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組織vs.クリエイティブNo.3

かわいい“個”には、旅をさせよ

2022/08/19

現在、進行中の「クリエイティブは、武器になる」の連載(詳しくは、こちらをご覧ください)と並行して、クリエイティブの新たな可能性を見いだし、育てていくために、「企業」として、「組織」として、いかに取り組んでいけばいいのかを探っていこう、という本連載。クリエイティブの現場を取り仕切る方々に、お話を伺っていきます。

組織vs.CR シリーズロゴ

「組織」と「クリエイティブ」。この相反するものを、真っ向対決させてみたい。規律や利益を重んじる組織(企業)、自由に個のアイデンティティを追求するクリエイティブ。二つの融合に、ブレークスルーのヒントがきっとあるはずだから。組織とは、経営戦略の要。その戦略に、クリエイティブというものをいかに組み込んでいくべきなのか。電通CXCCの並河進MDに聞いた。

文責:ウェブ電通報編集部

並河進(なみかわ すすむ):電通入社以来、コピーライター、クリエーティブディレクターとして、企業と社会を結ぶソーシャルプロジェクトやデジタルプロジェクトを数多く手がける。2021年1月、電通に新たに発足した「カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター(CXCC)」のセンター長(MD)に。詩人でもあり、プログラマーでもある。著書は、「Social Design」(木楽舎)、「Communication Shift」(羽鳥書店)他多数。
並河進(なみかわ すすむ): 電通入社以来、コピーライター、クリエーティブディレクターとして、企業と社会を結ぶソーシャルプロジェクトやデジタルプロジェクトを数多く手がける。2021年1月、電通に新たに発足した「カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター(CXCC)」のセンター長(MD)に。詩人でもあり、プログラマーでもある。著書は、「Social Design」(木楽舎)、「Communication Shift」(羽鳥書店)他多数。

組織とは、与えられた「場」ではなく、仲間とつくり出す「チーム」のことだと思う

CX(カスタマーエクスペリエンス)・クリエーティブ・センターは、電通の中に2021年に新設された新しいクリエイティブ組織だ。広告クリエイターのスキルを、広告以外の顧客体験すべてに広げていく、いわば、クリエイティブの拡張を担っている。「組織というものを、並河さんはどのように定義されますか?」という恒例の質問から、今回もインタビューを始めさせてもらった。

「若い頃は、組織とは与えられた環境あるいは場のようなものととらえていました」という並河氏。「でも、環境や場といった言葉には、自分一人の力では動かしようがないもの、自分では変えられないもの、といったニュアンスがありますよね?僕がイメージする組織は、そうではなく、“チーム”です。与えられたものではなく、自分たちでつくりあげて、変えていけるのが、チーム。変革を起こしていく組織であろうと思うなら、特に、そうでなければと思っています」

リーダーのイメージも従来とは違う、と言う。「クリエイティブのリーダーというと、カリスマ的というか、強権を発動してチームを引っ張っていく、みたいなイメージの方も多いと思うのですが、僕が思い描くリーダーは違います。CX(カスタマーエクスペリエンス)の領域はとても広く、広告はもちろん、ウェブサイト、SNS、CRM、さらにはクリエイティブだけではなく、DXやデータ、テクノロジーについての知識も必要となる場合も多いです。さらに、それらの情報も日々アップデートされています」

並河氏

CXのすべてを完全に理解し、強力に引っ張っていくリーダーは、なかなかいないし、そもそも、そういう一人が引っ張っていくスタイルというのが、CXには合わない、と指摘する並河氏。「多くの専門性を持つさまざまな人たちの強みをざっくりと理解し、じょうずに束ねて、それぞれの良さを引き出していく、ファシリテーター的なリーダーが求められていると思います」

そして、そこには上下の関係はない、と言う。「デジタルの領域の中には、そもそもはじまったばかりの歴史の浅い領域もあります。最近だとNFTやウェブ3もそうですよね。極端にいえば、1年しか経験がない人が、その世界ではトップランナーだったりもします。専門性についていえば、誰もが先生になりえます。お互いがフラットな関係で尊重しあうことが、チームにとって何より重要なのです」

なんらかの「価値」が、おカネを生み育てる。逆は、ない

並河氏が理想とする「クリエイティブな組織」のイメージは、分かった。問題は、その先だ。そこで、「並河さん流のそうした組織で、下世話な話ながら、きちんとおカネを稼げますか?おカネをもうけるということに、どのようにコミットしていくのでしょうか?」という、われながら下世話極まる質問をあえて投げかけてみた。それに対する並河氏の答えは、こうだ。

「決められた領域であれば、もうビジネスのかたちが決まっています。でも、新しい領域の仕事は、そうではないので、取り組み始めた最初は稼ぐのが難しい時期があることも事実です。ただ、大事なのは、お金が先にあるわけではなく、価値を生み出すのが先だ、ということです。価値をきちんとつくれば、その先に、その価値にふさわしい対価が得られるようになる。そういう順番だということです」

筆者が心を奪われたのは、その逆はない、と並河氏が強く断言したこと。新しい領域に取り組むときの基本姿勢とでもいうべきものかもしれない。とにかくなんらかの「価値」を提示することが大事、ということだ。「その価値が、種から、芽、苗と育っていくフェーズを見極めることが大事です。適切なタイミングでは、マネタイズも考えなければ、持続可能な事業になりません。そこを見極めて、フェーズに合わせたサポートをすることが、MDの役割だと僕は考えています」

センター内の活動にも、新しい試みを取り入れている。優れた仕事を表彰するCXCCアワードでは、受賞者に、ARトロフィーや、オリジナルNFTアートを贈っている。
センター内の活動にも、新しい試みを取り入れている。優れた仕事を表彰するCXCCアワードでは、受賞者に、ARトロフィーや、オリジナルNFTアートを贈っている。

CXCCでは、センター内でのナレッジシェアも積極的に進めているが、ナレッジシェアでも同じことが言える、と並河氏はいう。「知見をシェアすることは、自分の手がけた仕事が、どういう価値があるのかを考える良い機会になっています。ナレッジシェアを行うたびに、チームのメンバーも僕も、いつも、ワクワクしています。それは、きっと、新しい価値が生まれる瞬間に立ち会っているからだと思います」

「H to S with B」で、いこう

並河氏のいう望ましき組織、望ましきクリエイティブの姿は、おぼろげに分かってきた。「B to B(会社から会社への価値提供)や、B to C(会社からお客さまへの価値提供)という言葉があります。電通は、B to B to S(電通から会社、そしてその先の社会への価値提供 ※S=Society)という言葉も掲げています。ですが、クリエイターの感覚的には、ちょっと違和感があるんですよね。これだけじゃない、というか。僕は、H to S with Bというのもあるんじゃないかと思っています」

エイチトゥエスウィズビー?聞きなれないフレーズだ。「ヒューマン to ソサエティ withビジネスで、H to S with Bです。Bは、さまざまなクライアントの方々です。クリエイターが、電通の一員として、クライアントのニーズに応える。これは、電通の仕事の基本です。でも、クリエイターには、もうひとつの欲求があります。ひとりの人間として、社会とつながって、世の中に対して何か新しい価値を直接届けていきたいという欲求です。これは、クリエイターなら当然のことです。その強い思いを中核にして、そこに、その思いに共鳴するさまざまな企業や団体にも参加していただいて、大きな価値にふくらませて、社会に届けていく。そういうH to S with Bも、大事に育てていきたいです」

お世辞でもなんでもなく、「いいフレーズですね」という声が、思わず漏れてしまった。「CXCCでは、立ち上げてすぐに、メンバーが自主的にやってみたいプロジェクトを募集しました。いまでは、20のプロジェクトが進んでいます。音楽、キャラクター、VR、宇宙、アニメ、性教育、コマースなど、テーマはそれぞれなのですが、共通しているのは、メンバーの“これはやりたい!”という強い気持ちから始まっていること。だから、どれも、深くて新しい研究ができていますし、クオリティもとても高い。さまざまなクライアントの方々との協業も進んでいます。純粋なパワーがあるんですよね」

CXCCの20のプロジェクトは、他種多様で、いずれもユニークだ。
CXCCの20のプロジェクトは、他種多様で、いずれもユニークだ。

「相手の言語」を知ることから、「拡張」ははじまる

いよいよ話題は、CXCCの長(MD)として「クリエイティブの拡張」ということをどう捉えているのか、という本稿の核心部分に入る。筆者からは例によってこんな意地悪な質問をしてみた。「クリエイティブの拡張ということに関しては、ぶっちゃけ、社内のヨコの人間やタテの人間は、警戒心を抱くのではないか、と想像するんです。警戒心というよりは脅威といったほうがいいかもしれません。つまり、昨日までCMのコンテやらグラフィックのカンプやらを作っていた人たちが、マーケティングや戦略プランニング、デジタルテクノロジーや経営戦略といった、私たちの専門領域に攻め入ってこないでよ―という気持ち。人間心理として、どこかにそういう部分はあるのではないかと思うんです。あくまで想像なのですが」、と。

少し間をおいてからの、並河氏の答えはこうだった。「拡張とは攻め込む、ということではありません。わかりやすい例を出すと、テレビCMをつくっていたクリエイターが、そのままの考え方で、デジタル用の動画をつくったとしても、それは拡張ではないのです。そうではなく、テレビCMのクリエイターと、たとえばデジタルメディアに詳しい運用コンサルの方が出会って、お互い敬意を持って話し合って、知見を融合して、新しい表現が生まれる。これこそが、拡張です」

並河氏は、拡張とは「自分とは違う文化の人と出会い、尊敬し、そこから、新しい価値を生み出すこと」だと言う。そのために必要なことは「言語」を知ることだという。「相手の『言語』を理解すること、理解しようとすることから拡張がはじまると僕は思っています。データマーケティングにはデータマーケティングの、技術者には技術者の、経営には経営の『言語』がありますよね?異なるジャンルの相手と『同じ言語で話し合う』という土台を共有することから、すべての革新は生まれるのだと思います」

さあ、「旅」に出かけよう

「CXCCではセンターの活動方針として、『旅』を掲げています」という、並河氏。より多くの「言語」を身に付けるには、その言語と触れ合うこと、つまり、旅に出ることが手っ取り早いというわけだ。

CXCC局の方針

「既存の領域を超えて、まだ見たことのない場所をめざす旅。それだけで、ワクワクしませんか?いままで足を踏み入れたことのない、自分にとっての未開の地へ飛び込んでいこうという気持ちが大事。もちろん、本音をいえば怖いですよ。誰だって、怖い。その地では、いままで自分が積み上げてきたものが、まったく役に立たないかもしれないわけですから。でも、そうした怖さよりも、自然と、ついついワクワクのほうが勝ってしまう。そんな組織であり、個々人であってほしいと、僕は思っているんです」

旅のイメージ

【編集後記】

並河氏は、どこまでも「いいひと」だった。これは、お世辞でもなんでもない。氏と同じく、筆者も長きにわたりコピーライターという職に就いていたのだが、自身の仕事を振り返ると、決して「いいひと」ではなかったと思う。物事を斜めから見たらどうなるだろうか?裏返してみたら、そこに発見があるかもしれない。なので、とにかく何事もまず疑ってみる。「カラスは、黄色い」と言ってのけたときの快感たるや、サッカーでたとえるなら、ウソみたいな方角へドリブルで持ち込んで、ウソみたいな角度でゴールを決めてみせた、みたいな感じだ。ひとの裏をかくことを常に考えている人間が「いいひと」でいられるわけがない。

クリエイティブだ!イノベーションだ!とハッパをかけられると、ともすると人は「奇をてらったこと」に走りがちだ。でも、奇抜なパフォーマンスは、奇抜であればあるほど、ほどなくメッキがはがれ始める。並河氏には、そうした気負いが一切ない。同じ「組織」に身を置く人間からみても、とても不思議な人だ。

思うに、本物の感動や心からの笑顔というものの正体は、ずっとつぼみのままだった鉢植えに、ある朝、ぴょこんと花が咲いている、といったようなことなのかもしれない。枯れちゃったのかなあ、と思いつつも、毎日、水をあげてやる。太陽にも当ててやる。そんな小さな愛情が、ある朝の「ぴょこん」の喜びを生む。うまく説明できないのだが、筆者が感じた並河氏の「いいひと」っぷりとは、そのようなものであった。

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