橋口幸生の言葉最前線No.5
「アイドルの言葉」に、コピーを学ぶ
2022/01/06
電通で、クリエーティブ・ディレクター/コピーライターを務めている橋口幸生氏。彼が招待するのは、広告とはまったく別の世界で活躍している「言葉の猛者」たち。本連載では、隔月のペースで開催されるウェビナーの内容を、編集部視点で再編集。「新しいものは、必ず新しい言葉と共にやってくる」という橋口氏の視点のもとで、言葉の持つ力や、その可能性についての考察を深めていく。
第5回にあたる本稿では、アイドルとして活躍する寺嶋由芙(てらしま・ゆふ)氏と、橋口氏の対談内容から、コピーの持つパワーと魅力について紹介していきたい。
早稲田大学第一文学部在学中に国語の教員免許を取得。独特な言葉選びで、アイドルとしての活動を続ける寺嶋氏。宣伝会議主催の「コピーライター養成講座」では講師と受講生という立場だったというお二人。コピーライター以外の人がコピーライティングをどう身につけ、生かすのか?そのヒントが見つかるはず!?
文責:ウェブ電通報編集部
「先生と再会できるなんて、光栄です」(寺嶋由芙)
「アイドルとコピーライターで、言葉について考えてみた」と題された今回のウェビナーでは、広告会社でクリエーティブ局に配属された新入社員が学ぶコピーライティングの「いろは」の部分を、あらためて思い出した。筆者も20年以上、コピーライターという仕事に就いていたのだが、「一行、数百万円」みたいなイメージとのギャップに若い頃は大いにとまどったものだ。
「コピーライター養成講座では、なによりも『自分の視点』が大事なんだ、ということを学びました。さあ、コピーっぽいもの書いてやろう、と張り切ってもまったく評価されないんです」という寺嶋氏。
「そうなんですよね。レトリックではなく、切り口が大事なんだということに、若い頃、僕も気づかされました。自分なりの発見ができる人は、コピーがうまい。『誰が言うのか×何を言うのか』の掛け算が、なにより大事なんです」と、橋口氏も同調する。
「そもそもどうして、アイドルである寺嶋さんがコピーライター養成講座に足を運ぼうと思われたのですか?」という橋口氏の質問に、「駅に貼ってある宣伝会議さんのポスターに憧れ、あのモデルになりたくて」とアイドルらしい(?)きっかけを語りつつ、「いわゆる『アイドル村』ではなく、外から学びたい、という気持ちもありました。世の中を知るために、コピーを勉強してみようかな、みたいな」と、当時を振り返る寺嶋氏。
「そうですね。広告業界も意外と閉じているというか、狭いところがあるので、僕も異業種の皆さんとなるべく触れ合うようにしています。この連載も、そんな思いから始めました。自分らしさを知る上でもっとも大切なことは、外からの刺激を受けることですから」
「ネガをポジに変換していきたい」(寺嶋由芙)
好きなコピーとして寺嶋さんは「スモールギフト・ビッグスマイル」(サンリオ)と「一瞬も 一生も 美しく」(資生堂)を挙げた。「簡単なワードなのに、発見がありますよね?確かにそうだなあ、という。企業理念までもが伝わって来て、企業へのリスペクトが湧き上がってきます」
それに対して、橋口氏はこう応じる。「パーパス経営というワードが、昨今、注目されていますが、ようするに企業の存在意義をわかりやすい言葉で表明する、ということなんだと思います。私たちはこのような思いで、お客さまに対して商品やサービスを提供します、という」
広告コピーのテクニック論から言えば、寺嶋氏が挙げたコピーは期せずして「対比構造」を用いたものだ。ミニマムなものとマックスなものを並列に扱う。ついついやってしまいがちなのは「マックスなもの」のみを宣言することだ。が、そこに「スモールギフト」や「一瞬」の価値を同列に加えることで、言われてみればそうだ、という深い納得感が生まれる。納得感は、勇気や希望の源であり、ワクワク感の出発点だ。
では寺嶋氏は、自身が文章を書くときにどんなことを念頭に置いているのか?「これは自分らしさにも通じることなんですが、ネガをポジに変換したいな、ということなんです。ネガに、ウソはありませんよね。だれもがコンプレックスや不安を抱えて生きている。でも、そのネガを言い方次第でポジに変換できたとしたら、ファンの方にも喜んでもらえるし、自分自身も明るくなれる。言葉の持つ一番大きな力は、そんなことのように思えます」
「自分で自分のコピーを書けるのがスゴい」(橋口幸生)
「僕がもっとも好きな寺嶋さんのコピーは、ご自身のキャッチフレーズ『古き良き時代から来ました。まじめなアイドル、まじめにアイドル』です。デビュー当時、地味でフツウで特技もなかったとおっしゃいましたが、それを『古き良き』『まじめ』という言葉に置き換えた。まさに、ネガポジ転換ですよね?
この連載で、前にも紹介しましたが、聖徳太子が『日出づる処の天子』という表現をしたのは、すごいことだと思います。大国である随の大王に向かって、ちっぽけで文明も未熟だった国の人間が、対等なもの言い、いや、どちらかというと上から目線でものを言っているわけですから。まさに、モノは言いよう、というヤツです」
前述した寺嶋氏のキャッチフレーズは、自分で考えたものだという。この点について橋口氏は、「自分で自分のコピーを書ける」というのはすごいことだと驚く。自分には、それだけ自身のことを客観視する自信がない、と。
それに対して寺嶋氏は、こう説明する。「モノは言いよう、と同じことなのかもしれませんが、私の場合、ウソではない、ということを大事にしています。『イチゴ大好き、寺嶋由芙でーす!』みたいなキャッチフレーズは、定型というか、どこか無理してる、うそがあると思った。なので、ちょっと長めなんですが、素直な気持ちをつづった自己紹介文にしました」
寺嶋氏が今年リリースしたシングル「サバイバル・レディ」の一節、「地味なんじゃない。地道なだけ」というフレーズも好きだ、と橋口氏は言う。この曲の詞を書いたトミヤマユキコさんの話を交えつつ、「そういう見方もあるよね、と、誰かの発見になるコピーを書きたいんです。無理して背伸びしても説得力がないし、長続きしないですから」と話す寺嶋氏。「そうですよね。世の中にある99%のものは、地味なものなわけで」
「悩みに名前をつけることを大学で教わりました」(寺嶋由芙)
ネガポジ転換をするためのコツの一つは、「悩みに名前をつけること」なのだと寺嶋氏は言う。「悩みに名前がついていないと、なんだかモヤモヤするなあ、なんだか気分が塞ぎがちだなあ、なんだか不安だなあ、みたいな気分になりますよね?自虐と言われるかもしれないけれど、たとえば自分の短所に名前をつけてあげる。私には、キラッキラに輝く天性のアイドルの資質のようなものはない。そのコンプレックスに名前をつけるなら、どうすればいいのだろう?そうだ、『地味』じゃなくて『地道』と言ってみよう、みたいな」
グループアイドルとソロアイドルの違いについても、寺嶋氏はこのように解説してくれた。「グループアイドルは、どうしてもグループ内で閉じがちなんですよね。役割分担が決まってる、みたいな。この分野ではあの子には、どうしても勝てない、みたいな。そうなってくると、グループ内だけに目を向けて自分の立ち位置を探すようになる。でもそんな枠組みは、世の中には関係ないことですからね。ソロになってまず実感したのは、そのことでした。アイドル市場全体を外から俯瞰(ふかん)で見られるようになった。さあ、この広い世界で、私はなにができるだろう?というような」
「それは、広告クリエイティブの世界でもまったく同じです。僕も若い頃はCMプランナーになりたい、と思っていたんです。ところが、先輩後輩を含め、周りには天才的な才能を持った人がたくさんいる。ああ、これはとてもかなわない、ということでコピーの技術を磨くようにしたんです」
「アイドルは、私の仕事なんです」(寺嶋由芙)
「アイドルは、私の仕事なんだ」と思えるようになって、初めてそれまでの呪縛から解放されたのだ、と寺嶋氏は言う。「生まれ持ったキラッキラの容姿でアイドルを演じる、みたいなことがアイドルの理想像だと思っていたんです。憧れ、といってもいい。それはできないけど、私はアイドルという仕事と向き合っているんだ、と思えたときに、一つの気づきがありました。それは、自分が受け手に提示できるメリットを探す、ということなんです。私が、私が!私って、かわいいでしょう?みたいなことではなく、ファンの方はいま、私に何を求めているんだろう?みたいな」
寺嶋氏の考え方は、コピーライティングの基本だと、橋口氏は言う。「寺嶋さんのアイドルとしての特徴は『批評性』と『社会性』にあると思います。この要素は、良いコピーにもあるものなんです」
「うれしいです」と寺嶋氏はうなずく。「先ほどのコンプレックスの話で言うと、私は『天然の一撃』に弱いんです。生まれ持ったキラッキラのアイドル性みたいなものを見せつけられると、もうダメだ、この人には勝てない、と思っちゃう。そんなときに、紙と鉛筆を持つことの大切さに、あらためて気づきました。自分のことを冷静に俯瞰するために、文章というものはあるのだと思います。『盛りたい気持ち』と『さらけ出すのが恥ずかしい気持ち』の間で葛藤しつつ、自分の意見を書いて示す。ビジュアルの輝きやインパクトのある一発芸と比べたら回りくどい表現ですが、自分にはこれならできるかもと思えました。もちろん、確固たる実績も自信もないけれど。というようなところから、なにか新しいものが生まれていくのではないでしょうか?」
「分かるなあ。広告コピーを書いているときも、まったく同じです」
※本連載は、「言葉最前線」と題されたウェビナーの内容を、主催者でありMC役でもある橋口幸生氏(CXCC局)の監修のもと、ウェブ電通報独自の視点で編集したものです。
【参加者募集中】
「言葉最前線」Vol.6ウェビナー 1月26日(水)開催決定!
田中泰延×橋口幸生「助けて泰延さん! 話し方が分かりません!」
ゲストは、コピーライターとして24年のキャリアをお持ちの田中泰延さん。でも今回のテーマは書き言葉ではありません。広告のコピーはもちろん、ビジネルシーンでのメールや企画書にも、普段の「話し言葉」ではない書かれるための言葉やルールが選ばれることは少なくありません。では、会話で使われる言葉はどうでしょう?そこには「書き言葉」とは違う話すべき言葉、関係を築くための会話術があるようです。現在は出版社を設立、書籍「会って、話すこと。」など執筆活動も行う田中さんにお聞きします。
・日時:1月26日(水)20時~21時30分
・参加費:1500円(税別)
お申し込みはこちらから
https://bb220126a.peatix.com/