loading...

電通報ビジネスにもっとアイデアを。

実践!企業のサステナビリティの現在地
~空間づくり・イベント領域における取り組み~

2023/11/27

「サステナビリティ」という言葉やその重要性は広く知られていますが、果たして、アクションにまでつながっているのでしょうか。特に、空間づくり・イベント領域におけるサステナビリティ推進にはどんな課題があるのでしょうか。その実態と、解決のヒントを探るため、企業のサステナビリティアクションに取り組む3人が、独自調査や海外事例も交えながら語りました。

※この記事は2023年8月に開催されたカンファレンス「BACKSTAGE」のセッションをもとに作成しています。https://backstage.tours/
 

image

聞き手:樋口陽子(月刊イベントマーケティング 編集長)

サステナビリティ推進は義務から企業成長戦略に

――まずは自己紹介からお願いします。

竹嶋:電通で、ステークホルダーのSDGsへの取り組みをサポートするプロジェクトチーム「電通Team SDGs」のリーダーをしながら、いろいろな企業やメディアのサステナビリティの推進に関する戦略策定、事業変革、コミュニケーションのサポートをしています。

大高:イベント業務を主な事業とする電通ライブに勤めています。前職から約20年間、イベントスペース部門のプロデューサーをやってきました。僕自身が本格的にサステナビリティに取り組んだのは昨年からで、まだ始まったばかり、という立場です。同じ立場の方に共感いただけるお話ができたら、と思います。

西崎:ジャパングレーラインという会社で、「サステナブルイベントネットワーク」というプラットフォームを運営しています。そこで、イベント産業全体を持続可能なものにすることを目指して、イベントに関わる全ての人が学び合うためのお手伝いをしています。今はオランダ在住なので、オランダと日本の両方で活動している立場からお話しできたら、と思います。

――プロモーション領域やイベント分野のサステナビリティの話に入る前に、まずは一般的なサステナビリティをとりまく環境について、竹嶋さんから教えてください。

竹嶋:導入ですので、重要なポイントだけご紹介します。はじめに、生活者の意識についてです。

電通独自調査によると「SDGs」という言葉の認知率は91.6%、「カーボンニュートラル」という言葉の認知率は85.4%まであがっています。そして、「カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みの必要性」については約76%の人が必要性を感じていると回答しており、認知だけでなく、取り組まなければいけないという意識まで、生活者の中で高まっていることが分かります。image
image
また、注目したいのが「SDGsに取り組む企業に対する印象」です。「企業に対するイメージがよくなる/好感度が上がる/信頼度が増す」「その企業の商品やサービスを購入/利用するようになる」という結果がでています。イメージが上がるだけではなく、企業のビジネスにも好影響があることがうかがえます。image
次に、企業側からみたSDGsの環境についてご紹介します。

今なぜ、あらゆる業界の企業がサステナビリティに取り組むべきなのか。それは、先ほどお話しした通り、生活者からのイメージを高め、選ばれる企業になるという点だけでなく、取り組まなければ投資家からの評価が下がるなど、経営リスクにつながるからです。また、生活者の意識が高いということは、従業員の意識も高いということ。サステナビリティに取り組むことは人材の獲得・維持・育成のためにも、重要なことだと言えます。つまり、取り組んでいない企業はもう生き残れない時代になっている、と言えるでしょう。

では、企業がサステナビリティ起点で取り組むべきは何か。一つは、「企業として責任を果たす領域」。これは言い換えれば、やらなければいけないこと、です。「スコープ1・2・3」をご存じでしょうか。企業は自社の企業活動に加えて、原材料仕入れから製品の製造、生活者が製品を購入・使用・廃棄するまで……事業活動領域のサプライチェーンで発生する全ての温室効果ガスの排出量を算出し、削減していかなければならない、ということです。今回のテーマであるイベントや空間づくりにおいても、企業からしたら、ブランディングやマーケティングなどサプライチェーンの一端を担い、温室効果ガスの排出量削減は義務になってきている、ということがお分かりになるかと思います。

image
出典:https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/scope123.html をもとに作成
「スコープ1」は自社が直接排出する温室効果ガス、「スコープ2」は他社から供給された電気・熱・蒸気を使うことで間接的に排出される温室効果ガス、「スコープ3」は原材料仕入れ時や販売後に排出される温室効果ガスを指す。広告やイベントは「スコープ3」に該当する。

もう一つ、重要になっているのが、義務としての取り組みの先にある企業独自の強みを生かした「企業価値や収益向上につなげる取り組み」です。自社の価値や強みを策定して、それに基づくサステナブルな商品や事業の開発をすること、そして、従業員や生活者を巻き込んで、行動を変革し、社会に実装していくことが求められています。つまり、サステナビリティ推進は義務であるだけではなく事業成長にとって重要なものになっている、ということです。

企業の事業成長につながるサステナビリティ推進には、下記が必要です。

・事業に関わる全てのことをサステナビリティ視点で見直すこと
・インナー(従業員)や生活者の心を動かし、ともに動いていくこと
・そのために、インナーや生活者がサステナビリティの必要性や価値を実感して楽しみながら続けていけるコミュニケーション・場・仕組みを作ること

この、「楽しみながら続けていける」ということにおいて、イベントや空間づくりは、サステナビリティ推進のエンジンになると考えています。

オランダに学ぶ「デザイン×サステナビリティ」設計

――ありがとうございます。では、イベントや空間づくりのサステナビリティとは具体的にどんなものであるのか、西崎さんに、海外の最新事例から教えていただきたいと思います。

西崎:ドバイ万博のオランダ館の事例をお話しします。オランダには「デザイン×サステナビリティを楽しむ」という土壌がありますが、このパビリオンはその好事例として世界的にも注目を集めました。太陽光を利用して大気から毎日数百リットルの水分を抽出し、来館者は雨となって降り注ぐその水を、傘をさして音楽や映像とともに受ける、といったエンターテインメントが提供されました。このパビリオンは建設(の段階)からサステナビリティを取り入れていて、万博終了後は使用した建材は地元の建設業界に戻されたそうです。その結果、最もサステナブルなパビリオンとして数々の賞を受賞しました。

次に、ブルーシティというサーキュラーエコノミー関連企業が集まるオフィスの事例です。このオフィスは、廃棄物をアップサイクルしてつくられています。画像を見ていただくとわかる通り、窓枠が曲がっていますよね?実は設計図の段階ではまっすぐだったんですが、アップサイクルで使える建材の寸法が長かったそうなんです。そこで、デザイナーと職人たちが現場で話し合って、角度をつけたデザインにすることで解決したそうです。高いデザイン性によってサステナブルを実現した、分かりやすい事例だと思います。

image
BlueCity_credit the photographer: Sophie de Vos

最後に、イベントの事例です。世界で初めて廃棄物ゼロを達成した大型音楽イベント「digital music festival」です。このお話をすると、オランダ人の意識が高いから成り立つと思われがちなのですが、実は全く逆で、サステナビリティなイベントだから参加する人はとても少ないそうです。音楽イベントとしての魅力を最優先につくられていて、参加者は知らないうちにゴミゼロに貢献している仕組みになっています。

image
Photo by Ryuichiro Nishizaki

竹嶋:このような取り組みは、生活者を巻き込んでいかないと、なかなか実践できないと思いますが、何か工夫がされているのでしょうか?

西崎:このイベントでは、体験設計にその工夫が組み込まれています。例えば、ドリンクカップがリユースできるハードカップになっていて、同じカップで何度もおかわりできるシステムが導入されています。また、そのカップを返却すると、トークンのようなコインがもらえるようになっていて、そのコインを集めると、未発表の音楽がダウンロードできるといったインセンティブが用意されています。さらに、カップを返却するハードルを低減するために、カップを回収する係の人がフロアのいたるところにいて、その人に返すことでコインがもらえる仕組みになっています。音楽体験を最優先にしているので、その体験を中断することなく返却できるんですね。

つまり、参加者が求める体験を最優先にして、そこにサステナビリティをいかにナチュラルに組み込めるか、というのがイベントデザインにおける最大のポイントなのだと思います。

――ありがとうございます。大高さんに伺いたいのですが、日本での事例はどうでしょうか?

大高:オランダに比べると、まだまだこれから、というフェーズではありますが、進んだ事例もでてきています。例えば、伊藤忠商事の事例で、2021年につくられた「ITOCHU SDGs STUDIO」という施設です。食事を通してサステナブルに触れる「星のキッチン」や、子どもがSDGsと触れることができる「KIDS PARK」、大人が子どもの視点を体験できる「こどもの視点カフェ」などがあります。自社だけでなく、生活者みんなに自分に合ったSDGsに取り組んでもらう、そのきっかけとなる場としてつくられています。

image
他にも、企業が主体となって、サステナビリティをテーマにした施設が日本でも徐々に増えてきているなと感じています。

サステナブル推進の最大課題は「自分ごと化」

――常設の施設ではサステナビリティの取り組みも進んできているということですが、イベントではどうでしょうか?イベントの現場にいらっしゃる大高さんからみて、イベントにおけるサステナブル推進の課題について教えてください。

大高:自己紹介でも言ったように、僕も昨年ぐらいからやっと本格的に意識しだしたのですが、その立場から考えると、「自分ごと化」が非常に大切だなと思っています。

自社製品を作る過程に関するサステナブルな取り組みは進んでいます。ですが、その製品をPRするイベントには、サステナブルを意識されていないことが多くて。とてももったいないことだと思うんです。せっかく自社の製品をサステナブルな考え方で作っているのに、最も生活者と触れ合うPRの場ではサステナブルが実践されていない、というのは機会損失にもなっていると思います。

電通ライブの業務でも、クライアントと接していて、「自分ごと化」の課題を感じていました。そこで社内でサステナブルチームをつくって、二つの取り組みを行っているので、そのご紹介をさせてください。

一つ目は、「サステナビリティに配慮したイベントガイドラインとチェックリスト」です。環境編とDEI編を作成しました。ガイドラインと聞くと、ルールブックのようなものをイメージされるかもしれないですが、そうではありません。イベントの作り手である主催者・協賛社・企画者・制作者が、サステナブルなイベントにするためにどうしたらよいかを考えて会話するための、コミュニケーションツールとして作っています。

image
PDFでダウンロードできるほか、ブラウザ上でみることができるサービスも9月にローンチ。PDFと同様にテーマごとのポイントが掲載されており、フェーズや領域を選ぶと関連するチェックリストを見ることができる。
PDF版はこちら https://www.dentsulive.co.jp/ss/2022/12/SustainableEventGuideline.pdf
ブラウザ版はこちら https://sustainableguideline.bubbleapps.io/

――運営マニュアルとして最後に見るのではなく、会話を始めるために最初に見るもの、ということですね。

大高:そうです。なぜ、ルールブックになっていないかというと、サステナブルの取り組みは考え方もさまざまで、正解が一つじゃないんです。取り組むべき領域も一つではなく、環境の中にも「廃棄物削減」「省エネルギー化」、DEIだったら「ユニバーサルデザイン」「ジェンダー問題」といったさまざまなテーマがあります。そういったことにまずは気づいてもらい、自分たちが取り組めることに一歩踏み出してもらう。そのためのガイドブックなんです。

重要なのは、いきなり百点満点を目指す必要はないということ。まずは一歩踏み出して、今回はここまでやろう、それを振り返って、次回はここまでやろうと、振り返りと実践を繰り返していくことが重要です。そうやって徐々に、サステナビリティに配慮したイベントを完成していけるとよいな、と思います。

――評価から入ってもいいわけですよね?

大高:そうですね。どのステップから入っていただいても、継続的改善を図っていくのが重要だと思います。このガイドライン自体も完成ではありません。ぜひ、皆さんに使っていただいてフィードバックをいただければ、と思います。みんなで日本のサステナブルイベントを育てていくという観点で、このガイドラインも育てていきたいなと思っています。

――今回、このガイドラインの作成には西崎さん、竹嶋さんも携わっていらっしゃるとお伺いしております。どんなことをされたのでしょうか?

西崎:グローバルでも標準的な項目をチェックリストに入れ込むことに加えて、取り組み領域が網羅的になるように気をつけました。

竹嶋:私はサステナビリティのコミュニケーション全般に携わっている立場から、気を付けるべきことをお伝えしました。サステナビリティのコミュニケーションは、きちんと外に出していかないと価値が伝わらないので積極的にするべきだと思うのですが、実態やデータが足りていないとウォッシュになってしまい、逆にブランドを毀損(きそん)してしまいます。イベントも同様で、例えば、広告では良いことを言っているけどイベントではプラスチック製品を大量に配っているし、DEIにも配慮されていなかった……となると、一気にブランドイメージが落ちてしまいますよね?生活者の方と接する場だからこそ、慎重にならないといけないことがあるので、その観点を盛り込みました。

一方で、私たちはイベントでもこういうところから取り組み始めています、という情報を出していくことで企業の価値も上がっていくと思うので、このガイドラインを使いながら外に対する情報発信も一緒にやっていけるといいと思います。

――ルールブックじゃなくてコミュニケーションツールだ、というのがすごく印象的で、最初は皆さんの目線合わせが必要だと思いました。それが、コスト問題の解決にもつながってきますよね。リスク面や情報発信の面からも、このガイドラインは大事だなと思いました。もう一つの取り組みについても教えてください。

大高:イベントスペース業界で大手と呼ばれている乃村工藝社さん、丹青社さん、ムラヤマさんと電通ライブの4社で、「サステナブルイベント協議会」を結成しました(編集部注:その後、「博報堂プロダクツ」も参画し、協議会は5社となっている)。一社一社が単独で動いても、できることが限られてしまいます。時には競合関係になる会社同士ですが、業界のサステナビリティを推進していくために、先ほどのガイドラインの積極活用に加え、さまざまな取り組みを協力して行っていく予定です。先ほどお話しした「自分ごと化」という課題は、イベント制作会社側にもいえることだと思っています。業界各社の方々が積極的に参加して、連携し、サステナブルイベントが根付いていくようなことを、この協議会で目指せれば、と思っています。

image


――最後に一言、皆さんからサステナブルのアクションにつながるためのヒントをいただけたら、と思います。

竹嶋:サステナビリティの課題は大きくて難しいものばかりです。先ほどの話にもあった通り、一企業ではなく企業が連携して取り組んでいくということも大事ですし、生活者とも一緒になって取り組み、社会全体を変えていくことが必要になると思います。そのためには、生活者の気持ちが動くもの、みんなが一緒になってワクワクしながら続けられる取り組みであることが大事だと思います。体験ができるイベントや空間づくりは、サステナビリティ推進のとても大きなエンジンになるのではないかと、とても期待していますし、私も一緒に取り組んでいきたいと思っています。

西崎:オランダの人に、オランダはサステナビリティが進んでいると話した時に、「でも、日本では千年前からやっているよね?」と返されたことがありました。伊勢神宮の式年遷宮のことです。百年単位で森を育てて、その木を使って建築をして、20年に一度建て替えて、技術と伝統を継承していく。今でいうと、レガシーを残している。

そんな話に思いをはせながら、オランダと日本の両方を見ている立場として感じるのは、まだまだ日本には可能性があるということです。今日のお話でオランダは進んでいると捉えられたと思いますが、テクノロジーやソリューションは、日本が優れているところもたくさんあるので、一気に逆転ホームランができるんじゃないかな、って。それが、イベント領域でできるんじゃないかと思っています。

大高:「自分ごと化」できていないことの理由として、怖くて一歩を踏み出せないということがあるのでは?と思います。サステナビリティを勉強していると、「Learning by doing(学びながら動こう)」という言葉がよくでてきます。日本はどうしても、しっかり学んでから動くという風潮があると思います。そうではなくて、学びながらとにかく動く。それが、サステナブルイベントを発展させるために重要なことだと思います。

僕らも、ガイドラインや協議会など、取り組みを始めていますが、この先、失敗もいろいろあると思います。でも、学びながらまた次に生かしていく。そうやって、5年後10年後に、日本のイベントや空間づくりにサステナビリティが自然に根付いている時代がくるといいなと思います。

――フェーズが変わってきているサステナビリティにイベント領域はどう対応してどう変わっていくのかを考えるヒントを得られたセッションになったと思います。私個人としては、このBACKSTAGEが終わったらまず、ガイドラインでチェックするということからスタートしたいと思います。ぜひ、皆さんで一緒に取り組んでいきましょう。本日はありがとうございました。

image

X