マーケティングの強みを生かす。電通グループならではの循環型社会構築プロジェクト始動
2024/12/11
※この記事は、2024年5月28日「Business Insider Japan」で公開された記事を一部編集し、掲載しています。
循環型社会の実現には、「作って売る」動脈産業と「回収・リサイクルする」静脈産業の連携、そして生活者の参加が求められている。だが現状は、メーカーや小売店ごとに個別の施策が行われているなど、生活者に参加を呼びかけはするものの強いきっかけづくりまでは至っていないケースも多い。そこで国内電通グループの3社が、循環プラットフォーム構築のプロジェクトを開始した。そこに生かされているのは、これまで同グループが蓄積してきた企業のマーケティング支援の知見だ。
一般的な循環プラットフォームと何が違うのか。全体構想・企画を手がけた電通 サステナビリティコンサルティング室 堀田峰布子氏、プロデュース・UI設計を担当した電通プロモーションエグゼ リージョン本部 諏訪薫治氏、システム開発を担当した電通プロモーションプラス プラットフォーム共創事業部 石井天平氏の3人に聞いた。
販促で培った強みを回収にも生かし、生活者の行動変容を促す
現在、商品の空き容器の回収・リサイクルの取り組みの多くはメーカー主導で行われているが、メーカー側は「回収やリサイクルのコストがかかる」「回収が次の購買につながらず、収益化できていない」などの課題を抱えている。こうした課題を解決するためには、「作って売る」動脈産業と、「回収・リサイクルする」静脈産業を連携させ、変革していくことが求められている。
電通グループが手がける循環プラットフォーム「で、おわらせないPLATFORM」は、スマホで空き容器のJANコードを読み込み、店頭に設置された指定の資源循環ボックスに投函(とうかん)すると、お店ですぐに使えるクーポンを取得できる。
「回収・リサイクル」と「販促」を掛け合わせたしくみによって、動脈産業と静脈産業の連携、および生活者の参加を促し、循環型社会に向けた事業性と社会貢献性を両立させることを目的としている。
そもそもは、社内の不要なプラスチックを集めてアップサイクルを行う電通グループ横断のプロジェクトがきっかけ。社内だけでなく社会全体に対してもできることがあるのではと考え、プロジェクトのメンバーが集まった。その思いについて堀田峰布子氏は次のように語る。
「循環社会を目指していく大きな流れの中で、作って売るだけでなく『作って売って、回収・再利用』までが企業活動の範囲となっています。これまで販促という形で企業のお手伝いをしてきた電通グループとしても、販促で培ったマーケティング力とデジタル領域の強みを回収・再利用のフェーズにも生かすことで、社会と生活者の意識・行動変容を促すしくみづくりや発信を行うことができるのではないかと考え、具現化したものがこの『で、おわらせないPLATFORM』です」(堀田氏)
回収データを起点にマーケティングや顧客育成に役立てる
「で、おわらせないPLATFORM」は、単にモノを回収して循環させるだけでなく、回収という行動をデジタルデータ化することによって、モノと情報を循環させるところがポイントだ。石井天平氏が説明する。
「これまでは購買データが重視されてきましたが、回収データにも重要な情報があると考えました。誰が何を買って、資源循環ボックスに何をどれだけ投函したか、『回収』を起点にトラッキングすることによって、『販促導線』をシームレスに創出し、マーケティングに役立てることができます。また、循環型社会に参加する生活者を次世代顧客群としてナーチャリングすることもできます」(石井氏)
事前に行った調査では、「継続購入ブランドが5つ以上あり」「回収・リサイクル参加製品が1つ以上ある」という、ロイヤルティと回収・リサイクル参加意識の両方が高い顧客群が、若い人は多め、30代以上の男性は低めという多少の傾向はあるものの、どの世代にも約2割存在することがわかった。
これらの生活者を「ロイヤルカスタマー」の次の概念として「サステナブルカスタマー」と呼び、事業性と社会貢献性の両立を支えるサステナブルカスタマーをいかに把握し、増やしていくかがサステナブル経営に欠かせないものとなると考えている。
異例のチャレンジに、他企業から「なぜ電通が」という反応も
2023年6月、実証実験に向けて参加企業を募集し、2023年11月30日~1月30日まで、電通・電通プロモーションプラス・ローソン・明治・ナカダイHDの5社協働で「で、おわらせないPLATFORM」の実証実験を行った。資源循環ボックスは都内ローソン3店舗に設置。「明治おいしい牛乳」の紙パックおよびローソン取り扱い商品の紙パック、キャップを投函した参加者に対して、「明治おいしい牛乳」の割引クーポンを発行した。
明治は、紙パックのリサイクル率が30%を切っている現状に対して課題を持っていた。また、年末年始は学校給食がないため、余った牛乳が大量に廃棄されるという課題もあり、紙パックのリサイクルとセットで需要促進に取り組みたいという思いがあった。
一方でローソンは、もはや生活のインフラとなっているコンビニエンスストアに循環型社会のハブとなる資源循環ボックスを設置することに賛同し参画した。
実は、関心を持った企業はこの他にもたくさんあったが、参画には至らなかった。その理由について、諏訪薫治氏は次のように語る。
「多数の流通さんやメーカーさんからいい反応をいただきましたが、実際の導入に関しては、資源循環ボックスを設置する場所がない、クーポン利用によってレジ待ち時間が長くなってしまうと難色を示す企業さんもありました。『独立したプラットフォームの実験ではなく、自社アプリに誘導したい』という意見もありました。今後の課題として、本プラットフォームと各社のアプリをうまく連携できるようにしていきたい」(諏訪氏)
また、電通が呼びかけたことに驚いた企業も多かった。
「クライアントビジネスを行う電通が、自らプラットフォームを開発するのは異例のチャレンジ。たびたび『なぜ電通が手がけるのですか。広告会社でしょう』と言われました。電通グループは経営方針として『B2B2S(Business to Business to Society )』を掲げています。『われわれの強みを生かした循環社会の貢献をしていきたい、だから今までと違うチャレンジをしています』とお話ししました」(堀田氏)
回収拠点数を増やすことでビジネスチャンスの可能性が広がる
実証実験を終え、新たに見えてきた課題もあった。
「実証実験ということでミニマムの予算だったため、既存のツールを使うという制限があり、UXの面では苦労はありましたが、実証実験としては最適なものをご提供できたと思います。
ただ、クーポンはユーザーの自己申告によって発行する形なので、本格的なサービス化に向けては投函をどのように証明するかが大きな課題。
たとえば、事前に投函する店舗を決めていただき、店舗に着いたらGPSをオンにして位置を確認するなどの工夫が必要です。資源循環ボックスそのものをIT化するのはコストが上がってしまう。拠点数や参画企業さんを増やすにはコストはかけずに解決していきたい」(石井氏)
「生活者やメディア、官公庁からの関心度、注目度は高かったのですが、都内3店舗のみの実施だったので回収量自体はまだまだ伸びしろがあると感じました。意識・行動変容を促していくためには、回収拠点数を増やすこと。さらに、クーポン以外のインセンティブ、たとえばゲーミフィケーション的な楽しさを加えて拠点まで出向くきっかけづくりが今後の課題です」(堀田氏)
「位置情報を利用して店舗近くにいる方に表示されるジオターゲティング広告は一定の効果があったので、今後は広告の出稿においても綿密な計画を立てる必要があると感じました」(諏訪氏)
課題がクリアになったことも含め、実証実験は大きな一歩となった。このプラットフォームを社会実装することで、事業性と社会貢献性を両立させる新たな展開もひらけてきた。
「今回は紙パックの回収でしたが『プラスチックは回収できませんか』というお問い合わせを多数いただきました。もちろんできます。あらかじめJANコードと対応する素材情報を準備した上で、JANコードをスマホで読み込ませれば、ペットボトルの材料のPET(ポリエチレンテレフタレート)やPP(ポリプロピレン)、PS(ポリスチレン)など生活者が素材を把握し、画面に表示された番号に従ってそれぞれの資源循環ボックスに分別することで、リサイクルの効率化・高品質化を進められます。
また、『クーポンはいらないのでこの取り組みを継続してほしい』というお声もあり、サステナブルカスタマーは金銭的インセンティブだけで動くわけではないこともわかりました。CO2削減量を表示したり、寄付ができたり、サービス内でのランキングが上がったりといった非金銭的インセンティブも検討したい。
さらに、資源循環ボックスに対して、メーカーさんから『うちはこのエリアで3カ月間導入したい』『6カ月間導入したい』などとスポットで申し込んでいただけるような、広告に似たビジネスモデルを作って柔軟に対応できると、新しい可能性も広がるのではないか。競合など関係なく複数社が相乗りできる社会的なプラットフォームにすることでコスト削減になり、さらに回収拠点を増やすことができます」(堀田氏)
理想は、企業だけでなく地域連携をして、地域で回収することが「当たり前」という空気を醸成することだという。
「サステナブルな社会の実現には、回収拠点数を増やし、回収量を増やしていかなければなりません。引き続き、さまざまな企業や自治体にご参画いただけるネットワークづくりを目指します。国内電通グループには約6000社の企業様とのつながりがあります。当社グループだからこそ皆さまに乗っていただきやすいプラットフォームが作れるはずだと思っています」(堀田氏)
【取材を終えて】
「なぜ電通がプラットフォームを?」という意外さは、まさにこのプロジェクトを知った最初に私も想起したことだった。
考えてみれば、広告会社という企業と消費者(や企業)をつなぐ媒介者の立ち位置は、たしかに業界横断のしくみを設計するのに、ほど良い距離感を持っている。
調査で見えてきたという「サステナブルカスタマー」という新たな顧客層の定義もユニークだ。新しい概念は、企業にとってもブランド価値を新たに定義する際の目標になりうるからだ。
最初に問い合わせをしてきたような「社会課題に対して意識的な企業人」たちの声が現実の力になり、社会を動かしていく次の一歩を見つめていきたいと思う。
(聞き手:Business Insider Japan編集長 伊藤有)
「で、おわらせないPLATFORM」の詳細についてはこちら
(Business Insider Japan Brand Studio)
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