日本社会のカギを握る「ターニング・エルダー」の労働意識
2024/10/21
※本記事では、日本人の50歳以上を「エルダー」、50~64歳を「ターニング・エルダー」と定義しています。
人口減少や少子高齢化の進行に伴いさまざまな分野で人手不足が深刻化する今、全就業者における60代以上の割合が20%を超えるなど、シニア世代(65歳以上)の労働力はますます重要度を増しています。
国として目指す「生涯現役社会」の実現に向けてシニア世代の労働環境を整備することは直近の対応として非常に重要です。しかし、人手不足に起因するさまざまな社会問題の継続的な改善や解決の観点では、一つ下の世代である50~64歳の方々がカギを握っています。
人生100年時代の折り返しとなる年齢を迎えたこの世代は、肉体や気力の衰えの自覚は小さい一方で、労働や生活に対する価値観の多様化が進むセグメントです。「働くこと」への意識や目的次第で、その貴重な労働力は増大にも減衰にも転じると考えられます。
電通シニアラボでは、さまざまな側面で人生の転換点を迎える50~64歳の日本人を「ターニング・エルダー」と定義付けました。今回、人材派遣業を中心に日本の労働力を支えるスタッフサービス・ホールディングスとの共同で「労働意識に関する実態調査」を実施(調査概要はこちら)。その分析結果から見えてきた「ターニング・エルダー」の労働意欲や価値観を紹介します。
電通シニアラボとは
「超高齢社会における社会課題解決」をテーマにシニアに関する知見の研究を通じてさまざまなインサイト・ソリューション開発を行う電通の社内横断プロジェクト。
ホームページ:https://www.projects.dentsu.jp/seniorlab/
<目次>
▼人生の折り返し地点は、働き方の一大ターニング・ポイント
▼ターニング・エルダーの労働意識・価値観と、6種のクラスター
▼各クラスターの特徴を理解したジョブマッチングが、労働力最大化のカギ
人生の折り返し地点は、働き方の一大ターニング・ポイント
図表1は、性年代別の平均年間賃金のグラフです。これを見ると、男女ともに45~49歳までは加齢とともに賃金も右肩上がりで増加。50歳を超えると伸びが鈍化し、男性は55~59歳、女性は50~54歳を頂点に減少していきます。つまり、10~20代で社会人として働き始めて40代までは働いた分だけ賃金や自身の評価(立場)が向上し、やりがいを持って働きやすい環境であるものの、50歳を超えると賃金はあまり増えないどころかしばらくすると減少に転じます。人によっては出世などの立場が上がることによる自己肯定感を感じる機会が減少する可能性もあり、労働へのモチベーションや目的意識に変化が生じることが想像されます。
【図表1】
次に、図表2は平均初婚年齢と出産時母親年齢を表しています。このグラフでは、1970~95年頃までの第2子出産時母親平均年齢はおおよそ28~30歳を示しています。平均初婚年齢は男性がおおよそ2歳ほど年上であるため、第2子出産時の父親平均年齢は30~32歳程度と推察されます。これを踏まえると、子どもが大学を卒業し、社会人として働き始める22~24年後の両親の年齢はおおよそ50~56歳程度となり、まさにターニング・エルダーの年齢層と合致します。
【図表2】
以上のことから、仕事においては給与や出世の面で停滞感を感じ、家庭においては子どもの独立によって20数年ぶりに夫婦二人暮らしになる姿がイメージされます。また、親の介護や自身の体調変化により、働く時間が制限される方がいるかもしれません。このようにターニング・エルダーは、仕事や家庭などさまざまな面で大きな転換点を迎え、それに伴う人生設計の見直しや「労働」との向き合い方の変化が起こる可能性が高い時期と言えます。
ターニング・エルダーの労働意識・価値観と、6種のクラスター
ここからは調査結果を活用し、ターニング・エルダーの労働に対する意識・価値観を見ていきます。
まず、「就職・転職先の仕事に求めるもの」と「希望する働き方」に関する回答結果を用いて因子分析を行いました。その結果が図表3です。
【図表3】
分析の結果、ターニング・エルダーの労働意識・価値観は下記の6つの因子によって構成されることが明らかになりました。
- 活力重視:人間関係や社会とのつながり、充実感など
- キャリア重視:自己成長や社会への影響力、新しいことへの挑戦など
- 収入重視:生活費や借金返済など
- 自由度重視:働く場所や時間、プライベートとの両立など
- 自分らしさ重視:自己の能力発揮やキャリア活用など
- 労働条件重視:勤務地や休暇の取りやすさ、福利厚生など
そして、上記の因子を活用してターニング・エルダーを6種のクラスターに分類した結果が下記です。
- 生涯上昇エルダー(3.5%):働くことに対するさまざまな因子への反応が強い層。年齢に関係なく、キャリアアップや仕事を通じた自身のアップデートを希望する。
- キャリア活用エルダー(9.4%):これまで築いてきたキャリアや磨いてきた経験を活かして、積極的に働く意欲がある。
- バランスエルダー(11.7%):充実感や人間関係などの職場環境も、福利厚生や場所・時間の自由度などの労働条件も、どちらも重視する。
- エンジョイエルダー(18.6%):パートタイムや休暇が取りやすい環境などの条件面を重視。収入よりも健康維持につながることなどを意識して仕事を選ぶ。
- ライスワークエルダー(24.3%):働く目的はなんといっても自分や家族の生活を支える収入のため。そのため、フルタイムで働けることを重視して考える。
- ひとやすみエルダー(32.5%):収入も含めたあらゆる因子への反応が鈍い層。現状は、仕事に対する意思や希望が見えにくい。
ここまでさまざまなタイプのターニング・エルダーを見てきましたが、「各クラスターが希望する雇用形態」を横並びで整理したグラフが図表4です。
【図表4】
このグラフから見えてきたのが、現在のターニング・エルダーが希望する雇用形態は「正社員orパート・アルバイト」に二極化しているという実態です。
昨今、若年世代を中心に副業や在宅ワークなど働き方が多様化しているのはご存知の通りです。しかし、年齢を重ね、家庭環境や資産状況、価値観などが幅広く多様化するターニング・エルダー以上の世代においてこそ、ライフスタイルや自身のニーズに合わせた柔軟な働き方の選択が求められます。無理のない「労働寿命」の延伸は、生活費や娯楽費など金銭面の充実に加え、心身の健康増進などのQOLアップにもつながるため、上記のような雇用形態に対する考え方の二極化は改善すべき課題ではないでしょうか。
各クラスターの特徴を理解したジョブマッチングが、労働力最大化のカギ
クラスター分析から見えてきたターニング・エルダーの多様な労働意識や価値観を踏まえ、この世代や日本社会の未来について、スタッフサービス・ホールディングスの執行役員である平井真氏よりコメントをいただきました。
「人生100年時代」と言われるようになって久しい現在、さまざまなデジタルツールやAIなどの登場により、人々の働き方や目的は多様化しています。また一方で、超高齢化が進む日本においてはさまざまな社会課題が顕在化してきており、50歳以上のエルダー層が少しでも長く現役として働き続けたいと思える環境の整備が非常に重要だと考えています。
ターニング・エルダーの方々は、新社会人として働き始めてから労働環境や価値観の変化に対応し、また、これまでの長い人生の中で積み上げてきたさまざまな経験をお持ちのため、一人ひとりの強みが明確になっている世代だと感じています。人手不足に起因するさまざまな社会問題を抱える現在の日本社会においても非常に重要な役割を担える存在です。
働く目的や意義は下の世代よりも多様で、現役時代と同じようにフルタイムでスキルを使って働きたい方もいれば、収入を得ること以上に社会とつながり続けるために働きたい方もいらっしゃいます。それだけ多様だからこそ、一人ひとりが能力を最大限発揮して活躍するためには、当社のようにフラットな立場で企業と個人の間に入り、双方に働きかけて調整していく第三者の存在がより重要度を増していくと認識しています。
当社を含めた人材関連企業が適切に情報発信をして、エルダー層の可能性を知っていただくことで、現在は就労意欲が見えにくい「ひとやすみエルダー」の方々にも「働く」を考えるきっかけの一つになったらうれしく思います。今後も、当社では「働く」に対する多様な価値観や意識に向き合い、よりよい日本社会の実現に貢献していきたいです。
2024年8月1日現在のターニング・エルダーの人数は約2575万人。これは日本の全人口の20.8%を占めます。これだけ多くの方々が前向きに働き続けられる社会をつくることは、総労働力の向上のみならず消費の活性化にもつながっていくため、日本経済全体への大きな好影響が期待されます。
電通シニアラボでは、引き続き(ミドル~)シニア層を中心に、その意識や行動など多様な観点で研究と情報発信を続けてまいります。