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戦略プランナーの目線で感じたスパイクスアジア2024

2024/05/09

はじめまして、電通グローバル・ビジネス・センターに所属する中村佳菜です。2024年3月にシンガポールで開催されたアジア地域最大級のコミュニケーションフェスティバル、スパイクスアジアの現地視察に行きました。クリエイティブ部署での業務経験はなく、広告賞の視察も今回が初めての戦略プランナーが、熱気あふれるシンガポールで見たこと、感じたことをありのままにレポートします。

スパイクスアジア

セミナーから垣間見えたLocal Culture理解への回帰

まず印象的だったのは、登壇者やテーマにかかわらず、セミナー全般において「Culture」という言葉が頻繁に強調されていたことです。テクノロジーなど最新トレンドに最もフォーカスが当たるのだろうと予想してセミナーに参加していたため、意外でした。

Cultureにフォーカスする登壇者の方々
Cultureにフォーカスする登壇者の方々
「セミナー How to Respond to Global Shifts in Culture」(左上)「セミナー Creating Cultural Advantage in Asia」(右上)「セミナー How Brands Can Win India by Tapping into Culture」(下)

今年は、作品のエントリー段階でアイデアの背景にある文化的文脈(cultural context)の説明が求められるようになった、という仕様変更もありました。他国の審査員が評価をする上で、そのアイデアにたどり着いた理由やそのアイデアが持つ意義について、より理解を深めた上で審査できるよう追加された項目のようです。

これまでも、広告賞で受賞するアイデアと、実施エリアで話題になり機能するアイデアは本当に同じなのか?という話は度々議論されてきました。アウトプットの素晴らしさは大前提として、課題が明快で異文化の人にも理解しやすい、いわゆるローコンテクストなアイデアのほうがグローバルには評価されやすいのでは、という議論です。

これに対し、モノも情報もシームレスに行き来し、あらゆる分野でグローバルスタンダードが築かれている現代だからこそ、クリエイティビティの大前提として、グローバルなトレンドを追うのではなく、ローカルの人々の琴線に触れコミュニティを突き動かすようなアイデアが評価されるべきでは、という論調が高まってきている印象もありました。

ローカルカルチャーをくんだアイデアが国を超えたクリエイティビティの場で評価されるべきである、という意思が、先ほど述べた説明項目の追加にも込められているのかもしれません。

セミナーの各登壇者も、多様な文化を持つアジア各国でブランドを展開するにあたり、肝となるのはいかにして現地の文化を理解し、そこに入り込むかである、という共通の課題を取り上げていました。

マクドナルドのアジアビジネスユニットでリージョナルマーケティングディレクターを担当するAda Lazaro氏は、「ブランドの名前が知られているだけでは十分ではない、日常会話の中で自然と登場し、消費者との間に強固な関係が構築され彼らの一部になる必要がある」とコメントしていました。「スーパーボウルでマクドナルドが素晴らしい広告を露出し、観客が視聴しているという空間をつくることは文化ではない。観客が自然とハンバーガーを片手に観戦している空間ができて初めて文化の一部になれたと言える」という話は、参加していたオーディエンスも大きくうなずきながら聴いていました。

「セミナー How McDonald’s Culturally Connects to Gen Z by Riding the K-Wave」
「セミナー How McDonald’s Culturally Connects to Gen Z by Riding the K-Wave」

また、中国のPRエージェンシーRuder Finn Thunderでジェネラルマネージャーを務めるPhoebe Shen氏の「中国の従業員だけが働いている企業が海外に進出しても、それは海外にある中国企業である。ローカル従業員を迎え、ローカルの文化と融合し現地に根付くことで初めてグローバル企業と言えるのだ」というコメントは、グローバルに展開するとはどういうことかを考える上で非常に印象的でした。

セミナー全般を通して感じたテーマは「Local Culture」理解への回帰でした。一方で、5部門でグランプリ、5部門でゴールド、2部門でシルバーを受賞したオーストラリアのキャンペーン「FITCHIX」は、目の付け所の秀逸さや統合的なキャンペーン設計に目を見張るものがありながら、課題と打ち手は明確で、どの国、エリアにもスケール可能なアイデアのように感じました。今はまだ、ローカルならではの課題、打ち手を色濃く反映したアイデアがグローバルで評価を受けるまでの過渡期にあると言えるのかもしれません。

AIの民主化と大事にしたい人間らしさ

もう一点セミナーのトピックスとして多かったのは、やはりテクノロジーやデータ関連です。特に今年は生成AIにスポットライトが当たっていました。

各セミナーでは、ブランドやエージェンシーが業務を進める上で今後生成AIとどう共生するか、という視点と、生成AIはこれからのクリエイティビティ、アイデアにどのような影響を与えるか、という異なる二つの視点で切り取られていました。

前者に関しては、AI関連のテーマで登壇したエージェンシー関係者全員が、効率化の観点でどんどん活用すべきである、という見解で一致していました。AIの思考の精度が加速度的に改善され、かつ無料で使えるAIツールも拡大しAIの民主化が起きている今、AIとの関わりを回避して生きていく、という道はないのでしょう。登壇者も、実際にChatGPTを活用して情報収集などタスク処理の時間を軽減し、思考に使える時間を増やしているという話で盛り上がっていました。

傍にAIのある環境が標準化されつつある今、人間を凌駕してしまいそうなよく分からない存在、と決めつけて恐怖でふたをしてしまうのはもったいないかもしれません。大事なのは使いどころなのだと思います。AIが脅威なのではなく、AIを使いこなす人とそうでない人の間に大きなギャップが生まれることこそが脅威なのだ、と改めて考えさせられ、ドキッとしました。

「セミナー Be Fearless in the Face of AI」
「セミナー Be Fearless in the Face of AI」

後者の、これからのクリエイティビティにもたらす影響という視点に関しては、AIやテクノロジーを取り入れることはあくまでも手段の一つでしかない、AIの発展の価値はアイデアそのものではなく、アウトプットの可能性を広げる一助という意味において有効である、というポジティブな見解で一致していました。

一方で、アウトプットとしての新しさや先進性があったとしても、重要なのは「なぜそのアイデアが必要とされるのか」「人間が人間らしく豊かに生きていくためにクリエイティビティに何ができるのか」「それを伝えていく方法としてAIやテクノロジーをどう取り入れていけるのか」という点です。

その掛け算の妙が今後の鍵であり、その掛け算を行うのはあくまでも人間である、というのが今回のスパイクスアジア全体を通して発信されていたメッセージのように思います。

多様な文化が越境しながら入り乱れ、テクノロジーの進化とともに解決手法も多様化する中で、本質的にかなえるべきことは何かを見極めアイデアをつくり出す。新しい手法がどんどん誕生し、つくり方自体の構造変化が起きている時代だからこそ、誰のために何ができるアイデアなのか、という普遍的なマーケティングの大前提を守る意味において、クリエイティビティの場に戦略プランナーが参加する意味があると感じました。

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