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海の課題解決をビジネスチャンスに~「ブルーオーシャン・イニシアチブ」の挑戦No.2

海の国・日本から、「海と社会課題の解決」「金融とSDGs」について考える

2023/10/05

いま、海は、海洋プラスチック、違法漁業、気候変動など、地球規模の緊急性の高い社会問題に直面しています。豊富な資源があるにもかかわらずまだまだわからないことも多く、あらゆる面で研究途上のまま、その可能性が、大きく変容したり失われたりしつつある状況です。

対馬の海岸
2023年の対馬の現実。2050年には海にいる魚の重量よりも海洋プラスチックの重量が上回るといわれている。(エレン・マッカーサー財団/世界経済フォーラム)

ブルーオーシャン・イニシアチブ」(BOI)は、この危機的な状況を打開すべく2023年4月に立ち上げられた、海の保全と繁栄の両立を目指す経済界の共創アクション・プラットフォームです。「海の万博」といわれる2025大阪・関西万博をマイルストーンに、事業開発を中心に据えて、1社ではなく、企業連合で社会課題の解決に挑んでいます。

海の可能性はどのようなところにあるのか、社会課題の解決と金融との関係や、海にまつわるビジネスを行う上での日本企業の優位性とは……?今回は、「海と社会課題の解決」「海と日本企業」をテーマに、BOI理事であり渋沢栄一氏のやしゃごとしても知られる渋澤健氏(シブサワ・アンド・カンパニー/代表取締役CEO)と、BOIのファウンダーであり、統括プロデューサーである電通の小宮信彦氏が語り合います。

渋澤氏と小宮氏
シブサワ・アンド・カンパニー/代表取締役CEO 渋澤氏(左)と電通 小宮氏
<目次>
日本の海は広く、多様性に富んでいる!

「共存共栄」「足るを知る」。日本的な考え方が、社会課題の解決には欠かせない

社会課題と金融の関係はどうなる?ポストESGとして注目される「インパクト」とは?

大切なのはパーパスと興味関心。「論語と算盤」の精神で、より良い社会へ


 

日本の海は広く、多様性に富んでいる!

小宮:まずはざっくばらんに、海のサステナビリティや、海とビジネスについてお感じになっていることをお聞かせください。

渋澤:いま、「海」というキーワードを聞いてパッと思いつくのは、やはり2025年の大阪・関西万博ですよね。万博というのは、世界に向けて、いまこの時代に産業として大切なことはなにかということをお伝えする大切な場です。そういう場で、海洋国家である日本から、海についての可能性や発展性について発信する。これは非常に意義深いことだと感じます。

なぜ日本が海洋国家といわれるのか。それは、日本の海が“意外と広い”からなんです。日本の国民も海外の人々も、「日本というのはとても小さな島国だ」というイメージを持っていると思うのですが、実は、領海を含めた「排他的経済水域EEZ」の面積は、約447万平方キロ。国土の約12倍の広さを誇っており、これは世界で6位の大きさなのです。

しかも日本は、縦に細長いでしょう。北海道から沖縄まで、地形、生態、文化など、あらゆる面でのダイバーシティがある。海の恩恵を存分に受け、そして今後も、その可能性を追求し発展させることができる立場にあると思うんですよね。

だからこそ、日本が、万博をきっかけに、海の社会課題について発信することに意味がある。日本発の、海についての世界へのメッセージということで、大いに期待をしています。

小宮:なるほど。「EEZの面積が世界で第6位」「縦に細長い形をしているがゆえに多様性に富んでいる」と聞くと、日本が海洋国家といわれるゆえんや、海と関わりが深いことがよくわかりますね。では、サステナビリティという点ではいかがでしょうか?日本と海、もっというと、世界と海や人間と海。海との関係性というのは、これからも結んでいけると思われますか?

渋澤:それはわかりません。特に日本人はこれまで、海に甘えすぎてきたのではないでしょうか。「母なる海」「偉大な海」だなんて言いつつ、かなり無理をさせてきました。海に無理をさせてきたからこそ栄えてきたわけで、そろそろ、感謝をしつつも責任をとらないといけないフェーズに入っていると思いますね。

「Save The Planet」という言葉があまり正確じゃないと思っています。地球は人類が絶滅した後でも、ずっと残っている。われわれがやらなければいけないことは、「Save The People on The Planet」。これが、より正確な表現なのではないかなと思います。

未来の地球が人間のいない星になるのか、人間がいる星であり続けるかは、われわれ次第です。特に、今後は、人口が多く開発途上であるグローバルサウスの国々が急激に成長してきます。ここに大きな経済的可能性があるわけですが、一方で、先進国と同じようなことをやっていたら、さらに地球に無理をさせてしまうというリスクもある。このままだと、いずれ確実に、PeopleはPlanetに住めなくなってしまうのです。

そして、こういう局面だからこそ、日本の持つ技術や知見が役立つと思うんです。日本が海洋国家として培ってきた技術や知見、マインドなどを生かしつつ、多くの国々と協力して、「海を守りながら経済発展を進めていく」、そういうことをしていかなければならないのだと思いますね。

「共存共栄」「足るを知る」。日本的な考え方が、社会課題の解決には欠かせない

小宮:「海を守りながら経済発展を進めていく」ために生かせる日本の技術やマインドとは、どのようなものだとお考えでしょうか?

渋澤:海を制覇するのではなく、海と共存する。そういった考え方や、ほど良い緩さが、国際社会においても役立つのではないかと思います。

ちょっと海の話から離れてしまうのですが、先月、「希少性における新しい経済モデルを考えましょう」といったテーマの講演会に呼ばれて、フランスに行きましてね。そこで、話のまとめとして、「日本には『足るを知る』という言葉がある。現状に感謝するということに加え、自然の制覇でなく共生することを良しとしている国なんです」「そういうことを(特に日本人が)忘れるべきじゃないですよね」といったようなお話をしたんです。そうしたら、大変、大きな拍手をいただきまして。あ、これは日本だけでなく、世界に通じるメッセージなんだなと感じました。

日本人は昔から、足るを知って、もともとあるものを生かし、新しい価値を生み出すのが得意です。思えば、SDGsという言葉が登場するだいぶ前から、エコという言葉を使って、リユースやリサイクルに取り組んできました。再生可能エネルギーやハイブリッドシステムなど、なにかとなにかを組み合わせた仕組みについての技術力も高い。いい意味で曖昧といいますか、しなやかさがあるところがいいんだと思うんですよね。

会議やなんかの進め方も独特で、白黒バチッと決めるのではなく、曖昧な部分を残しながら、みんなの合意を取りつつ、ゆっくりゆっくり進めていきますよね。なかなか進まないのでイライラしてしまうときもありますが、そうして進むと、「あっちがダメならこっちをやってみよう」「ちょっと戻ってみよう」「あの人の意見を試してみよう」などと、たくさんの選択肢が生まれます。想定外のことが起こった際に、柔軟に進められる。そういうところが、日本や日本企業ならではの強みなのではないかと思います。

渋澤氏

小宮:冗長性が生まれるというわけですね。そういえば、日本は、100年続く老舗企業が世界でもっとも多い国だといわれていると聞いたことがあります。100年続くということは、まさに、あるものを生かし、共存しながら、新しい価値を創出し続けているということ。日本人や日本企業には、独特のしなやかな強さや適応力があるのでしょうね。

渋澤:おっしゃる通りだと思います。冒頭で、「日本が海について発信することに意義がある」と申し上げたのですが、それは、日本が主導権を取るとか、そういうことではないと思っていまして。日本が音頭を取ることで、なにかこう、いろいろな国々がともに繁栄するような、唯一無二の、海に関する循環型のモデルが作れるのではないかと思っています。

社会課題と金融の関係はどうなる?ポストESGとして注目される「インパクト」とは?

小宮:ここからは、渋澤さんの専門領域である金融についてお聞かせください。ここ10年ぐらいで、急速にCSVやESGという概念が浸透し、企業に対する投資の在り方が変わってきました。金融機関が、CSV、ESG、社会課題の解決といった部分に注目し始めたきっかけや背景について教えてください。

渋澤:ESGは、国連の議論が発端である概念です。旧来型の売り上げや利益に注目した資本主義経済の在り方ではどんどん地球に負荷がかかり悪影響を与えてしまい、やがて立ちゆかなくなるということがわかってきた。それで、「社会課題の解決」というもう一つの軸を立てましょうということになりました。

ところが、「社会課題の解決」というのは、非常に評価が難しい。売り上げや利益のように数値で見えるものではないので、「いいことやりました」「がんばりました」と情報開示をして終わってしまうことが多かった。こうなるともう、やらされ感ですよね。「行政からいわれたのでやっています」「投資家からいわれたので情報開示をしています」という感じで、企業にとっては受け身スタンスだったと思います。

そこで登場したのが、ポストESGといわれる「インパクト」という考え方。リスク(不確実性)・リターン(収益性)という2次元の価値の可視化に加え、インパクトという3次元の軸に対して、きちんと目標を設定し、効果を測定するというやり方です。単にいいことしてますと情報開示をするのではなく、「〇年までに△を目標にして、これをやります」「現在の数値はこう」「達成できた・できていない」といったことを、明確に示そうという概念なんですよね。

これまで二次元だった評価が三次元になると複雑感が増すでしょう。ただ、われわれは三次元の世の中に立体的に暮らしているわけで、目新しいものではない。企業側も、財務的な価値だけでなく、環境・社会的なインパクトで価値が可視化され、しかもそれが投資対象になるということで、より能動的・主体的に取り組むようになる期待を持っています。

小宮:なるほど。財務的な価値だけでなく、非財務的な価値を可視化して評価しようという考え方なんですね。日本でも浸透しつつあるのでしょうか?

渋澤:日本にESG投資の考え方が国連から発されたのが東日本大震災の少し前のことでした。当時は経済がボロボロで、正直、多くの企業や金融機関が「地球の未来より明日の生活」みたいな状況に陥っていたと思います。そのような状況でもありました。また、「皆さん、ESG、ESGとおっしゃりますが、質問されるのはG(ガバナンス)だけなんです」と嘆く企業もいらっしゃいました。まあ、Gができていなければ、E(環境)S(社会)ができるわけがないですが。。

ところが、2015年に日本株式の最大のオーナーであるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が国連発のPRI(責任投資原則)に署名したことで「本気」を示したことで、日本企業も動き出しました。

ただ、日本には昔から「三方よし」という考え方がありますから。「売り手よし、買い手よし、世間よし」。これは、まさに、ESGやインパクトに通ずる概念だと思うのです。もし議論をもっと深掘りして、三方よしをきちんと測定して目標を設定できていますということを日本から発信できれば、それは世界に通じる、本当にグローバルな、大事な価値観になると思います。

大切なのはパーパスと興味関心。「論語と算盤」の精神で、より良い社会へ

小宮:ESG投資やインパクト投資によって、事業としての社会課題の解決が目指されているように思います。本業を通じて、主体的に、社会をより良くするためのサービスや商品を提供する日本企業も増えてきました。そこで気になるのが、この動きの本気度です。こうした流れに、企業は、どのぐらい本気で向き合っているのでしょうか?

小宮氏

渋澤:そこは企業によりますね。経営者次第、従業員次第だと思います。ひとつお伝えするとしたら、「パーパスが大切だ」ということでしょうか。投資家は「投資してほしいから課題解決がんばります」みたいなイケてない企業には投資したくないわけです。

「私たちの存在意義はこれ!」「だからこの事業で、これこれこういうふうに社会課題を解決する!」、そういう強い意志や思いがないと、なかなか本気の動きにはなっていきません。さまざまなステークホルダーと議論し、思いを共有して、原点に戻り、そして未来のことも考える。温故知新の考え方が必要だと思いますね。

もうひとつ、長期的に考えることも大切です。いまもうかることも大切ですが、地球が生き、人が生き、持続可能に、長くきちんと収益が上がるような仕組みを考えないといけないと思います。

小宮:志を大切に、長期的な目線で、事業や経営を考えていくということが大切なんですね。ここまでいろいろなお話をお聞きしてきて、海と日本の関係性、社会課題の解決における日本の立ち位置とはどうあるべきか、金融の動向などがよくわかりました。

その上で、改めてBOIについて考えてみますと、BOIって、まさに日本的な共創の場なんですよね。社会課題を解くときに、1社では無理だと思っていて。いろんな企業、いろんな人が、ともに知恵を寄せ合い協力し合う場が必要だと思い立ち上げました。ただ、そこで活動が閉じてしまったらあまり意味がないと思うのです。参加企業には「人々が理解しやすい、わかりやすい活動をたくさんつくって、さらに広げていきましょう」とお話ししています。

渋澤:とてもいいですね。小難しいことも含めていろいろとお話ししましたが、結局、こういうことって、興味とかワクワク感だと思うんですよ。「あの海の底に何があるんだろう」とか、「この流れはどこに行くんだろう」とか、多くの人々が興味を持って問いを立てていくことで深まっていくと思うんですよね。とことんWhyを追求してほしい。そして、深海の謎やまだ見ぬ資源の活用法などを解き明かし、海との共存の道筋や可能性を、好奇心を持って探し続ける、そんな場になることを期待しています。

私の祖父の祖父である渋沢栄一が、いまから100年以上前、日本が豊かになり始めたときに「論語と算盤」という本を出しました。「豊かにはなってきたけれど、このままじゃダメだよね」「論語(志や倫理観など)だけでも、算盤(経済的利益など)だけでもダメ。より良い社会のためには、“論語『と』算盤”が必要なんだ」というようなことが書かれていて、まさに現代に通ずるところがあると思っています。いまいちど論語と算盤の精神で、人任せにせず、主体的に、コレクティブに。BOIの活動や社会課題の解決が進むことを願っています。

渋澤氏と小宮氏
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