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酒井美紀の「なぜ?の向こうに行きたくて」No.2

「なぜ?」は、演技を連れてくる

2024/10/01

本連載のプロローグ(#01)で、役者の仕事の9割は「なぜ?」を考えること
だと私は思います、ということに触れました。今回は、それがどういうこと
なのか、少しくわしく、お話しさせてください。

役者って、なにをする人なんだろう?

いきなりですが、役者という職業、時代でいうといつごろからあると思いますか?歌舞伎?違うな、能とか狂言?だとすると、室町時代あたり?いえいえ。古くは日本書紀に登場するくらい、その歴史は古いんです。演劇の原型は神事で、今のようなエンターテインメントとして定着するのは、それよりずっと後のこと。そしてそれは、世界共通のことのようです。生活の中にある不安を和らげてくれる存在、「癒やし」ではなく「生きる力」を与えてくれる存在、それが役者という仕事の本質なのだと考えると、なんだか誇らしい気持ちになります。日本という国の成り立ちにも関わっていた仕事。今の私がやっていることって、大昔から必要とされていたものだったのね、というような。

出雲大社のしめ縄

演劇のことをいろいろ調べたい、そう思ったきっかけは、「なぜ私は、役者という不思議な仕事をしているのだろう?」という素朴な「なぜ?」でした。そういう時、私は歴史をひもといていくんです。学校の授業ではなかなか教えてもらえない歴史です。そうすると、日本書紀にものっていたことがわかる。でも、なぜ日本書紀なんだろう?から掘り進めていって「なるほど。演劇とは生きるための知恵、生活を助けてくれるツールなんだ」という結論に至るまでには、あれこれ考えて、考えて、考え抜きました。

自分で納得できる答えが見つかると、例えば「中世のイギリスでは、言葉を習得
するためのカリキュラムとして演劇が用いられていた」といったようなことに、深くうなずいている私が見つかります。そんな時、私はひとりでニンマリしてしまうのです。

勉強中の酒井美紀さん

人は、変わっていくもの

13歳から芸能界に身を置いていると、「なぜ私は、ここにいるんだろう?」ということを「いつまで、ここにいられるんだろう?」ということとセットで考えるようになります。私にとってラッキーだったのは、「白線流し」というドラマをきっかけに「天然純粋派」(※1)のアイドルから、女優への転換ができたこと。アイドルがアイドルでいられるのは、ファンの方が作ってくださるパブリックイメージのおかげなのですが、人は年齢とともに変わっていくもので、たとえば17歳の酒井美紀と18歳の酒井美紀では、もう別人。でも、一度ついたパブリックイメージは変わらない。そのギャップは、自分ではどうにもできないくらいに日々、広がっていくんです。

※1 アイドル時代の酒井美紀さんのキャッチコピー

 

ドラマ「白線流し」より

こんなに苦しいのなら、いっそ、そうしたパブリックイメージに私が合わせた方
が楽なのでは?と思った時もありました。「白線流し」との出会いが、私にとってとてもラッキーだったのは、実年齢と同じスピードで登場人物が年齢や経験を重ねていくというその設定でしょうか。10年近くつづいたドラマなんですが、七倉園子(※2)が成長するのとまったく同じスピードで、酒井美紀も成長していたんです。

※2 ドラマ「白線流し」で酒井美紀さんが演じた役名


その後、25歳の時にニューヨークへ留学することを決めました。英語とお芝居を
学ぶため、というのは表向きの理由で、実は私自身を「転換する」ためにとにかく時間が欲しかった、というのが一番の動機です。より正確に言うと、すでに変わってしまっている自分と向き合うための時間が欲しかった。なぜ?の向こうに行くには、いったん立ち止まって自分と向き合う「時間」が必要なんです。

N.Y留学時代。マンハッタンを背景に
N.Y留学時代。マンハッタンを背景に

役者という仕事は、総合芸術の「パーツ」

舞台にしろ、映像にしろ、演劇というものは「総合芸術」と言われますが、脚本家、演出家、美術、照明、スタイリスト、ヘアメイク、本当に数えきれない人が集まって、ひとつの世界観を作っていきます。役者は、その世界観の中のパーツに過ぎません。パーツでしかない、というよりそのパーツになれていることが、私はなによりうれしい。一番落ち込むのは、「酒井美紀らしかったね」と言われてしまうことです。コメディ、シリアス、どのような台本(ほん)の、どのような役であれ、そこから広がっていく世界に私をいかに溶け込ませるか、がパーツとしての役割ですから。

とある世界には人間ドラマが必ずあって、そのヒューマン(人間)の部分は、台本にあるセリフをいくら読み込んでも、正解は書かれていません。なので、ひたすら「なぜ?」「なぜ?」を考えることになります。中でも濃密だなあ、と思うのは舞台の仕事でしょうか。1カ月の公演であれば、1日8時間の稽古を1カ月つづけて本番を迎えます。面白いのが、それだけの準備をして臨んでいるにもかかわらず、毎回、その仕上がりが違ってくるというところ。役者だけ、じゃないんです。その日、いらしてくださったお客さまの息づかいの仕方だけでも、違うものになる。もちろん舞台には、やり直しも編集も利きません。稽古を共にした「戦友」ともいえる仲間とお客さま、みんなでひとつの世界を作り上げていくLIVE(ライプ)感には、言葉にはできない感動があります。LIVEというだけあって、舞台ってまさに「生き物」なんです。

2019年に上演された「めんたいぴりり~博多座版~未来永劫編」の台本
2019年に上演された「めんたいぴりり~博多座版~未来永劫編」の台本

「面白がっている自分」が見つかると、「なぜ?の向こう」が見えてくる

みんなでひとつの作品を作り上げていくことの醍醐味(だいごみ)も、私の場合、やっぱり「なぜ?」に尽きますね。もちろん、ひとりであれこれ考えることもしますが、仲間との雑談の中に「なぜ?」を解くヒントがあったりします。

演技とは直接関係のない、たわいもない話を面白がってしていると、アタマの中が整理されていくというか、バラバラだった点と点が、ふっとつながったりするんです。意識してやっていることではありませんが、「なぜ?」という興味や関心が湧くと、そのまわりを掘り下げていく。すると、必ずなにかが出てきます。それが面白いので、さらに掘り進めていく、という感じ。雑談は、それを何人かでやるわけですから、面白さもそれだけ膨らんでいきます。

ドラマ「白線流し ~旅立ちの詩~」で共演した馬渕英里何さんとの撮影時のオフショット写真。(この衣装は、「友人の結婚式」のシーン」で実際に使われたもの)

ドラマ「白線流し ~旅立ちの詩~」で共演した馬渕英里何さんとの撮影時のオフショット写真。(この衣装は、「友人の結婚式」のシーン」で実際に使われたもの)

私にとっての「なぜ?」、とりわけ女優・酒井美紀にとっての「なぜ?」は、なんでも面白がるということだと思います。人生、うれしいことや楽しいこと、ばかりではありませんよね?でも、たとえつらいこと、悲しいことであったとしても、それを面白がっている自分が見つかると、なぜ?の向こうに広がる景色や、そこにいる自分の姿が見えてくる。少なくとも、私はそう信じています。

#03へ、つづく
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