「暮らしにテーマを」設備工事会社の新たな挑戦。
2022/12/09
1954年の創業以来、水、空気、ガスといったライフライン設備の設計・施工を請け負うプロフェッショナルとして、長らく地域に愛されてきた若林設備工業。
同社は100年続く「三方良し」の経営を目指し、新たなコンセプトと経営戦略を立案。それを体現する新規事業として、電通とともに空間サブスクリプションサービス「room tailor」を開発しました。
若林設備工業の新たなチャレンジの背景にあった課題感や経営者の思いとは?そして、企業経営をクリエイティビティで拡張することの価値とは?
若林設備工業の代表取締役社長 若林豊氏と同社の事業コンサルタント 松川司明氏、電通の事業開発プロデューサー、アーロン・ズー氏の鼎談をお届けします。
【room tailorとは】
若林設備工業による空間サブスクリプションサービス。暮らしに自分だけのテーマを設定し、テーマに合わせてクリエイター/女優/インフルエンサー/フィットネスモデルなど、第一線で活躍するプロのアドバイザーが必要な家具・家電を選定。入居後もアドバイザーと定期的にオンライン相談が可能で、今まで以上に暮らしを充実させていくことができる。
https://roomtailor.jp
経営者のビジョンや熱意があれば、どんなイマジネーションも実現できる
アーロン:はじめに若林設備工業の紹介をお願いします。
若林:当社は水道や空調、ガスなど各種設備の設計・施工を中心に、主に新築マンションやビルの専門工事会社として建設業者さまから仕事を請け負っています。2022年で創業68年目を迎え、私は3代目の社長になります。
アーロン:1950年代、戦後まだ間もない時期に創業されたと考えると、とても歴史の長い会社ですよね。設備設計・施工のプロフェッショナルとして長らく地域の方々の暮らしに貢献されてきたと思うのですが、なぜ新規事業にチャレンジしようと思ったのでしょうか?
若林:私たちは施工・設計の仕事に誇りとプライドを持っていますが、これから若い人たちと一緒に会社を発展させていくことを考えると、われわれの技術や知見を生かした新しいチャレンジをしたいと思ったんです。
そこで、まずは本業の合間にコンセプトを考えてみました。当社は衣食住の“住”を扱っていますが、“衣・食”のビジネスは生活者にとって身近で、気になる服やおいしそうな食べ物があったら気軽に買うことができます。一方、“住”はなかなか手が届きにくく、ハードルが高いイメージがあると思います。でも住まいにしてもオフィスにしても、建物という空間の中で生きている時間はとても長く、その空間を良くすることがもっと身近なものになれば、人びとの暮らしをもっと豊かにしていけると思いました。そこから生まれたのが、「工事をもっと身近なものにしたい」というコンセプト案です。
アーロン:とても壮大で、チャレンジしがいのあるコンセプトだと思いました。
若林:経営者仲間や知り合いなど、おそらく40人ぐらいにこのコンセプトを話してきたと思うのですが、一番食いついて興味を示してくれたのがアーロンさんでした(笑)。「すごく良いですね」「協力しますよ」と言ってくださったのがうれしかったですね。
アーロン:新規事業開発で一番大切なのは、経営者のビジョンや熱意だと思うんです。ライト兄弟も空を飛びたいという強いビジョンや熱意を持っていたから、周りから無理だと言われながらも、本当に空を飛べたわけですから。若林さんが情熱を持って生み出したイマジネーションであれば、あとはビジネスとして構築していけば、形にできると思ったので、ぜひ協力したいと思いました。
若林:私は3代目社長ですから、先代たちが作ってきたものを継ぐことも大切でやりがいのある仕事です。でも、それだけで自分や働いている人たちがワクワクするかというと、違うと思うんです。やはり自分たちの世代で何か新しいものを生み出すことが、今のチームの結束力やパワーの源になるはずなので、みんながワクワクするものを作り、情熱を捧げてチャレンジしていくことが必要だと考えています。
アーロン:私はいわゆる“同族企業”にも、大きなポテンシャルを感じているんです。なぜなら、トップや経営層が数年ごとに入れ替わる企業だと、長期的な視点で経営判断をするのが難しくなる傾向があります。特に新規事業は利益が出るまでに時間がかかるので、長期的な視点でチャレンジしないと、なかなか成功につながりません。その点、同族企業は一族が長期的に経営戦略に携わることになるので、新規事業開発との相性が良いと思っています。
若林:そうですね。意思決定が早いところも同族企業の強みなのかもしれません。新規事業は利益が出るか分からないものに投資するわけですから、もちろん勇気が要る決断にはなるのですが、意思決定のプロセス自体はシンプルなのでスピード感を持って事業を進められていると思います。
若林設備工業が持つ“有形”と、電通が持つ“無形”。双方の強みを組み合わせたサービス
アーロン:今回、新規事業の一環としてご提案した「room tailor」は、ユーザーがプロフェッショナルのサポートを受けながら自身のライフスタイルをデザインし、住まいや暮らしをアレンジしていくことができる、空間サブスクリプションサービスです。
例えば植物に囲まれた暮らしをしたい時、植物のレイアウトやメンテナンスなどは“無形”の価値であり、植物を置くための棚は“有形”の価値になるわけです。従来の設計・施工会社は有形の領域は担ってくれますが、無形の領域はサービス外でした。美容に興味がある人の暮らしでは、化粧品や化粧台だけでなく、美容のプロからアドバイスをもらえたり、お気に入りの美容院でセットしてもらえるといった、無形のサービスを求める方もいます。このように、ユーザーの理想とするライフスタイルに合わせて有形の価値と無形の価値を同時に提供するのがroom tailorです。
松川:おっしゃるとおり、私たちの仕事はお客さまの要望をお聞きしてご満足いただけるものを作ることですが、それを引き渡した後の暮らしにはコミットできません。当初求めていたライフスタイルを実現できているのか、もっと豊かにしていく余地はあるのかなどは、気になっても接点を持つことができなかったのです。
そもそも、建築家や設計者はこれが良いと考えてマンションなどの住空間を作っているわけですが、本来はそれを借りたり買ったりする人のライフスタイルから理想とする住空間を作っていくべきだと思うんです。もちろん、すべての建築でそれを実現するのは難しいのですが、だからこそroom tailorのようにライフスタイルのテーマをフィードバックしながら無形と有形を組み合わせていく住まいの作り方があっても良いはずだと思いました。
アーロン:そうですね。建設会社やハウスメーカー、設計・施工会社は当然ながら住まいにおける有形の部分を提供しているのですが、そこに対する付加価値や暮らしをより豊かにするために必要な無形の部分は、なかなかセットで提供できていませんでした。そこで若林設備工業が持つ強みである有形と、電通の強みである無形を組み合わせることで、エンドユーザーはもちろん、建設会社やハウスメーカーにも新たな価値を提供できると考えました。
松川:実際に大手ハウスメーカーさんに意見を聞きにいった時も、「組み方によっては、業界を変えるビジネスモデルになるポテンシャルがある」と評価していただけましたよね。そこはしっかりと自信を持って、これからメニューや詳細を固めていきたいと思いました。
100年続く企業の新しいレシピとして、room tailorを育てたい
アーロン:今回、room tailorという新規事業を生み出したことで、若林設備工業がわれわれも含めた外部企業とフラットなパートナー関係を築けるようになったことも、大きな変化の一つだと思っています。
松川:そこもすごく感謝しているポイントです。やはり私たちも同じ業界にずっといて既成概念ができているので、良くも悪くも従来の考え方を自分たちで変えるのが難しいんです。そこを突破してくれたのがアーロンさんでした。
若林:変わらない伝統を守ることも大切ですが、100年企業を目指すのであれば、時代や世代の移り変わりとともに何かを変えていかないと続けられません。数百年も続く老舗和菓子屋さんですら、現代の嗜好に合わせてレシピをアレンジしているといいます。ですので、このroom tailorを私たちの新しいレシピとして育てていきたいと考えています。
アーロン:新規事業は本当に長期間のプロジェクトになりますが、早い段階で若林さんが思い描いていたコンセプトを事業やサービスに落とし込み、ウェブサイトやコンセプトブックなどを通して具現化できたことは良かったですよね。ここからサービスを磨いていくことで、業界の座組み自体を進化させていく可能性があることに、とてもワクワクしています。
松川:そうですね。新規事業は得体の知れないプロジェクトに見られがちですし、本業とは異なる領域に参入することになるので、これまでに築いてきた看板が通用しないケースもあります。その時に電通のような外部パートナーとタッグを組んでいるという事実は、営業的な観点でも非常に大きなメリットがあります。
若林:特にわれわれはクリエイティブの専門家ではないので、クリエイティブに強みを持った異業種との協業には大きな可能性があると改めて実感しますよね。まだ始まったばかりのプロジェクトですが、できるだけ早くビジネスとしてroom tailorを築き上げていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
アーロン:こちらこそ、よろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。