TikTokの活用法最前線~Z世代の利用実態からマーケティングソリューションまで~No.2
SNSは私たちの「適応度標示」の見せびらかしの場である~進化心理学とSNSマーケティング
2024/01/25
本連載では、電通メディアイノベーションラボ・天野彬氏が、自身の近著や業務で得た知見などから、ショート動画を中心としたSNSマーケティングについての知見を発信していきます。
前回は、ショート動画が流行する理由をTikTokに代表されるサービスの特性や生活者の行動心理から読み解きました。今回はやや角度を変えて、筆者がいま注目する進化心理学(※1)について取り上げつつ、それがソーシャルメディアマーケティングにどう関係するのかを論じます。
実は私たちの根源的なつながりの欲求や「見せびらかし(誇示的消費)」のモチベーションこそが、SNSを駆動していると言えるのかもしれない──そんな仮説に迫ります。
※1 人間の心的活動の基盤が、その生物学的進化の過程で形成されてきたとする心理学の一分野。人類学・社会生物学・認知科学など多くの領域にまたがる学問分野。
ソーシャルメディアと進化心理学
そもそも、人々はなぜTikTokのようなソーシャルメディアを活用するのだろうか。
筆者のこれまでのリサーチ自体がその問いにまつわるものだったといえる。特に2022年の著書「新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―」(世界文化社)の第2章では、進化心理学という新進の学問分野をもとに、上記のテーマを論じた。
進化心理学(Evolutionary Psychology)は、人間ってそもそも……という大前提から議論が出発するところに面白さがある。また、生物学、心理学、認知神経科学、社会学といったさまざまな学問の知見を組み合わせた学際的な性質を有する点も、探究的な意義を持つ。
学理の応用範囲が広いため、社会学やマーケティングの領域に寄せた知見も、近年特に増えてきている印象がある。
世の中のソーシャルメディアマーケティング論の多くは、
①ソーシャルメディアマーケティングの成果をどのように効率的に生むか(Howの視点)
②ソーシャルメディアを活用するMZ世代や各界隈の分析(Whoの視点)
③ソーシャルメディアマーケティングから火がついたヒット商品・ヒットコンテンツの分析(Whatの視点)
などが注目されるが、筆者の課題意識は、
④なぜソーシャルメディアの場がマーケティングにとって重要な意味合いを持っているのか(Whyの視点)
は、①②③に比べて目立たないというものだ。
2010年代の草創期には④の取り組みも見られたが、そこから現在に至るまで、理論的更新は減少しているように思われる。だからこそ、そこに進化心理学を持ち込む意義があると感じる。
拙書への反響もさまざまいただいているが、この第2章が特に面白かったという声が多い。それは、ソーシャルメディアマーケティングと進化心理学とを組み合わせて論じるアプローチが、ほぼ皆無だったからだろう。
なぜいま進化心理学がマーケターに求められるのか
端的に表現するなら、進化心理学の立場はこうだ。
“人間の心理メカニズムの多くは、生物として進化する過程における生物学的適応によって形成されてきた。言い換えると、心を生み出す脳の機構は、「特定の性質を備えた個体が、他の個体より多くの子孫を残す」という自然淘汰(とうた)によってデザインされたものである”
そもそもこの進化心理学の立脚点自体が、「(生き残る)ブランドの強さ」や「大勢からの支持(ポピュラリティ)」といったものを扱う広告マーケティング分野の立ち位置と、相似形なのではないだろうか。
マーケティングの重要なミッションの一つは、生活者(顧客)の心理・行動を解明し、その原理やインサイトを明らかにすることだ。進化心理学は、これらのミッションにあたって有益な概念をさまざまに与えてくれるが、ここでは「至近要因」と「究極要因」という概念を紹介しよう。
私たちの心理や行為の背景には、手近な要因である「至近要因」と、そうではない複雑な要因である「究極要因」の2つのレイヤーが存在するという考え方だ。
例えばパンケーキが流行している時に、多くのマーケターはその謎に迫ろうとする。そこで、顧客になぜ食べていたのかと聞くと、お腹がすいていたからとか、見栄えが良かったからとか、そういったぱっと思い浮かんだ「理由」が述べられる。
実際に、インタビュー調査でもそういった答えが返ってきて、それはそうだが……と腑(ふ)に落ちないまま、仕方ないとやり過ごしてしまった経験はないだろうか。実は、それらの理由は至近要因でしかない。
もう一方の究極要因は、進化心理学の立場からその行動や心理を説明するものだ。
パンケーキの例で言えば、究極要因は、「私たちの祖先はそもそも糖質や脂質といったものが貴重な環境に生きていた。そのため、いくら体に悪いとか太ってしまうとか思っていたとしても、気持ちよさを覚えて心が満足してしまうから」だと考える。
つまり、私たちがいま感じていることと、進化的に彫琢(ちょうたく)されてきた心の働きとを両方把握することで、よりベターな解答に近づける。生活者の心理・行動を把握することが求められるマーケターにとって、進化心理学は有用な武器の一つになると言えよう。
マーケターが知っておくべきマズローからケンリックへのシフト
マーケティング界隈では、心理学者アブラハム・マズローによる欲求階層理論が有名だ。多くの書籍やプレゼンテーションなどで頻出しており、誰もが一度は聞いたことがあるだろう。
いわく、私たちの欲求は5つに大別される:(Ⅰ)生理的な欲求、(Ⅱ)安全に対する欲求、(Ⅲ)所属と愛に対する欲求、(Ⅳ)承認に対する欲求、(Ⅴ)自己実現に対する欲求。
そして(Ⅰ)から(Ⅴ)の順番に、それぞれある程度満たされると、欲求が高次化していくと説明される。(Ⅰ)が土台で、(Ⅴ)が頂点となるようなピラミッドが描かれる。
ただし、実証的ではないという理由でアカデミズムの世界では真剣に検討されなくなっているし、そもそもマズローはそのピラミッドを描いていない(!)という説が有力だ。どうやらマズローの説を広めるために後年に創作されたものであるという。
筆者が思うに、マズローのピラミッドは人間の欲求が実際にそうなっていると説明するものではなく、人間の欲求はそうあってほしいという願望を反映したものと捉える方が近い。
進化心理学の領域では、ダグラス・ケンリック(※2)による欲求ピラミッドモデルを参照する方が良いといわれる。
ケンリックのピラミッドの特徴として、下位の欲求から上位の欲求にあがっていくプロセスが、生まれてから成長してパートナーを見つけ、家庭を作りそれを保持するといったある種の生物的な成長過程と一致するようなところがある。これはケンリックの独創や思いつきではなく、生活史理論(Life History Theory)の考え方にのっとったものだ。
生活史とは、生物の一生にわたる変化の様子──どのように生まれ、どのように育ち、どのように繁殖し、どのように死んでいくかを考察する視座である。
ケンリックのピラミッドは、①緊急の生理的欲求、②自己防衛の欲求、③所属の欲求、④地位/自尊心の欲求、⑤配偶者獲得の欲求、⑥配偶者維持の欲求、⑦子育ての欲求で構成される。
①~②は自分の生命を維持する欲求で、③~④は集団の中で自分の座を占めて存在を認めてもらうことへの欲求、そして⑤~⑦はパートナーを見つけ自らの家庭を築いていくことへの欲求だ。
マズローが最上位の欲求として挙げていた(Ⅴ)自己実現の欲求は姿を消し──それもそのはずで、抽象的すぎて定義できていないように思われる──、マズローが明確化していなかった性愛・家族に関する欲求が前面に出ているわけだが、ここに忌避されがちだがとても重要なリアリティが表現されているのではないか。
例えば、コロナ禍を経てマッチングアプリ市場が盛り上がっているのは、⑤がなお重要であるからに他ならない(最近では自治体が公的にマッチングアプリを運営する時代だ)。現代はライフスタイルが多様化しているので、「大人になったらはやく結婚して(⑥)子どもを持たなければならない(⑦)」という社会的規範は古いと言われているが、進化心理学においては、個々人の欲求としてそれは根拠があることだと正面から捉えた議論は重要であると感じる。
なお、ケンリックのピラミッドは、その見かけとは異なり階層性を持たないと説明される。欲求同士が対立する場合があるというわけだ。マーケティングの観点からは、①から⑦までを上下構造で捉えず、それぞれの欲求を「モジュール(部品)」的に捉え、自由に組み合わせて分析に活用することがポイントになる。
心理学の実験でも、ロマンチックな話を聞かせた男性は⑤が活性化されることがわかっており、高額の商品を購入しやすくなったり、投機的なリスクのある金融商品なども②を犠牲にしてチャレンジしやすくなるという。
状況に応じて、どの欲求モジュールが活性化するかが異なるし、それによって商品・サービスの訴求メッセージの刺さり具合が異なってくるわけだ。生活者のプライミング(受けた刺激によって、行動が無意識に影響されること)を意識できるという点で、ケンリックのピラミッドは有用性がある。
※2 アメリカの進化心理学者。アリゾナ州立大学心理学教授。著書に「野蛮な進化心理学」(白揚社、2014年)など。
デモグラに頼らない顧客理解は「中核6項目」で
ケンリックのピラミッドは、人々にユニバーサルに搭載された「欲求エンジン」の在り方を描いているが、もちろん私たち一人一人には個性がある。そこで、進化心理学者のジェフリー・ミラー(※3)は、心のかたちを捉えるための中核6項目をこの分野に応用することを試みている。ケンリックのピラミッド論が多くの人に共通する「面」の話だとすれば、ミラーの中核6項目のテーマは個々のありように着目する「点」の深掘りにあたる。
一人一人の個性を、伝統的な生活者理解の枠組みとしての性年代といったデモグラフィック要因ではなく、以下の指標で理解しようとするものだ。なお、近年では生活者の年齢による意識・価値観・好みの差が消失してきていること(いわゆる“消齢化”)に着目する議論が増えていることにも注目しておきたい。
さて、中核6項目とは、一般知能(General Intelligence)──いわゆる「IQ」である──および心理学ではよく用いられるビッグ・ファイブと呼ばれる5つの指標から構成されるものを指す。ビッグ・ファイブは、開放性(Openness)、堅実性(Conscientiousness)、同調性(Agreeableness)、安定性(Stability)、外向性(Extraversion)の5つで、これらは頭文字をとって「GOCASE(ゴーケース)」と暗記しよう。6つとも高い人/低い人の分布は、身長などと同様に正規分布(ベルカーブ)に従う。
ビッグ・ファイブの5つの指標は以下のように概説することができる。
開放性(O)は高ければ好奇心が強く新しいものに関心を向けやすく、低ければ保守的で変化を好まない。
堅実性(C)は高ければ意思が強く、また約束やルールを順守する一方で、低ければいきあたりばったりで勤勉とは言えない性格となる。
同調性(A)は高いと共感や調和を重視するが、低ければ利己的な行動へのちゅうちょがなくなる。
安定性(S)は高いと精神・情動が一定であることを示しており、幸福度と最も相関する項目であることが知られる。
外向性(E)は対人関係にどれだけアクティブであるか、社交的であるかどうかに関わる。
私たちが「この人は好ましいな」と感じる──まさにGO-CASEである!──のも、中核6項目と深く関係している。そもそも一般知能(G)は高いに越したことがないという点が重要。残りのビッグ・ファイブは実は人それぞれといったところで、安定性(S)が低い人は高い人に惹かれることもあるだろうし、堅実性(C)があまり隔たっていると生活時間の使い方がバラバラすぎてストレスがたまるだろうし、同調性(A)が低い者同士の方が気を使わなくて楽だといったこともある。
そして、世の中の「価値あるもの」の多くは、ビッグ・ファイブのどれかに関係している。日々まじめに受験勉強をして難関大学で得る学位は、その者の堅実性(C)の確かな証明となるし、一般知性(G)の要素も乗っかってくる。
就活面接で誰もが「部活で主将を務めました」「バイトリーダーでした」と言いたがるのは、それが同調性(A)と外向性(E)が高く人の輪の中心として機能できることを示したいからだ。
最近オープンした話題のカフェにいち早くでかけるのも、開放性(O)が低くないことのアピールに他ならない。
ワイルドなブランディングの施された車が売れるのは、一方で堅実性(C)が高すぎないことが男性として魅力的に映るためだ。
著名デザイナーが手掛けたハイブランドファッションを身にまとうことの快楽は、富や地位を誇示するといった社会的なことだけには還元できず、自分自身の知性(G)や創造性(O)といった進化の過程で求められてきた資質を標示(Display)できるからこそである。
※3 アメリカの進化心理学者。ニューメキシコ大学准教授。性淘汰の研究でも有名。
SNSは私たちの適応度標示の見せびらかしの場である
ここまで論じてきたものの根底には、人々の「適応度標示」が存在している。
ミラーによれば、適応度標示とは、個々人がどんな性質・特性を持っているのかを他人が知覚できるように示すシグナルのことである。その適応とは、生物学的な適応度──つまり、生き延びて繁殖する見込みのためのものだ(当然、人間以外の動物にもそれぞれ固有のものが備わっている)。
私たちの消費活動は、このシグナリング=見せびらかしが推力となっているのである。
このような話をすると、それは現代消費社会のネガティブな影響なのではという意見が返ってくる──いわく、何かを誇示することは偽りの動機であり、そのために消費活動を行うようなことからは離れるべきなのだと。
しかし、私たちの消費活動の多くは適応度の見せびらかしであるというテーマ自体は、現代特有のものではない。近代以降の社会はもちろん、実は人類社会のさまざまな時代、そして地域によって普遍的に見られていた現象でもある。例えば19世紀の経済学者であるソースタイン・ヴェブレンは著書「有閑階級の理論」の中で誇示的消費というテーマを論じている。
また、誇示というと富や資産を持つ層が行うことのように思われるが、貧困層でも同様の行いが見られることから、人間なら誰もが持っている欲求であることが指摘されている。
私たちの文化・慣習の多くは、何らかの中核6項目の高コストシグナリングが習慣化したもので成り立っているとまとめられるだろう。
本記事冒頭の問いに戻ると、私たちが新しいSNSをいち早く使いこなすのは、それが開放性(O)のアピールに役立つからだ。面倒くさい、分かりにくい……といった高コストなことをあえて達成して、自分は優れた個体であると示すことが適応度標示である。
さらに、その見せびらかし/シグナリングを友達や仲間に向けて、さらには世の中全体に向けて発信できるプラットフォームこそがSNSだ。私たちが夢中になってしまう──あるいは距離を置きたいと思っても困難である──理由の一端はここにある。SNSは私たちの適応度標示の見せびらかしの場なのだ。
なお、SNSは、ユーザーの特性を踏まえユースカルチャーに注目した議論が多くなる。それゆえに補足しておくべき事柄としてミラーが指摘しているのは、いつの時代も若者にとっては「社会的・性的な見返りの期待できるシグナリング」こそが、労力と工夫をつぎ込むに足る最も重要な適応度標示であるということだ。
つまり、若者が「目立ちたい」「モテたい」のモチベーションをつぎ込んでいると観察できるのであれば、それこそがそのサービスに本気になっている証拠に他ならない。
私たち人間の特性とは、新しい適応度標示のありかたを生み出し、それを模倣し、文化として定着させていくことを、延々と無限に続けることができる点に求められる。つまり、何がイケてるのかを絶えることなく更新したくなる──だからこそ、SNSからは日々常に新しいトレンドが生まれてくるのだ。