海の課題解決をビジネスチャンスに~「ブルーオーシャン・イニシアチブ」の挑戦No.1
宇宙よりも身近なフロンティア、“海”の神秘と危機に立ち向かう!
2023/08/29
海は、私たち日本人にとって、もっとも身近にあるフロンティアです。多種多様な魚たち、レアメタルやレアアース……。さまざまな水産資源を内包する、まさに“可能性の宝庫”。にもかかわらず、いまだほとんど開拓されておらず、その大半が謎に包まれたままです。近年は、海洋プラスチック、違法漁業、気候変動など地球規模の緊急性の高い社会問題が海を取り巻くとともに、その豊富な資源や可能性が、謎のまま、大きく変容したり失われたりしつつある状況です。
この危機的な状況を打開すべく2023年4月に立ち上げられたのが、海の保全と繁栄の両立を目指した経済界の共創アクション・プラットフォーム「ブルーオーシャン・イニシアチブ」(BOI)。企業、スタートアップ、アカデミア、金融セクター、自治体、漁業関係者、NGO/NPOなどがタッグを組み、事業開発を通じて社会解決に挑むのが大きな特徴です。「海の万博」といわれる2025大阪・関西万博をマイルストーンに、2030年SDGsゴールをターゲットに活動しています。
海が直面している引き返せない危機とは?海の魅力、ブルー・エコノミーの可能性、海と宇宙の類似点とは……?BOI理事の角南篤氏(笹川平和財団理事長)と、BOIのファウンダーであり、統括プロデューサーである電通の小宮信彦氏が語り合います。
<目次>
▼宇宙より身近なフロンティア。いま、海が大きな危機に直面している
▼国連が定めたシンプルで明確な目標、「7つの海」とはなにか
▼必要なのは、海の魅力と夢を発信すること。宇宙開発と並ぶビジネスフロンティアへ!
宇宙より身近なフロンティア。いま、海が大きな危機に直面している
小宮:まずは、角南理事長が考える“海”や、海が直面する危機、海外と日本の意識差についてお聞かせください。
角南:私にとっても海は、「もっとも身近な未知の世界」です。地球上にある宇宙というか、ファンタジーというか。あまりにもミステリアスで、謎が多く、不思議で、かつ興味深い世界だと感じています。なぜなら海は、100メートルも潜れば、もう未開の地なわけですから。その先には確かに深海の世界というものが存在しているのに、それがどんなものなのかは、ほとんどわかっていないんですよね。宇宙よりずっと身近に存在していて、人間との関わりが深く、しかもほとんどすべての生命体の秘密が隠されているのに、いまだに手が届かない。なにか、太古からのメッセージを感じるような、夢やロマンが詰まった場所だと思います。
小宮:昔からフロンティアであり、いまもまだフロンティアであり続けるような……。なんとも心惹かれる世界ですよね。
ところが、その海がいま、引き返せないほど大きな危機に瀕(ひん)しています。悲劇的な量の海洋プラスチックごみにより海が汚染され、海の生物が被害を受け、そして急激に進む気候変動によって、生態系は大きな変化にさらされています。他にも、乱獲によって多くの魚が絶滅の危機に瀕するなど、その問題は枚挙にいとまがありません。世界的に危機感が広がっているように感じます。
角南:そうですね。海の問題は、いまや世界的なメジャートレンドだと思います。ダボス会議の会長を務めるクラウス・シュワブ 氏や、経済界のリーダー、学者、セレブリティ、インフルエンサー、あらゆる人々が世界で、海についての問題や状況を発信している。世界のリーダーたちは、非常に感度高く、積極的に活動をしているように思います。世界の関心度が高いため、ファンドもしっかりと集まって、より広範な活動や、技術、ビジネスにつながっているような印象です。
小宮:一方で日本を見てみると、まだまだ海の問題に対する関心度が高まっていないような気がします。この辺り、角南理事長から見ていかがでしょう?どのようなところに理由があり、どんな動きが必要だと思われますか?
角南:日本の場合は、海が身近すぎてトレンド化しにくいんじゃないかと思います。多くの地域が海に面していて、漁業や、海にまつわる仕事をしている人があちこちにたくさんいらっしゃる。ですが、海の資源がある状況が当たり前すぎて、逆に関心を持ちにくいのだと思います。そういう現状が影響しているんじゃないかと思います。
あとはね、意外と海に入らない。よく「沖縄の人は海水浴しない」なんて言いますけれど、沖縄だけでなく全国的に、いつでも行けると思ってしまうからか、海で泳ぐ機会が少ないように思います。
海が身近すぎて、当たり前すぎるから、なかなかメインストリーム化していかない。そんなこんなで気付いたら、海外とのギャップがかなり広がってきたなという感じがします。
そろそろ私たちも本気で感度を高めないといけません。海外がどういう形で海の問題をメインストリーム化しているか、どうやって海に関わる人たちの生活を守っているか、そういったことをよく見て、行動しないと、グローバルトレンドのなかで置いて行かれてしまう。危機感を持って、海洋国家である日本が、日本のなかから動き出さないといけない、そういうフェーズに来ているんじゃないでしょうか。
国連が定めたシンプルで明確な目標、「7つの海」とはなにか
小宮:日本が海の問題についてアクションを起こすために、必要なこと、目指すべきこととは、どんなことなのでしょうか?なにかヒントがありましたら教えてください。
角南:私が目指すべき指針だと考えているのが、「国連海洋科学の10年」(※1)という提案に盛り込まれている「7つの海」という目標です。世界の海に対する要望がまとめられていて、とてもいいことが書かれている。世界のトレンドがぎゅっと凝縮された、わかりやすく、明確な目標なので、まずこれを多くの人に知ってもらって、国民で共有しなきゃいけないと思うんですよね。
※1=国連海洋科学の10年
UNESCO政府間海洋学委員会(IOC)が素案を作成し、国連総会に提案。2017年の第72回国連総会における「海洋及び海洋法」に関する一括決議に、2021年から2030年までの期間を「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」(国連海洋科学の10年)と宣言することが盛り込まれ、決議された。
具体的に説明しますと……。まず1つ目の目標が「A clean ocean」です。プラスチックごみをはじめとするさまざまな問題を解決し、きれいな海を目指しましょうということが掲げられています。
2つ目が「A healthy and resilient ocean」。健全かつ回復力の高い海を目指そうということですね。海というのは、もともと自ら回復する力が高い場所なんです。ただし、乱獲などで回復する環境を絶やしてしまうと2度ともとには戻らない。ですから、回復する環境をしっかり残そう、そういう海にしようねということが書かれています。
3つ目が「A productive ocean」(生産的な海)で、4つ目が「A predicted ocean」(予測できる海)です。これは、新しい技術やサイエンスを採り入れて、イノベーションを起こそう、海を理解しようということをうたっています。それができれば、当然、漁獲量や輸送などさまざまなことを知り、管理できるようになって、生産性が上がり、開発途上国を含め、多くの国や人々が海の恩恵を受けられるようになる。いま世界は、海洋科学の取り組みや研究を推し進めていて、こういう根本的なことをやろうとしているのです。ですから、これから海洋科学が非常に重要になってくると思いますね。ここから投資や新しいビジネスが生まれ、本当の意味でのブルー・エコノミーにつながるものと私は考えています。
5つ目の目標が、「A safe ocean」です。海にまつわる人や生き物の生命を守るといった安全保障的な意味合いで、防災、環境保全などをしっかりやっていこうということを掲げています。
続く6つ目は、「An accessible ocean」です。全ての人々がデータ、情報、技術、イノベーションに平等にアクセスできる、そんな開かれた海を目指していこうということが掲げられています。これが実現すれば、どの魚がどこでとれるかといった情報を共有したり、協力したりしながら安定的に漁業で生活ができるようになります。マグロの一本釣りのような一攫千金を狙う形式のビジネスモデルではなく、永続的に暮らせるようなモデルが実現する。持続可能な社会や暮らしの一助になる項目だと考えています。
そして、7つ目。私はこれがもっとも重要だと思っているのですが、「An inspiring and engaging ocean」、夢のある魅力的な海という目標で締めくくられています。やっぱりね、夢がないと、やる人が出てこないわけですよ。海に関わることって、夢があって、魅力的だなと感じてもらわないと、そういう人を増やしていかないといけません。
これら7つの目標を、まずはより多くの人に知ってもらうということがスタートですね。そこから、1つ2つじゃなくて、全部実現するということを目指していく。それが、BOIや日本が歩むべき道筋なのではないかと思います。
必要なのは、海の魅力と夢を発信すること。宇宙開発と並ぶビジネスフロンティアへ!
小宮:冒頭で「日本は海の問題に関して取り組みが遅れている」というお話がありました。逆に進んでいる部分はないのでしょうか?日本は、海に囲まれた島国です。海洋国家として、長きにわたって、技術や知見を培ってきました。恐らくなにかプレゼンスを発揮できるようなことがあるのではないかと思うのですが、角南理事長はどのようにお考えになりますか?
角南:それはもう、たくさんあると思いますよ。例えば寿司です。寿司という文化自体が、海外に向けて非常に影響力のある産業だと思うんですよ。ところが、海外のスーパーに並んでいる寿司と、日本の漁業はつながっていない。海外の寿司に使われている養殖サーモンを守ろうということで国際的な会議が行われたりしているのですが、日本はなかなか自分事化できないのか、全然参加をしていないのです。こういうところに日本が参加してリーダーシップをとれば、それはものすごいインパクトなんじゃないかと思いますね。
ほかにも、魚の保存、輸送、四季の魚を味わう文化などなど、日本は本当にすごい技術やノウハウを持っています。こういうものを日本国内で閉じるのではなく、グローバルビジネスのメインストリームで展開する。世界の動きをいち早くキャッチし、もっと考えて、世界規模でリーダーシップを取れば、大きなプレゼンスを発揮できると思います。
小宮:なるほど。海にまつわる技術や知見だけでなく、文化としての蓄積が日本のビジネスの強みになるわけですね。確かに、他の国にはない価値を提供できそうです。
角南:そう、下地や可能性はたくさんあるんですよね。だからこそ、アクションする企業や人を増やし、イノベーションを起こさなくてはいけません。
いま、私が関わっている宇宙関連の協議会には、100社近い企業が集まっているんです。いままで宇宙と関連していなかったような企業やベンチャーが、例えば、宇宙農業だとか、宇宙食だとか、頭に「宇宙」を付けて、いろんな形で参加してくれています。ここに来るまでに、失敗や挫折、宇宙開発の縮小など、本当にいろいろなことがありました。しかし関係者が、あきらめずに努力し続けた。宇宙の魅力を発信し続け、夢を伝えたからこそ、今日の盛り上がりがあるのだと思うのです。
同じように、海も盛り上げていかないと。海の謎に挑戦したい、海洋科学に関わりたい、海って面白そう、海に関わることが楽しくて仕方ない、そう思ってくれる若者を増やさないといけないんじゃないかと思っています。
小宮:そういう意味でも、2025年の大阪・関西万博は大きなトリガーになりそうですね。大阪湾に面した人工島の上で開催されるというのもあって、「海の万博」と呼ばれ、注目されていますし。多くの企業やスタートアップが集う共創ビジネス・プラットフォームであるBOIも、具体的なアクションを加速していく予定です。
角南:日本から世界に向けて、7つの海、海の魅力と夢、アクションプランなどを発信する、非常に重要な場ですからね。本当にここで動かないと。これがきっかけになり、本気で日本から、海洋問題を変えていくのだという機運が高まればいいなと思っています。多くの企業がBOIに集い、本気で取り組んでいただくことを期待しています。