象印とご飯のクラフトビール!異業種協業で実現するアップサイクルとは?
2023/10/19
製造業では、サプライチェーンの中でさまざまなロスが発生します。SDGsの観点から、本来ロスとなる素材を活用し、新たな価値を付加した別製品に生まれ変わらせる考え方が、リサイクルならぬ「アップサイクル(創造的再利用)」です。
象印マホービンでは、炊飯ジャーの開発に用いる「試験米」のアップサイクルに取り組んできました。今回取り上げるのは、試験米をアップサイクルしたクラフトビール、「ハレと穂」。
そして「ハレと穂」を生み出すべく象印と協業したのが、クラフトビールのブルワリーであるISEKADO(伊勢角屋麦酒)と、フードロス削減に取り組むスタートアップCRUST Group、そして電通です。
1社では実現できない「おいしい」アップサイクルを、味にこだわる各社がどのように実現したのか?象印×ISEKADO×電通の座談会形式でお話を伺いました!
<目次>
▼象印の課題は炊飯器開発時に使う大量の「ご飯」だった
▼いろんな道のプロの力を一つに集約させたコンセプト文
▼他業種と組んでのアップサイクルの可能性を感じた
象印の課題は炊飯器開発時に使う大量の「ご飯」だった
──最初に、「ハレと穂」のプロジェクトにおける皆様の役割を教えてください。
栗栖:象印マホービン(以下、象印)新事業開発室の栗栖です。今回は皆さんの力をお借りしながら、全体の取りまとめをさせていただきました。
山宮:ISEKADOの品質管理責任者兼ブルワーの山宮です。ビール自体の製品開発、いわば「中身」のデザインを担当しています。
矢野:私は上市と一緒に電通チームとして、主にクリエイティブ周りのお手伝いをさせていただきました。普段は広義のクリエイティブディレクターとして、マス広告はもちろん、社会課題などさまざまなソリューションに携わっています。
上市:私は象印のご相談を受けて、今回のプロジェクトのご提案から、全体的にプロデュースさせていただきました。
──「ハレと穂」はメディアでもたびたび取り上げられるなど、話題を呼びましたね。
上市:すごい勢いで売り切れて、ISEKADOの流通ももうなくなっていますよね(※)。
※取材時。2023年10月現在は、ISEKADOオンラインショップなどにて再販中
栗栖:おかげさまで最初の生産分である5000本はもう全部販売したと思います。ISEKADOが契約されている代理店や、小売店、ISEKADOのオンラインショップなど、いろんな経路で販売していただきましたね。私の知人はISEKADOの工場で買ったよと言っていました。
山宮:現代のクラフトビールシーンの中で、「お米を使ったビール」はブームになりつつあるんです。非常に面白いビールを作れて、我々としてもありがたいです。当社のビール、テレビで取り上げられるようなことがあまりないので、メディア露出については社内でも「うちのビール出てるよ!」と喜ばれていました(笑)。
──このプロジェクトに取り組むに当たり、象印が抱えていた課題を伺えますか?
栗栖:象印は、売り上げの半分弱が炊飯ジャーの会社です。開発者は日々一生懸命ご飯を炊きながら、お客様にどういう炊飯ジャーを届けるかということを試行錯誤しています。
新しい炊飯ジャーの研究開発には、たくさんご飯を炊く必要があり、これを「試験米」と呼んでいますが、どうしても食べきれないという話が開発現場から出ていたんです。食べきれなかったご飯は、お金をかけて堆肥化していました。
──アップサイクルへの取り組みはどのように始まりましたか?
栗栖:最初の取り組みは、ファーメンステーションという会社と一緒に、ご飯をエタノールにアップサイクルをして、ウェットティッシュを作りました。ただ、ウェットティッシュも「売れる量」しか作れないので、他にも試験米を活用する方法を模索していたんです。そんな時、上市さんにご相談する機会があったんですよね。
上市:最初にお話を伺った時は、それこそビールを飲みながらでしたよね(笑)。その場で、「ご飯をビールにアップサイクルできる会社がある」というお話をさせていただきました。
今回の座組は、象印の提供する「炊いた試験米」を使って、アップサイクルビールを作るために、国内外で実績のあるCRUST Groupに協力をお願いしました。その結果、ISEKADOとのご縁をつなげてくださり、アップサイクルビールを作れることになりました。電通は、全体のプロデュースと、コンセプト、コピー、デザインを主に担当しています。
上市:CRUST Groupはシンガポール発のスタートアップで、さまざまな素材をビールなどの飲料にアップサイクルするノウハウを持っています。象印のように原料を供給する企業と、飲料メーカーやISEKADOのようなブルワリーをマッチングしたり、レシピを提供してサポートしたりしています。
私はいろんな海外のスタートアップと話して、日本の特に関西エリアに来てもらい、日本企業と協業してもらうことをずっとやっていまして、CRUST Groupも大阪に日本法人があります。なので、象印の課題を聞いたときにすぐに頭に浮かびました。
栗栖:CRUST Groupの「世界の食品ロスを1%減らす」というビジョンにすごく共感したんです。そこから、CRUST Groupと電通と3社でミーティングをし、ISEKADOをご紹介いただきました。CRUST Groupの担当者が「ISEKADOは象印とものづくりの考え方がとても似ているし、太鼓判押せます」とおっしゃってくれて。
上市:「日本が誇る炊飯器メーカーだからこそ、世界に誇るビールを作っておられるISEKADOじゃないとダメなんです」と熱弁されましたよね。いろんな条件がある中から、一つには味にこだわっていること、いろんな原料を作ったクラフトビール開発のノウハウがあること、それとやはり近畿圏から選んでくださったというのも大きかったですね。
栗栖:炊いたご飯を冷凍便で遠隔地に送ると、エネルギーロスが生じます。同じ近畿圏なら、そのロスが少ないですからね。それでISEKADOの社長と面会したのですが、ビールにかける誇りをすごく感じました。私たちからは、「象印食堂」のご飯やおかずとのペアリングが成り立つようにしたい、ご飯をたくさん使いたいという思いを伝えました。
ご飯レストラン「象印食堂」
https://www.zojirushisyokudo.com/shokudo/
上市:ISEKADOは「世界に打って出られるものじゃないと作らない」という強い信念をお持ちなので、「おいしいものを作りたい」という象印の思いが通じたのかなと思います。
いろんな道のプロの力を一つに集約させたコンセプト文
──山宮さんは最初にこのプロジェクトの話を聞いた時、どう思われましたか?
山宮:当社の営業担当から、お米……じゃないや、「ご飯を使ってビールを作れないか?」と打診されました。話を聞いて、ロスするお米のアップサイクルというのは、確かにSDGs観点から大事なことだなと。とはいえ、当社の醸造プラントがお米を使うシステムじゃないので、難しかったのですが、「実際にお米を使って醸造するとしたら、どういうふうに導入していくか?」を想像しながら、ラボワークの計画を立てました。
上市:今、山宮さん「お米」を「ご飯」と言い直してくださいましたが、今回は「炊いたご飯」だったからこそ、ISEKADOの製造工程にマッチしたというお話でしたよね。
山宮:はい。ご飯を炊くのって、お米のデンプンをアルファ化して溶けやすい状態にしてから、人間が食べて消化できるようにしているんです。ビールの醸造においても、デンプンを酵母が食べられるように分解します。その点、今回は「すでに炊いた状態のご飯」をいただけたので、非常にハンドリングが良かったですね。単純に麦芽とお湯とお米を混和することで、麦芽由来の酵素が働いて、デンプンを発酵させる形に分解できました。
――クラフトビールに、麦芽以外の原料を使うことはよくあるのでしょうか?
山宮:クラフトビールは副原料を使うものが多いです。有名なところではユズの皮や、コリアンダー、スパイス類、酒かす、カカオを使うビールもあります。
上市:実は「ハレと穂」を世に出してから、僕のところに「こんなものもビールにできますか?」みたいな問い合わせがたくさん来るんですよ。全部山宮さんに送ろうかと(笑)。
──「ハレと穂」では、山宮さんが試作品をたくさん作るようなフェーズがあったのでしょうか?
山宮:いいえ、当社は試験プラントを持たず、醸造プラントは最低でも2000L、ビールの本数でいうと5000~5500本からしか作れないサイズなんです。そこで、以前に限定商品として作ったお米のビールをテイスティングしてディスカッションしつつ、象印からのリクエストを踏まえて商品設計を行い、レシピを決定しました。
矢野:山宮さんの豊富な知識と経験値とデータの中で、限りなく完成品に近いイメージを持ちながらだと思うんですが、「一発勝負」のような感じですよね。
栗栖:今回、業界ごとのものづくりの考え方の違いがあるのかなと思っていて。象印では、商品試作をたくさんして、「狙った状態を絶対再現できる」ということを確認した上で大量生産に入るんですね。一方でクラフトビールの会社は、その時の材料の組み合わせで、大量生産の会社にはできない相乗効果のようなものを生み出して、1本ごとのブレみたいなものを楽しむところがあるなと。
山宮:そうですね、クラフトビール業界では「まったく均一なものである必要はない」という考え方があります。「すべて同じクオリティ」という大手ビール会社に対する、ある種アンチテーゼとして始まったところがあるんです。
栗栖:そこが面白味なんだと、今回クラフトビールを勉強してよくわかりました。
――やはり業界が違うと、ものづくりの考え方に違いがあるんですね。
栗栖:象印の社内は、「何をどう作るのか?」が合意できていないと、企画が通っていかないんですよ。普段の炊飯ジャーやステンレスボトルの開発に際しても、「私たちが作るプロダクトを通じて、お客様がどんな体験をするか?」ということを常に確認しながら作っているんです。
上市:今回、山宮さんには、レシピのよりどころになる、象印側からの「こういうものにしたい」というリクエストが行っていたと思います。で、その手前の段階で、象印さんがすごくて。ありとあらゆるビールを試飲されて、「こういう味で」「こういう色味で」と研究されていましたよね。
栗栖:本当に奥が深い世界なので、「ありとあらゆる」とは言えませんけど(笑)。ISEKADOの営業担当の方からは、「ISEKADOがピッチャーで、象印がキャッチャーです。ここに投げてくれと構えてくれたら、そこに投げます」とおっしゃっていただいたので、その「構え方」を研究しました。どう言語化すれば、お互いの認識が合うかなと。
山宮:難しいのが、「クラフトビールの感覚」というものがあるんですよ。それは、食事とか一般的な感覚とは言語感も違うものなので、そこを間違わないように、すごく確認させてもらいました。今回は象印から、シュワシュワとしたシャンパンを連想させる感じとか、いわゆるテクスチャの部分とか、普段のビールづくりでは意識していなかったようなところをリクエストしていただいたので。
栗栖:クラフトビールの言語化の面では、矢野さんにも、すごく助けていただきましたね。
矢野:象印さんの中で、まず大きく「象印食堂で飲まれるビール」というのがありましたよね。それで、ビールを注文する人って、アップサイクルみたいなことを意識していないと思うんですよ。やっぱりまず「ビールとしてのたたずまい」をしっかり描く必要がある。「どういう人にどういう気持ちで飲まれるべきものなのか?」を真っ先に考えた上で、「実はこれ、アップサイクルという概念で生まれたビールなんです」という順番で設計することをご提案しました。
上市:電通側で一番気にしていたのは、サプライチェーン上の課題をオープンにするのは象印にとってはとてもチャレンジングなことなので、何よりも「どうすれば、ユーザーに共感してもらえるか」ということでした。ただおいしいビールですというのも違うけど、アップサイクルだから飲んでくださいというのも違う。そこの塩梅(あんばい)はかなり議論させてもらいましたね。
栗栖:アップサイクルの商品って、何か付加価値をつけないと、事業として成り立たないんです。そこで、私たちが持っている価値を考えたときに、「象印食堂」という、特に女性のお客様に人気の飲食店がある。そこで「象印食堂の中のシーン」にとことんこだわりました。
それと、ご飯のアップサイクルでビールを作ることが決まった段階で、まず矢野さんにコンセプト文を書いてもらったんですよね。それをもとに、商品設計とか、デザインとか、商品名も決まっていった。矢野さんのコンセプト文に、みんな純粋に「かっこいいね!」となって、そこから動き出したように感じます。
──品名や、商品デザインも矢野さんが担当されたんですよね。
矢野:「女性がハレの日に飲むようなビールにしたい」という思いが象印さんの中で強かったので、「ハレと穂」という商品名を提案しました。デザインには、「一滴への想い 一粒への想い」というリードコピーを入れています。ビールとしての「一滴」と、お米の「一粒」を、象徴的にデザインの中に配しました。
栗栖:今回、アップサイクルという良い取り組みに対して、いろんなジャンルのプロの方が参加してくださって、知恵と技術が結集したことに意義を感じています。「象印食堂の中のシーン」というイメージや、矢野さんのコンセプト文を皆で共有することで、ISEKADO、電通、象印の素晴らしい技術を、「何」に結集させるかがブレなかったですよね。
上市:いろんな専門家が一つのプロジェクトに取り組むために、コンセプト文が旗印になっていましたよね。まずは「おいしい」を味わってもらい、その上でアップサイクルというものを世に伝えていくという。
矢野:最初はやっぱり象印さんが、ご飯への熱い思いがあるので、「一粒の想い」を前に持ってこれないか?という話もあったんですが、ビールを飲む人はやっぱり「一滴」が先じゃないか?と。そういうとき、栗栖さんが象印側のことをまとめてくださったので、とても進めやすかったです。
新しい挑戦で、しかも協業ということでたくさん人が集まってくると、なかなか前に進んでいかないと思うんですが、いろんな局面でバチッと「そこはお任せします」と決めていただいたので、栗栖さんのおかげで前に進んでいったかなと。
栗栖:そこはもう、矢野さんを信じて押し切りました(笑)。
上市:ISEKADOも「おいしさ」が絶対譲れないという点で、一致していたんですね。そういう意味でも、ビールの「一滴」を前に持ってきたことが、全体の工程において全員の意識を統一することにつながったと思います。
──象印からISEKADOに対する「こういうビールにしたい」という言語化には、どんなものがありましたか?
上市:「女性同士で、食事の前にシャンパンのように乾杯をする」「前菜の細かな味の違いが感じられる」「お酒が得意でない方も、好きな方も一緒に楽しめる」「ビールの後は象印食堂自慢のごはんを楽しむような」とか。たくさん研究された上で、細かくリクエストされていましたね。
山宮:これまで、他社と協業してビールを作る時って、ざっくりしたイメージだけ渡されて「あとはISEKADOさん、お願いします!」という感じだったんです。今回のように、一緒に取り組ませていただいたのは初めての経験でした。
味わい、色味、こういう食べ物とペアリングしたいなど、具体的なイメージをいただいた上で、そこに着地するにはどうするかと考えてレシピを作ったんですが、結果うまくいって喜んでいただけたので、良かったです。これまで「クラフトビールの言語」だけで作ってきたのが、「一般的な言語」とすり合わせてものづくりをする良さを感じましたね。
他業種と組んでのアップサイクルの可能性を感じた
──今回、自社の製品開発の過程で生じるロスが、他業種の力を借りることでアップサイクルできるという良い事例になったと思います。振り返っていかがでしょうか?
矢野:私は社会課題解決のようなことは、普段仕事をしている中でお付き合いのある部署とは違っていて、なかなか接する機会もなかった。そういう中に、これまで培ったクリエイティブの力で貢献するのは、わくわくする経験でした。
上市:社会的な課題に対して、商品コンセプトから始まってプロダクトアウトまでご一緒するというのが、ほぼなかったですからね。電通的には、アップサイクルに取り組む「仲間」というか、いろんな企業のいろんなプロジェクトがどんどん出てくるといいなと思います。いろんな業界が、サプライチェーンでのロスを減らすために、スタートアップや他企業と組むという動きが続いてくれればと願っています。
栗栖:象印のアップサイクルの取り組みは、道半ばどころか、まだ始まったばかりだと思っています。これはメディアに取り上げていただくたびに自分に言い聞かせています。サプライチェーンの中でロスになる量を減らしていき、いつか本当に「アップサイクルできています」と言える日を目指して頑張っていきたいですね。
──「ハレと穂」の今後についてお聞かせください。
栗栖:象印食堂のスタッフからすごく喜ばれているので、ぜひ継続したいです!ランチに来たお客様も、象印食堂のご飯やおかずとペアリングして楽しんでくださっているんですよ。試験米はたくさんありますので、今後も何か新しい商品をISEKADOと作れたらうれしいです。
山宮:ISEKADOのプライオリティは常に「世界に通用するビールを作る」ことなので、今回のように良い品質のものが作れるなら、ぜひぜひやっていきたいなと思います。よろしくお願いします。
──ありがとうございました!