橋口幸生の言葉最前線No.6
「先輩の生き方」に、コピーを学ぶ
2022/02/28
電通で、クリエーティブ・ディレクター/コピーライターを務めている橋口幸生氏。彼が招待するのは、広告とはまったく別の世界で活躍している「言葉の猛者」たち。本連載では、隔月のペースで開催されるウェビナーの内容を、編集部視点で再編集。「新しいものは、必ず新しい言葉と共にやってくる」という橋口氏の視点のもとで、言葉の持つ力や、その可能性についての考察を深めていく。
第6回にあたる本稿では、電通を退社後、現在はフリーのクリエイターとしてのマルチな活動で注目を集める田中泰延(たなか・ひろのぶ)氏と、橋口氏の対談から、言葉の持つパワーと魅力を紹介していきたい。
「助けて泰延さん!話し方が分かりません!」と題された今回のウェビナーは、これまでとは少し趣の違うものとなった。コピーライターの先輩に、現役の第一線で活躍するコピーライターが「人との接し方」について教えを乞う、というものだ。表現手法としてのコピーライティングの技術論とは、一味違うヒントが得られると思う。
文責:ウェブ電通報編集部
「自己紹介って、この世で一番難しい儀式だと思うんです」(橋口幸生)
田中氏の近著「会って、話すこと。」の内容を中心に、人との接し方について考えてみたいという橋口氏がウェビナーの冒頭で、こう切り出した。「自己紹介って、昔から苦手なんですよね。なにを話しても、スベる気がする。というか、確実にスベる」
同感だ、という読者も多いだろう。そこから田中氏への矢継ぎ早の質問が、橋口氏から飛び出した。
「たとえば、単に雑談をしたいだけなのに、気がつくとインタビューというか、尋問のようなことをしてしまっていたりする。これは一体、どういうことなんでしょう?」
「ある漫画家の先生が『オタクの人って、普段は無口なのに、いったん話を始めると超おしゃべりになる』と指摘していて、なるほどなあ、と思ったんです。僕自身、そんなにトークはうまいほうではないのですが、なにかのきっかけで饒舌になっていたりする。沈黙の時間をつくるのが怖い、というか。ここは自分が、なんとか場をつながなければ、みたいなことで空回りしてしまうんです。それって一体、どういうことなんでしょうか?」
橋口氏からの質問の連打に、田中氏は意外な角度からコメントを寄せた。「会話において大事なのは、その場の音なんですよね。喫茶店で流れているBGMも、そう。たとえば彼女とデートしているとき、会話を交わさなくても、いい雰囲気のBGMを二人で共有しているだけで、心地のいい時間を共有することができる」
なるほど、「音」か、と思った。たとえば漫才でも、一番大切なのはしゃべりのテクニックでなく「間」なのだ、と多くのベテランが指摘する。フッと力を抜く。次になにが飛び出すんだろう。この話、どう落とすつもりなんだろう。そんなワクワク感から、観客は漫才師の話術の世界に引き込まれていく。コピーライター出身の田中氏からの、予期せぬ第一声だった。
「知識と距離感とリアクションについて、教えてください」(橋口幸生)
田中氏の近著「会って、話すこと。」のポイントは「知識と距離感とリアクション」にあるのではないか、と橋口氏は指摘する。
「会話って、プレゼンなどと違って準備ができませんよね?会議や打ち合わせのように目的もゴールもない。だから、途方に暮れてしまうんです。学生の頃はこれといった準備も目的もなく、友達と無駄話を楽しんでいたはずなのに、年を重ねるほど、雑談することに戸惑ってしまう。えーと、雑談って、どうすればいいんだっけ?みたいな」
田中氏は、こう返した。「その三つが、今回の大きなテーマというわけですね?順を追ってお話ししますが、リアクションについて、僕はこう考えています。ものすごい身体能力を誇るアスリートとか、とてつもない才能をもつ科学者とかは別として、ほとんどの人は、誰かに何かを言われて、それにどんな言葉を返したかで、今の自分がつくられているのだ、と」
「正論を言う人は、嫌われる」(田中泰延)
その視点が新鮮だった、と橋口氏は言う。「普通、知識や経験や技術を積んで、実績や成果をあげて、それをどれだけアピール出来るか、でその人が形づくられる。まわりからも評価される、と思っていますよね?でも、ある時、息子に『パパは物知りだけど、会話が弾まないよね』と言われて、がくぜんとしたんです(苦笑)。会話が苦手な人は、会話を終わらせることに知識を使っているんだ、と」
田中氏は言う。「解決策(ソリューション)を提示することが会話なのだ、と思っている人は、だいたい嫌われるんです。たとえば、女友達から、最近カレとうまくいってないんだよね。みたいな相談を持ちかけられたときに、そんなのこうすればいいじゃん!なんなら、別れてしまえばいいじゃん!みたいなことをついつい言ってしまいますよね?でも、相手はそうした解決策や正論が聞きたくて会話してるんじゃないんです」
田中氏によれば、正論を言いたがる人は、結局「自分語り」をしているに過ぎないのだという。相手からのパスを利用して、自分にはこれだけの知識や実績がある、ということをアピールをしているだけなのだ、と。それに対する橋口氏のコメントが印象的だった。「そうなんですよね。息子とのやりとりもそうなんですが、知識って人との距離をつぶすものなんですよね」
「今、見えているもので、話をすべき」(田中泰延)
「自分語り」が嫌われるのは、広告づくりにも当てはまる、と橋口氏は言う。「商品を売りたい、と思えば思うほど、クライアントはその商品の良さをアピールしたいと思う。僕ら広告の作り手も、なんとかしてその良さを分かってもらいたいと思う。でもそれは結局、『自分語り』をしているだけで、ふと気づくと世の中の人にそっぽをむかれていたりする。これは、自分自身への戒めでもあるんですが」
それに対して、田中氏はこう答えた。「僕が好きなボディコピーは、たわいもない、誰もが共感できる『世間話』から入る、といったタイプのもの。でも、読み進めるうちに、商品や企業にちゃんと落ちてる。そんな語り方をされると、その商品や企業のファンになってしまいますね、僕の場合は」
田中氏によれば、会話というものは「今、お互いが同時に見ているもの」を取り上げるのがいいという。彼女とデートしているとき「大きな雲だね」「すてきなティーカップだね」で、気持ちは十分に伝わる。そこで、雲や陶器に関するうんちくをこれでもか、と披露したところで、なんの意味もないどころか、相手はドン引きだ。
「会話のおしりに『知らんけど』の一言をつけてみる」(田中泰延)
田中氏いわく、「相手との距離をつめて、相手に対して踏み込んだら、親しみが増す」という誤解が、あらゆるコミュニケーションをおかしくしているのだという。夫婦関係でも、子どもとの関係でも、職場でのセクハラやパワハラ……なんでもそうだ。「距離感をつめたがる人の特徴は、一言でいうと自己顕示欲の強い人だと思います」
橋口氏も同調する。「冒頭の自己紹介が苦手、な話に戻りますが、自己紹介って『自慢』か『寒いギャグ』か『卑屈な謙遜』のどれかになってしまって、勝ちパターンがないんですよね。いずれの方法を選択しても、田中さんがおっしゃる自己顕示欲の表れですもんね。こればっかりは、永遠の課題です」
そんな橋口氏に、大阪出身の田中氏がこう助言した。「ひとつ、いい方法をお教えしましょうか。会話のおしりに『知らんけど』の一言をつけるだけで、物事、案外うまくいきますよ。自分はこういう人間だ、自分はこれだけの知識をもっている、自分はこうしたい、ということではなく、『こんなん、どう?知らんけど』くらいの距離感があると、不思議と相手との心の距離は縮まっていくと思うんです」
田中氏の指摘に、日本人ならではのコニュケーション術、そのカラクリのひとつを教わった。
本連載は、「言葉最前線」と題されたウェビナーの内容を、主催者でありMC役でもある橋口幸生氏(CXCC局)の監修のもと、ウェブ電通報独自の視点で編集したものです。
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井上大輔×橋口幸生「マーケターのように生きるための、マーケターの言葉とは?」
ゲストは、「マーケターのように生きろ」の著者でもある、ソフトバンクのコミュニケーション本部 メディア統括部長の井上大輔氏。ユニリーバ、アウディ、ヤフーなど、そうそうたる企業でキャリアを積み、フォロワー3万人のインフルエンサーとしても発信を続ける井上氏。しかし、井上氏は自身のことを「自分に特別な才能がないことは自覚している」「仕事のできないお荷物社員だった」と振り返ります。だからこそ、自分を表現するのではなく、人の期待に応えることを追求するマーケターの生き方を実践しているのだと。井上氏が提唱する「生きる知恵」としてのマーケティングに、「言葉」の面から迫ります。
・日時:3月14日(月)20時~21時30分
・参加費:1500円(税別)
お申し込みはこちらから
https://bb220314a.peatix.com/