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「人文知」を社会実装するNo.4

「SFプロトタイピング」で描く、“手触り”のある未来の価値と事業

2023/05/22

多様な価値観が広がる現代。企業も社会における自社の存在意義を明確に打ち出すことが重視されるようになっています。そんな中、本連載でも紹介してきたように、企業理念の形成や研修に「哲学対話」を取り入れる企業が出てくるなど「人文知からの学び」が注目を集めています。

今回フォーカスするのは、「SFプロトタイピング」。これは、SF的な奇想天外な未来を描くことで、今はまだ無い価値や事業を発想したり、そこから逆算して現在すべきことを考えたりするメソッドです。

newQでのプロジェクト/個人プロジェクトの両方で「SFプロトタイピング」のワークショップを企業に提供している美学者、批評家、SF研究者の難波優輝氏に、電通コーポレートトランスフォーメーション部の中町直太氏がインタビューし、「SFプロトタイピング」の特徴、ビジネスでの有効性について聞きました。

難波氏、中町氏

未来からやってきた、“手触り”があって心を動かすプロトタイプを作る

中町:「SFプロトタイピング」は、大手企業でも導入が広がっているビジネスメソッドです。とはいえ、SFがビジネスにどう役立つのか、疑問を抱く方も少なくないと思われます。はじめに「SFプロトタイピング」とはどのような手法か、ご説明いただけますか?

難波:「SFプロトタイピング」は、いずれ訪れるかもしれない近い未来、あるいは遠い未来からやってきた、“手触り”があって心に訴えかけるようなプロトタイプを作る実践的な手法だと考えています。目指しているのは、新しいサービスやプロダクトを作り出した結果、何が起こるのか発見し、表現すること。

その際、生み出すプロトタイプには“手触り”=心に触れてくる感じがあってほしいんです。自分たちが考える新しいサービスやプロダクトにはどういう価値があるのか、逆にちょっと嫌だなと思う理由は何か、感情におけるこれまでにない推論を引き起こすことが「SFプロトタイピング」の大きな目的です。

なぜSFなのかというと、ちょっと飛ばした未来を考えたいからです。フィクションによって未来を探索し、「私たちがこれをやれば、未来がもっと魅力的になるんじゃないか」と発想を広げたいんですね。未来を考えてフィクションの形にし、現実をどこまで近づけたいのかバックキャストしていく。そして、今はこれができるかなと考えていくのが「SFプロトタイピング」の基本的な考え方です。

SFイメージ

中町:お話を伺って、“手触り”がキーワードだと思いました。企業では、よく「数十年後の未来を描いてみよう」「その中で、自分たちはどんなビジョンを持ち、どんな事業・サービスを作れるだろう」と考えますよね。その手触りを感じるために、SFという形態を用いて未来を描いてみる。そういう手法と捉えていいですか?

難波:そうですね。手触りに加えて、“ドギマギ”も重要だと思います。例えば「男性も子どもを妊娠・出産できるようになったら、未来には“父子手帳”が普通になるかもしれない」と考えると、少なくない男性は今までの価値観が相対化されて、感情が動くかもしれません。今まで自分が当たり前だと思っていた価値観が再構築されていく瞬間に、ドギマギが起きる。「これまでにない違う価値の流れが入ってきたぞ」とドギマギするところに、面白さがあるように感じます。

中町:確かに、予想もしない未来を描くとドギマギしますね。そうやって、自分が培ってきた固定観念が覆されたところに、イノベーションが起きるのではないかと思います。

難波:それと同時に、技術先行で組み立てられていく世界に抵抗したい、技術の速度を追い越したいというモチベーションもあるような気がします。技術は、貪欲に進化していく生き物のようなもの。人間が意思を持って、こうした怪物をきちんと飼いならすことが重要です。そのために、「SFプロトタイピング」や哲学を考えることが必要なのだと思います。

中町:「数十年後にはきっとこんな技術があって、こういう世界になっているだろう」と予測するのではなく、本当に価値ある未来とは何かを考えていく。そこが最大のポイントなんですね。

難波:そうですね。“技術ドリブン”ではなく、“人間ドリブン”“生命ドリブン”で未来を探索することが大事だと考えています。

今はまだ存在しない、未来のユーザーを考える

中町:SFプロトタイピングに興味を持った企業は、難波さんにどのような相談を持ち掛けてくるのでしょうか。

難波:一つは「近い未来×倫理」のパターンです。ある大手企業では、要素技術の開発が進み、今にも実装できそうな段階にありました。でも、技術先行となると「本当にこの技術が人を幸せにするのか」「見落としていた不幸せはないか」と懸念が生じます。そこで、手触りのあるフィクションで確認したいというモチベーションから、「SFプロトタイピング」のご依頼がありました。作ったSF小説は、社内外でディスカッションを重ねるコミュニケーションツールとして使いました。

もう一つは「遠い未来×価値」のパターンです。より遠くの未来を捉え、「未来の事業はどうなっていくんだろう」と価値を探索するために「SFプロトタイピング」を行いました。

この二つが代表例ですが、「近い未来×倫理」「遠い未来×価値」のグラデーションの中で、いかようにでも組み合わせることができます。

中町:他のコンサルティングと比べて、「SFプロトタイピング」の独自性はどこにあるのでしょうか。新規事業の創出にはいろいろなアプローチがありますが、「SFプロトタイピング」の特徴を教えてください。

難波:一つは、デザイン思考との違いですね。デザイン思考は、今存在するユーザーにフォーカスして、今ある課題をどう解決していくかを考えるメソッドです。それに対し、「SFプロトタイピング」は“ポストヒューマン中心主義”。これは私の研究仲間でもある宮本道人さん(科学文化作家・応用文学者)の近著「古びた未来をどう壊す? 世界を書き換える「ストーリー」のつくり方とつかい方」(光文社)で提示された言葉ですが、まだ存在しない人間を中心に考えるということです。

10年後、20年後に向けてプロダクトやサービスを開発するとしたら、今とは世界の状況も社会制度も違うでしょう。今はまだ存在しないユーザーが一番喜ぶことは何なのか、その兆しを見つけ、プロトタイピングで手触りを想像し、価値を発見していくのがこの手法です。

例えば、今日本で暮らしている移民の方々をサポートするなら、「何に困っているんだろう」「どういうサポートが必要だろう」とデザイン思考を軸に考えるのが効果的です。一方、「この先移民が急増した日本では、どのような都市や教育制度の設計が可能だろうか」と、今はまだ存在しない人に向けたプランを考えるなら「SFプロトタイピング」が視野に入ってきます。そういった違いが大きいですね。

中町:今は存在しない人に向けるという考え方は、面白いですね。ただ、ビジネスにおいては成功確率を上げることが求められます。投資をしたからには、それなりの成果を上げねばならない。となると、「SFで未来を予測して本当に当たるのか?」と疑問を持つ方も多いと思います。

難波:おっしゃる通りです。ただ、「SFプロトタイピング」で求めているのは、未来予測ではありません。重要なのは未来を当てることではなく、感情が動いてドギマギし、新たな価値を発見すること。SFプロトタイピングを実践されているコンサルタントの樋口恭介さんの書名にあるように「未来は予測するものではなく創造するものである」(筑摩書房)なのです。つまり価値を探索するために、フィクションを使っているんです。どれくらい事業開発に役立つのか明確に数値化しにくいところではありますが、アイデアや発想、想像力は広がると思います。

中町:なるほど、「未来を当てるためのものじゃない」というのは大きなポイントですね。「こういう未来になる」という正解をSF作家が導き出すのではなく、SFという物語の力を使い、今存在しないどのような価値が生まれ得るのか探っていく。その作業が「SFプロトタイピング」なんですね。

難波:その通りです。そして「SFプロトタイピング」で価値を探索したら、次は未来と現在のブリッジを作るためにバックキャストしていきます。未来の事業開発のための大きなビジョンとして使うこともできますし、今できそうなことのヒントにすることもできます。その際、デザイン思考やシナリオプランニングを行うこともあるでしょう。こうした各ワークショップを組み合わせる良さは、以前ロフトワークさんと行ったプロジェクトでいっそう実感しました。

実はこれ、皆さんが普段からやっていることだと思うんです。例えば新しい考え方、新しい小説や映画に触れた時に、「これは今の問題にもつながっているな。じゃあ、こういうサービスを生み出せないかな」と考えるのは自然なこと。こうした思考を、意識的にやってみたらもっと面白くなるんじゃないかというのが「SFプロトタイピング」です。そう考えるとシンプルですし、「そういえば自分もやっていたな」と気づくでしょう。

部署の垣根を越え、未来を自由に語れる場

中町:「SFプロトタイピング」の意義、独自性については理解できました。ここからは具体的なプロセスについてお伺いします。「SFプロトタイピング」では、まずどんなことから始めるのでしょう。

難波:はじめにチームを作ること、そして目的を明確化することが重要です。「SFプロトタイピング」は、プロダクトデザイナー、デザインマネージャーなど、デザイナーにお声がけいただくことが多いのですが、そこに技術開発や営業の方を交えてチームを組成できるとより良いものになると感じます。皆さんはそれぞれの役職で現場の課題を意識されているため、いろいろな方をお呼びしたほうが意見が単純に一つにまとまらず、面白いものが生まれるんです。

目的については、今ある技術の倫理的課題を考えたいのか、未来の価値探索をしたいのか、一緒に話しながら設定していきます。最初に目的を考えておくことで、「SFプロトタイピングは楽しかったけれど、結局何に使うの?」とならずにすみます。

中町:ワークショップは、どのように進めていくのでしょう。

難波:千差万別ですが、newQで行う場合、最初に問いを立てるワークショップを行うことが多いです。それから「もしも」を考えるワークショップ、続いて参加者が作った作品についてレビューするワークショップを行います。この3本立てが多いですね。

例えば、食の未来を考える「SFプロトタイピング」を行うとしましょう。問いを立てるワークショップでは、まず「一人で食べることとみんなで食べることのどちらの方がいいのだろうか?」「料理って家でしなくちゃいけないのだろうか?」と考えていきます。とりわけ、価値に関わる問いを考えていくと議論が広がっていきます。例えば、日本においては、いまだに女性、特に母親に対して、家族の分の料理をしなければいけないというプレッシャーがありますよね。そうした制度の圧力にどう向き合うべきだろうかといったことも考えていくわけです。

そこから「もしも」のフェーズに移り、「もしもキッチンがなくなったら?」「もしも0歳の子どもでも料理ができるとしたら?」と、どんどん発想を広げていきます。さらには「もしも昔のように、みんなが共通のキッチンで煮炊きするようになったらどうだろう。それって面白いのかな?」など、いろいろな食の未来が浮かんできますよね。その中で、特に「これは私たちの事業やビジョンにつながるな」「手触りがあって心に触れてくるな」と思うものをいくつか選んで、参加者の皆さんに小説などのストーリーにしてもらいます。同時にSF作家も作品を作り、みんながそれぞれ考えたバラバラの未来像を提示していきます。

問いを立てるワークショップでは、「そもそもこれにはどういう価値があったんだっけ」と考えることになり、これまで当たり前だと考えていた価値や、疑問に思っていた世界観に問いを見つけることができる。すると、これまでの概念や価値がたわんで、違う意味や文脈が入ってくる。それがすごく面白いんです。そうやって皆さんに一回不安になっていただいたところで、「もしも」を考える。

その際、もちろん差別的な発言やジェンダー不平等な発言に対しては許容しませんが、今の常識から外れるような風変わりな考えも自由にどんどん話してもらいます。それを作品として定着させると、また会話が広がるんですよね。そうやって価値を揺さぶられつづけるのが「SFプロトタイピング」の楽しさです。

ワークショップのステップ

中町:それは面白そうですね。ただ、ワークショップの参加者は、小説を書いたことがない方が大半だと思います。「え、私が書くの?」となりませんか?

難波:もちろんなります。そこで私がお伝えしているのは、「物語にこだわらなくていい」ということです。小説である必要はなく、未来の家電説明書でもパンフレットでも、あるいは未来の市役所から来た手紙でもかまいません。未来の新聞の見出しでもいいし、未来の人がSNSでつぶやきそうなことを考えてもいい。

SF小説を書くにしても、ヤマもオチもなくていいし、長さも規定しません。目的は優れた小説を書くことではなく、手触りのあるフィクションを作り、感情や価値観を刺激することです。そのためなら何を作ってもいいと伝えると、「それならできそうだ」となります。実際、最初はどうしようかな、と悩んでいても、いざ書いてみるとみんなで楽しんで進めていけます。「この可能性は考えてもみなかった」というアイデアが次々生まれるので、とても楽しいですね。

中町:アウトプットにもバリエーションがあるんですね。そうなると、だいぶハードルが下がりそうです。では、創作したSF作品から、現実にバックキャストするプロセスについて教えてください。

難波:重要なのはそのあとのリフレクションです。当初の目的にもよりますが、デザイン思考的なワークショップをしたり、アウトプットとしてサービスの企画提案をしたりするところまで伴走することもあります。

中町:「SFプロトタイピング」で価値を探索し、その後は現実に戻って事業やサービスに落とし込むために必要な作業を行っていく。そこからはオーソドックスなプロジェクトに戻ってくることになりますが、みんなで一度未来の価値を探索してから取り組むとワクワク感やモチベーションがまったく違ってきますよね。ブレイクスルーのために有力な手段だと思いますし、みんなの心のバイアスを取り除き、制約を解き放つ役割がありそうです。

難波:企業が大きくなればなるほど、デザイナーと研究者はコミュニケーションの機会が少なくなってしまうケースが多いと感じます。その中でチームメイキングをして、SFという全員にとって変なものについて話す。本質的に、未来とは誰にとっても分からないものです。だから間違いを気にせず安心してどんどん会話が進んでいく。いろいろな視点が盛り込まれたクールだったりユーモラスだったりするアウトプットが生まれる。未来を探索するプロジェクトを始める際に「SFプロトタイピング」を行うことは重要だと感じます。

中町:「SFプロトタイピング」の副次的効果として、インナーコミュニケーションも促進しそうです。

難波:そうですね。それはメインの効果でもあります。新しい事業を作る際、「未来を自由に語っていい」という安心感が必要です。未来を語る心理的安全性を担保する機能は、「SFプロトタイピング」の本質的な価値の一つではないかと思います。

ワークショップ

「SFプロトタイピング」で、パーパスと事業のブリッジが見えてくる

中町:「SFプロトタイピング」を行うと、企業のパーパスも見えてくると思います。今あらためて、企業の存在意義、パーパスを規定し直そうという動きが増えていますよね。とはいえ、パーパスは普遍性のある企業理念として作るものですから、どうしても抽象度の高い言葉になります。

標語としては美しいものの、社員にどう浸透させるか、パーパスをもとにどうやって新しい価値や事業を生み出すのかという点に課題があります。そこで役立つのが、「SFプロトタイピング」だと思いました。抽象度が高い問いをもとに、未来に向けてどういう価値が作れるか、みんなで「SFプロトタイピング」してみると、自分たちらしい未来の作り方が見えてくると思いますが、いかがでしょうか。

難波:個人的な解釈ですが、パーパスは「世界人権宣言」のようなものだと思うんです。人権宣言には人類普遍の原理が書かれていますよね。ただ、そこには次に何を変えればいいのか、何をすればいいのかということはあまり書かれていません。第六条に「すべて人は、いかなる場所においても、法の下において、人として認められる権利を有する」とある。ですが、「人として認められる」とはどういう制度において可能なのかは私たちの解釈と実装に委ねられている。

こうした「世界人権宣言」のような理念やパーパスの解釈は、その時々で変化していきます。パーパスも一つの作品であり、それを読んで「私たちはどうすべきだろう」と問いを立てていくためのものでしょう。

中町:パーパスをどう解釈し、どのような行動を取るのか。制約を解き放ち、未来の会社をシミュレーションするツールとしても「SFプロトタイピング」が有効だと思いました。パーパスを作った企業には、ぜひその次の一歩として「SFプロトタイピング」をおすすめしたいですね。

難波:さらに、「SFプロトタイピング」をする中で、パーパスをアップデートしたり、新しいパーパスの萌芽を考えたりすることもできると思います。パーパスの後にも先にも、プロトタイピング的な思考は役立つと感じます。

中町:パーパスは、創業以来企業が培ってきたDNAを振り返り、未来を見つめて作っていくものです。「SFプロトタイピング」では、必ずしも未来に飛ぶだけでなく、過去や原点に立ち戻って価値を探索することもできますよね。新しいことを生み出す時の頭の使い方、思考のプロセスについて、ヒントが得られそうです。今日はありがとうございました。

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