積極的パートナーシップが生み出した、Z世代を動かす波
2023/01/30
企業は、「スポンサー」から「パートナー」へ。
ネットメディアやSNSが台頭し、生活者による情報へのアクセス方法や関心の寄せ方は大きく変わりました。中でも、Z世代へのアプローチには企業もメディアも試行錯誤を重ねています。
そんな中、日本テレビと国内大手アパレルのBEAMSが、2022年夏にドラマを軸としたパートナー施策を実施。従来の衣装提供や協賛にとどまらず、BEAMSのアイテムを通した世界観の構築や出演者とのコラボコンテンツ配信などを行いました。
企業を番組のスポンサーとしてではなく、「共に創り、盛り上げ、売り上げを上げる」パートナーとして施策を進めた結果、ドラマのクオリティや視聴数に好影響があり、BEAMSのブランド価値や売り上げアップも実現しました。
本企画を主導した電通ソリューションクリエーションセンターの岩田修平氏、日本テレビプロデューサーの鈴木努氏、BEAMSでプレスを務める藤井早希子氏に企画の背景と、施策を通して見えたZ世代へのアプローチのポイントなどを伺いました。
多様性や自分らしさ重視の時代。Z世代の共感をどう呼ぶかは、企業・メディア共通の課題に
──まずは皆さんの普段の業務内容についてご紹介ください。
藤井:BEAMSの複数にわたる、主にウィメンズレーベルでプレスを担当しています。近年は2016年からスペースシャワーTVとの音楽プロジェクト、2020年からは「BEAMS SPORTS」というメディアに参加し、ファッションを通してBEAMSのカルチャーを世の中に広げるプロジェクトにも携わっています。
鈴木:プロデューサーとして地上波とデジタル両方のコンテンツ制作を担当し、Z世代向けコンテンツを発信するプロジェクト「Z STUDIO」にも立ち上げから関わっています。このプロジェクトは、音楽やドラマ、バラエティーなどさまざまなジャンルで、Z世代向けの「レーベル」を作ることが目的です。日テレという“ラベル”がなくてもZ STUDIOの番組として認知され、ファンがつくようなコンテンツを作ろうとしていて、僕はドラマ部門「Zドラマ」を担当しています。
岩田:テレビ局や出版社などさまざまなメディアの皆さまと一緒に、企業向けのソリューションを生み出すのがメインの仕事です。
──今回の施策の背景、特にZ世代への発信に向けて、それぞれ取り組んできたことや課題などを聞かせください。
藤井:BEAMSでは数年前からいくつかのレーベルで、Z世代と一緒にものづくりをしてきたほか、私がプレスを担当する「Ray BEAMS(レイ ビームス)」や複数のレーベルでZ世代に向けた施策を試みています。Z世代の情報収集は完全にSNSメイン。この状況でどうしたらBEAMSの声を届け、彼らに自分ごと化してもらえるのか、アプローチの仕方から変えていく必要性を強く感じていました。
Z世代は洋服への関心の寄せ方も上の世代と異なります。既存のお客さまは「“BEAMSの”この服がほしい」と、ブランド自体を目的に考えてくださる方が多いです。それに対してZ世代は「“○○くんが着ているから”ほしい」といった“人”主体の考え方が主流です。
他方で、ECサイトで洋服を購入する人が増える中、20代・30代は圧倒的にリアルの店舗に足を運んで買う傾向にあります。そこで全国に店舗があるBEAMSの強みを生かし、コロナ前は 活発にZ世代に響きそうなアーティストを呼んでインストアライブなどを行っていました。
鈴木:Zドラマでは立ち上げ当初から、「数字を取る」とか「バズらせる」ことよりも、若い世代に明日を生きるための力を届けたいという思いが強くありました。僕自身、中学・高校は暗黒の時代。当時いろいろなことがあり、相当大変な生活をしていました。メディア企業に入社した時、この仕事なら、真っ暗なトンネルの中にいると感じているあの頃の自分のような人たちに、何か背中を押せるものが届けられると思ったんです。課題とは少し異なるかもしれませんが、作品の“着地点”をどこに持っていくか考え、若い世代が視聴後に「明日はちょっと頑張ってみよう」と思ってもらえるものを目指して発信をしています。
岩田:いまZ世代にどうアプローチをしていくかは、さまざまな企業やメディア、そしてわれわれ電通の共通の課題になっています。多様性や自分らしさが重要視される時代、絶対的な正解のないこの世代へどうアプローチすれば 共感を生んでいけるのか。今回の施策を通して、われわれもヒントを探っていけたらと考えていました。
「CM枠」の購入や協賛にとどまらない取り組みを!両者の想いが一致し、即日中にタッグが決まる
──本企画はどのように連携が決まり、進んでいったのでしょうか?
岩田:これまで日本テレビさんとは別の案件でご一緒しており、BEAMSさんとは僕の上司が長くお付き合いをしていました。2022年5月末の同じ日に、たまたま2社続けて情報交換をする機会がありました。先にBEAMSさんから「Z世代が課題」と聞いた直後、鈴木さんからZ STUDIOの話を聞いた。そこで互いの課題感や強み、チャレンジしたいことがうまくマッチングできるのではないかと考え、「組んでみませんか?」と持ちかけたのが始まりでした。
鈴木:テレビ局は、企業に向けて基本的に「CMの枠」を売ることが生業です。それ自体は大切なビジネスですが、企業とそれ以上の取り組みを一緒にしたいと思っていて、5月末に岩田さんのチームへ相談することにしました。
岩田:その情報交換の時に鈴木さんが「CM枠を売るのでも、衣装提供だけでもなく『パートナー』を作りたい」と話していたのが印象的でしたね。今回、一番重要だったのはこの点です。メディア企画やコンテンツに協賛する「スポンサー」を探すのではなく、パートナーとして両社が組める形にチャレンジしようとしたんです。
藤井:当社も当時の課題意識として、メディアの枠を買ったり、コンテンツに協賛する形でのPRには限界があると感じていました。アパレルも雑誌への服の掲載や、一日だけテレビ収録に衣装を貸し出す以外の外部メディアとの付き合い方を考えていく必要があり、新たな取り組みへの挑戦が必要だと社内で話し合っていたのです。
岩田:協業がスタートしたのがドラマを撮影する2週間前でした。8月からオンエアだったので、7月には撮影がスタートする。そのため6月中旬にはどんな施策を打つかの作戦を練らなくてはならず、スピード勝負でした。
「広告らしくない」ストーリーに乗せたコンテンツづくりが、ファンの心をつかんだ
──「パートナー」としての協業により、具体的にどのような施策が実現されたのでしょうか?
岩田:ドラマを「作る」「盛り上げる」「稼ぐ」の3つの観点でお話しします。
「作る」の観点では、衣装を通してドラマの世界観を一緒に構築しました。ドラマのスタイリストとBEAMSさんがコミュニケーションを取り、どのシーンで誰に何の衣装を着せるかを決めました。また、キャスト自身が衣装を選ぶ様子をコンテンツとして発信する企画も実施しました。これは、他ではなかなか見ないものだったと思います。
「盛り上げる」の観点では、SNSを駆使して多彩なオリジナルコンテンツを制作し ドラマとBEAMSの両方から発信することで、層の異なるフォロワーどちらにも届けられるようにしました。ほかにも、BEAMSのオウンドメディアにキャストが出演して撮影の裏話を語ったり(記事はこちら)、それぞれのアセットを最大限活用して徹底的にPRを行いました。
鈴木:本編の放送を軸として、それだけでは届かないところにSNSをフル活用し発信しました。その際、各ツールの特性に合わせてクリエイティブを出し分けることは日ごろから意識しています。ただし、ここでもただバズを狙うのではなく、一定の世界観とクオリティを前提に、出演する若い俳優・女優を話題性だけで「消費させる」ことがないよう注意しました。メディアのZ世代への関わり方には、視聴者にコンテンツを届けることと、出演者とともに成長していくという両面があります。若い俳優たちと長く一緒に歩んでいける関係を考えながら、信頼関係を大前提にコミュニケーションを取って進めました。
岩田:その上で最後の「稼ぐ」ところですが、BEAMSとしては、最初のお話にあったように「誰が着ているか」がZ世代による購入のトリガーになります。そこで、ECサイト内でドラマでの着用リストなどを情報としてまとめ、販売につなげるといった施策を展開しました。
──各自の提案やプロジェクトの進め方で、特に施策のポイントになったと思われた点があればお聞かせください。
鈴木:テレビドラマの衣装は量が多い上に使用期間が長く、資金も潤沢ではないため、クオリティを上げていくのが難しい点が課題でした。それが今回憧れのBEAMSさんに入ってもらえて解消された。キャストも衣装にとても興味を持ってくれ、自分が演じる役はどんな人物で、この場面ではどんな服を着ているかという会話が多くありました。ドラマで服装に愛着がわくことってあまりないのですが、そこもキャラクターの一部として認識されたことは世界観を作る上で非常に良かったですね。
藤井:日テレさんはドラマから切り出した各コンテンツにおいて、プラットフォームの使い分けが本当に上手だと感じました。例えばインスタグラムではファッションやオフショットの企画、TikTokでははやりの音楽に合わせて動いてみるなど、それぞれに適したものを考えている。ドラマ本編の制作と並行してそうした施策を考えられるのが素晴らしく、今後のBEAMSによる発信でも参考にしていきたいです。
岩田:コンテンツ上から広告っぽさをどれだけなくしていくかが一つのポイントだったように思います。本施策のメインの目的には「世界観を作る」ことがあり、そこから発生するコンテンツにもそれぞれストーリーがあった。「もっと売りたい」「もっと視聴率が欲しい」といった考えに固執せず互いに新しいことを取り入れ、ファンからも支持されるドラマの世界観に沿った見せ方を考えられた点が良かったと感じています。
また、パートナーとして課題や実情を全て共有した上で一緒に考えていくスタンスが、タイトなスケジュールの中、成果につながった理由の一つだったと思います。
企業同士やメディアがパートナーとなることで、生活者が動く機会は増えていく
──各施策を実施しての成果について教えてください。
鈴木:ドラマは、地上波の視聴率・配信プラットフォームの再生数とも前作のZドラマを大きく上回る数値が出ました。配信はTVerお気に入り登録数が23万を超えて再生数も絶好調でした。SNSで発信したコンテンツの総再生数も1本で100万回再生を超えるものも多数あり、総計3500万回再生に上りました。地上波放送時にはTwitterでもトレンド入りするなど、話題化にも成功しました。
藤井:当社のTwitterでもドラマ関連投稿のエンゲージメントや、テキストに載せたECサイトへのクリック数は回を重ねるごとに伸長しました。特に主演俳優が自身の衣装を選ぶ様子を映した8月29日の投稿では、エンゲージメントが初回投稿の約19倍 になり大きな反響がありました。売り上げについては、本企画以外の要素もふまえての結果にはなりますが、8月29日に衣装に決まった服の一部は、投稿後一週間での購買数が、前週比の約1.4倍ありました。数値以外の点として、リツイートなどで投稿を連携することで、ファンの方からの「この衣装を買いました」「店舗に行きました」といった声を見られたのもうれしかったですね。
──今回のプロジェクトで得られた気づきと、今後の展開で考えられていることがあればお聞かせください。
鈴木:近年は、SNSなどさまざまなプラットフォームで活躍する若い人たちが多い中で、10代の女優・俳優のように芝居だけで勝負しようとすると、なかなか大変な時代だと思います。ただ、ドラマなどストーリーコンテンツを作っていく上で、彼らの力は欠かせないものです。日本のドラマコンテンツの未来のためにも、若い俳優・女優と未来に向けて一歩一歩、歩みを進めていくことが必要だと思っています。
企業のマーケティング活動においては即物的なレスポンスが必要なことも重々承知なのですが、若い俳優たちを応援しながら、ストーリーに乗せたコンテンツを届けられれば、ファンには深く刺さるし、確実に動いてくれます。そして一緒に歩みを進めていけば、長期的なファンを作れる可能性があると実感しました。企業の商品の背景となるストーリーはドラマの中でうまく作れると思う。奇をてらって変な数字の取り方をするよりも、今回のように「パートナー」となれる企業さんと一緒にファンを作っていけると、ゆっくりではあっても道ができると思います。
Zドラマとしては、次回2月下旬スタートの「沼る。港区女子高生」というドラマ放送が決まっています。新たに主演に桜田ひよりさんをお招きして、今回施策を行った2つのドラマに出演していた八木勇征君が同じ役で登場します。「推し活」をテーマに、“憧れと共感の境目”を描きたいと考えています。舞台が港区なので、ファッショナブルにしたいのですが、“憧れの世界”に寄せることでフィクションになりすぎないよう、「共感」とのギリギリのラインを狙っています。
藤井:当社としても、新たな形で若年層にアプローチできたことは大きな成果でした。これまでのようにBEAMSだけでメッセージを発信し、プッシュをしてもZ世代に届けるのは難しい。ですが、彼らが注目している「誰が着ているか」、その「誰」の向こうにBEAMSがいる形になるとエンゲージが上がり、Z世代にも届けられることを発見しました。
次のチャレンジはリアルとデジタルにどう橋を架けていくか。最初にお伝えしたとおり、Z世代はリアルな店舗を好んでいます。SNSで情報を発信しECも連携されているところに加え、例えばドラマの出演者とBEAMSが一緒にリアルのイベントを作れたらどこまでエンゲージできるかに挑戦したいですね。
岩田:藤井さんのお話のとおり、企業自身が「買ってくれ」と強くアピールするよりも、ファンがついているコンテンツやドラマのフィルターを通して伝えていく方が有効性は高いことが分かりました。
現代では一つの企業だけでできることが徐々に減ってきていると思います。メディアを含めた複数の企業がパートナーとなり、一緒にメッセージを伝えることで、生活者が動く機会は増えていくのではないでしょうか。こうした取り組みを単発で終わらせず、継続的に大きくしていけると良いなと思います。何より今回、強力な2社とのパートナーシップができたので、今後も一緒に新しいことにチャレンジしていきたいです。