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PR資産としての企業ミュージアムのこれからNo.10

「企業は社会の公器」を実践するINAXライブミュージアム

2022/10/13

シリーズタイトル

企業ミュージアムは、「ミュージアム」というアカデミックな領域と「企業」というビジネス領域の両方にまたがるバッファーゾーンにある。そして運営を担う企業の広報、ブランディング、宣伝、人事などと多様に連携する組織である。本連載では、企業が手掛けるさまざまなミュージアムをPRのプロフェッショナルが紹介し、その役割や機能、可能性について紹介していく。


日本六古窯(にほんろっこよう)の一つで平安時代から続く常滑焼(とこなめやき)は愛知県常滑市のやきものだ。それを礎に、土管からタイル、衛生陶器などの住宅設備機器として発展したINAX(現LIXIL)。やきもの文化の伝承・進化を使命に、貴重なやきものを調査・研究・復元・保存管理・公開する「INAXライブミュージアム」を通して温故知新のものづくりを大切にする企業姿勢と、ミュージアムによる社会貢献について紹介する。

取材と文:櫻井暁美(電通PRコンサルティング)

「窯のある広場・資料館」外観写真(写真提供:INAXライブミュージアム)
「窯のある広場・資料館」外観写真(写真提供:INAXライブミュージアム)

「INAXライブミュージアム」は、1986年に当時のINAXの社長伊奈輝三(文中敬称略)により常滑の近代産業を伝える文化施設として「窯のある広場・資料館」が開館されたことから始まる。伊奈製陶からINAXへと社名変更がなされた翌年のことであった。

創業者伊奈長三郎は、「企業は社会の公器」を標榜していたが、その思いが息子輝三にも受け継がれ、文化施設の設立という形で具現化された。「窯のある広場・資料館」開館の後、順次、施設を拡充し、2006年に「INAXライブミュージアム」としてグランドオープン。現在では1万5000平方メートルの広大な敷地の中に、「窯のある広場・資料館」「世界のタイル博物館」「建築陶器のはじまり館」「土・どろんこ館」「陶楽工房」「やきもの工房」の合計6つの施設、レストラン、ミュージアムショップを有している。

「土と水と火」が全体のテーマ。「土は水を得て形となり、火を通してやきものになる。土とやきものが織りなす多様な世界を観て、触れて、感じて、学び、創りだす、体験・体感型ミュージアム」がコンセプトである。

常滑駅から“やきもの散歩道”を経た、その先に点在する多数の常滑焼関連施設の中心的な存在だ。地域住民、一般客、取引先、従業員、博物館関係者などコロナ前には年間約7万人が、コロナ禍の2021年には約5万人が来場。この数は、常滑市の人口約6万人に匹敵する。小中学校の校外学習の場としても活用され、市内9校の小学校から毎年平均4校の児童が見学に訪れる。

地域住民や一般客、取引先には、常滑市および常滑焼やものづくりの企業であるLIXILへの理解を促進し、他の博物館関係者には連携や意見交換の場となっている。建築家・デザイナーには共創と挑戦の場を提供し、従業員には、人々の豊かな暮らしに向けた住まいづくりに使命感を持ち、自社を誇りに思ってもらう機会となっている。

「企業は経済機関であると同時に文化機関でなくてはならない」

設立当初の運営母体INAXは、2011年に、トステムなど5社統合によって業界最大手の建材・住宅設備機器メーカーLIXILとなった。輝三は、日本一のタイルメーカーから衛生陶器を中心とした住宅設備機器メーカーへの大転換を図り、今ではスタンダードとなった温水洗浄便座などイノベーティブな製品を世に出し続けたことで「INAXの中興の祖」として知られている。「建築陶器(タイル・テラコッタ)の収集展示による建築文化の向上と書籍出版による文化的価値の公知に関する功績」で2022年には、日本建築学会文化賞を受賞。

「企業の経済活動そのものが文化性を備えていなければならない、というのが伊奈輝三の考えです。生活に密着した住まいに関わる製品を扱う当社にとっては、心豊かな住まいや暮らしに貢献する製品づくりやサービスの提供を目指す社員一人一人が、生活・建築文化に関心と深い理解を持つことが大切です」。今回ご案内いただいた尾之内明美館長は言う。

INAXライブミュージアム 尾之内明美館長
INAXライブミュージアム 尾之内明美館長

「窯のある広場・資料館」~近代化と土管製造の確立~

最初に開館した「窯のある広場・資料館」は、1921(大正10)年に片岡勝製陶所によって建造され、1971(昭和46)年まで、土管や焼酎瓶、クリンカータイル (厚手で丈夫な床材)を製造していた。隣接するINAXが1986年に保存・公開し、その後購入。常滑焼土管工場のシンボルである煙突、煉瓦造りの窯、太い梁(はり)と柱を用いた建屋の小屋組みなど、建築物としての価値が高く、国の登録有形文化財・近代化産業遺産となっている。

やきものは割れたり、欠けたりしなければ、変わらない品質を保ち続ける。しかし、長期間使用される土管には、とりわけ強度と耐久性、連結を可能にする正確な規格が求められる。常滑の土管は、明治時代、横浜の外国人居留地に埋設する下水管に使用されたが、当初は、手工業で品質も悪くもろい部分もあった。試行錯誤の末、機械化を進め品質に優れる堅牢(けんろう)な土管が製造されるようになり、伊奈長三郎は、この機械化や品質管理を推進した。

常滑焼の土管は、疫病対策や、鉄道網の拡大、上下水道などのインフラ整備、米などの増産を促した暗渠(あんきょ)排水など、日本が近代化する中で盛んに用いられ、知多半島の海運を通じて全国にも普及していった。平安時代末期から始まる常滑焼は、明治時代に産業製品としての土管製造に進化し、地場産業として栄えていった。

「世界のタイル博物館」~衛生意識の高まりと住生活を彩るタイル~

1991年、タイル研究家、山本正之氏から約6000点のタイルコレクションが常滑市に寄贈されたことから「世界のタイル博物館」は始まる。山本氏が50年間にわたり、シルクロードなど世界を歩いて集めた貴重なコレクションの調査分析をINAXが請け負い、その過程で、建設が具体化し、自社保有のコレクションとともに、1997年に博物館として公開された。

見学者の理解が進み、記憶に残るよう、その後の改修で、地域の文化、科学的裏付け、使用されたシーンの紹介や、英語の解説も加えられた。フェルメールの代表的な絵画「牛乳を注ぐ女」の写真とともに、絵に描かれた幅木のタイルと同じモチーフの絵付けタイルなども展示されている。

フェルメール「牛乳を注ぐ女」 細部まで克明に描かれた背景。幅木にはオランダタイルが使われている。ⓒRijksmuseum, Amsterdam
フェルメール「牛乳を注ぐ女」
細部まで克明に描かれた背景。幅木にはオランダタイルが使われている。ⓒRijksmuseum, Amsterdam
前述の幅木タイルと同じ “子どもの遊び”モチーフのオランダタイル(写真提供:INAXライブミュージアム)
前述の幅木タイルと同じ“子どもの遊び”モチーフのオランダタイル(写真提供:INAXライブミュージアム)

ここには最も古いタイルと考えられている、紀元前2650年頃に完成した古代エジプトピラミッドの地下通廊の壁を飾った青色のタイルが復元されている。さらに古く紀元前3500年頃、メソポタミアの神殿の壁の装飾に用いられた円すい形のやきもの(粘土釘、クレイペグ)も復元展示されている。それらのやきものの製法や成分を調査、分析することによって、当時に近いかたちで再現し、臨場感あふれる空間として展示したところに、ものづくり企業としての姿勢が見うけられる。

粘土釘によって神域の壁面に施された幾何学模様を再現した展示空間(写真提供:INAXライブミュージアム)
粘土釘によって神域の壁面に施された幾何学模様を再現した展示空間(写真提供:INAXライブミュージアム)

2022年は、日本で壁や床を覆うやきものの板が「タイル」という名称に統一されて100年。記念開催の巡回展「日本のタイル100年──美と用のあゆみ」は、初めて他館と共同企画した。日本におけるタイルの軌跡をたどるだけでなく、3Dプリンター製の立体的なタイルなど、クリエイターとのコラボレーションによって未来への可能性を示した。

フランク・ロイド・ライトとの出会いと「建築陶器のはじまり館」

2012年に、最も新しくオープンした「建築陶器のはじまり館」には、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライト設計の「帝国ホテル旧本館」の食堂の柱(所蔵:博物館明治村)が展示されている。明治・大正時代における近代建築の装飾性の高い特殊煉瓦の代表作である。実は、帝国ホテル旧本館の誕生には、伊奈長三郎が深く関わっている。その経緯は、「黄色い煉瓦~フランク・ロイド・ライトを騙した男~」というNHKの地域発のドラマにも描かれている。

1923(大正12)年に完成した帝国ホテル旧本館は「鉄筋コンクリート造りおよび煉瓦コンクリート造り」という構造。ライトの建築物の特徴である、複雑で独創性、芸術性に富む幾何学模様を“黄色い煉瓦”で織りなしたいというこだわりを実現すること、そして輸入品は高価な時代において、資材を国内で調達するという課題が帝国ホテルに課せられていた。当時は赤い煉瓦が主流の時代。黄色い色味の煉瓦は珍しく、製造できる職人も限られていた。そんな状況の中、常滑の陶工、久田吉之助に黄色い煉瓦の製造が託されたが、吉之助は完成を見ず病没したため、帝国ホテルは、常滑に直営工場(「帝国ホテル煉瓦製作所」)を設立した。そこで伊奈長三郎と父の初之烝は黄色い煉瓦の製造に挑戦することとなる。

ライトの求めにかなう煉瓦が無事納材された後、長三郎は、役割を終えた帝国ホテル煉瓦製作所の従業員と設備を、自らの土管工場(伊奈初之烝工場)に譲り受けた。そして大型のやきものを得意とした常滑焼の技術を生かし、日本の近代化に欠かすことのできない建築資材の土管やタイルの製造を本格的に開始、1924(大正13)年、伊奈製陶を興した。

帝国ホテル 旧本館 食堂の柱(写真提供:INAXライブミュージアム) 
帝国ホテル 旧本館 食堂の柱(写真提供:INAXライブミュージアム)

「建築陶器のはじまり館」に併設される「テラコッタパーク」には、「横浜松坂屋本館」のテラコッタ(高さ4.5メートル×幅1.8メートル)や、「大阪ビル一号館」の鬼や獣面の装飾など、大正・昭和の名作テラコッタが15作品、屋外展示されている。いずれも建て替えの際に、芸術性の高さ故に保存され、建築文化を後世に伝えるべく譲り受けたものだ。

大阪ビル一号館の鬼面・獣面のテラコッタ(写真提供:INAXライブミュージアム)
大阪ビル一号館の鬼面・獣面のテラコッタ(写真提供:INAXライブミュージアム)

体験・体感型施設「土・どろんこ館」「陶楽工房」

このINAXライブミュージアムには来場者が実際に触れることで土・やきものの魅力を体験・体感できる場所が二つある。楽しみながらやきものに触れる機会を提供する場として、同館のコンテンツの中でも特に力が入れられている。一つは、やきものの原料である“土”の魅力を、土をふんだんに使った建築と、土に触れるワークショップという、ハードとソフトの両面で伝える「土・どろんこ館」。

もう一つが、モザイクアートや絵付けなど、タイルを使った“ものづくり”が楽しめる「陶楽工房(とうがくこうぼう)」だ。形や色、質感など種類豊富なタイルの中から好みのタイルを選んでタイルアート作品をつくることができる。これらの体験教室は、おとなから子どもまで、興味・関心が持てるコンテンツを通じて、LIXILという企業との良い出会いや、楽しい思い出を創出し、企業ブランドのファンづくりにも寄与している。

「やきもの工房」~貴重な建造物のタイル調査・復元も~

INAXライブミュージアムは、展示・体験のほかにも、やきもの技術の伝承や、新しいものづくりへの挑戦を行う施設を有している。「やきもの工房」では、過去の建築に用いられたタイルやテラコッタを復元・再生することや、クリエイターとのコラボレーションなど、技術を次の世代へ伝え、未来のやきものの可能性を探る活動を担っている。

イタリアモダンデザインの父といわれるデザイナー、ジオ・ポンティの聖フランチェスコ教会(イタリア、ミラノ)のタイルや、日本の近代建築の父といわれる辰野金吾設計の国指定重要文化財・東京駅丸の内駅舎の赤煉瓦タイル、阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた武田五一設計の芝川又右衛門邸にあった、暖炉周りのヴィクトリアンタイル、トイレ床、バルコニー腰壁など、建築を彩った多様なタイルの復元に関与し、貴重な建築文化の保存に貢献する。また、建築家やデザイナーとのコラボレーションにより、斬新で先進的なやきものづくりを目指し、日々活動している。

「企業は社会の公器である」

10月10日は、常滑市が制定する「陶と灯の日」。INAXの創業者、伊奈長三郎の命日でもある。長三郎は、4町1村の合併で1954年に誕生した常滑市の初代市長も務め、多数の保有株を常滑市・常滑焼の発展のための基金(常滑市陶業陶芸振興事業基金)に献じた。その偉業をたたえ、常滑陶業の歴史を振り返り、先人たちの功績を敬い、次世代に伝統文化を引き継いでいきたいとのことから記念日が制定された。基金は、「とこなめ陶の森 陶芸研究所」、陶芸家の育成事業など、陶業と陶芸の発展のために60年以上も活用されている。

INAXライブミュージアムでは、同社のやきもの技術のバックボーンであり、創業の地でもある常滑市に貢献すべく、さまざまな支援活動を行っている。2022年1月の常滑市新市庁舎開庁に際しては、市民参加型ワークショップでやきものの街を象徴するスクラッチタイル制作をサポート、また毎年「陶と灯の日」のイベント会場としてミュージアムを提供するなど、人と人、企業とコミュニティをつなぐ、開かれた存在となるべく、強く地域と連携している。

2019年 陶と灯の日イベント(写真提供:INAXライブミュージアム)
2019年 陶と灯の日イベント(写真提供:INAXライブミュージアム)

「企業は社会の公器である」という創業者の思いが、社会貢献を意識した活動を実践するこのミュージアムを通して、現在も後代を担う人々に受け継がれている。


【編集後記】(ウェブ電通報編集部より)

便器が、陶器である、ということは日常、あまり意識しない。当たり前のようにそこにあり、当たり前のように利用しているだけだ。でも、もしも仮にこれが段ボールだったら、ビニールだったら、と考えるとゾッとする。震災などの被害にあわれた方々が直面する問題だ。

ひとは「取り込む」ことには執着する。おカネでも、食べ物でも、なんでもそうだ。でも、「取り込んだ」分は、かならず、外へ出さなければならない。そのことを僕らは忘れている。ゴミ問題でも、なんでもそうだ。そこで、陶器だ。なるほどなーと思った。

陶器は、人肌にやさしい。堅剛にして、やわらかい。大地の恵み、ということなのだろうか。足元、あるいは山肌にある地球からの贈り物を、大切に生かして暮らしに役立てる。INAXの社業の根本は、そこにあるように思う。

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