TikTokの活用法最前線~Z世代の利用実態からマーケティングソリューションまで~No.1
TikTokの革新性とショート動画のこれから
2023/10/10
「ショート動画」と呼ばれる数十秒程度のフォーマットがユーザーから広く受け入れられています。TikTokやYouTube Shorts、Instagram Reels、LINE VOOMなど、多様なプラットフォームがサービスを展開し、この領域でしのぎを削っています。
本連載では、電通メディアイノベーションラボ・天野彬氏が、自身の近著や業務で得た知見などから、ショート動画を中心としたSNSマーケティングについての知見を発信していきます。
初回は、改めていまなぜショート動画なのか、そして、TikTokに代表されるサービス群が広く受け入れられている理由はなぜかを考察します。
天野氏はSNSのマーケティング活用や若年層のトレンドについての研究開発・コンサルティングを専門としており、最近では「TikTok Solution Lab」という社内横断組織でプロジェクトリーダーを務めています。2022年には、「新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―」(世界文化社)を上梓(じょうし)しました(リリースは、こちら)。
TikTokの平均視聴時間・利用回数は伸長し、広告・課金メディアとしても成長
2023年9月時点で、TikTokの日本国内のMAU(※1)は約2700万人(AppAnnie調べ)。18~24歳が約3割、25歳以上が約7割で、ユーザーの平均年齢は30代半ばとなっている。ユーザーの平均視聴時間は約70分で一日に10回程度利用している(TikTok for Business調べ)。一つひとつはショート動画でありながら、セッション(※2)全体としては非常に長いものになっている。
アプリ版は世界でダウンロード数35億回を突破し、MAUは10億人超の水準だ。アメリカ国内では2021年に利用時間がYouTubeを超えており、同年、Googleを抜いて世界で最もアクセスされたドメインに認定された。
2024年にはYouTubeの広告収入を超えるという予測があり(Insider Intelligence調査)、アプリ内購入(IAP: In App Purchase)においてもTikTokは代表的なソーシャルメディアの合計額を上回る(Apptopia発表)。
これらのデータからも、膨大な数のユーザーが日々多くの時間をTikTokに費やしていることがわかる。それにともなって、広告費や課金費用など市場も右肩上がりになっているのだ。
※1 MAU(Monthly Active Users):月間のアクティブユーザー数。
※2 セッション:アクセスの開始から終了までの一連の通信のこと。
ユーザーがTikTokにハマる3つのポイント
TikTokはなぜここまで受け入れられるようになったのか?下図をもとに、3つの視点から、従来のサービスでは実現されなかった秀逸なポイントが存在することを解説する。
(1)サービスの使い心地の良さ
スマホに最適化された設計で、オーディエンスがショート動画の閲覧から選別までストレスなく、かつ長時間見られるような優れたUXを備えている。クリエイターにとっては、動画を作る機能が洗練されていることや、表現の裾野が広いことが価値になっている。
(2)UGC(※3)の面白さ
(1)によって多くのクリエイターが優れた動画を作る場になっている。また、インフルエンサーの1次創作を編集した「切り抜き動画」など、クリエイティビティのすそ野が広い。
(3)秀逸なアルゴリズム
ユーザーに対するコンテンツマッチングの精度が高い。投稿した面白い動画がうまく流通する仕組みがある。
なお、ショート動画というフォーマット自体は、そう新しいものではない。2010年代前半には、既にVine(アメリカのショート形式の動画共有サービス)などが人気を得ていた。当時と現在のショート動画ブームとの差異としては、「スマートフォンの普及率」「通信環境の改善」、そしてやはり「サービス自体の進化」が挙げられる。
TikTokにおいては、特にレコメンドアルゴリズムの存在が大きいと言える。ユーザー自身も予想していなかった興味深いショート動画と出合えるその発見性ゆえに、私たちは「おすすめ」を信頼し、日々継続してTikTokを見るモチベーションを得ている。
ここで重要なのが、2022年の流行語として各所で注目を集めた「タイパ(タイムパフォーマンスの略)」の概念だ。費用対効果を意味する「コスパ(コストパフォーマンス)」からの着想による新語だが、際限なく増加し続ける情報流通量に対して私たちの可処分時間は有限なので、必然的にタイパ(時間対効果)を求めてしまうというわけだ。
タイパが良いとは、端的にいえば、「面白い箇所や有用な箇所にすぐ到達する」ということである。
ショート動画のタイパの良さは、テーマの提示(ツカミ)から結論(オチ)までの時間が短くなるようなプロットのもと制作されている点にある。ショート動画クリエイターは、つまらないシーンを1秒でも挟んでしまえば、そこでスワイプ(離脱)されてしまうことを熟知している。
誤解してはいけないのは、ユーザーにとって「コンテンツそのもの(数十秒)」のタイパの良さだけが重要なわけではないということだ。つまり、「そのセッション(数分~数十分)を通じてどんなコンテンツと出合えたのか」という、いわば線的な体験にこそ、タイパを求めるようになっている。
この2つはタイパという言葉でまとめられがちなところだが、前者はコンテンツの作り方の問題であり、後者はアルゴリズムの精度によって担保されるものという違いがある。
では、ここまで論じてきたTikTokのアルゴリズムとは、どんな仕組みなのだろう。サービスの競争優位性に関わるため詳細が公表されているわけではないが、基本的には、2つの指標で動画の良しあしを判断していると考えられる(ショート動画サービス一般でも同様)。
第一の指標は、視聴時間・視聴完了率だ。興味がない/つまらないと感じる動画を即座にスワイプできるTikTokのUIにおいて、長く見たか、最後まで見たかというデータは重要なシグナルになる。
第二の指標はユーザーエンゲージメントだ。これは、いいね、コメント、保存、動画シェア数など、ユーザーが起こしたアクションの多寡を指す。
レコメンドアルゴリズムは頻繁にチューニングされているので、各要素の加点バランスまではわからないものの、上記のような考え方にのっとって構築されている点はおおむね共通認識となっている。それは、アルゴリズムのゴールが「ユーザーが、より長い時間プラットフォームを利用すること」にあることからも不自然ではない。
アルゴリズムが私たちの発見を手助けする時代。それは言い換えれば「コンテンツがユーザーを発見する」情報環境へのシフトだ。といっても、私たちが能動的に情報・コンテンツを探すことがなくなるわけではないし、現にTikTokは検索結果にGoogleのリンクを表示する機能追加のテストを米国で行っている。それらは不可分なものとして共存しながらも、総体として情報流通量が増加し続ける中でコンテンツディストリビューションがますます機械化(おすすめ・レコメンド)されていくというトレンドは不可逆的である。
※3 UGC(User Generated Contents):一般ユーザーによって制作・生成されたコンテンツ。
ショート動画のこれからをめぐるシナリオ
ショート動画がいかにマーケティングやプロモーションの領域でも欠かせなくなっているかについては、次々回の記事で「TikTok売れ」をキーワードに論じていく。本稿では、ショート動画のこれからのシナリオについて簡単に触れて結びとしたい。
第一に、ショート動画のビジネスモデルの変化について。TikTokはショッピング領域への拡張を着々と進行するとともに、TikTok上での広告ソリューションもさまざまなかたちで拡充されている。例えば、ユーザーのインタラクションなどによって広告メッセージがリッチに展開する仕組みがどんどん生まれている(Interactive Add-on)。有料サブスクリプションの「Series」や、クリエイターがTikTok上で商品をおすすめしアフィリエイト報酬を受け取れるプログラムも、米国では開始されている。
また、TikTok自体がECサイトを運営する動きとして、アジアなどで展開されているアプリ内ショッピングプラットフォーム「TikTok Shop」を米国でもローンチしている。これはAmazonがプライベートブランド商品をAmazon上で販売するような形だが、Amazonがいまや広告プラットフォームとしても存在感が強いことを踏まえると、ECと広告のクロスオーバーする領域が、今後のショート動画の主戦場ということになるだろう。
第二に、各サービスのユーザーの動向だ。こうしたソーシャルメディアのサービスは競争が激しく、どのサービスが覇権を握り続けるのか、先行きを見通すことには困難が伴う。
例えば、ADWEEKの記事「Beyond Virality: Understanding TikTok's New Growth Patterns」では、TikTok上で1000万回以上再生された動画の数は、ピーク時の2022年2月では1週間あたり9259本あったが、2023年4月では4600本程に半減していることが指摘されている。しかしその一方で、再生回数の平均値はほぼ変わっていないことから、爆発的なバズが起こりにくくなっていることが示唆されている。
また、Social Insiderのデータによると、代表的なショート動画のユーザーエンゲージメント率で比較すると、TikTokとInstagram Reels、YouTube Shortsの差はこの2年ほどで縮まってきている、と結論付けられている。
第三に、ソーシャルメディア以外でのショート動画サービスの可能性について。本稿は「ショート動画を備えたソーシャルメディア」のサービスに注目してきたが、もちろん、ショート動画を活用したサービスはそれにとどまるものではない。
一つ例を挙げると、ブラウザ上でウェブサイトやECサイトを閲覧する際に、伝わりやすいショート動画を埋め込むためのソリューション(Firework)を提供する、Loop Now Technologies.Incなども要注目だ。例えば、服のECサイトはこれまで「商品の写真」と「テキストによる説明」で構成されていたが、着心地を伝えるには、その服を着ているモデルが動いている数秒のショート動画の方が圧倒的に伝わりやすいだろう。
このように、ショート動画は特定のサービスの隆盛にとどまらない、より大きなムーブメントとして捉える必要がある。
スマホを介して接触する情報流通量が爆発的に増え、私たちのアテンションの希少価値が相対的にどんどん高まる中で、ショート動画はアテンションを獲得し、話題やトレンドを拡散させる、導火線や先頭打者の役割を担っていくことになる。
単に「短くてタイパが良い」といった表面的なものではなく、現代の情報環境においてコンテンツの形式およびその届け方を再設計させる、そんなドライブ要因に相当するものに他ならないのだ。