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なぜか元気な会社のヒミツseason2No.31

人生の季節に、寄り添いたい

2023/11/08

「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第31回は、あの誰もが知る「つっぱり棒」を、暮らしをデザインする必需品にまで育てあげた平安伸銅工業を紹介します。新聞記者から、老舗の家庭日用品メーカーへ。三代目社長として辣腕(らつわん)を振るう竹内香予子社長に、家業躍進の背景とそのヒミツを語っていただきました。

これぞ、誰もが知る、ザ・つっぱり棒。1970年代に販売を開始、年間約200万本を売り上げる。
これぞ、誰もが知る、ザ・つっぱり棒。1970年代に販売を開始、年間約200万本を売り上げる。

取材を快諾していただいて、あらためて竹内社長へどんな質問をしようか、と考えを巡らせた。竹内社長は今やメディアに引っ張りだこの、いわば「時のひと」だ。「ツッパリ嬢」に自ら扮(ふん)してのPR活動、ご自宅を公開しての、あるいは「つっぱり棒博士」としての啓発活動……これらをよりよく暮らすための生活提案」とくくってしまうのは、あまりにもったいない。

つっぱり棒、つっぱり棒……誰もが知るアノ商品であることは分かっている。その可能性を広げた平安伸銅工業という会社のすごさも分かっている(つもりだ)。裏にあって当然、のモノを表に持ってきた。それまでヨコ方向につっぱっていたものを、タテにした新商品も開発した。建築建材とも組み合わせてみた。すごいですねえ、まるでコロンブスの卵ですねえ。その発想は、どこから生まれてくるんでしょうか?そんな質問では、読者を、なにより竹内社長をがっかりさせてしまうのではないだろうか。

あれこれ悩んでいると、ふとこんなことが頭に浮かんだ。つっぱり棒を完成させるのは、一人一人のお客さま。だとすれば、大ヒット商品であるつっぱり棒は、もしかしたらいまだ不完全なブランドなのではないか。完成品でないからこそ、それをより良くしていこうとするファンが増える(身内も含めて)。ファン同士のコミュニティのようなものも広がっていく。果たせるかな、そうしたお話が次から次へと飛び出す取材となった。

文責:薬師寺肇(電通BXCC)

ペンを棒に、持ち替えて

「私にも、夫(現・平安伸銅工業常務取締役)にも、収益モデルへの執着がないんですよ。家業を継ぐ前、私は新聞記者をしていましたし、夫は県庁の職員でした。なので、どうしても私は社会学的な視点で、夫はデザインの観点で物事を見てしまうんです」と言う竹内社長。愛着のあるペンを折り、売らんかな、のビジネスの世界へ殴り込みをかけるべく、つっぱり棒を握りしめた。という劇画チックなことでは、どうやらなさそうだ。

定番(安定)商品を持つ老舗企業を引き継ぐにあたり、竹内夫妻がなにより大切にしたことは、お二人が思い描く理想とのギャップなのだという。「私たちの商品は本当に、お客さまに喜んでいただけているのか、社会のお役に立てているのか。理想と現実とのギャップに悩みました。でも、ギャップが感じられるということは、何かができるはずだ、と思ったんです。もちろん、その何かとは何なのか、何をすればその何かが手に入れられるのか、いまだに試行錯誤しているわけですが」

試行錯誤の始まりは、パッケージのデザインを変えてみよう、ということだった。「20年も前のデザインに、20年も使い続けているコピーがのっかってるんですよ。収納・整理のニューホープ、みたいな。いつの時代のニューなんや、という話ですよ(笑)」。ああ、この人は「ペン」も「つっぱり棒」も、世の中(読者やお客さま)のニーズに応えるための単なるツールとは考えていないんだな、ということがよく分かった。

竹内香予子(たけうち かよこ)氏:平安伸銅工業代表取締役 1982年兵庫県生まれ。大学卒業後、新聞社で記者として警察・行政の取材を担当。2009年に退職し、翌年父親が経営する平安伸銅工業に入社、2015年に32歳で代表取締役に就任。主力商品である突っ張り棒のほか、その技術を生かした「LABRICO(ラブリコ)」「DRAW A LINE(ドローアライン)」などのブランドを展開。伝統と革新を併せ持つ「老舗ベンチャー」として、時代に合わせた商品開発を続けている。2021年、関西財界セミナー賞2021「輝く女性賞」を受賞。
竹内香予子(たけうち かよこ)氏:平安伸銅工業代表取締役
1982年兵庫県生まれ。大学卒業後、新聞社で記者として警察・行政の取材を担当。2009年に退職し、翌年父親が経営する平安伸銅工業に入社、2015年に32歳で代表取締役に就任。主力商品である突っ張り棒のほか、その技術を生かした「LABRICO(ラブリコ)」「DRAW A LINE(ドローアライン)」などのブランドを展開。伝統と革新を併せ持つ「老舗ベンチャー」として、時代に合わせた商品開発を続けている。2021年、関西財界セミナー賞2021「輝く女性賞」を受賞。

私は、“棒”に支えられている

つっぱり棒とは、あなた(お客さま)にとって頼もしい「相棒」です!というのが、メディアからのありがちな「あなた(竹内社長)にとって、つっぱり棒とはなんですか?」との質問に対する竹内社長ならではの答えなのだそう。実にすがすがしく、実にチャーミングな答えだと思う。

新聞記者を続けるか、家業の世界に踏み込むかを悩んでいたとき、竹内社長の「生涯の相棒」ともいえる夫・一紘氏に「キミには、平安伸銅という基盤がある。それはとても恵まれたことではないのか」と背中を押されたのだという。目の前には、全盛期の半分ほどの売り上げとなっていた「つっぱり棒」がある。このような紹介をするだけで「棒」という字を列挙することになるのだが、竹内社長のツッパリ経営が、いろいろな「棒」に支えられ、なんだか分からないうちに始まってしまった、ということは事実のようだ。

ご主人の「カズさん」(後述)と。  竹内 一紘(たけうち かずひろ)氏:平安伸銅工業常務取締役 1980年滋賀県生まれ。一級建築士。2014年滋賀県庁を退職し、平安伸銅工業の常務取締役に就任。妻で三代目代表取締役の香予子氏とともに、夫婦二人三脚で会社経営に携わる。

ご主人の「カズさん」(後述)と。

竹内 一紘(たけうち かずひろ)氏:平安伸銅工業常務取締役 1980年滋賀県生まれ。一級建築士。2014年滋賀県庁を退職し、平安伸銅工業の常務取締役に就任。妻で三代目代表取締役の香予子氏とともに、夫婦二人三脚で会社経営に携わる。

ライフスタイルは、ライフステージで変わるもの

取材を前に目にした「ライフステージ」という竹内社長の言葉に、はたと膝を打った。昔の家に必ずあったのが、布団をしまうための「押し入れ」。日が暮れるとそこから布団を取り出してきて寝る。朝になると、その布団を「押し入れ」にしまう。現れたスペースにちゃぶ台を引っ張り出してくる。

昔ながらの「押し入れ」。布団や道具をしまう場所というだけでなく、子どもたちにとっては、かくれんぼの場所や秘密基地にもなる「多目的スペース」だった。
昔ながらの「押し入れ」。布団や道具をしまう場所というだけでなく、子どもたちにとっては、かくれんぼの場所や秘密基地にもなる「多目的スペース」だった。


そんな当たり前のスタイルは、時代とともに変わっていく。竹内社長はそれを、流行り廃れ、といったような安易な言葉では片づけない。時代とともに、あるいは家族ごとに「ライフステージ」は変わっていくべき、と捉える。たとえば、幼い子どもにとって、子ども部屋というものは本当に必要なのだろうか?と考える。「リビングの一角が子ども部屋」という、その家族ならではのステージ(季節)が巡ってきたとき、つっぱり棒にはなにができるだろう?そんな発想が新たな商品を生み出すきっかけになっているのだ。

「リビングの一角」が子ども部屋。人生には、その家族ならではステージが巡ってくる。(写真はイメージ)
「リビングの一角」が子ども部屋。人生には、その家族ならではステージが巡ってくる。(写真はイメージ)

……と、ここまでは、取材前の情報収集で、ある程度、想像ができた。驚いたのは「企業にも、その企業ならではのライフステージがある」という視点だ。今の時代に即したスタイリッシュな企業でありたい、というのは経営者たるもの、誰しもが思うことだ。でも、竹内社長の考えはちがう。「今っぽく、スタイリッシュかどうか、という見かけのことよりも、今、うちの会社はどのステージにいるのか、次にどのステージを目指すべきなのか、を試行錯誤しながら考えることが大事だと思うんです」

竹内社長は、事業戦略と同じウエイトで組織戦略を大事にしていると言う。「お客さま、お取引先の企業さまは、神様です!」みたいな事業戦略も、もちろん大事だ。でも、それを世の中に送り出す組織のステージという視点が欠落していては、真の経営も、真のブランディングも、それこそ「絵に描いた餅」だ。

アジャストとは、「相手に寄り添う」ということ

アジャスト、というワードは「つっぱり棒」にはつきものだ。どこへでも、手軽に、ぴったり収まります、といったようなことだ。ジャストフィット、と言い換えてもいいかもしれない。「確かに、その通りですし、機能面でもそこはとことん追究しています。でも、アジャストの本質は、相手に寄り添うことなのではないか、と思うんです」と、竹内社長。

「相手」とは?これがまた、深い。「壁だって、相手です。お客さまの人生だって、相手です。そこに寄り添うためには、高度な技術に加えて、ああ、そうしてもらえると助かる、といったようなことにお応えする感性が必要なんだと思うんです」。しかも、という話が、また興味深い。「それを、こなれた価格でいかに提供できるか、が私たちの仕事。美術品やハイテク機器ではなく、私たちが提供するのはあくまで大衆品ですからね。昔からある技術をいかに活用して、イノベーションを起こすか。お客さまに喜んでいただけるか。それが、寄り添うということなのだと思います」

企業が大切にしている価値観と、ブランドから染み出てくる魅力、その先にあるお客さまと共有すべきワクワク感……それはまさに、昨今よく耳にするMVV(ミッション/ビジョン/バリュー)により規定される、その企業の事業方針&事業目標&事業計画の理想的な状態、あるいは、あるべき姿といえるのではないだろうか。

竹内夫妻の自宅リビングの様子。至るところで、つっぱり棒は大活躍だ。
竹内夫妻の自宅リビングの様子。至るところで、つっぱり棒は大活躍だ。
プライベートエリアも、ほら、この通り。
プライベートエリアも、ほら、この通り。

思い立ったら、“暮らすがえ”

つっぱり棒の会社から、「暮らすがえ」の会社へ。それが、竹内社長が目指す、将来の企業像だ。限られた生活空間(ハコ)の常識にとらわれることなく、折々のライフステージに合うった答えを提案していく、しつづける。「でもそれが、私たちメーカーからの押し付けになってしまったら、ダメだと思うんです。実現したいのは、お客さまの言葉にできない夢や理想であって、私や私どもの会社の夢や理想、ではないのですから」

そんな竹内社長の思いに、ベテランの職人が、外部からやってきたデザイナーやコンセプトメーカーが、ならばやってやろうじゃないの!と、こぞって奮起する。ツッパリ嬢(編集部注:ネットで検索ねがいます)は、まんざら広告企画の中だけのキャラクターではなさそうだ。

こちらは、平安伸銅工業とクリエイティブユニットTENTによるコラボレーションブランド「DRAW A LINE(ドロー・ア・ライン)」の使用例。「便利グッズ」として扱われがちだったつっぱり棒を、暮らしを豊かにする「一本の線」と再定義。そこからはじまる新しいライフスタイルを提案している。
こちらは、平安伸銅工業とクリエイティブユニットTENTによるコラボレーションブランド「DRAW A LINE(ドロー・ア・ライン)」の使用例。「便利グッズ」として扱われがちだったつっぱり棒を、暮らしを豊かにする「一本の線」と再定義。そこからはじまる新しいライフスタイルを提案している。
平安伸銅工業ロゴ


平安伸銅工業のHPは、こちら
さらに、11月6日より、平安伸銅工業の新たなプロモーションがスタート!
くわしくは、こちら

世界征服をたくらむ悪の軍団!しかし、アジトは賃貸だった!?
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なぜか元気な会社のヒミツ ロゴ

「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第31回は、あの誰もが知る「つっぱり棒」を、暮らしをデザインする上での必需品にまで育てあげた老舗メーカー平安伸銅工業を紹介しました。

season1の連載は、こちら
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら


【編集後記】

取材の最後に、例によって編集部からすっとんきょうな質問を竹内社長にしてみた。「竹内社長のトレードマークともいえる、その青いボーダーのシャツには、どういう意図があるのでしょうか?」と。インタビューを通じて得られた価値あるコメントの数々が、すっ飛んでしまうような質問だ。

一瞬、えっ?という表情を見せた竹内社長であったが、すぐに、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、こう返してきた。「これはですねえ、白いつっぱり棒をイメージしてるんです。だれも、突っ込んでくれないのですが。(笑)」と。そうか。青のラインではなく、そのラインを際立たせる「白のライン」に、メッセージが込められていたのか。

「ささいなことついでに、うちの会社では役職名ではなく、○○さん、と名字で呼び合うようにしています。あいにく竹内は夫婦で二人いますので、カズさん、カヨさん、と呼び合っていますが。実は以前、外資系の大企業みたいに、英語のニックネームにしたいので、私のことはキキと呼んでくれて構わないと言ったんですが、誰からも相手にされませんでした(笑)」

キキとは、いわずと知れた、誰もが知るあの人気キャラクターから引っ張ってきたのだと言う。「彼女の、生きることに一生懸命で、やることなすことドジばっかりで、でもそこで決して諦めずに、七転八倒する姿が好きなんです」。つっぱり棒のみならず、竹内社長のもとに人が集まる理由がわかると同時に、私も既にその一人になっていることに気がついた。

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