証を重ねる必要があると思っています。
OOHはテレビCMやスマ―トフォン向け動画広告では難しいトリック的なクリエイティブの工夫も可能です。OAAA(Out of Home Advertising Association of America, Inc.)が、9月28日に「Creative Best Practices Guide For OOH Advertising」をリリースしましたが、「広告効果の75%はクリエイティブによって決まる」「OOHは非常に柔軟性の高い媒体」と言及しています。
デジタル広告に近いCPMベースで売買され、インプレッション&リーチの定量測定が可能な「プログラマティックOOH」と、SNSのインプレッション&リーチなどのパフォーマンスを合算して広告効果を計測する取り組みとして、平面縦型スクリーンでも表現を工夫することで立体視・錯視効果を実現したり、ARと連動する取り組みなども広告主や広告会社と検討しています。今後は、ターゲットに合わせた柔軟なクリエイティブを配信できる「プログラマティックOOH」に関心をもっていただける取り組みを展開していきたいと思っています。
インタビューを終えて…
大阪メトロ アドエラは、交通広告のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を推進する各種リリースが出ていたので、どんな背景で取り組まれているのか注目していました。取材で印象に残ったのは、「プログラマティックOOH」を配信するにあたり、自社グループの保有するデータ活用を試みた経緯です。サードパーティデータのように、将来、利用できなくなるリスクを回避するだけでなく、駅利用に関しては正しくデータが取得できますし、ゆくゆくは生活者の利便性向上につなげることもできるでしょう。
「プログラマティックOOH」は、これまで1週間単位など期間買いが中心だったOOHの注文の仕方を柔軟にします。現在、各電鉄で試験的に販売を開始しています。キャンペーン期間中だけ、特定のターゲットを中心に広告出稿できることは、クライアントにとってもメリットが大きいでしょう。ぜひ、既存の媒体メニューと組み合わせてトライしていただきたいと思います。