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性の話をもっと当たり前に。By Femtech and BEYOND.No.1

メディア×企業×電通で届ける、「生きる」を学ぶ性教育

2023/11/14

性教育は、「“生きる”を学ぶ教育」。

フェムテックを、女性のみならず社会全体に関係するものとして捉え、さまざまな取り組みを推進する電通の社内横断組織「Femtech and BEYOND.」(フェムテックアンドビヨンド)。

この連載では、本組織の取り組みを通して、フェムテックの潮流の変化やそこに関わる意義などを、多彩な企業・メディアなどと意見を交わしながら考えていきます。

第1回は、小学生とその保護者に向け、朝日小学生新聞、あすか製薬、電通が共同で実施した「生教育プロジェクト」について紹介。プロジェクトを企画・推進した電通の米澤直也氏、大重絵里氏、朝日小学生新聞の勇内丈司氏、あすか製薬ホールディングスの古澤恭子氏が座談会を行いました。

小さな子どもが十分な知識を持てないまま性被害に遭うケースが増えつつある今、性教育をどのように考えていったらよいのか。親子で性について考えるきっかけになることを目指して制作・掲出し話題を集めた広告制作の裏側や、産婦人科医を講師に招き実施したセミナーで伝えようとしたメッセージ、参加者の反応などについてお伝えします。

古澤氏、勇内氏、大重氏、米澤氏
<目次>
「性」は命に関わること。親子でもっとオープンに話せるように

メディアと一緒に取り組むことで、多彩な企業がジョインしやすくなる

インパクト大のローンチ広告!狙いは「親子の会話をうながす」こと

妊娠の仕組みにまで踏み込んだ独自セミナーで、「生き方はさまざま」を伝える

より多くの企業・メディアとの“輪”を広げ、ムーブメントをつくっていきたい

「性」は命に関わること。親子でもっとオープンに話せるように

米澤:「生教育プロジェクト」の企画・プロデューサーを担当する電通の米澤です。本プロジェクトでは電通とメディアパートナーの朝日小学生新聞さんが事務局を運営し、プロジェクトパートナーとしてあすか製薬さんにご参加いただいています。まずは皆さん自己紹介と、プロジェクト参加への思いをお聞かせください。

大重:「Femtech and BEYOND.」チームから参加した電通の大重です。本プロジェクトでは、主にクリエーティブディレクター・コピーライターとして、紙面企画やアイディエーション、コピー制作等を担当しました。

当チーム内ではもともと、「自分たちが親になった時に性教育の必要性を強く感じた」という声が挙がっていました。現代では、子どもたちも多彩なメディアにふれられ、ごく簡単に性の知識を得ることができます。その情報は、時には間違っていたり、歪んでいることもある。「性」は命に関わることなので親の口から教えたいのですが、私たち自身もどう説明していいか分からないもどかしさがあったため、ぜひ参加したいと思いました。

勇内:朝日小学生新聞で広告部長を務めています。当紙の経営理念は、「子どもたちの未来を応援すること」。学校では教えてくれないけれど、“生きていく上で必要な知識”を伝えることが役割だと考えています。タブー視されがちな「性」についても、親子でもっとオープンに話せるようになってほしい。正しい理解をしてもらいたいという考えから、このプロジェクトに参画しました。

古澤:あすか製薬ホールディングスで、女性のための健康推進室長を務めている古澤です。あすか製薬は1920年の創立以来、産婦人科領域の医療用医薬品の提供を通じて女性の健康をサポートしてきた会社です。当社では2020年の創立100周年を機に、社会貢献事業として「女性のための健康ラボ Mint⁺(ミント)」を設立しました。

「Mint⁺」では、主に20~40代の女性を対象に、「Mint⁺ teens」では主に女子高校生を対象に、女性のからだや健康に関する情報を発信しています。また、全国の高校に保健体育の副教材を無償で毎年17万部お届けし、男女の高校生が生理や避妊について正しく学ぶための性教育関連資材としてご活用いただいています。

サイトやこうした活動を通じて実施するアンケートにより、子どもたちと保護者への性教育が待たれている現状とその重要性を認識していました。また、私どもMint⁺のスタッフも全員が子育て経験者で、自身の子どもに性にまつわる話をどのようにしたらよいのか難しいと話題にしていました。親子に向けた性に関する情報発信の方法を模索していた中でお声がけをいただき、ぜひ協力したいと参加を決めました。

メディアと一緒に取り組むことで、多彩な企業がジョインしやすくなる

米澤:まずはプロジェクトの背景と狙いについて振り返ります。私が本企画を考えたきっかけは、コロナ禍の時に、若年層による望まない妊娠の相談率が急上昇しているという新聞の記事が増えていたことです。

当時は新聞局に所属しており、新聞社とだからこそできるプロジェクト、テーマは何かを常々考えていたのですが、記事を見てこれだ!と感じました。インターネットやSNSほかさまざまなメディアを通して、子どもたちが間違った情報をキャッチしてしまう中で、正確な情報を伝えるメディア、中でも若年層の子どもと保護者に直接届く朝日小学生新聞さんと取り組む意義のあるテーマだと思いました。

一広告会社だけではなかなか進められない、こうした問題にまつわる企画も、メディアというハブになる力を持った存在が中心となって推進していくことで、他企業がジョインしやすくなります。活動の輪を広げたいという思いもあって、まずは朝日小学生新聞さんにお声掛けしました。

勇内:電通が考えてくださった「性を学ぶことは、生きるを学ぶこと。」というキャッチコピーこそが、まさにこのプロジェクトを表現していると思います。日本の小学校では4年生から性教育が始まりますが、教えているのは思春期の体の変化についてだけなんですね。

日本では文部科学省による指導要領があって、教科書に掲載されている内容以上のことは教えられないことが一般的です。教育現場でも家庭でも性についてきちんと話ができない状況を企業やメディアを含めて何とかしようというのが、「生教育プロジェクト」の役割だと考えています。

米澤:そうですね。そういう意味では、今回のプロジェクトは「子ども」だけでなく「親子」にフォーカスを当てました。子どもが困ったときに相談できる相手は、やはり、親や保護者であってほしいという思いがあったからです。

ただ、自分自身を振り返っても、子どもの頃このテーマを親には聞けませんでした。例えば、テレビで少し性行為が流れたら番組を変えられてしまうといった行動一つで、このテーマを親に話してはいけないと思ってしまうんです。まずはそうしたマインドを少し変えられるだけでもいいのではないかと考え、取り組みをスタートしました。

インパクト大のローンチ広告!狙いは「親子の会話をうながす」こと

4月18日 プロジェクト始動広告(テーマ:性教育)
4月18日 プロジェクト始動広告(テーマ:性教育)

米澤:ここからは実際の取り組みを振り返りたいと思います。まずはプロジェクトのローンチ時に、朝日小学生新聞に一面広告を掲出しました。Femtech and BEYOND.チームを中心に、非常にインパクトのある広告の制作・掲載を実現できました。こちらは第76回広告電通賞のプリント部門銀賞も受賞させていただきましたが、掲出に向けての苦労や意図をお聞かせください。

大重:この広告の実現においては、私たちが制作した原稿をOKしてくださった朝日小学生新聞さんの英断が大きかったと思います。広告の中で、通常掲載が控えられる言葉をいくつも羅列しています。それは、正に「性を学ぶことは、生きるを学ぶこと。」という考え方を体現した言葉なのですが、そこだけが注目されてしまうと意図が伝わらなくなってしまうため、込められた“想い”についてはボディーコピーできちんと説明できるよう考えました。

今回は正論や真面目な言葉だけを並べても、読者に振り向いてもらえないだろうと感じていました。本プロジェクトにおいて一番大切だったのは、親子の会話をどう促すかということ。そのため、この広告もきちんと親子の会話に上がること、親が子どもに対して恥ずかしくても「性」の話をするきっかけになれることを強く意識しました。

まずは子どもに見てもらうためにイラストは工夫しましたね。また、その後の広告も含め「モーメント」に合わせて、親が“本当は言いたいけど言いづらいこと”をメッセージに託せるよう考えました。朝日小学生新聞さんからアイデアをいただき、どのモーメントにどんなメッセージを打ち出すのかを繰り返し検討しながら制作を進めました。

勇内:私は最初にこの広告を見たときから、「ものすごくいい!」と思いましたね。紙面を開いた瞬間に、ビジュアルとコピーがぱっと目に飛び込んでくる。ただ、やはりセンシティブな内容ですし、少し挑発的な仕上がりなので、読者からクレームが入る可能性は考えました。事前にこういった内容の広告が出ることを社内の全部署に伝えて、電話がかかってきた場合の質疑応答用紙も用意し、弁護士さんにも対応を相談しました。結果的にはほとんどクレームが来なかったため、多くの読者にメッセージが届いたのではないかと感じています。

米澤:子どもがいる当社員の家でも朝日小学生新聞を取っているのですが、この広告を見て母親に話しかけた家庭があったと聞きました。われわれの狙いでもあった、親子の会話のきっかけができたケースもあったようですので、影響は大きかったのではないでしょうか。

4月27日 世界生命の日(テーマ:生命の誕生、人権)/12月24日 クリスマス(テーマ:性の多様性、LGBTQ、性自認)/12月31日 大みそか(テーマ:性の多様性、ルッキズム)
4月27日 世界生命の日(テーマ:生命の誕生、人権)/12月24日 クリスマス(テーマ:性の多様性、LGBTQ、性自認)/12月31日 大みそか(テーマ:性の多様性、ルッキズム)

妊娠の仕組みにまで踏み込んだ独自セミナーで、「生き方はさまざま」を伝える

米澤:生教育プロジェクトでは、2022年に、2度のオンラインセミナーも実施しました。そのうち、「『生理』ってなんだろう? 親子で学ぶからだと心の成長について」というタイトルで行われた2回目のセミナーについて、実施までの経緯や内容、参加者の反応などを古澤さんからお話しいただけますでしょうか。

古澤:このセミナーでは、学生さんや教員、保護者の方へ「生理や避妊に関する正しい知識」を深めてもらうためのセミナーやカウンセリングを多数行っており、産婦人科医として「性教育」の大切さを伝え続けている著名な先生である塚田訓子先生に講師をお願いしました。講師のお願いのお話をした時、塚田先生からは「私が話をするのであれば、生理はもちろん、男性器女性器のつくりや性行為についてもきちんと説明させてくださいね」と言われたんです。当社の法務コンプライアンス部門や広報と相談を重ねましたが、そうした内容も含めて「生きること」につながるお話のため、ぜひ話していただこうという結論になりました。

参加者の方から質問があったときのQ&Aはさまざまな角度から想定をして用意し、保護者の方がまだお子さんには教えたくないと判断されたときには退室もできる形にして開催しましたが、実際に、セミナー途中で退室された方はほとんどいらっしゃいませんでした。

塚田先生は女の子、男の子のからだの変化と、生理と射精のしくみ、妊娠から出産までお話をされたうえで、自分のからだを守ることの大切さ、性にはいろんな形があることもお話しくださいました。そして「子どもを産もう」といった結論ではなく、生き方はいろいろあることを伝えてくださいました。結婚しない、子どもを産まないという選択もあるんだよ、なりたい自分になるために、からだと心をきたえよう、と話してくださり、すごく良い講演だったと思います。

勇内:私たちもセミナーを通して勇気をいただきましたね。当日参加者がリアルタイムで書き込むチャットにも冷やかしは全くなく、講演後のアンケートも非常にポジティブな意見が多数見られたんです。

例えば「SEXや性交渉といったワードも出てきたので、小学生にはまだ早いのではと思いましたが、内容は実りあるものでした。娘たちがどう感じているのかを知ることもできたので、今後も生かしていきたい」「これをきっかけに親子で性についての話ができるようになればいいと思う」「また開催されるなら、継続的に参加したい。次回も期待しています」などです。

米澤:こうした反応をお聞きして、やはり必要とされている情報だったことを、われわれの中でも再認識できましたよね。朝日小学生新聞さんとは他に「こころとからだの探検BOOK」というムック本を制作しており、10月の上旬から小学校に配っていく予定でいます。こちらの制作ではどのような点がポイントになりましたか?

こころとからだの探検BOOK
こころとからだの探検BOOK 中面
こころとからだの探検BOOK 中面

大重:制作で苦労したところは、私たちは性教育の専門家ではないため、チェック時にほとんどのテキストに直しが入ることになりました。また、日本では、性教育自体がまだ発展途上なため、何をどこまで伝えていくのが良いのかは、今後も専門家も交えながら丁寧に話をして進めていく必要があると思っています。

勇内:ムック本制作の背景には、先生方が学校で性教育を行う際に手助けできるものを届けたいという思いもありました。そういう意味では、今回出したものを、先生方に使っていただき、ご意見を反映したり、より使いやすくするにはどうしたらいいかを継続的に考えて、改訂していきたいですね。

より多くの企業・メディアとの“輪”を広げ、ムーブメントをつくっていきたい

米澤:今回の取り組みを経て、性教育というテーマに今後どう向き合っていったら良いのか、各自の立場から感じている思いを教えていただけますでしょうか。

古澤:私たちは「Mint⁺」の活動を通して、ニュースで見る以上にたくさんのお子さんたちが、正しい知識を持てないまま性被害に遭ってしまっていることを認識しています。この取り組みに参加し、小学生やその親御さんも含めた性教育の重要さを改めて感じました。発信する側の私たちも、ここまで話していいのかと感じてしまうことがあるのですが、「性」に関わる話題は恥ずかしいことでも、隠すことでもないことを、十分理解した上で関わっていければと考えています。

また、子どもたちの話では、小学生の頃から産婦人科に通うことが当たり前になっている子もいるそうです。今後はそうした部分のサポートとして、産婦人科は行くのが恥ずかしいところでは決してなく、女性のからだについて何でも相談できるところだと知ってもらえる活動に取り組んでいきたいですね。

勇内:私どもと全国の子ども向け新聞、子ども向け紙面を持つ新聞社では、SDGsが叫ばれる前から、大人になったときにどんな世の中になっていたらいいかを、全国の小学生が考えて大人に提言する「こども新聞サミット」というイベントを実施してきました。当初はスポンサー集めにとても苦労したのですが、7年目にして、時代が追いついてきたように感じています。このプロジェクトもきっとそうなるはずです。早い段階からこうした取り組みをしておくことに意義があります。

その上で大事にしたいのは、必ず専門家に入っていただくこと。センシティブなテーマですので、プロジェクトに向けたわれわれの思いに賛同して、表現してくれる方をどう見つけるかはとても気を配りました。金融にまつわる話もそうですが、子どもが本当は学んでおいた方がいいことは他にもたくさんあると思います。企業と専門家、メディアが関わることで、彼らが生きていく上で必要な学びをさらに広げていければと考えています。

大重:多彩な企業を巻き込み、国に先んじてムーブメントを作っていくことが私たちの役割でもあるかと思います。学校では、文科省の規定にそった話までしかできないことが多い。そこを企業やメディアとどう乗り越えるか考え、丁寧にアプローチしていく必要があると強く感じました。クリエイティビティの力もそうですが、社会貢献の目線も持って、手をつないでいくことが大切です。

米澤:このプロジェクトの話を企業にすると、大義や取り組みに対して非常に共感していただけます。ただやはり性教育に対して、企業が予算をつけるのは難しいのが実情です。こうした支援は、教育にとどまらず、ダイバーシティにも広がっていきます。今後おそらく国や政府の支援が進んでいくことも追い風にして、さらに輪を広げていきたいですね。

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