気候変動リスクを経営戦略の中へ Gaia Visionの挑戦
2024/07/02
ビジネスにおけるサステナビリティを考えるとき、自然災害リスクを経営戦略に織り込むことが世界的な潮流となっています。地震や豪雨が多発する日本にあっても、その重要性は論をまちません。
激甚化する気候変動のリスクに企業はどのように向き合うべきか。リスク評価を可能にする最新の技術とは。気候変動による災害リスクの分析サービスを企業などに提供するスタートアップ「Gaia Vision」の北祐樹氏と出本哲氏に、電通 サステナビリティコンサルティング室の有馬昂志氏が聞きました。
※本記事は、Transformation SHOWCASE掲載の記事をもとに再編集しています。
東京大学発のスタートアップ
有馬:近年、台風や豪雨、それによる洪水、猛暑といった気象災害や異常気象に実際に遭遇したり、ニュースなどで見聞きしたりする機会が増えています。Gaia Visionは、気候変動による自然災害リスクを軽減するために、最先端のテクノロジーを活用したソリューションを提供しているということで、今注目のスタートアップ企業ではないかと思います。まずは、Gaia Visionの具体的な事業内容や研究開発をされている技術について、教えていただけますか。
出本:私たちは東京大学発のスタートアップで、気候変動・洪水シミュレーション技術を用いたリスク分析プラットフォームを企業などに提供しています。究極的には、気候変動による災害リスクを少しでも抑制するのが目標です。例えば、昨今はさまざまな企業がCO2排出量を減らす努力をしていますが、気候科学的にいえば排出量がゼロにならない限りどうしても気温は上がってしまいます。その間も、大規模な自然災害は起こり得るので、リスクを下げるための取り組みが重要になってくるのです。
最近では、ビジネスにおいても、気候変動による影響を自社の経営戦略に織り込む流れが、国際的に大きくなっています。2015年には、主要国の金融関連省庁や中央銀行で構成される金融安定理事会(FSB)によって、「TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)」が設立されました。そこでは、企業は気候変動によるリスクや戦略などについて開示することが推奨されています。すなわち、企業が自分たち自身で気候変動に対するリスク管理を行うことが求められているのですが、企業単体でリスクを評価していくことや効果的な対策を取ることが難しいケースもあります。私たちは、利用しやすいリスク評価ツールの開発や、専門的な知見を生かした対策検討や情報開示の支援を行っています。
有馬:どのような技術を用いて、リスク評価をしているのでしょうか?
出本:コア技術として、東大で研究をしている世界最先端の洪水シミュレーション技術があります。大規模な洪水が起きた場合、どのあたりまでがどのくらい浸水するのかを高精度かつスピーディーに、広域にわたって予測します。自治体のハザードマップとの違いは、将来のリスク評価ができるという点です。今後、温暖化が進んだら、どれだけ洪水被害の範囲が広がって、リスクが上がるのかということも定量的に出せるようになっています。また、もう1つ大きな違いとして、日本だけでなくグローバルに対応しているので、工場などの海外拠点の分析も可能です。
「財務影響評価」という機能で、リスクを金額換算することもできます。工場の生産高や資産高といったデータを入力することで、リスクを金額ベースで算出します。企業にとってどれくらい重要な拠点なのかも踏まえたリスク評価が可能になっています。経営者の方にとっては、「洪水の被害は何メートルです」と言われるより、「被害額は何百億円です」と言われた方が、ピンとくると思うんです。
有馬:サステナビリティの推進には「自分ごと化」が大事な要素だと思いますが、金額換算されると企業経営者の方にとっても、より気候変動が「自分ごと化」されますね。リスク評価のためだけでなく、気候変動に対する意識変容を促すという点でも意義がありそうです。
金融やビジネスと気候変動をつなぐ
有馬:気候データについては、北さんが元々東大で研究されていたということですが、研究から会社設立に至る背景には、どのような思いがあったのでしょうか?
北:私は1992年生まれの現在31歳なのですが、小中学生の頃、地球温暖化や環境破壊が大きな問題となり始めて、子どもながらに「これは良くないな」と思うようになりました。そのうち、日本でも自然災害が多発するようになり、「災害を防いで美しい自然を守りたい」という強い気持ちが芽生え、災害研究の道に進みました。ただ、日本は台風などの自然災害が多いこともあり、気候の研究は既にかなり進んでいました。研究よりも、もっと現実的な災害対策に取り組みたいと考え、民間企業に就職し、自然災害のリスク分析などを行っていました。
そうした中で、海外ではTCFDのような金融化ルールを用いて、研究者がビジネスでも活躍していると知り、私も自分の知識や研究成果によって、社会に貢献していきたいと考え、2021年9月にGaia Visionを立ち上げました。最新のデータや知見をプロダクトに反映させるために今も研究は続けていて、東大の生産技術研究所で特任研究員を務めています。
有馬:出本さんは14歳の時に、当時史上最年少で気象予報士の資格を取得され、大学卒業後は、戦略コンサルティングやAIスタートアップの経営などもされていたそうですね。どういった経緯で、Gaia Visionに加わったのでしょうか?
出本:北とは研究室も学年も少し違いますが、私も元々東大で気候変動をテーマにした研究をしていて、当時から関連したビジネスをしたいという思いはありました。TCFDなどで気候変動がビジネスへのインパクトを持つようになり、マーケットトレンドになっているというのを感じていた頃、ちょうど北の起業を知り、一緒にやろうということになりました。
私は研究者とコンサルの経験から、金融やビジネスと気候変動をつなぐ役割というのは、非常に重要だと思っています。例えば、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の気候変動枠組条約締約国会議(COP)のような国際的な会議の場でも資金の流れについての議論がありますが、気候科学の専門家からの知見が加わることで、より良い仕組みができるのではないかと思うことがよくあります。金融やビジネスと気候変動の両方について、十分な知見があることには、大きな価値があると思っています。
5年、10年先を見据えて
有馬:さまざまなクライアント企業と向き合う中で、「サステナビリティ」という言葉の浸透度は高まっている一方、環境問題のど真ん中にある「気候変動」について、企業経営と直接的に関わるものだと捉えている方はそこまで多くない印象です。お二人はどう感じていますか?
北:2015年に国連サミットでSDGs(持続可能な開発目標)が掲げられてから、「サステナビリティ」は世界的に議論されてきましたが、経済と環境をどう両立させていくかという問題意識がビジネスサイドへ浸透してきたのは、つい最近だと思います。ただやはり、気候変動などの環境問題は、経済合理性や資本主義の二の次になっている感じはします。実際に気候変動や人権問題は悪化しているので、ビジネスサイドでより誠実に向き合って問題に対処していく必要があると思います。
出本:私たちはサステナビリティ関連の部署の方とお話しすることが多いのですが、社内でも他の部署との壁を感じているケースが結構あるようです。いわゆる「事業部側」は、基本的に短期のKPIがあるため、折り合いがつきづらい部分もあるかと思います。ただ、これは企業の方が言っていたことですが、「実はサステナビリティ担当って、長期的な視点で一番ビジネスのことを考えているチームだよね」と。これは本当にその通りで、会社という組織においては、目先のことだけではなく、5年、10年先のことを見据えた活動をバランスを取りながらやることが大切だと思います。だからこそ、気候変動をはじめとしたサステナビリティを重視した取り組みというのは、企業にとっても非常に重要なことだとあらためて伝えたいです。
有馬:実際に、Gaia Visionには、企業からどういった問い合わせがあるのでしょうか?
出本: TCFDや、世界主要企業の環境活動に関する情報を収集・分析・評価する非政府組織(NGO)「CDP」のスコア、TCFDの生物多様性版と言われるTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)など、企業活動における情報開示や洪水リスクに対する対応検討のためのご相談が多いですね。
北:情報開示をして、気候変動に対する取り組みをアップデートしていかなければならないという意識が、企業の間で少しずつ浸透している印象です。その際に、信頼できるデータソースがなければ説明が成り立たないため、私たちのサービスの利用につながっているようです。
国民全体の意識をアップデートする
有馬:よく「日本は災害大国」といわれるように、特に地震などが諸外国に比べると多く発生しています。最近は台風や豪雨、それによる洪水など異常気象による自然災害も体感として増えている印象ですが、そのあたりは諸外国に比べて日本が気候変動の影響を強く受けていると言えるのでしょうか。
北:大雨の頻度については、3、40年前と比較すると場所によっては2倍くらいになっています。ただ、日本は堤防やダムといった治水対策が整っているので、諸外国に比べると被害額や被災人数で見ればそこまで急増していません。一方、国外でも世界各地で洪水は頻発しています。最近だと、ニューヨークの洪水被害は甚大でした。洪水対策があまりされておらず、地下鉄が水没するなどインフラが大打撃を受けました。
有馬:確かに日本の場合、台風が来るたびに河川が氾濫しているわけではありませんよね。自然災害に対しては、日本は比較的強いわけですね。
北:日本は昔から自然災害が多かったため、観測データや研究データがたまっていて、優秀な研究者も輩出しています。アメダスなどの観測システムが国内に1300カ所以上あり、国が気象災害のリスク管理もしています。そうした面では世界に誇れるレベルだと思います。また、これはアメリカでの研究になりますが、2021年にノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎博士は、二酸化炭素濃度の上昇が地球温暖化に影響するという温暖化のメカニズム部分を数値モデルで再現されています。
有馬:一方で、日本の気候変動に関する取り組みや防災対策で、課題となっているのはどんなことでしょうか?
北:防災対策がしっかりしている分、逆に国民が自分たちで何かしよう、根本的に行動を変えようという意識が小さいようにも感じます。
また、特にヨーロッパと比べると、貴重な研究データをビジネスや政策に生かせていないという課題もあります。地方自治体レベルで農業へ活用している事例などはありますが、物流や金融、再生エネルギーなど、もっとさまざまな分野でデータを利用できると思います。せっかくの貴重なデータの蓄積を、ビジネス面で社会に還元していく取り組みが必要だと考えています。
有馬:観測データや研究成果をビジネスに転用していくために、具体的にはどういった取り組みが必要になりますか?
出本:大きく2つ、ルールづくりと資金の面でクリアすべき課題があると思います。例えばヨーロッパであれば、不動産開発をしようとした際に将来の気候変動を考慮したリスク評価が求められる国もあります。環境を守るためのルールが設定されているため、必要に迫られてビジネスが生まれるという構造です。
また、研究成果を社会実装するプラットフォーム開発に対する資金の規模感も、日本は欧米に比べて小さいという課題があります。そうした部分に資金を投入できるように、国民全体の意識をアップデートしていく必要もあるかと思います。
有馬:そうした気候科学のデータをビジネスに活用する重要性を社会に訴えかけていくことに関しては、電通としても何かお手伝いできることがあるかもしれません。
北:気候変動への認知というと、「温暖化を止めないと大変なことになる」というようなネガティブな切り口になりがちです。でも、そうではなくて、環境問題に対して取り組んだ進捗(しんちょく)が見えて、その結果によって社会はこんなふうに良くなる、というようなポジティブな伝え方をしていきたいですね。