為末大の「緩急自在」No.18
アスリートブレーンズ為末大の「緩急自在」vol.18
2022/03/15
為末大さんに「いま、気になっていること」について、フリーに語っていただく連載インタビューコラム。唯一、設定したテーマは「自律とは何か、寛容さとは何か」。謎の「聞き手」からのムチャ振りに為末さんが、あれこれ「気になること」を語ってくれます。さてさて。今回は、どんな話が飛び出すことやら……。乞う、ご期待。
──「自律と寛容」というお題の下で、今回は「人は老いと、どう向き合えばいいのか?」というテーマを設定しました。私は現在、53歳なのですが、このところ急速に老いを実感しています。老眼は進むし、記憶力は落ちるし、しょっちゅうつまずく。幼稚園児なら、多少つまずこうがへっちゃらですが、この年で下手な転び方をしたら、命に関わる。それでふと、為末さんに「老い」というテーマでお話を伺ってみよう、と思ったわけです。
為末:なるほど(笑) 。
──アスリートにとって最大の敵は、「老い」ではないか、と想像するんです。自らの「老い」とどう向き合うのか、どう戦うのか、どう付き合っていくのか。まずは、そのあたりからお聞かせください。
為末:競技によって異なるとは思うのですが、多くのアスリートは20代の半ばから「老い」を感じはじめますね。分かりやすい例でいうと、トレーニングをして、食事を取って、風呂に入って寝て、翌朝、スコーンと起きていたのに、微妙に疲れが残ってる。あれあれ、おかしいぞ、という違和感を覚え始めるんです。
──やっぱり……。一般人が50を過ぎて、あれあれ、おかしいぞ、と思う体の異変に、アスリートは20代半ばで気付くわけですね。
為末:以前、将棋や囲碁の達人に話を伺ったところ、20代の頃の「ひらめき」とか「スピード感」みたいなものが、ある日を境に急速に落ちていくんだそうです。その代わりに、経験に基づく「深い思考」とか「じっくり、ゆっくり指す」といったことができるようになる。アスリートとまるで同じじゃないか、とびっくりしたことを覚えています。
──なるほどなあ。一方で、例えばピアニストなんかは、年齢を重ねるほどにうまくなっていって、90歳くらいがもっとも素晴らしいパフォーマンスができる、といった話も聞いたことがあります。
為末:アートの世界は、そうなんでしょうね。「ひらめき」や「スピード」よりも、「円熟味」や「芸術への理解度」みたいなものが、年齢を重ねるほどに研ぎ澄まされていく。料理人なんかも、そうですよね。アスリートからすると、本当にうらやましいです。同じアスリートでも、ゴルフとか、フィギュアスケートとかは、アート寄りな気がします。つまり、年齢を重ねれば重ねるほど、すぐれたパフォーマンスができるようになる。もちろん、ピアニストや料理人ほど選手寿命は長くありませんが。
──為末さんご自身は、「老い」とどのように向き合ってこられたのですか?
為末:一言でいうと「もどかしさへの葛藤」ですね。 なんで、あの頃のようにできないんだろう?あの頃の自分に戻りたい、という。若い選手を見ていると、心がざわつくんです。キラキラ輝いていて、それがまぶしくて。ついつい、なにくそ!と張り合おうとしちゃう。でも、それは無理なんです。冒頭、申し上げたように「ひらめき」や「スピード」で、一回りも下のアスリートに勝てるわけがない。でも、そこで心が折れたら、競技者としてはもう終わりです。
──その葛藤を、どう克服されてこられたんですか?
為末:「やり方」を変える、ということでしょうか。若い選手と同じことをしていても、勝ち目はない。今まで試したこともない走法や跳び方が、きっとあるはずだ。そのために自分はキャリアを重ねてきたのだから、という。年相応の「やり方」へ、自身を変革するということです。
──ああ、それは深い。ビジネスの世界でも、「変革」だの「革新」だの、というと若い世代に寄せよう、寄せよう、としがちですが、本質はそこにはないんですね。それだけが価値あるものだとしたら、老いぼれはもう要らねえんだよ、という話ですから。
為末:そう。輝いていた過去の自分に戻ろう、戻そう、と思ってもそれは無理。なにせ肉体は、日々、衰えていくわけだから。 でも、過去の経験をもとに、なにか新しいことができるのではないか?と考えれば、ワクワクしてくるじゃないですか。もちろん、90歳まで現役選手としてトラックに立つことは僕にはできませんが。
──これは、いいヒントをいただきました。人も老いるし、企業も老いるし、社会も老いる。そのとまどいが、時代の閉塞感につながっているような気がしていたんです。
為末:「老い」については、まだまだいろいろありますよ。
──続編が、楽しみです(笑)。(#19へつづく)
(聞き手:ウェブ電通報編集部)
アスリートブレーンズ プロデュースチーム 日比より
今回のテーマは「老い」でした。過去の自分に戻ろう、戻そう、と思ってもそれは無理であり、いまにあったものを目指す。潔く、そして、真摯(しんし)に受け入れることの大切さとともに、その受け入れた先で、「やり方」を変えることの重要性が語られたと思います。ビジネスにおいても同様ですが、染み付いた「やり方」を変えることは難しいのではないでしょうか。
やり方を変える、それは、言語化されていない「型」を打ち破ることだと考えます。型を破る際には、外部との新結合という手法が、有効だと思います。外部から揺さぶり、やり方を変えていく、そんなお手伝いを、アスリートブレーンズでは提供していきたいと考えます。
アスリートブレーンズプロデュースチーム 電通/日比昭道(3CRP)・白石幸平(事業共創局)
為末大さんを中心に展開している「アスリートブレーンズ」。
アスリートが培ったナレッジで、世の中(企業・社会)の課題解決につなげるチームの詳細については、こちら。