社会・環境貢献のその先へ。世界最大規模のテクノロジーショー「CES 2023」レポート
2023/04/27
2023年1月5~8日、全米民生技術協会(CTA)が主催するテクノロジーショー「CES(シーイーエス)2023」がアメリカ・ラスベガスで開催されました。1967年から続く「CES」は、世界最大規模のテクノロジー見本市。コロナ禍以前よりは減少したものの、今年は3,200社以上が出展し、最新テクノロジーの展示が行われました。
2011年以降、毎年CESを定点観測してきたソリューションクリエーションセンターのシニア・プランニング・ディレクター兼、未来事業創研ファウンダー吉田健太郎氏による今年の概況、テックトレンドの分析をお届けします。
※この記事はTransformation SHOWCASEの記事をもとに編集しています。
今年のテーマは「Human Security for all(人間の安全保障)」
──吉田さんは、2011年から「CES」を見続けているそうですが、「CES 2023」の率直な感想をお聞かせください。
吉田:2022年と2023年の出展社側のメッセージは比較的共通しているという印象でしたね。2021年は新型コロナウイルスの流行によりオンライン開催になりましたが、2022年はリアルとオンラインのハイブリッドに。とはいえ、出展社数も来場者数も2020年からは激減。そのため、2022年の展示では出展社のメッセージがしっかり届いたとは言い難く、それを受けて今年は昨年発信したことをあらためてPRしている企業が多いように感じました。
また、かつて「CES」は「Consumer Electronics Show」、つまり家電ショーという名称でした。ですが、2015年に主催団体がCEA(Consumer Electronics Association:全米家電協会)から、CTA(Consumer Technology Association:全米民生技術協会)へと名称を変更し、イベント自体も2016年から「CES」が正式名称になりました。それに伴い、家電ショーからテクノロジーショーへとコンセプトが変わり、2020年ごろから社会貢献・環境貢献というテーマを強く打ち出すようになりました。
──2020年ごろから社会・環境貢献の重要性を強く打ち出すようになったとのことですが、その流れで言うと今年の「CES 2023」の目玉は環境対応テクノロジーだったのでしょうか。
吉田:そうですね。ですが、社会・環境貢献の視点があるのは当たり前になっているとも言えます。今年はインフラ寄りの展示が多いようにも感じました。
また、今年は「Human Security for all(人間の安全保障)」も大きなテーマでした。例えばフードセキュリティ(安心安全な食事)、ヘルスケアなどですね。2050年には世界人口が約20億人増えると言われています。人口100億人時代に向けて、フードセキュリティを担保するためには食糧生産の効率化が必要であり、そのためのテクノロジー開発が急務です。他には、命の安全を保障するテクノロジーもトレンドですね。先進国では高齢化が進んでいるため、単身の高齢者が急増しています。何かあったときにすぐに反応するセンサー、生体情報を常時取得するデバイスなども見られました。
基調講演に農機メーカーが登壇。「環境貢献と事業成長の両立」を訴える
──「CES 2023」で、押さえておくべきトピックやテクノロジーはありましたか?
吉田:「CES」では、例年キーノート(基調講演)が1つの指針になっています。当然のことながら、主催団体はキーノートを行う企業に対し「こういうトレンドについて話してほしい」とテーマを設定します。逆に言えば、「こういう話をしてほしいから、この企業の方にお願いしよう」ということで登壇者が選ばれているわけです。極論を言うと、キーノートさえ見ておけばその年の「CES」のメッセージは分かると思います。
今年のオープニングキーノートに登壇したのは、世界最大の農業機器メーカー・ジョンディア社のCEOであるジョン・メイ氏でした。近年はデルタ航空社やゼネラルモーターズ社、サムスン社などが登壇していたところに農機メーカーが選ばれたわけですから、意外性を感じましたね。
──キーノートでは、どのようなメッセージを伝えたのでしょうか。
吉田:ジョンディア社のメッセージは、「環境貢献とビジネスグロースの両立」でした。これまで環境貢献の重要性を伝える企業は数多くありましたが、当然ながらそこにはコストも掛かりますし、それが事業成果につながっているかというとそうではないケースが大半です。
ですが、ジョンディア社がまずアピールしたのは、「テクノロジーを使うことで、農家のコストが下がり、収穫量が増える」という点でした。環境貢献をしながら、さらに事業成果も上がると明確に示したわけですから、他の業界にとっても1つのモデルケースになりますよね。
これからの企業にとって重要なのは、社会貢献と事業成長を両立させてサステナブルにしていくこと。大量生産・大量消費を促すばかりでは地球環境を悪化させますし、自社の価値も下げることになります。社会貢献を第一義にしつつ、サステナブルに収益化しようというメッセージをテクノロジー業界が訴えかけることに大きな意義があると思いましたし、個人的にも深く共感しました。
注目領域はメディカルソリューションとフードテック
──吉田さんが「CES 2023」で気になったテクノロジーや先見性を感じた製品・サービスはありますか?
吉田:私が興味を引かれたのは、メディカル系のソリューションデバイスです。昨年の「CES 2022」の話になりますが、アメリカの老舗ヘルステック企業・アボット社が基調講演で「ヘルスケアの民主化」をアピールしました。
例えば、健康診断で血液検査を受けると、いろいろな数値が出ますよね。判定結果を見れば基準範囲か異常値かどうかは分かりますが、大半の人はそれらの数字が何を意味するかまでは分からないのではないでしょうか。そこでアボット社が提案したのが、データのトラッキングの重要性です。大事なのは、数値そのものではなく、自分の生体データに異常が生じたときに「いつもと違う状態だ」と知ること。それこそが「ヘルスケアの民主化」だと主張していました。
そのため、彼らのソリューションデバイスは、血糖値の変化がリアルタイムで分かるセンサーや、脂肪燃焼時に生成されるケトン体を測定して運動のパフォーマンスを管理するセンサーなど、ヘルスケアデータのトラッキングに主眼を置いています。
このようなヘルステックは今年もアボット社に限らず大きく伸びていると感じました。しかも眉唾ものではなく、アメリカ食品医薬品局(FDA)が認証する機器もたくさんあるんです。特に面白かったのは、脳を刺激し腸に影響を与えるヘッドバンド。脳と腸は互いに影響を及ぼし合うため、脳に刺激を与えることで腸が活性化するんですね。例えばストレスで食欲がないときに、脳に電気信号を送ると食欲が湧いてくるそうです。こうした作用により健康と長寿を実現するヘッドバンドが、治療器具としてFDAの認証を得ているのですからすごいですよね。
吉田:また、近年話題のフードテック領域でも、面白いテクノロジーが見られました。昨年、日本の飲料メーカーが電気信号によって減塩食品の塩味を増強させるスプーンなどのデバイスを開発しましたが、その進化形とも言える商品が出展されていました。塩分や糖分を控えめにしても、電気信号により舌で旨味を感じられるスプーンは非常に興味深かったですね。
食品で言うと、かつては培養肉や植物性の大豆で作った代替肉が数多く見られましたが、実用化段階に進んだせいか、近年は出展社数が減っています。今年目立ったのは、植物性ミルクに関するソリューションで、その中でも面白かったのは、植物性ミルクからアイスクリームやヨーグルトを作るテクノロジーです。植物性ミルクは、動物性ミルクに含まれるカゼイン(凝固するたんぱく質)が含まれていません。そのため、これまで植物性ミルクからはアイスクリームやヨーグルトなどが作れませんでした。そんな中、スタートアップ企業AFT社が、植物性ミルクから作ったソフトクリームを展示していたんです。彼らは植物性たんぱく質をカゼインのように替えるテクノロジーの開発に成功したんですね。こういった技術が世の中を変えるのではないかと期待しています。
ワクワクする未来を作る第一歩は、ビジョンの可視化
──今年の「CES」をご覧になった吉田さんから、企業のマーケターにアドバイスはありますか?「これからはこういう視点を持った方がいい」というお考えがあれば、お聞かせください。
吉田:私が「未来事業創研」という電通グループ全体の横断組織を作ったことにも通じますが、まず「どんな未来をつくりたいか」をベースに事業を考えていただきたいです。企業で働く方は、「売り上げを〇%上げなければならない」「この製品をこれだけ売らなければならない」という役割を背負っていますよね。しかし、「何のために売るのか」「誰が喜ぶのか」という視点は意外と抜け落ちてしまうことがあります。
私はもともと理系のパソコンオタクですから、技術のもたらす価値を信じていますし、今はできないことも技術の力で大抵はできるようになると思っています。もちろんタイムマシンのように実現が難しいものもありますが、恐竜がいる時代に行きたいと思えばVRで行けるわけです。「叶えたいのはこういうことですよね」とクリエイティビティをもって変換すれば、ほとんどのことは実現できるんです。
だからこそ、まずは技術がどうこうではなく「自分はどんな人にどう喜んでもらいたいのか」を考えてほしい。それが具体的にイメージできれば、「こうすれば実現できますよ」と声を掛けてくれる人たちが必ず見つかります。「誰にどう喜んでほしいのか」という在るべき未来の姿を考えてほしいですね。
──今、吉田さんが所属している「未来事業創研」では、どういったプロジェクトを得意としているのでしょうか。
吉田:私の高校3年生の息子は、よく「昭和に生まれたかった」と言うんです。アンケート調査でも、日本や世界の将来、自分の将来を不安視する10代が多くを占めています。私自身はオタクでしたから、10代のころはパソコンの進化が楽しみで仕方がありませんでした。でも、今の10代は学習段階で社会や環境、経済について課題ばかり教えられます。そうなると、未来が良くなるなんて思えず期待を持てなくなってしまうこともあり得ます。その点に大きな問題があると感じています。
そこで私は「未来事業創研」をつくることで、あるべき未来を可視化したいと思いました。「本当は未来をどうしたいか」というビジョンを絵や映像で可視化すると、「ここはちょっと違うな」と、より具体的に考えられるようになっていきます。そして、絵や映像で未来像を明らかにしていくと、今度は「こんな未来をつくりたい」と多くの人と共有できるようになります。そうなると、今度は「確かにそれはいいね」と共感してくれる仲間ができ、目指す未来をつくるためにどうすればいいか具体的なアイデアが出てくるんです。例えば、「こういうテクノロジーを使えば、こういったことを実現できるんじゃないか」という提案もそうです。
つまり、皆さんが抱えるモヤモヤした思いを「こうしたい」という未来の形にビジュアライズして、実現に向けて手段をご提案したりプロデュースしたりするのが「未来事業創研」の役割です。ビジョンやパーパスの設定、ブランディングなども得意とする領域です。
【編集後記】(ウェブ電通報編集部より)
2020年ごろから、社会や環境に資するテクノロジーの見本市へと大きく舵を切った「CES」。その背景には、もちろん2030年に向けたSDGs達成というミッションもありますが、テクノロジーによってより良い未来をつくりたいという企業の強い思いも感じられます。現代のテクノロジーがあれば、人間の発想力で可能性はさまざまに広がるでしょう。「どんな未来にしたいか」をぜひ想像してみてはいかがでしょうか。