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競技プログラミングで、日本を高度IT人材大国に!No.8

「アルゴリズム」を活用したトヨタのデジタル変革とは?

2023/04/17

トヨタ自動車(以下、トヨタ)は、自社のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進のため、「アルゴリズム」の活用に力を入れています。

2022年6月には、競技プログラミングコンテストを提供するAtCoderと提携し、新組織「デジタル変革推進室 アルゴリズムグループ」を発足。本連載でおなじみのAtCoder社長・高橋直大氏が担当部長としてトヨタにジョインし、プロジェクトリーダーを務めることになりました。

そこで今回は高橋氏が、トヨタのデジタル変革を推進する泉賢人氏、福島真太朗氏、軸丸晃年氏のお三方にインタビュー。アルゴリズム開発を通じたビジネス課題解決、そして、トヨタのエンジニアがアルゴリズムを学ぶ意義について語り合いました。

泉氏、軸丸氏、福島氏、高橋氏

トヨタのミッション「幸せの量産」をデジタルが強化する

高橋:AtCoderとの取り組みを始める前から、トヨタではさまざまなデジタル変革に取り組んでいらっしゃいましたよね。デジタル技術の発展にともない、自動車業界では今、どんな変化が起きているのでしょうか。

泉:近年、自動車業界では制御システム、コックピット、マルチメディア等、デジタル領域の内製化が進んでおり、われわれもその必要性を感じています。現在、トヨタは3つの領域でデジタル技術を適用しています。第一に、クルマに組み込むデジタル技術。第二に、社内業務のデジタル化。最後に、もっとも大切なのがお客さま体験のデジタル化です。アプリケーションやウェブサイトなどお客さまに提供する体験・サービスにおいても、デジタル技術は欠かせません。

泉氏
トヨタ自動車 デジタル変革推進室 室長 泉賢人氏
トヨタ自動車入社後、約18年間企業内情報システム部門に従事。レガシーシステムの維持管理から始まり、数百億円の大規模プロジェクト、クラウドサービス開発、デジタルトランスフォーメーションを経験する。海外勤務も長く、異なる文化のメンバー間でチームを組成しプロジェクトを遂行してきた。現在は、デジタルトランスフォーメーション戦略企画の室長として、7万人の従業員がいるトヨタ自動車の従業員の意識変革とリスキリングに邁進している。

高橋:トヨタはデジタル変革で何を目指しているのでしょうか。

泉:トヨタでは、お客さまに対し「毎(ゴト)・毎(ゴト)・事(コト)」の体験価値を提供したいと考えています。つまり、お客さま「ごと」に、それぞれにふさわしいタイミング「ごと」で、期待を超える「こと」を提供する。それを、デジタルで実現しようとしているのです。

トヨタが提供する体験価値

泉:シンプルに言えば、スーパーパーソナライズですね。例えば、高橋さんを「ラーメン屋さんに行こう」と誘えば喜んでくれるかもしれませんが、中には「ラーメン屋さんよりワインバーのほうがうれしい」という方もいるでしょう。また、昨日は喜んでくれたからといって、高橋さんを2日連続でラーメン屋さんに連れて行ってもうれしくないですよね?つまり、お客さまごとに、欲しいタイミングで、欲しい体験を提供することが大事なんです。

軸丸:パーソナライズによるお客さま体験の価値向上をアナログで行なうのには限界があります。デジタル技術やデータを用いてお客さま一人一人を見分け、それぞれお客さまにとって最適なタイミングでパーソナライズされたサービスを提供する必要があります。

軸丸氏
トヨタ自動車 デジタル変革推進室 デジタル人財育成グループ長 軸丸晃年氏
トヨタ自動車入社後、品質保証部門で市場技術問題の早期発見/早期解決に従事した後、経営企画部門にて全社企画(トヨタグローバルビジョン,事業継続マネジメント,コネクティッド戦略,車両データ活用 等)を担当。2021年1月にデジタル変革推進室を立ち上げて、モビリティカンパニーになるための「従業員の意識/価値観、組織の風土/文化」の変革、「全社レベルのデジタル人財育成」を実行中。

泉:よく、「モノからコトへ」と消費スタイルが移り変わったといわれますが、私はそうは思いません。「モノから『モノ+コト』へ」、つまり従来どおりモノも重視しつつ、体験を通してより強みを発揮していく時代になっていくと考えています。そこにも、デジタル変革が関わってきます。

軸丸:体験価値がとても大事です。体験=「コト」は、有形のモノ、無形のサービス、無形の印象の3要素の総和です。

トヨタはモノづくりに強い企業です。お客さまはトヨタの製品は壊れにくく直しやすいという好印象を持ってくださっています。これまで培ってきた良い「モノ」と良い「印象」をベースにして、これからは無形のサービスも強みにすることで、お客さまの体験価値をさらに高めなければいけません。お客さまの体験価値を高めるために、デジタル変革が必要です。

高橋:「デジタル化しよう」という発想ではなく、まず達成すべき目的があり、その手段としてデジタル技術が必要とされている。それでデジタル変革を進めているんですね。

泉:そうですね。トヨタのミッションは「幸せの量産」です。従来のトヨタの強みを生かしつつ、より幸せな体験を増やす手段として、デジタルを活用していこうということです。

AIによる生産用機械の「故障予測」がトヨタのモノづくりをサポート!

高橋:ここからは、トヨタの業務においてデジタル技術がどのように活用されているのか、具体的なお話を伺っていきます。福島さんはコネクティッドカー(常にインターネットに接続されることでさまざまな機能・サービスが利用できる自動車)の研究開発や生産に携わっておられますが、普段の業務領域でどんなデジタル技術を使っていますか?

福島:クルマの生産工場は、AIやデータ活用が進んでいる領域ですね。具体的には、生産用機械の故障予測に活用しています。工場の機械は一度壊れると、修理に時間もコストもかかります。それに、修理中は他の工程もストップしてしまい、さまざまなロスが生じるため、故障を未然に防ぐことが重要です。そこで、AIで異常が起こる「予兆」を検知して、壊れる前にメンテナンスをしています。

また、クルマに傷がついていないか、目視で確認する「外観検査」という工程でも、画像によって傷を検出するAIを使っています。

福島氏
トヨタ自動車 コネクティッド先行開発部 データ解析基盤グループ長 福島真太朗氏
電機メーカーとそのシンクタンクで、製造、金融、医療、物流、ウェブ等の多数の業界、業務における機械学習、データマイニング、金融工学等の研究開発やコンサルティング業務、大規模データ収集・蓄積・解析基盤の検討・構築業務を経験。トヨタ自動車入社後は、コネクティッド、工場、生産技術、パワートレーン、材料等の幅広い領域での機械学習、データマイニングの研究開発に従事。現在、グループ長として、コネクティッドカーから収集される運転操作・車両挙動データ、画像データ等の解析や活用に関わる研究開発を推進。主要な著書に「Python機械学習プログラミング Pytorch & scikit-learn編」(インプレス、監訳)、「データ分析プロセス」(共立出版)などがある。

高橋:業務の中にデジタルが活用されているのですね。一方で、実際の商品にもデジタル技術が多く搭載されていると思いますが、福島さんが開発に携わっているコネクティッドカーでは、どんな技術が使われているのでしょう?

福島:コネクティッドカーは、通信機能を搭載したクルマです。運転操作の履歴、クルマの速度、加速度、位置情報、燃料の消費量など、さまざまなデータを取得し、クラウドのデータセンターに送ることができます。それによって、例えば外部の保険会社と連携し、運転操作のデータに基づく保険を勧めるといったサービスもあります。また、センターがデータを解析し、クルマに送ることも可能です。

泉:ナビを使ったサービスもありますよね。「この周辺のラーメン屋さんを教えてください」と言うと、データセンターのオペレーターが遠隔操作でナビを設定してくれます。

高橋:今はスマホでも、話しかけることでナビをしてくれるアプリがありますよね。スマホにできなくて、コネクティッドカーにできることは何ですか?

福島:コネクティッドカーでは、車両とより連携できます。例えば、電気自動車で電池の残量が50%だとしましょう。この残量で目的地にたどりつけるかどうかは、クルマの電池消費量や道路の勾配などによって変わります。こうした計算は、スマホにはできないことだと思います。

軸丸:コネクティッドカーならではのサービスは、どんどん増えています。たとえば、クルマの走行中、メーター内に警告ランプがつくと、運転している人は「大きな故障じゃないか?すぐに停車が必要でこのまま目的地には行けないんじゃないか?」と慌ててしまうことがあります。そんな時、オペレーターが遠隔でクルマの状況を確認し、「このまま少し走っても大丈夫です」とアドバイスしたり、近くのトヨタ/レクサスの販売店を案内したりするサービスがあります。こういったコネクティッドカーならではの安心・便利なサービスを増やしていきたいです。

福島:コネクティッドカーで取得したデータは、さまざまな活用法があります。例えば今後、電気自動車がますます普及すると、充電ステーションが不足するでしょう。そこで、コネクティッドカーのデータから「この地域には充電ステーションが足りない」という情報を集め、インフラ事業者と連携して、充電ステーション設置計画に役立てることができます。

高橋:なるほど。クルマと連動した情報が蓄積されることによって、今後のサービス提供にも影響を与えるわけですね。

「工場の物流」「棚割り」「クルマの経路探索」。さまざまな領域でアルゴリズムが活躍

高橋:この連載では「アルゴリズム」の重要性について繰り返し触れてきました。プログラミングで何らかの目的を達成するためのアプローチの仕方をアルゴリズムと呼んでいるのですが、工場でも、物流や部品の配置を決める棚割りの最適化でアルゴリズムを活用していますよね?

高橋氏
AtCoder代表取締役社長 高橋直大氏
Microsoftが主催するプログラミングコンテスト「Imagine Cup」で世界3位を獲得。その後、ICFP Contestの4度の優勝、TopCoder Openの2度の準優勝など、プログラミングコンテストにおいて多くの好成績を残す。2012年に、日本でプログラミングコンテストを開催するサービス「AtCoder」を立ち上げ起業。現在では、毎週7000人以上が参加するコンテストに成長している。

泉:「社内業務のデジタル化」ではAtCoderとの取り組みが進んでいますね。物流の最適化などにおいて、アルゴリズムは大きな可能性があると考えています。部品の出荷もそうです。工場から海外へ部品を輸出する際、もっとも効率的にパレットやラックに荷物を積載するにはどういう積み方がいいのか。こうした問題の解決に、アルゴリズムを活用しています。

高橋:福島さんが開発されているコネクティッドカーの機能にも、アルゴリズムが大いに活用されていますよね。

福島:電気自動車の「経路探索」機能がそうですね。コネクティッドカーから集めたデータに基づき、「この交差点からこの交差点までは上り坂なので、電池の消費量が多い。電気自動車の電池残量を考えると、ここまではたどり着ける」と計算できます。この計算結果に基づいて、ドライバーに最適な経路を案内できます。

経路探索の図

高橋:僕もその案件に携わりましたが、機械学習とアルゴリズムがうまく融合していて面白かったです。

福島:高橋さんのようなアルゴリズムプログラマーと、われわれデータサイエンティストのコラボレーションがうまくいった例だと思います。道路の勾配、クルマの速度などのデータを組み込み、電気自動車のエネルギー消費量を計算する部署とも連携しながら、取り組みました。

高橋:幅広い局面で、アルゴリズムが活用されていますね。トヨタがデジタル人財を求めているのも納得です。

※後編に続く

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