OOHは、街の「レコメンドエンジン」
2023/11/28
今回は、日々進化を続けるOOH(Out Of Home: 交通広告や屋外広告、商業施設での広告など、家庭以外の場所で接触する広告媒体の総称)の魅力を、インタビューを通して探ります。話題のOOHを多数手掛けている、電通のプランナー・クリエイティブディレクターの尾上永晃氏に、同社のアウト・オブ・ホーム・メディア局の黒川大輝氏、三澤加奈氏が話を聞きました。
OOHは街行く人におすすめの商品やサービスを紹介してくれる「レコメンドエンジン」だと言う尾上氏。自身が手掛けたクリエイティブの話を交えながら、他の広告にはないOOHならではの価値を語ってもらいます。
OOHは、キャンペーンを強力にけん引する「ヒーローメディア」
三澤:初めに、2023年5月に実施されたNetflixの相撲ドラマ「サンクチュアリ -聖域-」のOOHプロモーションはとても話題になりました。この企画はどのように生まれたのでしょうか。
尾上:キャンペーンをプランニングするとき、以前は企業のホームページを告知メディアの中心として考えていました。キャンペーンの全容をぱっと知ってもらうのも、キャッチコピーを見てもらうのも、ホームページやその中のキャンペーンサイトがメインで、そこに来訪してもらうことを中心に組み立てていました。
しかし、2014年頃からSNSだけで必要な情報が見られるコンテンツが増え、ホームページまでしっかりと見てもらうことが難しくなってきました。1クリック1タップさせることのハードルがどんどん上がっています。なので、できるだけファーストビューで全部伝えたい。
そこでキャンペーンの顔として意識するようになったのが新聞とOOHです。とくにOOHは撮影された画像がSNSで投稿・拡散されるので、サムネイルの役割も果たします。タレントのビジュアルやキャッチコピーなどをサムネイル的に表現しつつ、掲出場所をそのキャンペーンの名所とすることができるのが最大の強みです。
「サンクチュアリ -聖域-」は、サーキュレーション(媒体の普及状況を示すデータ)を見ると、相撲の聖地である両国ではなく渋谷で強いメッセージを発信した方がいいという意見もありました。けれど、それではパンチが弱い気がして。ちょうど大相撲の5月場所もあるし、やっぱり両国でやるべきなんじゃないかと考えました。
いろんな企画の中から、制作が難しすぎるものではなくインパクトがあるものをと考えて巨大な猿桜を作ることになりました。
三澤:このOOHはまさに名所をつくった広告事例で渋谷や新宿でなくても話題化することを示しましたね。ソーシャルリスニングをしたら、見に行った方が何人もいらっしゃいました。
尾上:ドラマの内容も良かったので、配信開始後に見に行かれた方もいたと思います。これまでいろいろな広告を作ってきましたが、結局、広告はキャッチコピーとビジュアルが大事です。ブランドが「こういうことやっています」というメッセージを凝縮して伝えられるのが昔は新聞広告のみでしたが、今はOOHやX(Twitter)投稿なども選択肢に入ります。
OOHやX(Twitter)投稿がないとキャンペーンが整理されていない印象になると、個人的に思います。OOHはデジタルでの流通力と現場での体験力があるので、キャンペーンを強力にけん引する「ヒーローメディア」になりやすいですね。
黒川:「ヒーローメディア」という言葉、とてもすてきです。OOHは商品やサービスを認知させると同時に街の名所にもなるからヒーローなんですね。
尾上:平成の頃は、OOHは滞留時間が短いので長いメッセージは向かないというのが定説でした。でも、いまはスマホで撮って流通するので、むしろ滞留時間が長いOOHもありえるのも「ヒーローメディア」になる要因です。
デジタル上の情報が増えているからこそ、キャンペーンの立ち上げ期はOOHで情報を発信したり、話題化させたりする方が良いと考えています。
三澤:なるほど、新しい考え方ですね。尾上さんはデジタルを使った統合キャンペーンの設計を得意としているクリエイターですよね。他にも場所に応じたOOH展開をした事例はありますか?
尾上:5年ぶりに「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(こち亀)の新刊が出た時のプロモーションでは、漫画の舞台であるJR亀有駅で広告を掲出しました。漫画の中の扉絵に亀有や下町の描写があるのですが、そのシーンを実際の風景に重ね合わせたビジュアルのポスターを12種類作りました。両さんたちが本当に帰ってきたっていう気持ちになってもらいたかったので。
尾上:他には、電車内をジャックした、Netflixの「リラックマとカオルさん」(※1)の告知広告があります。この作品は、さまざまな「~すべき」論に振り回されて頑張りがちな主人公のカオルさんが、同居しているリラックマたちによって解放される日常生活を描いた、一話10分程度のストップモーションアニメです。
告知広告は、「~すべき」を感じさせる世の中のさまざまな言葉を、あえてキャッチコピーに選びました。受けのコピーは、「世の中、がんばること多すぎません? がんばる、を忘れる10分間。」としています。
当時の電車内広告は、「夏までに痩せよう」といったダイエット広告や、「頑張って学ばないと置いていかれる」と感じさせる英会話の広告などが多くて窮屈な雰囲気がありました。なので、「リラックマとカオルさん」の告知広告を見た人をカオルさんみたいに「〜すべき」から解放してあげたいという意図がありました。
※1 Netflix シリーズ「リラックマとカオルさん」独占配信中
三澤:車内広告あるあるを批判的に捉えながらもチャーミングな広告に落とし込んでいてメディアアートみたいですね。尾上さんの企画は広告のパターン数が多いですが、同じクリエイティブを使うのではなく1枚1枚、絵柄を変えるのはなぜですか。
尾上:作品が好きだからというのもありますが、自分がファンとして広告を見た時に同じクリエイティブの繰り返しを見るとなんか残念に感じるし、いっぱい種類があった方がうれしいからです。同じ素材の使い回しは、売らんかなの印象も強くなりますし。以前、渋谷のストリートジャックで大量の広告があったのですがアニメの絵柄が全種類違うもので、ファンだったらうれしいだろうなと思った経験があります。自分も見ていてワクワクしたし、探す楽しみが生まれます。
ニッチなOOHほどファンは喜ぶ
尾上:OOHはニッチなものほどファンは喜ぶ傾向があります。名所に行った思い出として記憶が残るし、中には写真を撮って記録を残す方もいますね。通常、広告は、わかりやすくて見やすいところに出すものですが、相手がファンだった場合には隠せば隠すほど価値が上がって広告効果が上がる可能性がある。これまでの広告の概念を変えるものです。
黒川:隠せば隠すほど価値が上がるというのは面白いですね。ニッチな事例にはどんなものがありますか。
尾上:どん兵衛のやかんはその一つです。以前、渋谷駅のホームにどん兵衛が食べられる「どんばれ屋」というお店がありました。その店が閉店する時に実施した企画ですが、やったことは閉店した店内にひっそりやかんとメモ書きを置いただけです。大々的に広告を打ったわけではないのに、それが撮影されたものがネットで広がり大きく話題化しました。ひっそりとしているからこそ発見感があり、他の人にも伝えようとネットで広げてくれるんだと思いました。
尾上:漫画「ONE PIECE」の連載20周年キャンペーンでは、同作品のキャラクターである、麦わらの一味の痕跡を残した広告を京都市内10カ所に掲出しました。かなり奥まったところに掲出した広告もあったのですが、このような細かいネタほど反応が良かったように思います。
三澤:面白いOOHを発見したら、人に伝えたくなりますよね。SNSで紹介する人々の姿が想像できます。
尾上:最近の事例では、森永乳業のコーヒーブランド「マウントレーニア」の新パッケージを告知したOOHがあります。新たに発売された「マウントレーニア ブラック無糖」は、香りを楽しんでもらうために、パッケージが従来のカップ型からキャップ付き紙パック容器になりました。従来の商品とは違う商品棚に陳列されるので見つけにくくなります。そこで、あえて商品棚から商品を見つけてもらうようなOOHを企画しました。ポスターではたくさんの商品を見せていて、それっぽいものもありますがどれも少し違います。各商品のパッケージをよく見ると、新しく棚に加わる「マウントレーニア ブラック無糖」を意識したセリフが入っているなど、遊び心も加えました。
三澤:OOHはニッチなものほどファンは喜ぶ傾向があるとのことですが、広告掲出の告知はどうされていますか。
尾上:ケースによります。広告掲出の告知はしないでほしいとクライアントにお願いすることもあります。先に告知するとみんなが確認しに行く構造になってしまい発見感が薄れます。誰かが発見するまで待つために夕方から情報解禁することもあります。第一発見者はファンであってほしいなと。初めから話題になってキャンペーンを引っ張れる自信があるものは掲出と同時に告知していいですが、そうでないものは、後から告知した方がいいかもしれません。
OOHは、自分の「興味外」の面白さをオススメしてくれる
黒川:尾上さんはOOHをどんなメディアと捉えていますか。また、企画や制作の際に意識されていることを教えてください。
尾上:デジタルだけのキャンペーンは、ブランドの規模感がスマホ画面の中だけにとどめられて小さいものに感じられる側面があります。なのでOOHの物理的な大きさを活用して広告を出した方が全体的なバランスが良くなりますね。感覚的ですが。OOHはターゲティングしているようでしていないので、いろいろな人に当てられるのがいいところです。
セレンディピティはデジタル上ではなかなか起きづらい。SNSでフォローしている人も、キュレーションサイトも、登録しているYouTubeチャンネルも、自分が興味のあるものばかりで、自分が好きなものしか見ない。
そうすると「エコーチェンバー現象」(※2)に陥りやすくなるといわれています。コロナ禍でリアルよりもネットでのコミュニケーションが増えて、さらにその傾向が強くなっています。
そのような現状を踏まえて、いまはSNSでもアルゴリズムが変化していて、ユーザーが興味関心を持っている以外の情報が割と出てくるようになっています。ただ、そういったことが元から成立しているOOHというメディアはやっぱり面白い。つまりOOHは街に出ている人に対して自分の「興味外」の面白さをオススメしてくれる「街のレコメンドエンジン」なのです。
昔のTSUTAYAはレンタル棚の脇に過去のアルバム名作100選とか書いたPOPや冊子を置いていて、それを見て興味関心が広まった記憶があります。やるからには興味がない人にも興味を持ってほしいし、良い影響を与えたいというのが個人的な理念としてあります。
OOHを企画するときには、街の景色としてその広告があると良いかどうかも意識しています。好きなイラストレーターであるレイモン・サヴィニャックは、「街の中にポスターが貼られた時に人が楽しめるものであるべきだ」という考えを持っており影響を受けています。そして広告が掲出されたら自分の足で現地に行き、どう見えるか、どんな人が見ているかを確認する。いろいろ気づくことがあるし、人々の反応を見ながら次の企画に役立てています。
黒川:本当にいろいろな角度からOOHを考えているんですね。どれもビビっとくる話ばかりで刺激的でした。私も今日お伺いした「ヒーローメディア」「レコメンドエンジン」といったパワーワードを、OOHの魅力を説明する際に使っていきたいと思います。
三澤:尾上さんの話を聞いて、OOHのさまざまな実践知を感じました。なによりご自身が広告対象の作品や商品のファンであり、リスペクトの気持ちがあることも伝わってきました。これからもOOHをうまく活用して街を彩る愛ある広告が見られることを楽しみにしています。
※2 「エコーチェンバー」とは、ソーシャルメディアを利用する際、自分と似た興味関心を持つユーザーをフォローする結果、意見をSNSで発信すると自分と似た意見が返ってくるという状況を、閉じた小部屋で音が反響する物理現象に例えたもの。